「試用期間があるから、合わなければ断れる」——そう考えて採用した社員が期待と大きく異なり、いざ本採用を断ろうとしたとき、「実際のところ、何をどう進めればいいのか」と手が止まってしまう経営者・人事担当者は少なくありません。試用期間中であっても、本採用を拒否するには法的な要件を満たす必要があります。そして、その根拠となるのが就業規則への明文化と評価記録の整備です。この記事では、本採用拒否を有効に行うために就業規則に何を定めるべきか、どんな記録を残すべきかを実務の視点から解説します。
「試用期間なら自由に断れる」は誤解
試用期間中の本採用拒否であっても、法的には解雇に準じた保護が働きます。「試用期間中だから簡単に断れる」という認識は、企業にとって大きなリスクになりえます。
最高裁が示した基準——三菱樹脂事件
試用期間の法的性質については、最高裁判所が昭和48年(三菱樹脂事件)で判断を示しています。この判決では、試用期間付きの労働契約は「解約権留保付き労働契約」であると位置づけられました。つまり、使用者は一定の条件のもとで本採用を留保できるものの、その留保解約権(本採用拒否)の行使にも「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要とされています。
通常の解雇よりは広い裁量が認められていますが、「なんとなく合わない」「雰囲気が違う」といった理由では無効と判断されるリスクがあります。
労働契約法第16条の準用
試用期間中の本採用拒否には、労働契約法第16条に定める「解雇権濫用法理」が準用されます。合理的な理由なく、社会通念上相当でない本採用拒否は、無効とみなされます。この法的枠組みを正確に理解することが、適切な対応の第一歩です。
本採用拒否が有効と認められる要件
本採用拒否を有効に行うには、就業規則への明文化・指導記録・評価記録・適正な手続きという四つの柱を整えることが実務上の目安になります。
要件を整理する
以下の表は、本採用拒否が有効と認められるために必要な要件をまとめたものです。一つでも欠けると、後の紛争時に不利な状況に立たされる可能性があります。
| 要件 | 具体的なポイント |
|---|---|
| 就業規則への明文化 | 本採用拒否の事由・手続きが規定されていること |
| 試用期間中の観察・指導 | 問題行動・能力不足を認識したら、指導とフィードバックを記録する |
| 本人への事前告知・改善機会の付与 | 問題点を伝え、改善の機会を与えたことを書面で残す |
| 客観的評価記録の存在 | 評価シートや面談記録など書面化された根拠があること |
| 手続きの適正(予告・通知) | 試用開始14日超は労基法第20条の解雇予告規制が適用される |
解雇予告規制への対応——14日ルール
労働基準法第21条第4号では、試用期間開始から14日以内であれば解雇予告なしで契約を終了できると定めています。ただし、14日を超えた場合は労働基準法第20条が適用され、30日前の予告または平均賃金30日分の解雇予告手当の支払いが必要になります。
「試用期間だから予告は不要」という思い込みで突然通知を出した場合、労基法違反になります。試用期間の長さにかかわらず、14日を超えたら解雇予告のルールが適用されることを押さえておきましょう。
就業規則に明記すべき規定の内容
本採用拒否を有効に行うためには、就業規則に試用期間に関する規定を明確に設けることが不可欠です。雛形のまま「試用期間は〇カ月とする」の一文だけでは、いざというときに根拠として機能しません。
規定すべき項目
就業規則に盛り込む内容として、実務上最低限必要な項目は次の四つです。
- 試用期間の長さ:一般的には3〜6カ月。延長が必要な場合の規定(上限・延長の事由・本人への通知方法)も設けておくと実務で役立ちます。
- 本採用拒否の事由:能力・適性・勤怠・素行・健康状態など、具体的な事由を列挙します。「その他前各号に準ずる事由があると会社が判断した場合」という包括条項もあわせて置くと柔軟に対応できます。
- 本採用拒否の手続き:通知の時期(試用期間終了の何日前までに)と方法(書面交付)を明記します。
- 試用期間中の労働条件:本採用後と条件が異なる場合(給与・待遇など)は、その旨を明示します。
規定例のイメージ
文例として参考になる規定の構造を示します。実際の運用に合わせて、社会保険労務士や弁護士に確認しながら自社用にカスタマイズすることを強く推奨します。
【試用期間の規定例(骨格)】
「新たに採用した社員は、採用日から○カ月間を試用期間とする。会社は、試用期間中の勤務状況・能力・適性・健康状態・素行等を総合的に評価し、本採用の可否を判断する。次の各号のいずれかに該当すると認められる場合は、本採用を行わないことがある。(各事由を列挙)本採用を行わない場合は、試用期間終了の○日前までに書面により本人に通知する。」
「試用期間は最大○カ月を限度に延長できる。延長する場合は、本人に事前に書面で通知する。」という延長規定も実務的に有効です。評価が微妙な場合の時間的な猶予として機能します。
評価記録の整備——「後から作る」では間に合わない
評価記録は、本採用を断ろうと決めてから用意するものではありません。試用期間がスタートした初日から、継続的に記録を積み重ねることが重要です。
試用期間評価シートの活用
評価シートには、職務遂行能力・協調性・コンプライアンス意識・勤怠状況など、複数の観点から評価できる項目を設けます。「5段階評価+コメント欄」のようなシンプルな形式で構いませんが、評価の根拠となる具体的な行動・発言・事実をコメントとして記録することが重要です。
「指示に従わなかった」だけでなく、「○月○日の業務指示(内容)に対し、理由を説明せず対応しなかった」のように、日時・内容・対応を具体的に記録しておくことで、後の紛争時にも客観的な根拠として機能します。
定期面談と指導記録の残し方
月に1回以上の定期面談を実施し、そのたびに面談記録を作成します。できれば本人のサインをもらうか、「面談した事実」を双方で確認できる形を取ることが理想です。
問題が発生した場合は、その都度、日付・問題の内容・会社側の指導内容・本人の反応・改善期限を記録します。この「指導記録」が積み重なることで、「会社は改善機会を与えた」という事実の証拠になります。口頭だけで注意・指導を行い記録を残していないケースは、後に「そんな指摘は受けていない」と言われた場合に反論できません。
実務のポイントとしては、評価記録と指導内容が一貫していることが重要です。疑問な点や判断が難しい場面も少なくないため、早めに専門家に相談することをお勧めします。
本採用拒否通知書の作り方と通知のタイミング
本採用拒否の通知は、書面で行うことが原則です。「言った・言わない」のトラブルを防ぐためにも、口頭のみの通知は避けてください。
通知書に記載すべき内容
本採用拒否通知書には、次の内容を盛り込みます。
- 本採用を行わない旨の明示
- 具体的な理由(就業規則の該当条項を引用する)
- 最終勤務日および退職日
- 解雇予告手当の支払いがある場合はその旨と金額
「解雇」という文言を使うか、「本採用を行わない旨の通知」とするかは、就業規則の文言に合わせて選択します。いずれにせよ、就業規則の該当条項番号を明記し、規定に基づく対応であることを示すことが重要です。
通知のタイミングと注意点
試用期間が終了する30日以上前に通知できる場合は解雇予告手当は不要ですが、それより短い場合は予告手当が発生します(試用開始14日以内は例外)。就業規則に「試用期間終了の○日前までに通知する」と規定している場合は、その期日を守って通知することが、後のトラブル回避のポイントです。
通知は対面で行い、書面を手渡した事実・日時を会社側でも記録に残してください。郵送の場合は内容証明郵便を利用する方法もあります。
専任人事がいない企業が陥りがちな落とし穴
規模の小さな企業では、日常業務を抱えながら人事対応を行うために、リスクに気づかないまま進んでしまうことがあります。事前に代表的な落とし穴を知っておくだけで、大きなトラブルを回避できます。
就業規則を整備せずに採用を繰り返している
就業規則の作成義務は常時10名以上の労働者を使用する事業場に生じますが(労働基準法第89条)、それ以下の規模であっても就業規則を整備しておくことは自社を守る実務的な手段です。規定がなければ、本採用拒否の根拠を就業規則に求めることができず、対応の正当性を説明しにくくなります。
評価記録を「試用期間終了前にまとめて作る」
本採用を拒否しようと決めた後から評価シートを整えても、記録の信ぴょう性が問われます。「後付けで作ったのではないか」と指摘された場合に反論が難しくなります。試用期間の初日から定期的に記録を積み重ねることが、唯一の対策です。
延長・猶予の選択肢を知らずに急いで判断する
「試用期間が終わる前に決めなければ」とあせって判断を急ぐ必要はない場合があります。就業規則に延長規定があれば、さらに観察・指導の期間を設けることができます。延長する場合も、本人への書面通知が必要です。判断に迷うケースでは、専門家への相談を検討してください。
まとめ
試用期間中であっても、本採用拒否には「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が求められます(三菱樹脂事件・最高裁昭和48年判決)。有効な本採用拒否を行うためには、就業規則への明文化・試用期間中の指導記録・評価シートの整備・適正な手続き(解雇予告)という四つの柱を整えることが実務上の基本です。特に専任人事のいない企業では、採用のたびに場当たり的な対応になりがちです。「今いる社員の試用期間が終わる前に就業規則を見直したい」「評価記録の整備方法を相談したい」という方は、ウェルセンス株式会社にお気軽にご相談ください。人事の専門知識がなくても、実務に即した形で一緒に整理することができます。
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