「試用期間が終わりに近づいているけれど、正直まだ判断がつかない。もう少し様子を見たいが、延長は法的に問題ないのか」——人事専任者がいない中小企業では、こうした状況で立ち往生するケースが少なくありません。さらに、「本採用を断ったら不当解雇で訴えられるのでは」という不安から、問題のある従業員をそのまま本採用してしまい、後々深刻なトラブルに発展するケースもあります。この記事では、試用期間の延長・本採用拒否の判断基準と、リスクを減らすための就業規則整備のポイントを実務目線で整理します。
試用期間は「仮採用」ではない——法的性質を正確に理解する
試用期間中であっても、すでに労働契約は成立しています。この前提を知らないまま「試用期間中だから自由に断れる」と思い込んでいると、思わぬ法的リスクを招きます。
「解約権留保付労働契約」とは何か
最高裁判所は昭和48年12月12日の三菱樹脂事件判決において、試用期間を「解約権留保付労働契約」と位置づけました。つまり、会社は採用後に従業員の適格性を見極める権利(解約権)を留保しているだけであり、労働契約そのものはすでに成立しているということです。「仮採用」「お試し期間」という感覚で運用しているとすれば、それは法律の実態とズレがあります。
本採用拒否は「解雇の一種」として扱われる
解約権留保付労働契約である以上、本採用拒否は解雇に準じる行為です。試用期間が2週間を超えている場合、本採用拒否には労働基準法第20条に基づく解雇予告(30日前の予告)、または解雇予告手当の支払いが必要になります。また、本採用拒否が有効とされるには、労働契約法第16条が準用され、「客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当である」ことが求められます。通常の解雇より要件は緩やかとはいえ、「なんとなく合わない気がする」という感覚論では法的に無効とされる可能性があります。
本採用拒否が認められるケース・認められないケース
本採用拒否は、採用時には知りえなかった事実の発覚や、試用期間中に新たに判明した適格性の欠如がある場合に限って有効と判断されやすくなります。
有効とされやすい本採用拒否の事由
以下のような事由がある場合、本採用拒否が認められやすいとされています。ただし、単に事由が存在するだけでは不十分で、指導・改善の機会を与えたうえで改善が見られないことを記録として残していることが重要です。
- 欠勤・遅刻・早退が頻繁で、改善指導後も継続している
- 業務上の指示・命令に従わない、または職場の協調性を著しく欠く
- 経歴詐称など、採用の前提となった事実と異なる事実が判明した
- 業務遂行能力が著しく低く、指導・研修を重ねても改善の見込みがない
- ハラスメント行為その他就業規則上の懲戒事由に該当する行為を行った
無効とされやすい本採用拒否のパターン
一方、次のようなケースでは本採用拒否が無効と判断されるリスクが高まります。採用前から明らかだった事情(例:面接時に確認済みのコミュニケーションスタイル)を後から理由にしても、「採用時に知りえた事実」として認められません。また、指導や改善指示を一度もしないまま「能力不足」を理由にするのも問題です。さらに、拒否の理由を口頭でしか伝えておらず記録が存在しない場合は、争いになったときに会社側が不利になります。
試用期間の延長——できる場合とできない場合
試用期間の延長は、就業規則に延長規定があり、適切な手続きを踏んだ場合にのみ有効です。規定がなければ、本人の同意があっても延長は無効とされるリスクがあります。判断基準が曖昧なまま運用していると、後々のトラブルの種になりやすいため、明文化と合意形成が重要です。
就業規則に規定がない場合はどうなるか
「もう少し様子を見たい」という気持ちから、口頭で「試用期間をもう少し延ばさせてほしい」と伝え、本人も了承した——このケースでも、就業規則に延長の根拠規定がなければ、その延長は無効とされる可能性があります。後から本人に「延長には同意していない」「そんな話は聞いていない」と言われた場合、会社側に証拠がなく対応が困難になります。まず就業規則を整備することが先決です。
延長を有効にするための3つの要件
試用期間の延長が法的に有効とされるためには、以下の要件をすべて満たすことが重要です。
| 要件 | 具体的な対応 |
|---|---|
| 就業規則への明記 | 延長できる旨・延長事由・上限期間を規定に明記する |
| 書面による通知と合意 | 延長の理由・期間・達成すべき目標を書面で本人に交付し、署名をもらう |
| 合理的な延長期間 | 試用期間の合計が6ヶ月程度を超えると延長の合理性が問われやすくなる |
延長期間はどのくらいが適切か
法律上、試用期間の上限や延長可能な日数に明確な定めはありません。ただし、実務上は試用期間(延長含む)の合計が6ヶ月程度を超えると、「なぜそこまで判断を保留するのか」という合理性が問われやすくなります。延長する際は、単に期間を引き延ばすのではなく、「何ができれば本採用とするか」という到達目標を明示し、本人が改善に向けて行動できる環境を整えることが重要です。
就業規則に何をどう書くか——明文化の実務ポイント
試用期間に関するトラブルの多くは、就業規則の規定が薄いことに起因しています。「試用期間3ヶ月」の一文だけでは、延長も本採用拒否も根拠がない状態です。判断基準を明文化することで、恣意的な判断を防ぎ、従業員側にも説得力のある説明が可能になります。
記載すべき項目と文例イメージ
就業規則の試用期間条項には、少なくとも以下の項目を盛り込むことを検討してください。文例はあくまで参考です。実際の規程整備は社会保険労務士など専門家に依頼することを強く推奨します。
- 試用期間の長さ:「新たに採用した者については、採用の日から○ヶ月間を試用期間とする」
- 延長要件:「出勤状況・業務遂行能力・勤務態度に著しい問題がある場合、○ヶ月を上限として試用期間を延長することができる」
- 延長手続き:「試用期間を延長する場合は、理由・延長期間・達成目標を記載した書面を本人に交付し、本人の署名による合意を得るものとする」
- 本採用拒否事由:欠勤・能力不足・指示不従事・経歴詐称・懲戒事由該当行為などを具体的に列挙する
- 評価・指導プロセス:中間面談やフィードバックの実施を規定し、指導の記録を残す仕組みを明示する
就業規則の変更手続きを忘れずに
常時10人以上の労働者を使用する事業場は、就業規則を作成・変更した際に労働基準監督署へ届け出る義務があります(労働基準法第89条・第90条)。変更時は労働者代表の意見書を添付する必要があります(同意は不要ですが、意見聴取は必須です)。また、既存の従業員にとって不利益となる変更を行う場合は、労働契約法第10条に基づき合理的な理由と丁寧な説明が求められます。なお、従業員数が10人未満の場合でも、就業規則を整備しておくことは紛争予防の観点から有効です。
記録と指導プロセスがトラブル防止の鍵
就業規則の整備と並んで重要なのが、日々の指導記録の蓄積です。「指導した」という事実を証明できるかどうかが、紛争時の明暗を分けます。
何をどのように記録するか
試用期間中に問題行動や能力面での懸念が生じた場合、以下の内容を書面またはメール・チャットで記録しておきましょう。口頭で伝えた指導は、後から「言った・言わない」の水掛け論になりがちです。まず、いつ・どのような問題があったかを具体的に記述します。次に、どのような指導・改善指示を行ったかを記録します。そして、本人がどのように反応したか(改善の意思を示したか、反論したかなど)も残しておくと有効です。
中間面談を仕組み化する
試用期間の途中(たとえば1ヶ月半経過時点)で、上司または経営者が本人と面談を実施し、「現時点での評価」「改善してほしい点」「残りの試用期間で期待すること」を伝える機会を設けると、本人への適正な情報提供と記録の双方が実現できます。この面談を就業規則や運用規程に明記しておくことで、恣意的な判断ではなくプロセスに基づいた評価であることを示せます。管理職が複数いる場合は、評価基準のすり合わせも事前に行っておくことで、従業員間の不公平感を防ぐことができます。
試用期間の判断基準を整備したい、あるいは現在の延長・拒否の判断に不安がある場合は、早めに相談しておくことで後のトラブルを未然に防ぐことができます。
まとめ
試用期間の延長・本採用拒否は、「試用期間中だから自由にできる」という話ではありません。法的には労働契約がすでに成立しており、本採用拒否は解雇に準じる行為として扱われます。リスクを減らすためには、就業規則に延長要件・本採用拒否事由・手続きを具体的に明記し、指導プロセスを記録として残すことが不可欠です。「今の就業規則に試用期間の規定がほとんどない」「延長を口頭で済ませてきた」という状況に心当たりがある場合は、今が整備のタイミングです。人事の判断基準を明確にすることで、経営者や管理職の負担も軽減できます。ウェルセンス株式会社では、中小企業の人事・労務課題に関する相談を承っています。就業規則の見直しや試用期間の運用整備について、まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
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