「従業員が急に亡くなり、ご遺族から退職金の問い合わせが来たが、誰に払えばいいのかわからない——」。そう困惑されている人事担当者の方は少なくありません。しかも就業規則を確認したら、死亡退職金の受取人順位が書かれていない。そこからどう動けばよいのか、判断の根拠をこの記事で整理します。
死亡退職金の受取人は「誰が決める」のか
死亡退職金の受取人は、原則として会社の退職金規程に定められた順位によって決まります。規程がない場合は、法律や判例をもとに判断するしかなく、対応が複雑になります。
規程がある場合の受取人順位
多くの企業が参考にする厚生労働省の就業規則モデルや一般的な規程例では、以下のような順位が採用されています。この順位は民法の法定相続順位とは異なります。たとえば民法では配偶者と子が第1順位ですが、規程上は配偶者を単独で最優先とするケースが一般的です。
- 配偶者(内縁を含む場合もある)
- 子
- 父母
- 孫
- 祖父母
- 兄弟姉妹
同順位の人が複数いる場合(例:子が3人いる場合)、規程に「均等に分配する」と明記されていれば問題ありませんが、定めがないと遺族間でトラブルになりえます。内縁配偶者を含めるかどうかも、あらかじめ規程に書いておくべき事項です。
規程がない場合の法的な位置づけ
退職金は法律上の「最低基準」ではなく、支給義務は就業規則・規程・労働契約などの根拠がある場合にのみ発生します。したがって規程がなければ、そもそも死亡退職金を支払う法的義務はありません。ただし、過去に同様のケースで死亡退職金を支払った慣行があれば「労使慣行」として支払い義務が生じる可能性があります。
「相続財産」か「受取人固有の財産」かで対応が変わる
規程で受取人が具体的に指定されている場合、死亡退職金はその受取人の固有の財産(みなし相続財産)となり、遺産分割協議の対象外になります。一方、規程がない・または「遺族に支払う」とだけ書かれている場合は、相続財産として遺産分割の対象になり得るという解釈もあり、最高裁判例でも争われてきた論点です。受取人が固定されているかどうかが、その後の手続き全体に影響します。
規程がないときの実務対応フロー
就業規則に死亡退職金の定めがない場合でも、慌てずに「支払うかどうか」「何を払うか」「誰に払うか」の順で判断を整理することが大切です。
まず「支払い根拠があるか」を確認する
以下の点を確認してください。
- 就業規則・退職金規程に死亡時の記載はあるか
- 過去に死亡退職金を支払った実績(慣行)があるか
- 雇用契約書や労働条件通知書に記載はあるか
いずれも該当しなければ、死亡退職金の支払い義務はありません。ただし「何も払わない」だけではなく、後述の弔慰金の支払いを検討することで、遺族への誠意を示しながらリスクも抑えられます。
支払う場合は「支給理由・金額・受取人」を必ず文書化する
規程がない状態で支払いを行う場合、最低限以下を書面で残してください。トラブル防止と税務上の証拠として機能します。
- 支給の根拠(慣行、会社の方針など)
- 支給額とその計算方法
- 受取人の氏名・続柄・選定理由
- 支払日・支払方法
この文書は内部決裁文書として保存し、受取人にも「何の名目で支払うか」を明示した受領書を取り交わすことを強くおすすめします。
複数の遺族から請求が来たときの対処
規程がない状態で複数の遺族から「自分が受け取るべきだ」という申し出があった場合、会社が独自に優先順位を判断することはリスクを伴います。このようなケースでは、遺族間で話し合い・合意してから受取人を一本化してもらうよう依頼するか、弁護士や社会保険労務士に介入を求めることが現実的な選択肢です。会社が勝手に一人を選んで支払った結果、他の遺族から訴えられた事例も存在します。
弔慰金と死亡退職金は何が違うのか
弔慰金と死亡退職金は名称が異なるだけでなく、税務上の扱いがまったく異なります。規程がない場合でも弔慰金の支払いは可能であり、適切に区分することで遺族の税負担を抑えられます。
税務上の区分と非課税限度額
| 区分 | 会社側(損金) | 遺族側(相続税) |
|---|---|---|
| 死亡退職金 | 損金算入可 | みなし相続財産として課税対象。非課税枠:500万円×法定相続人の数 |
| 弔慰金 | 社会通念上相当な額は損金算入可 | 業務上死亡:最終月額給与×36か月分まで非課税/業務外死亡:最終月額給与×6か月分まで非課税 |
弔慰金が上記の非課税限度を超える部分は、死亡退職金として相続税の課税対象とみなされます(国税庁の取扱いによる)。たとえば業務外死亡で月額給与30万円の方に弔慰金として300万円を支払う場合、非課税となるのは30万円×6か月=180万円で、超過する120万円は死亡退職金として相続税の課税対象になります。
「弔慰金」として扱うための要件
支払った金額が弔慰金として認められるためには、支給の名目・金額の合理性・社会通念上の相当性が必要です。就業規則や慶弔見舞金規程に根拠を持たせ、他の従業員に対しても同等の基準で支給していることが求められます。根拠なく高額を「弔慰金」と名付けても、税務調査で否認されるリスクがあります。
規程がない場合でも弔慰金は支払える
死亡退職金とは異なり、弔慰金は退職金規程がなくても慶弔見舞金規程として別途定めることができます。規程が整備されていない企業でも、今回の対応と並行して慶弔見舞金規程を作成し、支払い根拠を明確化することが可能です。まずは弔慰金として一定額を支払い、その後に規程を整備するという順序でも法的には問題ありません(ただし遡及適用でないことを明確に)。
労働基準法上の「賃金・未払い退職金」の支払い義務
死亡後に未払い賃金や未払い退職金が残っている場合は、死亡退職金の受取人順位がどうなっていようと、労働基準法第23条に基づく支払い義務が発生します。
労働基準法第23条が求めること
労働基準法第23条は、「労働者が死亡した場合、権利者からの請求があれば7日以内に賃金・退職金・積立金などを返還・支払わなければならない」と定めています。この「権利者」とは、相続人または受取人として確定した遺族を指します。未払い賃金や確定した退職金が残っている場合は、この条文による支払い義務が生じます。
支払いを急ぐ前に受取人の確定が必要
7日以内という期限が設けられていますが、受取人が確定していない状態で支払うと後のトラブルになります。複数の遺族から請求がある場合や、規程上の受取人が不明な場合は、まず受取人を特定する作業を優先し、そのプロセスを記録に残してください。支払いが遅れる合理的な理由があれば、遺族に対して経緯を丁寧に説明することが大切です。
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今後のリスクを防ぐ規程整備のポイント
今回の対応を終えた後、必ず取り組んでほしいのが就業規則・退職金規程への死亡退職金条項の追加です。次の訃報が来たときに同じ混乱を繰り返さないための備えです。
規程に最低限盛り込むべき内容
死亡退職金に関する条項を新設または追記する際には、以下の項目を網羅してください。
- 支給対象となる死亡(業務上・業務外・在職中など)
- 支給額の計算方法(在職年数・月額給与の倍率など)
- 受取人の順位(内縁配偶者・同順位複数人の扱いを含む)
- 受取人が複数いる場合の分配方法
- 弔慰金と死亡退職金を分けて支給する場合の定め
規程作成後に必要な手続き
就業規則を変更・追加した場合は、所轄の労働基準監督署への届出が必要です(常時10人以上の労働者を使用する事業場の場合)。また、労働者代表からの意見書の添付も求められます。変更後は全従業員に周知する義務があります(労働基準法第106条)。10人未満の事業場でも、就業規則を整備すること自体はリスク管理として有効です。
まとめ
死亡退職金の受取人は、退職金規程で定められた順位によって決まります。規程がない場合は支払い義務自体が発生しないケースもありますが、慣行や慰労の意図がある場合は弔慰金として支払う方法があります。どちらの場合も「誰に」「何の名目で」「いくら」支払うかを文書化し、税務上の区分(死亡退職金か弔慰金か)を明確にすることが不可欠です。そして今回の対応を機に、規程の整備を進めることが次のリスクを防ぐ最善策です。
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