「休職に入ってもらったけど、給与の扱いをちゃんと書面にしていない」「時効って2年じゃなかったっけ?」——中小企業の経営者や兼務人事担当者から、こうした声をよく耳にします。休職対応は日常的に発生するわけではないからこそ、いざというときに手続きの抜けが生じやすい領域です。放置すれば、退職後に未払い賃金を請求され、証拠書類もなく反論できないという最悪のケースに発展します。この記事では、中小企業が特に陥りやすい5つの落とし穴を、法的根拠とともに実務的に解説します。
未払い賃金の時効は「3年」——「2年で安心」はもう通用しない
2020年4月に改正労働基準法が施行され、賃金債権の消滅時効は従来の2年から3年(当面の措置)に延長されました。さらに、将来的には民法の原則どおり5年に統一される可能性が法律附則に明記されています。「もう2年経ったから大丈夫」という認識は、すでに誤りです。
時効の起算点は「退職日」ではなく「賃金支払日」
重要なのは、時効のカウントが退職日ではなく「各賃金の支払日」から始まるという点です。たとえば休職期間中の特定の月に賃金が未払いだった場合、その月の給与支払日から3年間、請求権は有効に存在し続けます。在職中は黙っていた社員が退職後に請求してくるケースも実際に起こっています。
付加金請求という「上乗せリスク」も存在する
労働基準法第114条に基づく付加金は、未払い賃金と同額を裁判所が使用者に支払いを命じることができる制度です。この請求期間も3年であり、悪質と判断されれば未払い分の2倍を支払う可能性があります。時効の延長とセットで理解しておくべきリスクです。
書類の保存期間も見直しが必要
労働基準法第109条は、賃金台帳・出勤簿・雇用契約書などの書類の保存義務を定めています。改正に合わせて保存期間も5年(当面3年)に延長されました。「もう処分していい」と判断する前に、賃金支払日からの経過年数を必ず確認してください。
休職中の賃金は「払わなくていい」とは限らない
ノーワーク・ノーペイの原則により、労務の提供がない休職期間中は賃金支払義務がないのが基本です。ただし、この原則には重要な例外があり、その例外が問題になるケースが後を絶ちません。
就業規則に「賃金を支払う」旨の規定がある場合
就業規則に「休職期間中は基本給の何割を支給する」と明記されている場合、会社はその規定に拘束されます。逆に「無給」と明記されていなければ、社員から「有給だと思っていた」と主張される余地が生まれます。就業規則の休職規定は「無給である」「有給休暇充当後は無給に移行する」という取り扱いを明確に記載することが不可欠です。
「実質的に業務指示があった」と認定されるリスク
休職中の社員に対してメール・チャット・電話で業務に関する連絡を取り続けた場合、「労務の提供があった」と評価されるリスクがあります。復職後に別のトラブルが生じた際に、それらのやり取りが証拠として使われた事例は実務上も存在します。休職期間中の社員への連絡は、健康状態の確認など必要最低限に絞り、業務指示に該当する内容は避けることが重要です。
有給休暇の充当タイミングのズレが生む問題
「まず有給を使ってもらって、なくなったら無給の休職に切り替える」という運用は一般的ですが、有給残日数・休職開始日・傷病手当金の待期期間(連続3日)がかみ合っていないと、「賃金が支払われるべき日があった」という主張の根拠になります。有給消化の記録と休職開始日の書面化は必ずセットで行うことが重要です。
傷病手当金の案内漏れが招くトラブル
健康保険の傷病手当金は、業務外の疾病・負傷による労務不能が続く場合に、待期期間3日を経て最大1年6か月支給される給付です(健康保険法第99条)。この制度の案内を会社が行わなかったことで、後からトラブルに発展するケースがあります。
傷病手当金と賃金の「二重取り」は認められない
休職中に会社から賃金が支払われた場合、その金額に応じて傷病手当金は減額または不支給となります。この仕組みを理解せず、有給休暇充当中に傷病手当金の申請を始めてしまうと、給付計算が複雑になります。健康保険組合への申請手続きのタイミングは、社労士に確認しながら進めるのが安全です。
案内義務はないが「説明義務」が問われる可能性
法律上、会社が傷病手当金の存在を社員に案内する義務は明示されていません。しかし、案内しなかったことで社員が給付を受けられなかった場合、信義則(民法第1条)に基づいて損害賠償を求められるリスクが完全にゼロとは言い切れません。休職対応の初期段階で、傷病手当金制度についての説明と申請サポートを行うことが実務上のベストプラクティスです。
休職命令に「根拠」がなければ賃金支払義務が生じる
就業規則上の根拠規定なく会社が社員を自宅待機させた場合、それは「休職」ではなく「使用者都合の休業」とみなされ、労働基準法第26条に基づき平均賃金の60%以上の休業手当支払い義務が生じます。これは特に、就業規則の整備が不十分な中小企業に起こりやすい落とし穴です。
就業規則の休職規定に必要な記載事項
実務上、休職規定には少なくとも以下の項目が必要です。
| 記載項目 | なぜ必要か |
|---|---|
| 休職事由(メンタル不調を含む傷病) | 命令の根拠を明確にするため |
| 休職期間の上限 | 期間満了時の自然退職規定とセットで機能する |
| 給与・賞与の取り扱い(無給か有給か) | 賃金請求の根拠を消すため |
| 診断書の提出義務 | 休職開始・復職判断の客観的根拠を確保するため |
| 復職手続き・判定基準 | 「職場復帰支援の手引き」に準拠した対応を可能にするため |
| 復職できない場合の退職規定 | 自然退職の法的根拠として機能させるため |
従業員数・体制別の対応目安
産業医の選任義務は常時50名以上の事業場に発生しますが、50名未満でも就業規則の整備義務(常時10名以上)は存在します。就業規則がない場合は早急に作成を、ある場合もメンタル不調を想定した休職規定の内容を専門家に確認することを強くお勧めします。就業規則が実態と乖離したまま放置されている場合、規定のない対応は「会社が任意に行った有利な処遇」と解釈され、後から賃金請求や地位確認請求の根拠にされることがあります。
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記録がなければ会社は負ける——残すべき書類と管理の実務
労働紛争・労働審判・訴訟において、記録管理義務は使用者側にあるとみなされます。「そんな指示はしていない」「休職の合意はあった」という主張も、書面がなければ認められない可能性が高いのが現実です。
休職開始時に必ず作成・保管すべき書類
- 休職命令書または休職合意書(署名・日付入り)
- 診断書のコピー(原本は社員が保持する場合もあるためコピーで保管)
- 有給休暇の残日数と充当記録
- 傷病手当金の説明・案内を行った記録(メモでも可)
- 給与台帳・出勤簿(保存義務:5年、当面3年)
休職期間中に記録すべきこと
月に一度程度、社員の近況確認を行う場合は、連絡内容と日時を記録しておきます。その際、業務指示に該当する内容を含まないよう注意してください。連絡記録は「健康状態の確認のみを行った」という証拠にもなります。
復職・退職時に必ず残す書類
復職時は、主治医の復職可能診断書・産業医(または外部専門家)の意見書・復職判定会議の記録を残します。自然退職となる場合は、就業規則の該当条文・期間満了の通知書・本人への送達記録を保管してください。退職後の紛争は在職中より証拠収集が難しくなるため、在職中の記録の質が決定的な意味を持ちます。
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まとめ
休職中の未払い賃金と時効をめぐるリスクは、「賃金債権の時効が3年(将来5年)に延長された」「ノーワーク・ノーペイには重要な例外がある」「記録がなければ会社側が不利になる」という3点を軸に整理できます。就業規則の休職規定の整備、休職命令書の交付、傷病手当金の案内、休職期間中の連絡管理、そして書類の適切な保存——この5点が揃っていれば、多くのリスクは未然に防げます。
「うちの就業規則で大丈夫だろうか」「今まさに休職対応中で書類が不安」という状況であれば、専門知識のない中での判断は避け、専門家に相談することが最短の解決策です。ウェルセンス株式会社では、メンタル不調社員の休職・復職支援から人事労務の書類整備まで、中小企業の実情に合わせた支援を行っています。現在の対応に不安がある場合は、まずは現状をお聞かせいただき、改善できる点をご提案させていただきます。
よくある質問
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