休職中の給与誤払い|返還請求の進め方と再発防止策

休職中の給与誤払い|返還請求の進め方と再発防止策 メンタルヘルス対応
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「給与を止め忘れていた……もう3ヶ月分も払ってしまった」——経理担当者から月次チェックで指摘を受け、青ざめた経験はないでしょうか。休職中の従業員への給与誤払いは、専任人事がいない中小企業では決して珍しくないミスです。しかし、返してもらえるのか、どう請求すればいいのか、休職中の社員に催促して問題ないのか、不安が重なって初動が遅れるケースが多く見られます。この記事では、法的根拠から返還請求の具体的な手順、再発防止策まで、実務に即して解説します。

誤払い給与は返還請求できる——法的根拠を確認する

結論から言えば、休職中に誤って支払った給与は、民法上の「不当利得」として返還請求できます。ただし、返還額や返還義務の範囲は社員の状況によって変わります。

不当利得返還請求権(民法703条・704条)

法律上の原因がないのに受けた利益は、不当利得として返還しなければなりません(民法703条・704条)。休職中は就業規則上「無給」とされているのに支払われた給与は、まさにこれに該当します。

ただし、返還義務の範囲は社員が「善意」か「悪意」かで異なります。善意の受益者(自分が受け取ってはいけないと知らなかった社員)は「現に利益を受けている限度」での返還で足り、すでに消費してしまった部分は返還不要とされる場合があります。一方、悪意の受益者(受け取ってはいけないと知っていた社員)は利息付きで全額返還義務を負います。休職発令時に「休職中は無給」と説明を受けていた場合などは、悪意の認定につながり得ます。

消滅時効と早期対応の重要性

不当利得返還請求権の消滅時効は、2020年4月1日以降に発生した案件については権利行使できることを知った時から5年です(民法改正後の原則)。法律上は猶予がありますが、金額が積み上がるほど社員の返済能力に疑問が生じ、交渉も長引きます。気づいた時点でできるだけ早く動くことが現実的な解決への近道です。

就業規則の規定は「以後払わない」根拠であって「天引きできる」根拠ではない

就業規則に「休職中は無給」と定めていても、それはあくまで「今後の給与支払い義務がない」ことを示すものです。すでに払ってしまった金額を次回給与から一方的に差し引く(相殺)根拠にはなりません。労働基準法24条の賃金全額払いの原則が適用されるため、過払い分の回収は別途の合意が必要です。この点は多くの担当者が誤解しやすい落とし穴です。

給与を止め忘れた場合の初動対応

誤払いが発覚したら、まず事実確認と記録の保全を行い、その後に社員への連絡に進むのが適切な順序です。焦って社員に連絡する前に、社内での整理を先に済ませましょう。

社内での事実確認と金額の整理

最初に行うべきは、誤払い期間・金額の正確な把握です。休職開始日、給与支払日、支払額を一覧化し、本来支払うべきでなかった総額を確定させます。傷病手当金(健康保険から支給される手当)の受給状況も確認が必要です。休職中に給与(報酬)が支払われると、健康保険法99条の規定により傷病手当金が減額・不支給になる場合があります。社員が傷病手当金をすでに受け取っていた場合は、給与との重複受給の有無を整理した上で返還額を確定させる必要があります。

社員への連絡——タイミングと方法の選択

メンタル不調で休職中の社員に誤払いの返還を求める際は、連絡のタイミングと方法を慎重に選ぶ必要があります。状態が不安定な時期に書面を一方的に送りつけると、症状悪化や精神的苦痛による損害賠償リスクにつながる可能性があります。

可能であれば、主治医の意見や社員の現在の状態を確認してから連絡に入ることが望ましいです。復職の見通しが出てきた安定期や、定期的な連絡が取れている状況を選ぶのが現実的です。連絡窓口についても、本人と直接話せる状態かどうかを確認し、場合によっては家族を介した案内も検討します。

社労士・弁護士への相談を先行させる

顧問社労士がいる場合は、社員への連絡前に必ず相談してください。顧問契約がない場合も、単発での相談は可能です。特に返還額が50万円を超える場合や、社員が返還を拒否した場合は、弁護士への相談も検討します。初動の対応方針を誤ると、後の交渉が格段に難しくなります。

給与誤払いの返還請求手順と合意書の作り方

返還請求は、社員との対話による任意の合意を基本とします。一方的な天引きは原則として認められないため、書面による合意の取得が必須です。

返還合意書に盛り込むべき項目

口頭での合意は後のトラブルを招きやすいため、必ず書面(返還合意書)を作成します。合意書には以下の項目を明記してください。

  • 返還総額(円単位で明示)
  • 分割の場合は、分割回数・各回の支払期日・各回の金額
  • 支払方法(振込先口座など)
  • 期限の利益喪失条項(支払いが滞った場合に残額を一括請求できる旨)
  • 双方が任意・自由な意思に基づいて合意した旨の確認
  • 日付・署名・捺印

「強制された」「内容を理解していなかった」という後日の主張を防ぐためにも、社員に事前に書面を送付して内容を確認する時間を与えることが大切です。可能であれば、社労士または弁護士に書面の内容を確認してもらいましょう。

給与控除(相殺)を行うための条件

復職後に給与から分割で回収する方法を選ぶ場合、労働基準法24条の全額払い原則への対応が必要です。最高裁平成2年11月26日判決(日新製鋼事件)では、労働者の自由な意思に基づく同意があり、かつその同意が真意によるものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合に限り、相殺が許容されると判示しています。つまり、前述の返還合意書において、社員が自由意思で給与控除に同意している旨を明記することが条件となります。

社員が返還を拒否した場合

返還を拒否された場合でも、不当利得返還請求権に基づく法的請求は可能です。内容証明郵便による請求書送付、その後の少額訴訟(訴額60万円以下)または通常訴訟という流れが選択肢になります。ただし、訴訟は費用・時間・関係性への影響が大きいため、弁護士と費用対効果を慎重に検討した上で判断してください。

傷病手当金との重複受給——見落としがちな確認事項

給与誤払いが発覚した場合、傷病手当金(健康保険からの給付)との関係を必ず確認する必要があります。重複受給の状態が生じていると、社員側に健保組合への返還義務が発生する場合があります。

傷病手当金の調整のしくみ

健康保険法99条の規定により、休職中に給与(報酬)が支払われている期間は、その金額に応じて傷病手当金が調整(減額または不支給)されます。つまり、給与誤払いが行われていた期間について、本来は傷病手当金が減額されるべきでしたが、正常に傷病手当金が支給されていた場合、社員は本来受け取れる額を超えて受給している可能性があります。

社員・健保組合への確認と対応

この場合、社員が加入している健康保険組合(または協会けんぽ)への問い合わせが必要になることがあります。返還額の確定前に、社員の傷病手当金の受給状況を把握し、重複受給の有無を整理してから返還交渉に入ることで、社員側の実質的な負担が変わる場合があります。社員の立場に立てば、健保への返還義務と会社への返還義務が重なることになるため、この点を丁寧に説明することが誠実な対応です。

休職管理の再発防止策——チェックリストと体制整備

誤払いの根本原因は、休職発令と給与停止の連携漏れにあります。専任人事がいない中小企業では、仕組みで防ぐ仕掛けを作ることが再発防止の核心です。

発令から給与停止までの連携フローを整備する

給与誤払いの典型的な発生パターンは、「休職を発令した人」と「給与計算を行う人」が情報共有できていないケースです。たとえ同一人物が担当していても、休職発令の手続きと給与処理のタイミングがずれると誤払いが発生します。

以下のような連携フローを明文化し、チェックリストとして運用することを推奨します。

タイミング 確認事項 担当
休職発令日 給与停止開始月の確認・給与計算担当への通知 人事担当
発令翌日 給与計算システムへの休職フラグ設定・停止確認 給与計算担当
給与締め日前 休職者リストと給与データの照合 経理・人事
毎月月次 休職中社員への支払いゼロ確認 経理担当
復職発令日 給与再開月の確認・給与計算担当への通知 人事担当

就業規則の整備——「休職中は無給」を明文化する

就業規則に「休職期間中は給与を支給しない」という規定が明記されていない、または曖昧な場合は、この機会に整備してください。有給休暇との関係(休職前に有給を使い切るかどうか)、傷病手当金との説明義務なども含めて整理することで、社員への説明も一貫したものになります。就業規則の改定には社労士への相談が効果的です。

規模別の対応分岐——産業医・社労士の有無で変わる

企業規模や支援体制によって、再発防止の進め方も変わります。産業医の選任義務(従業員50名以上)がある企業は、休職発令のプロセスに産業医の意見聴取を組み込むことで、発令の記録が残りやすくなります。社労士との顧問契約がある場合は、休職発令ごとに社労士へ報告する習慣をつけると、給与処理の確認を専門家の目で担保できます。顧問契約がない場合でも、休職が発生した時点でスポット相談を活用することを検討してください。

まとめ

休職中の給与誤払いは、民法上の不当利得として返還請求できます。ただし、一方的な給与天引きは労働基準法24条に抵触するため、社員との書面による合意が必須です。社員がメンタル不調で休職中の場合は、連絡のタイミングや方法に細心の注意が必要で、主治医の意見や社員の状態を踏まえた上でアプローチすることが求められます。また、傷病手当金との重複受給の確認も忘れずに行いましょう。

再発防止には、休職発令と給与停止の連携フローを仕組み化し、就業規則の整備と合わせて体制を整えることが重要です。

今回のような対応を自社だけで進めるのが難しいと感じた場合や、「就業規則の整備から始めたい」「社員との交渉をどう進めればいいかわからない」という場合は、ウェルセンス株式会社にお気軽にご相談ください。休職・復職支援と人事労務の実務に詳しいスタッフが、貴社の規模と状況に合わせた対応策をご提案します。

よくある質問

Q. 休職中に給与を払い続けてしまいました。社員は「もう使ってしまった」と言っています。それでも返還請求できますか?

A. 請求自体は可能ですが、回収できる額が変わる可能性があります。民法703条により、善意の受益者(受け取ってはいけないと知らなかった社員)は「現に利益を受けている限度」での返還義務となるため、既に消費した部分は返還不要と判断される場合があります。一方、休職発令時に「無給」と説明を受けていた場合は悪意の受益者とみなされる可能性があり、全額返還義務が生じます。社員の状況と説明の経緯を整理した上で、社労士や弁護士に相談することをお勧めします。

Q. 復職後の給与から少しずつ返してもらうことはできますか?

A. 可能ですが、社員の自由意思に基づく書面による合意が必要です。最高裁平成2年11月26日判決(日新製鋼事件)の基準に基づき、社員が真意で同意したと認められる合理的な状況下で、返還合意書に給与控除の内容を明記することが条件となります。会社が一方的に控除することは、労働基準法24条(賃金全額払いの原則)に違反するため認められません。

Q. メンタル不調で休職中の社員に返還の話をしても大丈夫でしょうか?

A. タイミングと方法に十分な注意が必要です。症状が不安定な時期に突然書面を送ることは、症状悪化や精神的苦痛による損害賠償リスクにつながる可能性があります。主治医の意見や社員の現在の状態を確認し、復職の見通しが出てきた安定期を選んで連絡することが望ましいです。本人への直接連絡が難しい場合は、家族への案内や段階的なアプローチも検討してください。社労士や産業医に相談しながら進めることを強くお勧めします。

Q. 就業規則に「休職中は無給」と書いていなくても返還請求できますか?

A. はい、できます。不当利得返還請求権(民法703条・704条)は就業規則の規定とは独立した権利であり、就業規則に無給の明記がなくても請求は可能です。ただし、就業規則に規定がない場合は「無給」の合意があったかどうかが争点になりやすいため、今後のトラブル防止のために就業規則の整備も合わせて進めることをお勧めします。

Q. 傷病手当金も受け取っていた場合、返還額はどう計算すればいいですか?

A. 給与誤払い期間中に傷病手当金も受給していた場合、健康保険法99条の規定により本来は傷病手当金が調整(減額・不支給)されるべきでした。この場合、社員は会社への返還義務と健康保険組合への返還義務が重なる可能性があります。返還額の確定前に、社員が加入する健保組合(または協会けんぽ)に状況を問い合わせ、傷病手当金の受給状況を踏まえた上で会社への返還額を整理することが必要です。この計算は複雑になるため、社労士への相談を強くお勧めします。

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【監修】ウェルセンス株式会社
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