「休職者が出たのに、毎月の社会保険料はそのまま会社負担が続く——」。専任人事のいない中小企業の経営者や兼務担当者にとって、この問題は想定外のコストとして重くのしかかります。しかも本人負担分の徴収方法がわかりにくく、就業規則にも何も書いていない。気づけば立替総額が数十万円に膨らんでいた、というケースは決して珍しくありません。この記事では、休職中の社会保険料における会社負担の仕組みを整理し、現場で使える3つの解決策を具体的に解説します。
休職中も社会保険料の会社負担はなくならない
産休・育休との決定的な違い
健康保険法と厚生年金保険法において、社会保険料の免除が認められているのは産前産後休業・育児休業の期間のみです(健康保険法第159条、厚生年金保険法第81条の2)。メンタルヘルス不調や身体疾患による傷病休職は、免除の対象外です。在籍している限り、会社負担分と本人負担分の両方が毎月発生し続けます。
たとえば標準報酬月額が30万円の社員が休職した場合、健康保険と厚生年金を合わせた社会保険料の会社負担分は月約4〜5万円程度になります。半年休職が続けば、会社は25〜30万円を負担し続ける計算です。20〜50名規模の企業では、この1名分の固定費増が経営に与えるインパクトは小さくありません。
「傷病手当金が出ているから大丈夫」は誤解
傷病手当金とは、全国健康保険協会(協会けんぽ)または健康保険組合から被保険者本人に直接支給される給付金です。標準報酬日額の3分の2が、最長1年6ヶ月にわたって支給されます。会社の役割は申請書の事業主証明欄に記載することだけで、費用は一切かかりません。
しかし、傷病手当金の支給と社会保険料の会社負担は完全に別のラインです。「手当金が出ているから会社の出費はゼロ」という認識は誤りで、社会保険料の会社負担分は傷病手当金が支給されていても毎月の納付義務が続きます(健康保険法第48条)。この認識ギャップが、対処を遅らせる大きな原因になっています。
本人負担分の徴収で起きるトラブルの実態
給与ゼロの月は天引きができない
通常、社会保険料の本人負担分は毎月の給与から天引きして納付します。ところが休職中でノーワーク・ノーペイ(無給)の場合、天引きする給与そのものが存在しません。そのため本人に毎月振り込んでもらうか、会社が一時的に立て替えるかのどちらかしか方法がありません。
「休職中の従業員に毎月請求するのは気が引ける」と感じる担当者は多く、請求をためらっているうちに未回収額が積み上がるケースが頻発しています。6ヶ月で未回収が20〜30万円、1年を超えると50〜100万円規模になることもあり、退職時に一括請求しようとしてトラブルに発展するパターンが後を絶ちません。
就業規則に何も書いていないと請求根拠が曖昧になる
多くの中小企業の就業規則は休職規程が簡素で、「休職中の社会保険料の取り扱い」「本人負担分の納付方法」「退職時の精算ルール」が明記されていません。請求根拠が曖昧なまま回収しようとすると、従業員側から「そんな話は聞いていない」と言われてしまうリスクがあります。
労働基準法第89条では就業規則への記載事項が定められており、厚生労働省のモデル就業規則(令和5年版)も休職中の取り扱いの整備を推奨しています。休職者が出てから慌てて規程を整備しようとしても、既存の休職者には遡って適用できないため、事前の整備が唯一の防御策になります。
賢く解決する3つの方法
毎月の直接振込ルールを整備する
最もシンプルな方法は、休職開始時に本人負担分の毎月振込を合意書(覚書)で取り決めることです。「毎月〇日までに会社指定口座へ振り込む」という形式を書面で明確にしておけば、請求の根拠が明確になり、担当者も請求しやすくなります。
覚書には「振込がなかった場合の取り扱い」「復職時の清算方法」もあわせて記載しておくと安心です。口頭での約束は後々「言った・言わない」のトラブルになりやすいため、必ず書面に残すことが実務上の必須条件です。休職開始の面談時にセットで取り交わすのが、最もスムーズなタイミングです。
会社立替+退職時精算の仕組みを設計する
療養中の従業員に毎月の振込を求めることが難しい場合は、会社が本人負担分を一時立て替え、復職時または退職時に精算する方法が有効です。ただしこの場合も、立替合意書を書面で締結し、返済方法と退職時精算の条件を明記することが必要です。
退職時に立替金を退職金や未払い賃金と相殺することは、実務上可能とされています。社会保険料の立替回収は労働基準法第17条が禁じる「前借金」には該当しないとされているためです。ただし相殺を実施する際は、労働基準法第24条(賃金全額払いの原則)との兼ね合いから書面による本人の個別合意が必要です。この合意なしに一方的に相殺すると、法的トラブルに発展する可能性があるため注意が必要です。
就業規則の休職規程を整備する
個別の対応だけでなく、就業規則の休職規程そのものを整備することが根本的な解決策です。明記しておきたい内容は以下の通りです。
- 休職中の給与・賞与の取り扱い(無給であることの明記)
- 社会保険料の本人負担分の納付方法(毎月〇日までに振込など)
- 会社が立て替える場合の条件と返済ルール
- 退職時の未精算額の清算方法(退職金・未払い給与との相殺の可否)
- 納付を怠った場合の取り扱い
これらを就業規則に明記しておくことで、個別の覚書がなくても請求の根拠が明確になります。また新たに休職者が出るたびに対応を一から考える手間がなくなり、担当者の負担も大幅に軽減されます。就業規則は労働基準監督署への届出も必要なため、専門家への相談とあわせて整備することを推奨します。
長期休職・退職が見えてきたときの追加対応
復職見込みがない場合の選択肢を早めに整理する
休職が6ヶ月を超えてきたタイミングで、復職の見込みについて主治医の意見を確認することが重要です。復職が難しいと判断される場合、合意退職の選択肢を本人に丁寧に説明することが、会社・本人双方のリスクを下げることにつながります。
退職後は任意継続被保険者制度を利用することで、本人は最長2年間、退職前と同じ健康保険に加入し続けることができます(退職後20日以内に申請が必要)。任意継続では保険料は全額本人負担となるため、会社側の負担は退職と同時にゼロになります。退職の説明をする際に任意継続の案内をセットで行うことで、本人の不安を和らげながら円満な合意形成を目指せます。
立替総額が大きくなる前に動く
立替総額は時間の経過とともに雪だるま式に増えていきます。月5万円の立替であっても、1年で60万円、1年半で90万円になります。回収できなかった場合、これは丸ごと会社のコスト損失になります。
「まだ様子を見よう」と先延ばしにするほど、回収リスクは高まります。休職開始から3ヶ月を目安に、現状の立替金額の確認・覚書の再確認・復職見通しのヒアリングを一度まとめて実施することをおすすめします。問題が小さいうちに対処することが、経営者・担当者の精神的な負担軽減にもつながります。
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専門家への相談が回収リスクを大幅に下げる
担当者一人で抱え込まないことが大切
休職中の社会保険料問題は、労働法・社会保険法・就業規則の3つが複雑に絡み合っています。法律の解釈を誤ると、従業員から「不当な請求だ」と主張されるリスクや、労働基準監督署からの指導を受けるリスクが生じます。専任人事がいない環境で、これらの判断を兼務担当者が一人で行うことには限界があります。
特に退職時の立替金精算・相殺の場面は、手続きを誤ると後から紛争に発展することがあります。書面の整備段階から社労士などの専門家を関与させておくことで、手続きの適法性を担保しながら回収リスクを最小化できます。
就業規則の整備は「休職者が出てから」では遅い
就業規則の休職規程は、次の休職者が出る前に整えておくことが理想です。一度規程が整備されれば、その後は手順通りに動くだけで対応できるようになり、担当者の心理的負担も大きく下がります。また、就業規則が整備されていること自体が「この会社はきちんとした対応をする」という従業員への信頼メッセージにもなります。
現在の就業規則に休職中の社会保険料に関する記載がない場合は、早めの見直しをご検討ください。
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まとめ
休職中の社会保険料は、産休・育休と異なり免除制度がなく、傷病手当金が支給されていても会社負担分は毎月発生し続けます。本人負担分の未回収を防ぐためには、休職開始時の覚書整備・毎月振込ルールの取り決め・就業規則への明記という3つの対応を組み合わせることが効果的です。長期化した場合は立替総額の確認と合意退職の検討も早めに行うことが、会社・本人双方のリスクを下げることにつながります。
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