「辞めたいんですが……」という一言を聞いた瞬間、頭が真っ白になった経験はありませんか。感情的に引き止めてしまうか、何も言えないまま流してしまうか——専任人事のいない職場では、退職意向への対応に迷うのは当然のことです。この記事では、退職を切り出された後にとるべき行動を、法的なリスクも含めて実務ベースで整理します。退職引き止めを成功させるための具体的な対応方法をお伝えします。
退職を切り出されたとき、まず何をすべきか
感情的な反応を避ける
「絶対辞めないでほしい」「あなたがいなくなったら困る」——こうした感情的な言葉は、退職を申し出た本人にとってプレッシャーになりかねません。引き止めたい気持ちは自然ですが、最初の反応で「責める」「引き止めを強要する」姿勢を見せてしまうと、その後の面談がうまく機能しなくなります。まず深呼吸して「話してくれてありがとう。もう少し詳しく聞かせてもらえますか」とだけ伝えるのが出発点です。
72時間以内にカウンター面談を設定する
退職意向が出てからの対応には、タイミングが重要です。実務的には「退職意向を聞いてから72時間以内」にカウンター面談(退職防止を目的とした面談)を設定するのが黄金ルールとされています。時間が経つほど本人の意思は固まり、転職エージェントへの登録や内定取得が進んでしまいます。「今週中に改めて時間をとらせてください」と伝え、1〜2日中に場を設けましょう。
カウンター面談は1回で完結させようとしない
退職意向の背景には複数の要因が絡み合っていることがほとんどです。1回の面談で「条件を改善します、だから残ってください」と結論を出そうとするのは逆効果になる場合があります。まず第1回の面談では傾聴と事実確認に徹し、第2回で解決策・条件の提示を行うという2段階の設計が有効です。
退職引き止めで本音を引き出すための聞き方
「Pull型」と「Push型」で退職理由を分類する
退職理由には大きく2種類あります。「やりたいことがある」「スキルアップしたい」というような、前向きな動機から来るものを「Pull型(引力型)」、「職場がつらい」「評価されない」「人間関係が嫌だ」というように、今の職場への不満から来るものを「Push型(推進力型)」と呼びます。「キャリアアップのため」という言葉は表面的にPull型に見えますが、その背景にPush型の不満が隠れているケースは非常に多くあります。
本音を引き出す質問の設計
「本当の理由は何ですか?」と直接聞いても、本音は出てきません。代わりに「最近、仕事でつらいと感じることはありましたか」「職場でもっとこうだったらよかったと思うことを教えてください」「今の会社で変わればもう少し続けようと思えることはありますか」という問いかけが有効です。オープンクエスチョン(はい/いいえで答えられない質問)を重ねることで、本人も言語化できていなかった不満が浮かり上がることがあります。
メンタルヘルス不調が背景にある場合の見極め
「なんとなくつらい」「体調が悪い日が続いている」という訴えとともに退職意向が出た場合は注意が必要です。これは純粋な転職意欲ではなく、心身の不調が「退職」という形で表出している可能性があります。この場合、退職の引き止めよりもまず適切なケアへの橋渡しが優先されます。無理に引き止めることで状態が悪化するリスクがあるため、「まずは休んでみる選択肢もある」と伝えたうえで、産業医や外部のメンタルヘルス支援機関(EAP)への相談を促すことが必要です。
引き止め条件を提示するときの注意点
口頭の約束は後でトラブルになる
カウンター面談で「給与を上げます」「役職を変えます」と口頭で伝えることは非常に危険です。後から「言った・言わない」のトラブルになるケースが後を絶ちません。労働基準法第15条は、労働条件の明示を義務付けています。給与や役割に関する条件変更を提示する場合は、必ず労働条件通知書や労働契約書の形で書面化することが必須です。「今日は方向性を確認して、来週書面でお渡しします」という進め方が現実的です。
「この人だけ特別扱い」にならない設計を意識する
退職を切り出した社員だけに条件を改善することは、他の社員との公平性の問題を生む可能性があります。労働契約法第3条が定める均衡考慮の原則にも関わります。たとえば給与を上げる場合でも、「評価制度に基づく昇給」という文脈に乗せることで、制度整合性を保つことができます。特定の1人だけに例外的な条件を出すのではなく、「既存のルールの範囲内でどう対応できるか」を考える視点が重要です。
実現できない条件を提示しない
引き止めたいあまりに「将来的にマネージャーにします」「リモートワークを認めます」と言ってしまい、後から実現できないことが判明するケースがあります。これは引き止め成功どころか、信頼をさらに大きく損なう結果になります。提示できる条件は、今の自社の状況で実際に実行可能なものに限定することが鉄則です。「今すぐには難しいが、3ヶ月以内に〇〇を検討します」のように、時軸を明示した上で誠実に伝えることが信頼構築につながります。
引き止めハラスメントにならないために知っておくべきこと
民法が定める退職の自由
民法第627条により、期間の定めのない雇用契約では、労働者は2週間前に申し出ることで退職することができます。これは法律で保障された権利であり、会社側には退職を法的に阻止する手段はありません。引き止め行為自体は問題ありませんが、「辞めたら損害賠償を請求する」「有給を取らせない」「辞めるなら始末書を書け」などの発言は、退職妨害・ハラスメントとして労働局や裁判所で問題になるリスクがあります。
「引き止め」と「強要」の境界線
退職引き止めは、あくまでも「一緒に働き続けることができる環境を整える努力」であり、本人の意思決定を尊重することが前提です。面談の中で「辞めてほしくない理由」を伝えることや「改善できる点を提示する」ことは正当な引き止めです。一方で、繰り返し呼び出して長時間の説得を行う、感情的に責め立てる、退職届を受け取り拒否するといった行為は、精神的苦痛を与えるハラスメントになりかねません。
最終的に退職の意思が固い場合の対応
カウンター面談を尽くしても、本人の退職意思が変わらないこともあります。その場合は、円満退職に向けた引き継ぎ計画の策定と、退職理由を次の採用・組織改善に活かすための「退職面談(Exit Interview)」の実施に切り替えることが賢明です。無理な引き止めは、退職者本人だけでなく周囲の社員のモチベーションや会社の評判にも影響します。
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引き止め成功後が本当の正念場
残ってもらっただけでは終わらない
いったん退職意向を示した社員を引き止めた場合、引き止め成功を「ゴール」と捉えてしまうことが最大の落とし穴です。実際には、引き止めに成功した社員の多くが半年〜1年以内に再度退職しているというケースが少なくありません。条件だけで残ってもらっても、職場環境や関係性が変わらなければ、本人のエンゲージメント(仕事への意欲・愛着)は回復しません。
30日・90日・180日のフォロー面談を設計する
引き止め後は、定期的なフォロー面談を意図的に設計することが重要です。目安として、残留から30日後・90日後・180日後のタイミングで1on1を実施し、「最近どうですか」「気になることはありますか」と継続的に声をかける仕組みをつくりましょう。特に30日後の面談は、条件変更が実際に実行されているかの確認も兼ねています。こうしたフォローがあることで、本人も「見てもらえている」と感じ、エンゲージメントが回復しやすくなります。
周囲の社員への影響も忘れない
退職意向が周囲の社員に知られている場合、「あの人は特別扱いされた」という受け止め方が生まれることがあります。残留した社員本人への対応と並行して、チーム全体の状態にも目を向けることが必要です。特定の条件変更が他の社員の不満の火種にならないよう、制度や評価基準の透明性を高めていくことが、中長期的な退職防止につながります。
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まとめ
退職を切り出されたとき、大切なのは「感情的に動かない」「本音を丁寧に聞く」「提示できる条件を誠実に伝える」「残ってもらった後もフォローを続ける」という一連の流れを設計することです。退職引き止めは一度の面談で完結するものではなく、その後のエンゲージメント回復こそが成功の鍵となります。
専任人事がいない環境では、こうした対応をひとりで抱えるのはどうしても限界があります。ウェルセンス株式会社では、退職意向が出たタイミングでのカウンター面談の設計・同席支援から、メンタルヘルス不調の見極め、残留後のエンゲージメント回復まで、中小企業の実情に合わせたサポートを提供しています。「今まさに対応に困っている」という緊急の相談にもスポットでお応えできますので、まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
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