「採用面接のとき、持病のことを聞いておけばよかった……」。入社してから持病が発覚し、業務に支障が出ている——こうした事態に直面したとき、多くの中小企業の経営者・人事担当者は「今からどう動けばいいのか」「解雇はできるのか」「どこまで配慮すればいいのか」と手探りになります。法律の知識がないまま対応すると、解雇無効や損害賠償リスクを招くこともあります。この記事では、採用面接での健康状態確認の可否から、入社後に持病が発覚した際の対応手順まで、実務的な視点で整理します。
採用面接で持病を聞くことは、法律上どう扱われるか
結論から述べると、採用面接で持病・病歴を質問することは、原則として避けるべきとされています。ただし「この業務を問題なく遂行できるか」という形での確認は、合理的な必要性があれば許容される余地があります。
病歴の質問が「就職差別」につながる理由
厚生労働省が定める「公正採用選考の基本原則」では、採用選考において把握すべきでない事項の一つとして「本人の適性・能力に関係のない病歴」を挙げています。病気や障害を持つ求職者が、それを理由に不当に選考から排除されることを防ぐための指針です。
「採用するかどうか決める前に健康状態を把握しておきたい」という気持ちは理解できます。しかし「持病があるから採用しない」という判断につながりうる情報収集は、就職差別にあたるとして問題視されます。専任人事がいない企業では「聞いても大丈夫だろう」と判断してしまいがちですが、求職者側が後日「病歴を理由に不採用にされた」と申し立てるリスクがあることを知っておく必要があります。
「業務遂行に直接関係する」場合の例外
一方で、業務内容に照らして合理的な必要性がある場合は、健康状態の確認が許容される余地があります。たとえば次のようなケースです。
- 夜間交替勤務がある職種
- 高所や危険物を扱う現場作業
- 大型車・フォークリフトなど免許が必要な運転業務
これらの場合でも、「○○病ですか?」と病名を直接聞くのではなく、「この業務(夜間勤務・高所作業など)を安全に遂行できますか?」という聞き方が適切です。あくまで「業務遂行の可否」を確認する形にとどめることが重要です。
雇入れ時健康診断との混同に注意
労働安全衛生法第66条は、使用者に雇入れ時健康診断の実施を義務付けています。しかしこれは「採用を決定した後」に実施するものであり、採用選考の判断材料として使うことは適切ではありません。「健康診断の結果が悪かったから採用取り消し」という対応は法的リスクを伴います。健康診断と採用選考は、明確に切り分けて運用してください。
労働者に「告知義務」はあるのか
労働者が持病を申告しなければならないという一般的な法的義務は、現行法には存在しません。ただし、就業規則の定めや状況によっては、問題が生じるケースもあります。
告知義務を定める法律は存在しない
労働契約法・労働基準法・職業安定法のいずれにも、労働者が採用面接で持病を申告しなければならないという義務規定はありません。したがって、持病を申告しなかったこと自体を、一律に「不正行為」と捉えることはできません。これは多くの経営者・人事担当者が驚く点です。
求職者の側には、プライバシーとして健康情報を開示しない権利があります。「なぜ言わなかったのか」と怒りを感じる気持ちは理解できますが、それだけを理由に懲戒や解雇に踏み切るのは危険です。
就業規則に「申告義務」が定められている場合
就業規則に「採用時の虚偽申告の禁止」や「健康状態の申告義務」が明記されている場合は、それに違反したことが懲戒事由や採用取消事由になりえます。ただし、単に「告知しなかった」だけでなく、「質問されたにもかかわらず意図的に虚偽を答えた」という事実が必要になります。
就業規則がない、または上記の規定がない場合は、懲戒処分の根拠自体がありません。まず自社の就業規則を確認することが出発点です。
「詐欺的行為」として問題になるケースとは
持病があることで明らかに業務遂行が不可能であるにもかかわらず、意図的に隠して採用されたケースは、民法上の詐欺(民法96条)や錯誤(民法95条)の問題になりえます。しかしこれが認められるためには、「業務遂行が不可能なほどの重大な状態である」「意図的に欺く行為があった」という2点の立証が必要であり、ハードルは相当高いのが実情です。「持病を黙っていた=詐欺」という安易な判断は禁物です。
入社後に持病が発覚したときの対応
入社後に持病が発覚した場合、いきなり解雇や採用取消を検討するのではなく、まず事実確認と状況把握を行うことが、法的リスクを避けるうえで最も重要です。以下に、実務上の対応の流れを示します。
| 対応フェーズ | 主な行動 | 注意点 |
|---|---|---|
| 事実確認 | 本人と面談し、健康状態・業務への影響を確認 | 病名・診断内容の開示を強要しない |
| 就業配慮の検討 | 業務内容・勤務時間・勤務場所の調整を検討 | 合理的配慮の範囲内で対応(後述) |
| 継続不能の判断 | 産業医・社労士等の専門家に相談のうえ方針決定 | 解雇・退職勧奨は法的要件を必ず確認する |
まず行うべき本人との面談
持病が発覚したとき、最初にすべきことは本人との面談です。「なぜ言わなかったのか」を責める前に、「今の体の状態」「業務への影響の有無」「本人が希望するサポート」を丁寧に確認します。面談では、病名や診断書の提出を強制的に求めることは避けてください。確認すべきは「この業務を続けられる状態か」という就業上の事実です。
面談の内容は必ず記録に残してください。後のトラブル対応において、初動の適切さを示す証拠になります。
試用期間中でも「自由に解雇できる」わけではない
「試用期間中なら解雇できる」と思っている経営者は少なくありませんが、これは誤りです。最高裁判所は三菱樹脂事件において、試用期間中の解雇(解雇権の留保行使)であっても、客観的合理的理由と社会通念上の相当性が必要であるという法理を示しています。持病を告知しなかったという事実だけで解雇の正当性が認められるとは限りません。
特に就業規則に根拠規定がない場合は、解雇無効となるリスクが高まります。動く前に必ず社労士や弁護士に相談することを強くおすすめします。
情報共有の範囲:プライバシーと業務上のニーズのバランス
「上司やチームメンバーに伝えてよいか」は、多くの担当者が悩む問題です。原則として、従業員の健康情報は本人の同意なく第三者に開示してはなりません。上司への情報共有が必要な場合は、面談の場で「直属の上司にはどの範囲まで伝えてよいか」を本人に確認し、同意を得たうえで行うことが基本です。「チームに迷惑がかかるから言う」という一方的な判断は、個人情報保護の観点からも問題になります。
合理的配慮はどこまで必要か
合理的配慮とは、障害や健康上の状態を持つ従業員に対して、過度な負担にならない範囲で必要な措置を講じることです。「何でもやらなければならない」わけではなく、企業規模や業務の性質によって現実的な範囲が変わります。
安全配慮義務として求められる基本的な対応
労働契約法第5条は、使用者が労働者の生命・身体等の安全を確保しつつ労働させる義務(安全配慮義務)を負うことを定めています。持病を抱える従業員に対して「何も配慮しない」という対応は、この義務に反する可能性があります。まず確認すべきは、業務内容・勤務時間・職場環境のどこに負荷がかかっているかです。
具体的な配慮の例としては、通院のための短時間勤務や中抜け対応、残業の免除、特定の重作業からの除外などが挙げられます。
中小企業で「配慮できる選択肢が少ない」ときの考え方
部署が2〜3しかない、在宅勤務の仕組みがない、業務分担の余地が限られている——こうした状況は中小企業でよく見られます。合理的配慮には「過重な負担とならない範囲」という限定があり、企業規模・資力・業務の特性が考慮されます。大企業と同水準の配慮ができないこと自体は、ただちに違法にはなりません。
重要なのは「配慮しようとした事実と経緯」を記録しておくことです。「これ以上の対応は業務運営上困難である」という判断に至った経緯を文書で残しておくことが、後の労務トラブルへの備えになります。
障害者雇用促進法に基づく合理的配慮との違い
障害者雇用促進法第36条の3は、障害者である労働者に対して合理的配慮を提供することを事業主に義務付けています(2016年施行)。この義務は、障害者手帳を持つ従業員だけでなく、機能障害があると認められる場合にも適用されることがあります。持病が障害と重なるケースでは、この法律上の義務も念頭に置いた対応が必要です。一方、持病があるものの障害には該当しないケースでは、安全配慮義務の枠組みで対応することが中心になります。自社の状況に照らして、どちらの枠組みが適用されるかを確認しておきましょう。
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再発防止のために整備しておくべきこと
今後同様のケースで迷わないために、採用プロセスと入社後の対応フローをあらかじめ整備しておくことが、中小企業の労務リスク管理の基本です。
就業規則への規定の盛り込み
就業規則に「業務に支障をきたすおそれのある健康状態については、会社に申告すること」「採用時の虚偽申告は懲戒事由に該当する場合がある」といった規定を設けておくことで、入社後のトラブル対応の根拠が明確になります。就業規則がまだ整備できていない、または既存の規定が古い場合は、社労士に依頼して見直しをかけることをおすすめします。
採用面接時のチェックリストの作成
「何を聞いてよいか・いけないか」を面接担当者が属人的に判断しないよう、採用面接のチェックリストをあらかじめ作成しておきましょう。特定の業務(夜間勤務・危険作業など)がある職種の場合は、「この業務を遂行できる体調にあるか」という確認項目を設けることは許容される範囲です。一方で病歴・病名・障害の有無を直接問う質問はNGとして明記しておくことで、採用担当者のリスクを下げられます。
相談窓口・産業医との連携体制
従業員が健康上の不安を一人で抱え込まないよう、相談できる窓口を社内または社外に設けることも有効です。産業医の選任義務(常時50人以上の事業場)がない規模の企業でも、外部の産業医サービスやEAP(従業員支援プログラム)を活用することで、専門的なサポート体制を整えることができます。健康上の問題を早期に把握できる環境をつくることが、長期的な労務リスクの低減につながります。
まとめ
採用面接で持病を質問することは原則として避けるべきであり、労働者側にも法律上の告知義務はありません。入社後に持病が発覚した場合は、いきなり解雇や採用取消を検討するのではなく、まず本人との面談で状況を把握し、就業上の配慮を検討することが法的リスクを回避する基本です。試用期間中の解雇にも客観的合理的理由と社会通念上の相当性が必要であり(三菱樹脂事件の法理)、就業規則の根拠規定がなければ懲戒処分の根拠も生まれません。合理的配慮は「過重な負担とならない範囲」で求められるものであり、中小企業の規模や業務実態を踏まえた現実的な対応が認められます。再発防止のためには、就業規則の整備・採用面接のチェックリスト作成・相談窓口の整備を進めることが大切です。
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