「取締役に昇格させたので、社会保険は外れますよね?」——そう処理してきた会社が、後から年金事務所の調査で遡及加入を求められるケースが存在します。役員だからといって、自動的に社会保険から外れるわけではありません。判断の鍵を握るのが「使用人兼務役員」という概念です。この記事では、使用人兼務役員の認定基準から、社会保険・労働保険それぞれの加入判断まで、専任人事がいない企業の担当者でも自社のケースに当てはめて判断できるよう、実務的に解説します。
「役員=社会保険脱退」は誤解です
結論からいえば、役員であっても法人に使用され報酬を受ける実態があれば、健康保険・厚生年金の被保険者になります。昇格イコール脱退という処理は、法的根拠のない慣行です。
社会保険加入の根拠となる法律
健康保険法第3条第1項は、「事業所に使用される者」を被保険者と定義しています。ここでいう「使用される」とは、雇用契約の有無ではなく、実態として法人の指揮命令下に置かれ、報酬を受けているかどうかで判断されます。したがって、取締役であっても部長職や営業職を兼ねて会社の指示のもとで働いている実態があれば、社会保険の加入対象です。
「そういうものだと思っていた」リスク
小規模企業では「役員にしたら社保を抜く」という慣行が長年続いてきたケースがあります。しかし年金事務所の調査が入った場合、過去に遡って保険料を徴収されるリスクがあります。時効は2年(故意の場合は5年)であり、会社負担分・本人負担分の両方が対象になります。気づかないまま放置するほど、リスクは積み上がります。
使用人兼務役員とは何か
使用人兼務役員とは、会社法上の役員(取締役・監査役など)でありながら、同時に部長・課長・工場長などの使用人(従業員)としての地位も持つ人を指します。「取締役営業部長」や「取締役製造部長」がその典型例です。
法人税法上の定義との違い
使用人兼務役員という言葉は法人税法施行令第71条にも登場しますが、これは役員報酬を損金算入できるかどうかを判断するための税務上の概念です。代表取締役・専務取締役・常務取締役などは、法人税法上は使用人兼務役員になれないとされています。ただし、この税務上の扱いと社会保険の判断は直接リンクしていません。社会保険では、税務上の区分に関係なく、あくまで「労働の実態」で判断します。
どんな肩書きが該当するか
実務でよく見られる肩書きごとの整理は以下のとおりです。
| 肩書き例 | 使用人兼務役員の可能性 | 補足 |
|---|---|---|
| 取締役営業部長 | 高い | 部長職として指揮命令を受ける実態があれば該当 |
| 取締役(肩書きのみ) | 低い〜中程度 | 業務執行の実態次第で判断が分かれる |
| 代表取締役 | 原則なし | 業務執行権を持つため使用人兼務と認められにくい |
| 執行役員(会社法上の役員でない) | 該当しない | 社会保険上は従業員として扱うのが基本 |
| 非常勤取締役 | 低い | 勤務実態・報酬が少額・不定期なら被保険者外となりやすい |
執行役員は別扱い
「執行役員」は会社法上の役員ではなく、あくまで社内の職位です。社会保険上は原則として従業員と同じ扱いになり、通常どおり加入対象となります。「役員」という言葉が入っているため除外してしまうケースがありますが、それは誤りです。組織改編で執行役員制度を導入するタイミングに、この点を改めて確認しておくことを推奨します。
社会保険の加入判断
使用人兼務役員が社会保険(健康保険・厚生年金)に加入できるかどうかは、「法人に使用されている実態があるか」を総合的に判断して決まります。年金事務所はいくつかの観点から実態を確認します。
年金事務所が確認するポイント
実務では、以下の観点を複合的に見て判断されます。
- 会社の指揮命令下で業務を行っているか(出勤状況・業務指示の有無)
- 業務執行権(社長権限・代表権)を持っているか
- 報酬の性質:使用人としての給与が別途支払われているか
- 就業規則・賃金規程の適用を受けているか
- 非常勤か常勤か、報酬額は定期・定額か
これらの要素が従業員に近い実態を示しているほど、被保険者と認められやすくなります。逆に、代表取締役のように業務執行権を持ち、他の役員・従業員を指揮する立場にある場合は、「使用される」関係が認められにくく、被保険者となれないケースがあります。
役員報酬と使用人給与の2本立て処理
使用人兼務役員には、役員報酬と使用人給与の2本立てで報酬が支払われることがあります。社会保険の標準報酬月額を算定する際は、両方の合計額を基に計算します。役員報酬だけを算定基礎にしてしまうケースが散見されますが、使用人給与を除外すると標準報酬が実態より低くなり、給付額に影響します。なお、役員報酬の変更(増額・減額)は法人税の損金算入ルール(定期同額給与)と絡むため、変更タイミングには税理士と連携して確認することが重要です。
労働保険の加入判断
労働保険(労災保険・雇用保険)の加入判断は、社会保険とは別のルールで行われます。社会保険に加入できるからといって、自動的に労働保険も適用されるわけではありません。
労災保険の考え方
労災保険は労働基準法上の「労働者」に該当するかどうかで判断します。使用人兼務役員であっても、部長・課長として他の従業員と同様に指揮命令を受けて業務に従事している部分については、労働者性が認められ、労災保険が適用されると解されています。ただし、代表取締役や実質的な経営者は原則として対象外です。もし役員として労災の補償を受けたい場合は、「特別加入制度」の活用を検討してください。
雇用保険の考え方
雇用保険は「労働者性」がより厳格に問われます。ハローワークは以下の基準で総合的に判断します。
- 使用人としての賃金(役員報酬とは別の給与)が支払われているか
- 就業規則・賃金規程の適用を受けているか
- 役員報酬と使用人給与を比較して、使用人給与の割合が相対的に高いか
- 経営に実質的に参画しているかどうか
「役員報酬のほうが使用人給与より著しく高い」「実質的に経営判断を行っている」といった場合は、雇用保険の被保険者と認められないことが多いです。逆に、使用人給与が主体で役員報酬が少額であれば、被保険者として認められる可能性があります。兼務役員として雇用保険に加入する場合は、ハローワークに「兼務役員雇用実態証明書」を提出する手続きが必要です。
社会保険と労働保険の違いを整理する
混乱しやすいポイントをまとめると、社会保険(健保・厚年)は「法人に使用され報酬を受ける実態」を見るのに対し、労働保険(労災・雇保)は「労働基準法上の労働者性」をより厳格に問います。社会保険に加入できても、雇用保険には加入できないというケースは十分に起こりえます。制度ごとに根拠法令と判断軸が異なることを前提に、それぞれ個別に確認することが必要です。
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自社ケースへの当てはめ方
実際に自社の役員について判断するには、いくつかの確認ポイントを順番に整理することが効果的です。まず役員の業務実態を確認し、次に報酬の構成を把握し、そのうえで加入の要否を判断するという流れで進めてください。
確認すべき3つの事実
自社の使用人兼務役員該当者を整理する際は、次の3点を確認します。まず、その人物が日常業務で他の従業員と同様に業務指示を受けているかどうか。次に、役員報酬とは別に使用人給与が発生しているかどうか。そして、就業規則・賃金規程がその人物にも適用されているかどうか。この3点が揃っていれば、社会保険・雇用保険の被保険者要件を満たす可能性が高いと考えられます。
手続きの窓口と必要書類
社会保険の加入手続きは管轄の年金事務所(日本年金機構)、雇用保険の加入手続きは管轄のハローワーク(公共職業安定所)が窓口です。雇用保険については、兼務役員として加入する場合に「兼務役員雇用実態証明書」の提出が求められます。議事録・役員報酬の決定書類・就業規則なども求められることがあるため、事前に準備しておくとスムーズです。なお、遡及して加入が必要と判明した場合は、最大2年(悪質な場合は5年)分の保険料が発生する可能性があります。早期に実態を確認し、適切な処理をすることが会社・本人双方の利益につながります。
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まとめ
使用人兼務役員は、役員であっても「法人に使用され報酬を受ける実態」があれば、社会保険(健康保険・厚生年金)の被保険者になります。「役員になったから社会保険を外す」という処理には法的根拠がなく、遡及加入・保険料追徴のリスクが伴います。労働保険(労災・雇用保険)については社会保険とは別のルールが適用されるため、制度ごとに個別に判断することが必要です。肩書きだけで判断せず、業務実態・報酬構成・就業規則の適用状況を確認したうえで、年金事務所やハローワークへの届出を行ってください。
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よくある質問
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