安全配慮義務を果たす5つの記録と面接代替策

安全配慮義務を果たす5つの記録と面接代替策 労務管理
Photo by Kampus Production on Pexels

「本人が『大丈夫です』と言っているから、特に対応していない」——その判断、実は会社にとって大きなリスクを抱えています。長時間労働が続く従業員への安全配慮義務は、本人の意思や同意に関係なく、会社側に課される法的義務です。しかも産業医がいない中小企業では「何をすればいいかわからない」まま時間が過ぎてしまいがちです。この記事では、産業医不在でも実施できる面接指導の代替策と、万一のときに会社を守る5つの記録管理について、実務に即して解説します。

「本人が望んでいる」でも会社の責任は消えない

自発的な長時間労働であっても、安全配慮義務(労働契約法第5条)は免除されません。これが、多くの中小企業の経営者・人事担当者が見落としている最重要ポイントです。

安全配慮義務は「契約上の義務」である

安全配慮義務とは、会社が「労働者の生命・身体等の安全を確保しつつ労働させる義務」を負うことを定めた労働契約法第5条に基づく義務です。就業規則に定めがあるかどうか、本人が同意しているかどうかに関係なく、雇用契約を結んだ時点で当然に発生します。違反した場合は民事上の損害賠償責任が生じるため、「本人が辞めたくないと言っていた」「本人から申出がなかった」という事情は、免責の根拠にはなりません。

「申出がなかった」は免責にならない

労働安全衛生法第66条の8では、月80時間を超える時間外・休日労働を行い、疲労の蓄積が認められる労働者から申出があった場合に、医師による面接指導を実施する義務があると定めています。しかし、「申出がなかったから何もしなくてよい」とはなりません。会社には労働者が申出をしやすい環境を整える努力義務があり、申出がなかった場合でも、過重労働の実態があれば安全配慮義務違反として問われる可能性があります。管理監督者や研究開発業務従事者については、申出の有無に関わらず月100時間超で面接指導義務が生じるケースもあります。

「頑張り屋の社員」ほど見落とされやすい

問題になりやすいのは、責任感が強く「大丈夫」と言い続ける従業員です。こうした社員は不調のサインを自ら発信しないため、上司や会社が問題に気づくのが遅れます。気づいたときには休職が避けられない状態になっていた、というケースは決して珍しくありません。会社は従業員の自己申告だけに頼らず、労働時間の記録や面談などを通じて能動的に状況を把握する姿勢が求められます。

産業医がいない会社でできる面接指導の代替策

50人未満の事業場には産業医の選任義務がありませんが、「産業医がいないから面接指導はできない」とあきらめる必要はありません。公的な支援制度を活用することで、医師による面接を実現できます。

地域産業保健センター(地さんぽ)を活用する

厚生労働省が運営を支援する地域産業保健センター(通称:地さんぽ)は、50人未満の小規模事業場を対象とした無料の産業保健サービスを提供しています。地さんぽに登録された医師が面接指導を実施してくれるため、産業医を選任していない会社でも法令上の「医師による面接指導」に準じた対応が可能です。また、保健師や看護師による健康相談、事業者・管理職への産業保健情報の提供なども行っています。最寄りの地さんぽは、各都道府県の産業保健総合支援センター(さんぽセンター)のウェブサイトから検索できます。

嘱託産業医・外部EAPとの契約を検討する

地さんぽ以外の選択肢として、嘱託産業医との契約があります。月1〜数回の訪問や、必要に応じたスポット相談など、会社の規模や予算に合わせた契約形態が可能です。また、EAP(従業員支援プログラム)と呼ばれる外部の専門機関と契約することで、カウンセリングや健康相談の窓口を従業員に提供することもできます。これらは法定の「面接指導」そのものではありませんが、従業員の健康管理体制を整える上で有効な補完策です。

上司・人事による定期面談を「記録付き」で実施する

医師による面接指導に加え、上司や人事担当者が定期的に1対1の面談を行い、労働時間・体調・業務負荷について確認することも重要です。ただし、面談を行うだけでは不十分で、日付・参加者・確認内容・会社の対応内容を記録として残すことが必要です。この記録が、後述する「証跡管理」として機能します。

会社を守る5つの記録と証跡管理

安全配慮義務の履行を証明するためには、「実施した事実」を記録として残すことが不可欠です。以下の5種類の記録を整備・保管してください。

記録の種類 具体的な内容 保存期間
労働時間の客観的記録 タイムカード・PCログ・ICカード等 3年(当面の目安)
面接指導の記録 実施日・担当者・労働者の状況・意見・措置内容 5年
上司・人事による面談記録 日時・参加者・確認事項・会社の対応 5年(推奨)
就業上の措置の記録 残業制限・業務転換・配置変更等の措置内容と日付 5年
メール・通知の記録 残業抑制の指示・注意喚起メール・業務指示の文書 5年(推奨)

労働時間の「客観的把握」は義務である

2019年4月施行の改正労働安全衛生法(第66条の8の3)により、すべての事業者は労働者の労働時間の状況を客観的な方法で把握する義務を負っています。管理監督者も対象に含まれます。上司の感覚や本人の申告のみに頼った記録は「客観的な方法」とはみなされません。タイムカード、PCのログオン・ログオフ記録、入退室のICカード記録など、客観的な証拠能力のある方法で記録してください。

面接指導の記録は5年保存が義務

面接指導を実施した場合、労働安全衛生法第66条の8第4項・第5項に基づき、医師の意見を記録し、必要な就業上の措置(残業削減・業務転換・深夜業の回数削減など)を講じなければなりません。これらの経緯と措置内容の記録は5年間保存する義務があります。記録のフォーマットは厚生労働省が様式例を公表しているので参考にしてください。

メール・指示文書も「証跡」として保管する

「残業を減らすよう本人に伝えた」「業務量を調整するよう上司に指示した」という事実も、口頭だけでは証跡になりません。メールや社内チャット、業務指示書など文書形式で残し、後から参照できる状態で保管することが重要です。特に、過重労働が続く従業員に対して会社が何らかの対応をした事実を示す記録は、万一のトラブル時に会社の誠実な対応を示す証拠となります。

メンタル不調の予兆に気づく社内フローをつくる

専任人事がいない会社でも、シンプルな対応フローを事前に決めておくことで、「なんとなくおかしい」という気づきを適切な行動につなげることができます。

「誰が・いつ・どう動くか」を決めておく

メンタル不調の対応で最も問題になるのは、「上司が個人的に抱え込んで相談が遅れる」パターンです。これを防ぐために、以下の基本フローをあらかじめ決めておきましょう。まず、月80時間超の残業が発生した場合は上司または人事担当者が本人と面談する。次に、体調不良や欠勤が続く場合は人事担当者(または経営者)に報告する。その後、必要に応じて地さんぽや外部EAPに相談する。このフローを就業規則や社内マニュアルに明記しておくことが理想ですが、まずは口頭でも関係者間で共有することから始めてください。

不調のサインを管理職が把握できるようにする

メンタル不調の初期サインには、「遅刻・早退・欠勤の増加」「ミスや物忘れの増加」「表情や言動の変化(元気がない・口数が減る)」「業務のスピードや質の低下」などがあります。これらのサインを管理職が認識できるよう、年1回程度の簡単な社内研修や情報共有を行うことも有効です。専任人事がいない場合は、外部の産業保健機関や支援機関に研修を依頼することもできます。

従業員が相談しやすい環境を整える

本人からの自発的な申出を促すためには、「相談しても不利にならない」という安心感が必要です。面談の内容が人事評価に影響しないことを明示する、匿名で相談できる外部窓口(EAP等)を設ける、といった取り組みが有効です。相談窓口の存在を社内に周知することも、安全配慮義務の履行という観点から重要な取り組みです。

従業員規模・産業医の有無による対応の違い

安全配慮義務の内容は従業員規模や産業医の有無によって異なります。自社の状況に照らして確認してください。

50人未満の事業場(産業医選任義務なし)

産業医の選任義務はありませんが、安全配慮義務および労働時間の客観的把握義務はすべての事業場に適用されます。面接指導については、地さんぽの医師を活用することで法令の趣旨に沿った対応が可能です。地さんぽのサービスは無料で利用できるため、コスト面のハードルも低く、まず最初に検討すべき選択肢です。

50人以上の事業場(産業医選任義務あり)

50人以上の事業場では産業医の選任が義務付けられており、月80時間超の長時間労働者への面接指導も産業医が実施することが原則となります。産業医との連携が十分に機能しているかを定期的に確認し、面接指導の実施記録を適切に保管することが求められます。また、衛生委員会の設置・運営も義務となります。

  • 従業員数50人未満:産業医選任義務なし/地さんぽを活用した面接指導代替が有効
  • 従業員数50人以上:産業医選任義務あり/産業医との連携・衛生委員会の運営が必要
  • 管理監督者・研究開発従事者:申出の有無に関わらず月100時間超で面接指導義務が生じる場合あり
  • 高度プロフェッショナル制度適用者:別途、月100時間超で面接指導義務あり

まとめ

安全配慮義務は、従業員が「大丈夫」と言っていても、産業医がいなくても、会社が果たさなければならない法的義務です。産業医不在の50人未満企業では地域産業保健センター(地さんぽ)の無料サービスを活用することで、医師による面接指導に準じた対応が可能です。そして何より重要なのが、労働時間の客観的記録・面接指導の記録・面談記録・措置の記録・メール等の指示記録という5種類の証跡を整備・保管しておくことです。「何かあってから」では遅く、日常の記録の積み重ねが会社と従業員の双方を守ります。

ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない成長企業向けに、メンタルヘルス対応・休職復職支援・安全配慮義務に関する実務サポートを提供しています。「うちの会社は何から手をつければいいのか」とお悩みの場合は、お気軽にご相談ください。会社の規模や現状に合わせた具体的なアドバイスをお伝えします。

よくある質問

Q. 本人が「残業したい」と言っている場合でも、会社は対応が必要ですか?

A. はい、必要です。安全配慮義務(労働契約法第5条)は、従業員の同意や希望によって免除されるものではありません。本人が望んで残業していても、会社は労働時間を客観的に把握し、過重労働が続く場合は健康状態を確認する対応が求められます。対応を怠ると、万一健康障害が発生した際に会社の損害賠償責任が認められる可能性があります。

Q. 産業医がいない会社では、面接指導はどうすればいいですか?

A. 地域産業保健センター(地さんぽ)を活用することをおすすめします。50人未満の事業場向けに、登録医師による面接指導を無料で提供しています。最寄りの地さんぽは、各都道府県の産業保健総合支援センター(さんぽセンター)のウェブサイトから検索できます。また、嘱託産業医との契約や外部EAPの活用も補完的な手段として有効です。

Q. 労働時間の記録は何年保存すればよいですか?

A. 労働時間の記録(賃金台帳・出勤簿等)は労働基準法上3年間の保存義務がありますが、安全配慮義務の観点からはより長期の保管が望ましいとされています。面接指導の記録については労働安全衛生法に基づき5年間の保存義務があります。実務上は、関連する記録をまとめて5年間保存する運用にすると管理がシンプルになります。

Q. 上司が従業員の不調を把握していても、人事に報告しなかった場合、会社の責任になりますか?

A. なります。会社の安全配慮義務は組織全体として果たすべきものであり、上司が個人として把握していた情報は会社として認識していたと判断される可能性があります。上司が不調のサインに気づいた場合の報告・相談フローを事前に定め、周知しておくことが重要です。フローが整備されていれば、上司が適切に動きやすくなり、会社としての対応も迅速になります。

Q. 管理職(管理監督者)の残業時間も把握しなければなりませんか?

A. はい。2019年4月施行の改正労働安全衛生法(第66条の8の3)により、管理監督者を含むすべての労働者の労働時間の状況を客観的な方法で把握する義務が事業者に課されています。管理監督者は労働基準法上の労働時間規制(残業代の計算対象)の適用外ですが、健康管理のための労働時間把握は別途義務として定められています。月100時間超の時間外労働が発生している場合は、面接指導の実施を検討してください。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

詳しく見る →

人事だけで抱えない。産業医にスポットで相談
タイトルとURLをコピーしました