「入社して2週間、突然メンタル不調で長期休業になりました。採用のとき、持病のことは一切聞いていなかったのですが……どう対応すればいいですか?」
専任人事のいない中小企業では、このような事態が起きたとき、「何が正しいのか」「何から手をつければいいのか」が分からず、対応が止まってしまうことがあります。しかも「だまされた」という感情が先に立つと、誤った手順を踏んでしまうリスクも高まります。この記事では、採用時の告知義務の法的な整理から、今すぐ使える実務対応の手順まで、順を追って解説します。
採用時に健康状態を「聞かなかった会社」は落ち度があるのか
結論から言えば、採用面接で健康状態を確認しなかったこと自体は、法的な落ち度にはなりません。ただし、確認の仕方によって、後の対応で主張できることの範囲が変わります。
職業安定法が定める「聞いてはいけない情報」
職業安定法および関連指針は、採用選考において「業務上必要のない個人情報を収集してはならない」と定めています。つまり、過去の病歴・通院歴・手術歴など、業務との直接的な関連が説明できない個人情報を一律に求めることは、原則として認められません。
逆に言えば、「業務を遂行する上で支障となる健康上の問題の有無」に限定して確認することは、法的に許容される範囲と解釈されています。「過去に精神科へ通ったことがありますか」ではなく、「現在、業務に支障をきたす健康上の問題はありますか」という質問なら認められる、ということです。
確認しなかった場合のリスクと確認した場合の違い
採用面接で健康上の問題を確認していなかった場合、後から「虚偽申告があった」と主張することが難しくなります。「聞かれていなかったから言わなかった」という反論を覆せないからです。一方、適切な質問をした上で「特にありません」と回答があれば、その虚偽性を後の交渉・手続きで根拠として使える余地が生まれます。
今後のためにも、採用プロセスに「現時点で業務遂行に支障をきたす健康上の問題の有無を確認する」という項目を、書面(入社誓約書・健康状態確認書など)で設けることを検討してください。
「健康状態を隠していた」として解雇できるか——法的な現実
既往症を隠して入社したことを理由に解雇・労働契約取消しを主張することは、法的には可能です。しかし、実務上の立証ハードルは非常に高く、単独の理由として使うことは現実的ではありません。
解雇・取消しを主張するために必要な要件
民法96条(詐欺による取消し)や民法95条(錯誤による取消し)を根拠に労働契約の取消しを主張するには、以下の要件をすべて満たす必要があります。
- 会社が採用時に「業務遂行に関わる健康状態」を明確に質問していたこと
- 求職者が虚偽の申告をしたこと(沈黙しただけでは「隠蔽」と認められない場合がある)
- その虚偽申告が採用の意思決定に決定的な影響を与えたこと
- 入社後の症状がその既往症と直接因果関係にあること
これらを会社側が立証するのは、口頭面接しか記録がない・本人の医療情報は取得できない、という状況では極めて困難です。
「症状が入社後のストレスで発症した」という反論のリスク
特に精神疾患の場合、本人側が「入社前には症状はなかった。業務上のストレスで発症した」と主張するケースがあります。この主張が通れば、会社側には安全配慮義務違反(労働契約法第5条)が問われる可能性すら出てきます。「だまされた側なのに、なぜ会社が賠償?」と感じるかもしれませんが、これが実態です。
だからこそ、「隠蔽を理由に解雇」という一点突破ではなく、就業規則・休職制度・業務遂行能力という別の軸で対応を組み立てることが実務上の正解になります。
今すぐ動くべき実務対応の手順
長期休業が発生したとき、まず動かすべきは「解雇手続き」ではなく「休職制度の確認と適用」です。正しい順序で対応することが、後のトラブルを防ぐ最大の防御になります。
就業規則と休職規定の確認
最初に確認すべきは、自社の就業規則に休職規定があるかどうかです。規定がある場合は、以下の点を確認してください。
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 試用期間中の適用可否 | 「勤続〇年以上」「試用期間満了後」などの条件がある場合、試用期間中は適用外の可能性がある |
| 休職期間の上限 | 「〇ヶ月」「勤続年数に応じて〇〇日」など規定を確認。満了後は自動退職となる規定も多い |
| 休職中の賃金・給付 | 無給が多いが、健康保険の傷病手当金(最長1年6ヶ月)が受給できる場合がある |
| 復職条件 | 主治医・産業医の就労可能判断が必要かどうかを確認 |
就業規則に休職規定がない場合は、欠勤扱いでの対応も選択肢になりますが、長期化すると「解雇」に踏み切るタイミングの判断が難しくなります。規定がない場合こそ、社労士や専門家に早めに相談することを強くお勧めします。
診断書の取得と業務遂行能力の確認
次に、本人を通じて主治医の診断書を提出させます。診断書には「業務に就けない状態である」という医学的判断が記載されている必要があります。この書類が、休職命令の根拠になります。
産業医がいる場合(常時50人以上の事業場では産業医の選任が義務)は、産業医意見も合わせて確認します。20〜49名規模で産業医がいない場合は、嘱託産業医への相談や、地域産業保健センターの活用を検討してください。
本人との面談と記録の保全
休職に入る前後で本人と面談を行い、現状・今後の見通し・連絡方法について確認します。このとき必ず、面談の日時・内容・参加者を記録として残してください。記録がない対応は、後の紛争で「言った・言わない」の問題になります。
面談では、解雇や退職を示唆するような発言は厳禁です。「早く辞めてほしい」という意図が伝わる言動は、後の不当解雇・ハラスメント主張の根拠になりえます。
試用期間中の長期休業——解雇・退職はどう考えるか
試用期間中であっても、解雇には合理的な理由が必要です。「入社すぐに休んだから」という理由だけでは解雇は認められません。
試用期間中の解雇に必要な要件
判例(最高裁昭和48年12月12日・三菱樹脂事件)は、試用期間中であっても解雇には客観的・合理的な理由と社会的相当性が必要であると示しています。ただし、本採用後の解雇よりは広い裁量が認められています。
業務に従事できない状態が続き、休職期間が満了しても回復の見込みがない場合は、就業規則の規定に基づいて退職扱い(自動退職)とすることが、法的リスクを抑えた対応です。一方で、診断書が出た直後・休職開始直後の段階での「即解雇」は、紛争リスクが高まります。
退職勧奨を行う場合の注意点
本人が退職を選択するよう話し合いで促すこと(退職勧奨)は、それ自体は違法ではありません。ただし、強迫・脅迫・繰り返しの圧力と受け取られる行為は違法になります。
退職勧奨を行う場合は、1回あたりの面談時間・回数・内容を記録し、「自発的な意思で合意退職した」という証拠を残すことが重要です。合意退職の場合は退職合意書を書面で交わしてください。
🔗 診断書取得や面談記録など、判断に困る場面が多いなら、専門家に相談して手順を明確にすることをお勧めします。 →
再発防止のために——採用と入社手続きの見直しポイント
今回のケースを教訓に、採用・入社手続きに一定の仕組みを入れておくことで、同様の事態が起きたときの対応力が格段に上がります。
入社時の健康状態確認書の整備
入社誓約書や健康状態申告書に「現時点で業務遂行に支障をきたす健康上の問題はありません」という確認欄を設けることで、後に虚偽申告の根拠として活用できる余地が生まれます。ただし、前述の通り、業務遂行との関連性を超えた病歴・既往症の申告を強制することは職業安定法上問題になる可能性があるため、文言の設計は専門家に確認することを推奨します。
就業規則の休職規定の整備
休職規定がない、または試用期間中の適用が不明確な状態は、トラブルが起きてから気づく典型的な盲点です。「休職期間の上限」「復職条件」「休職期間満了後の扱い」を明確に規定しておくことが、長期化・紛争化を防ぐ最大の備えになります。就業規則の整備は社労士に依頼することで、法令に沿った形で短期間に対応できます。
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まとめ
入社後すぐの長期休業は、経営者・兼務人事担当者にとって、感情的にも実務的にも非常に負荷の高い事態です。しかし、「隠蔽を理由に即解雇」という判断は法的リスクが高く、現実的ではありません。まず就業規則の休職規定を確認し、診断書を取得し、記録を残しながら段階的に対応を進めることが、会社を守る正しい手順です。
また、採用時の健康状態確認書・就業規則の休職規定整備は、今後の再発防止に直結します。「今回の対応をどう進めるか」「自社の就業規則でどこまでできるか」に不安を感じているなら、一度専門家に状況を整理してもらうことが、最も早く安心できる方法です。
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よくある質問
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