在職中に後付けで誓約書を求めて大丈夫?有効性と手順を解説

在職中に後付けで誓約書を求めて大丈夫?有効性と手順を解説 コンプライアンス
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「そういえば、入社時に秘密保持の誓約書を取っていなかった……」と気づいたとき、多くの経営者・人事担当者は頭を抱えます。採用手続きを兼務でこなしてきた結果、雇用契約書は整えたものの誓約書が後回しになっていた、というのはよくあることです。では今から求めても在職中の後付け誓約書は法的に有効なのか、どうやって進めればよいのか——本記事では、有効性の判断基準から実務的な取得手順、署名を断られた場合の対応まで、順を追って解説します。

後付け誓約書は法的に有効か

結論から言えば、在職中に後から誓約書を求めることは法律上禁止されていません。適切な条件を満たせば有効な合意として成立します。

「入社時でないと無効」というルールはない

誓約書は雇用契約書と異なり、必ず雇用開始時に締結しなければならないという法的な規定はありません。民法上の合意は当事者双方が自由意思で同意した事実があれば成立するため、在職中であっても、あるいは退職が近いタイミングであっても、一定の条件のもとでは有効な誓約書として機能します。

重要なのは「いつ取ったか」ではなく「どのような状況で取ったか」です。裁判所が有効性を判断する際も、署名の日付そのものより、署名に至った経緯や内容の合理性を重視します。

有効性を左右する四つの要素

後付けで取得した誓約書の有効性は、主に以下の四つの観点から総合的に判断されます。

  • 対価・代償措置の有無:競業避止義務を課す場合、退職金の上乗せや特別手当など、従業員側にとっての対価が存在するか
  • 署名の任意性:「断ったら解雇する」などの心理的強制や脅迫的な状況がなかったか
  • 義務内容の合理性:制限する期間・地域・禁止業務の範囲が不合理に広くないか
  • 保護すべき利益の存在:会社側に守るべき営業秘密・顧客情報・ノウハウが実際に存在するか

これら四つのバランスが取れていれば、後付けの誓約書であっても裁判所が有効と認める可能性は十分にあります。

秘密保持と競業避止では難易度が異なる

秘密保持誓約書(NDA)は、競業避止誓約書と比べて有効性が認められやすい傾向があります。その理由は、秘密保持義務が憲法22条の職業選択の自由を直接制限するものではないためです。取り忘れに気づいた場合、まず秘密保持誓約書から整備を始めるのが現実的なアプローチです。

なお、秘密保持誓約書が実効性を持つためには、対象となる情報が不正競争防止法上の「営業秘密」(秘密管理性・有用性・非公知性の三要件を満たすもの)として適切に管理されていることが前提になります。情報管理の実態が伴っていない場合、誓約書だけを整えても法的保護を受けにくくなります。

競業避止誓約書の有効性判断基準

競業避止誓約書は「元社員が同業他社に転職・起業することを一定期間制限する」性質を持つため、職業選択の自由との兼ね合いから有効性判断が厳しくなります。

裁判所が参照する六つの判断要素

東京地裁をはじめ多くの裁判例で参照される判断枠組みでは、以下の六要素を総合考慮して有効性を判断します。

  • 保護すべき企業の正当な利益が存在するか
  • 退職者の役職・地位(機密情報へのアクセス度)
  • 地理的制限の有無と合理性
  • 競業制限の期間(一般的に1〜2年が目安とされ、それを超えると無効とされやすい)
  • 禁止行為の範囲の相当性
  • 代償措置の有無と内容

後付けで取得する場合、特に「代償措置の有無」が厳しく審査される傾向があります。入社時の誓約書であれば採用という対価が対応するとも解釈できますが、後付けの場合はその論拠が使えないためです。

内容が広すぎる誓約書は無効になりやすい

よくある失敗がネット上のひな形をそのまま流用し、「退職後5年間、全国において同種事業に一切従事しない」といった過度に広い制限を設けてしまうケースです。裁判所は合理的範囲を超えた条項を一部または全部無効と判断することがあります。

有効性を高めるためには、業種・役職・実際に扱っていた情報の範囲に応じて内容を絞り込む必要があります。たとえば「退職後1年間、前職で直接担当した顧客への営業活動を禁止する」のように具体的に限定する方が、実際に機能する誓約書になります。

タイミング別・誓約書取得の考え方

後付け誓約書の有効性はタイミングによって大きく変わります。適切なタイミングを選ぶことがリスク低減の第一歩です。

在職中の昇進・昇給時が最も自然

最も有効性が高く、従業員の反発も少ないのが昇進・昇給・役職付与のタイミングです。「管理職への登用に伴い、機密情報へのアクセス範囲が広がるため、改めて確認していただきたい」という文脈で提示できるため、強制感が生まれにくく、昇進という対価との対応関係も明確です。

このタイミングを活用できなかった場合でも、就業規則の整備・改定に合わせて「全従業員を対象とした一斉取得」として実施する方法があります。特定の従業員だけを狙い撃ちにするのではなく、会社全体の情報管理強化として位置づけることで、署名への心理的ハードルが下がります。

退職意思表示後の取得はリスクが高い

退職の意思が明らかになった後に誓約書を求めると、従業員が「署名しなければ退職手続きが進まないのでは」と感じやすく、心理的強制と評価されるリスクが高まります。

もし退職間際に対応せざるを得ない場合は、退職合意書や退職金の上乗せとセットで提示し、「署名は任意であり、しなくても退職手続きに影響はない」ことを明示した上で、従業員が冷静に判断できる時間的余裕を確保することが重要です。

タイミング別の比較

取得タイミング 有効性の目安 実務上のポイント
在職中(昇進・昇給・役職付与時) 比較的高い 対価が明確。「アクセス拡大に伴う義務確認」として自然に提示できる
在職中(通常時期・一斉取得) 条件次第で有効 就業規則整備とセットで全員対象とすると強制感が薄れる
退職意思表示後 リスク高め 退職合意書・退職金との連動が有効。任意性の担保が必須
退職日当日・直後 低下しやすい 代償措置の明確化が必須。強要と見なされないよう慎重な対応が必要

後付け誓約書を求める際の実務手順

後付け誓約書を有効に取得するには、書面を渡すだけでなく、丁寧なプロセスの設計が欠かせません。

説明と合意形成から始める

まず最初に、誓約書を求める目的と背景を口頭または書面で説明します。「会社の情報管理体制を強化するため」「業界の取引先情報を適切に保護するため」といった会社側の合理的な理由を伝えることで、従業員が「突然何かを疑われている」と感じるリスクを下げられます。

次に、内容について質問や相談の機会を設けます。「不明な点があれば確認してほしい」という姿勢を示すことで、後から「内容を理解していなかった」という主張を防ぐ効果もあります。

書面で記録を残す

説明を行った日時・方法・担当者、従業員からの質問内容と回答、署名を受け取った日時——これらを記録として保存してください。万一、後日「強制されて署名した」という主張が出た場合に、適切なプロセスを踏んだことを証明できる証拠になります。

誓約書は2通作成し、会社控えと従業員控えで各1通ずつ保管するのが基本です。

就業規則との整合性を確認する

就業規則に秘密保持・競業避止に関する規定がある場合、誓約書の内容がそれと矛盾していないかを確認します。就業規則の規定は個別誓約書の根拠として補完的に機能しますが、就業規則だけで個別合意の代替にはなりません(労働契約法9条・10条の観点から、個別の同意取得が推奨されます)。

逆に就業規則に関連規定がない場合は、誓約書取得と並行して就業規則を整備することで、会社全体の情報管理方針として位置づけることができます。

署名を断られた場合の対応

従業員が誓約書への署名を拒否しても、それだけで解雇や懲戒処分を行うことは原則としてできません。しかし代替的な対応策はいくつか存在します。

署名強制は逆効果になりやすい

「署名しなければ解雇する」「評価を下げる」といった対応は、後の裁判で強要・脅迫と認定されるリスクがあります。仮に署名を得られたとしても、その誓約書自体が無効と判断される可能性があります。拒否された場合は感情的に対応せず、なぜ拒否するのかを丁寧に確認することが先決です。

内容への不信感や誤解から拒否している場合は、条件の調整や説明の追加によって合意に至ることも少なくありません。

就業規則・雇用契約書での対応

個別誓約書への署名が得られなくても、就業規則に秘密保持・競業避止の規定が明記されており、従業員がその就業規則の適用を受けている場合には、一定の法的根拠として機能することがあります。ただし就業規則の規定が「個別合意」を完全に代替できるかは状況次第です。

また、不正競争防止法は誓約書の有無にかかわらず、営業秘密の不正取得・使用・開示を禁止しています。誓約書がなくても、情報管理の実態を整えていれば法的保護を受けられる場面もあります。

社会保険労務士・弁護士への相談を検討する

従業員が署名を強く拒否し、かつ機密情報の持ち出しや競合への転職リスクが高いと判断される場合には、早い段階で専門家に相談することを推奨します。証拠の保全方法や、仮処分を含む法的手段の準備など、人事担当者だけで判断するのが難しい領域に踏み込む可能性があるためです。

まとめ

在職中に後付けで誓約書を求めることは、法律上は禁止されていません。ただし有効性を確保するためには、対価の明確化・署名の任意性・内容の合理性・保護すべき利益の存在という四つの要素を満たすことが重要です。特に競業避止誓約書は職業選択の自由に関わるため内容の設計が難しく、ネット上のひな形をそのまま使うと後になって無効と判断されるリスクがあります。秘密保持誓約書から着手し、昇進・昇給などの機会を活用して自然なタイミングで取得するのが現実的なアプローチです。

「今さら言い出しにくい」「断られたらどうすればいいか」という不安を抱えたまま対応を後回しにすると、退職直前になって慌てる事態になりかねません。ウェルセンス株式会社では、人事の専任担当がいない中小企業向けに、誓約書の整備を含む人事労務対応のご相談をお受けしています。まず何から手をつければよいか、という段階からでも、お気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. 入社時に誓約書を取り忘れていました。今から全従業員に署名を求めても問題ありませんか?

A. 法律上は問題ありません。ただし全員を対象とした一斉取得として実施し、目的・内容を丁寧に説明した上で、署名は任意であることを伝えることが重要です。就業規則の整備と合わせて行うと、会社全体の情報管理体制の見直しという文脈で進めやすくなります。

Q. 退職を匂わせている社員に、今すぐ誓約書を求めるべきですか?

A. 退職の意思が表れた後の要求は「強要」と評価されるリスクがあり、慎重な対応が必要です。もし求める場合は、退職合意書や退職金の条件とセットで提示し、署名しなくても退職手続きに影響がないことを明示した上で、従業員が冷静に判断できる時間を確保してください。状況によっては専門家への相談が先決です。

Q. 競業避止誓約書の有効期間は何年にすればよいですか?

A. 裁判例では1〜2年が有効性を認められやすい目安とされています。2年を超えると無効と判断されるリスクが高まります。また期間だけでなく、地域・禁止業種の範囲も絞り込むことが重要です。役職や業務内容に応じて個別に設定することを推奨します。

Q. 従業員が誓約書への署名を拒否しました。解雇できますか?

A. 誓約書への署名拒否それ自体を理由とした解雇は、原則として認められません。労働契約法16条の「客観的に合理的な理由」を満たさないと判断される可能性が高いです。拒否の理由を丁寧に確認し、内容の見直しや代替的な情報管理措置を検討することが現実的な対応です。

Q. 就業規則に秘密保持規定があれば、個別の誓約書は不要ですか?

A. 就業規則の規定は一定の根拠になりますが、個別誓約書の代替にはなりにくいというのが実務上の考え方です。就業規則は集団的なルール設定であるのに対し、誓約書は従業員個人の明示的な同意を記録するものです。より確実な保護を求めるなら、就業規則の整備と個別誓約書の両方を揃えることが推奨されます。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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