就業規則の昇給規定を変更する3つの手順と注意点

就業規則の昇給規定を変更する3つの手順と注意点 コンプライアンス
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「就業規則には昇給ありと書いてある。でも、今期は原資がない。このまま昇給を見送ったら、法律違反になるのだろうか」——20〜50名規模の会社を経営していると、こうした判断を一人で抱え込むことが少なくありません。専任の人事担当者がいないまま、日々の業務と並行して対応しなければならない状況では、「下手に動いて訴えられるくらいなら何もしない方がいい」と立ち止まってしまうのも無理のないことです。この記事では、昇給規定の法的な意味から、変更手続きの具体的な流れ、従業員への説明まで、実務に直結する形で整理します。

「昇給あり」の文言は、必ずしも昇給の義務を意味しない

就業規則に「昇給あり」と書いてあっても、その拘束力は記載の仕方によって大きく異なります。まずは自社の就業規則の文言を確認することが、すべての出発点です。

記載パターンによって義務の重さが変わる

昇給規定には、大きく「裁量型」と「確約型」の2つのパターンがあります。

パターン 記載例 拘束力
裁量型(努力義務的) 「昇給は、毎年○月に行う場合がある」「会社の業績・本人評価を勘案して昇給を行う」 実施しないことも許容される余地がある
確約型(支給義務的) 「毎年○月1日に昇給を行う」「勤続○年ごとに○円昇給する」 昇給の実施が労働条件として約束されており、見送りは労働契約上の不履行になりうる

「会社の業績を勘案する」という留保条件が入っている裁量型であれば、業績悪化を理由に昇給をゼロとすることも、就業規則の解釈上は許容される場合があります。一方、「毎年4月1日に昇給する」と明記された確約型の場合、昇給を行わないことは労働条件の一方的な変更とみなされるリスクがあります。

「昇給ゼロ」は「昇給あり」に含まれるか

正社員の就業規則において「昇給あり」という文言は、昇給制度が存在することを示すものであり、具体的な金額まで特定していないケースがほとんどです。このとき、「昇給額0円(ゼロ昇給)」が「昇給あり」の範囲に含まれるかどうかは、解釈上の争点になりえます。

裁判所の判断では、就業規則の文言だけでなく、過去の運用実績や会社が社員に伝えてきた説明の内容なども考慮されます。「毎年必ず上げてきた」という慣行があれば、ゼロ昇給が不利益変更と判断されるリスクは高まります。まず手元の就業規則を開き、昇給規定がどちらのパターンに該当するかを確認してください。

就業規則の内容を把握できていない場合の対処

設立時や規模拡大時に社労士に作成を依頼したまま、中身をほとんど読んでいないというケースは珍しくありません。この場合はまず就業規則の現物を取り出し、「昇給」「給与改定」「賃金」に関する条文を探してください。見当たらない場合や、読んでも解釈に迷う場合は、社労士や弁護士に文言の確認を依頼することを強くお勧めします。自己判断で「裁量型だから問題ない」と進めてしまうのは、もっともリスクの高い行動の一つです。

昇給規定を変更できる条件と法的な根拠

就業規則の昇給規定は変更できます。ただし、労働者にとって不利になる変更(不利益変更)には、労働契約法の定める一定の要件を満たす必要があります。

原則は個別同意、例外として合理性による変更

労働契約法第9条は、就業規則を変更することによって労働条件を引き下げるには、原則として労働者との個別の合意が必要だと定めています。しかし全員の同意を得ることが現実的に難しい場合のために、同法第10条が例外を認めています。

第10条によれば、変更に「合理性」があり、かつ手続き要件を満たしている場合、個別の同意がなくても変更の効力が認められます。合理性の判断には以下の事情が総合的に考慮されます。

  • 労働者が受ける不利益の程度(大きいほど合理性のハードルが上がる)
  • 変更の必要性(経営上の必要性の高さ)
  • 変更後の就業規則の内容が社会通念上相当かどうか
  • 労働組合等との交渉の経緯
  • 説明の十分さや経過措置の有無

「意見聴取」は同意取得とは異なる

手続き要件として、変更に際しては過半数労働組合(組合がない場合は過半数代表者)から意見を聴くことが労働基準法第90条で義務付けられています。重要なのは、これは「同意を得ること」ではなく「意見を聴くこと」だという点です。

従業員代表から反対意見が出ても、手続きとしては問題なく進められます。反対意見の意見書であっても、それを添付した上で所轄の労働基準監督署に届け出ることで、変更は有効に進みます。「反対されたら変更できない」と思い込んで動けずにいる会社が多いですが、それは誤りです。

従業員数・組合の有無による対応の違い

労働組合がある場合は、組合と誠実に交渉することが合理性の判断にプラスに働きます。労働組合がない会社(多くの20〜50名規模の企業がこれに該当します)では、従業員の過半数を代表する「過半数代表者」を選出する必要があります。この選出が適正に行われていないと、後から手続きの瑕疵を指摘されるリスクがあるため、選出方法にも注意が必要です。投票や挙手など、従業員が自主的に選べる方法を取ることが求められます。

変更手続きの具体的な流れ

就業規則の昇給規定を変更するには、大きく分けて「内容の整理」「合意形成」「届出・周知」という段階を踏みます。以下に実務の流れを整理します。

現行規定の文言確認と変更内容の設計

まず最初に、現行の就業規則で昇給規定がどのように書かれているかを確認します。その上で、どのような変更を行うかを整理してください。選択肢には主に次の3つがあります。

  • 規定の完全廃止(昇給制度そのものをなくす)
  • 条件付きへの見直し(「業績・評価に基づく裁量型」へ変更)
  • 一時凍結(「当面の間、昇給を実施しない」旨を付則等で規定)

完全廃止は不利益の程度が最も大きく、合理性の要件が厳しく問われます。一時凍結や条件付きへの変更の方が、従業員の理解を得やすく、合理性も認められやすい傾向があります。原資不足が一時的なものであれば、凍結という選択肢が現実的です。

過半数代表者の選出と意見聴取

次に、従業員の過半数代表者を適正に選出します。会社側が指名する形は認められておらず、従業員が自律的に選ぶプロセスが必要です。選出後、変更の目的・内容・理由を書面で示し、代表者から意見書をもらいます。

この段階では、代表者や従業員から反対意見や疑問が出ることを想定しておく必要があります。「なぜ今期は昇給できないのか」「いつ再開されるのか」といった問いに対して、数字や見通しを含めた具体的な説明を準備しておくことが、後のトラブル防止につながります。

就業規則変更届の作成と届出・周知

意見書を添付した上で、就業規則変更届を作成し、所轄の労働基準監督署に提出します。届出書類は各都道府県労働局のウェブサイトからダウンロードできます。届出後は、変更後の就業規則を従業員全員が確認できる形で周知することが義務付けられています(労働基準法第106条)。

紙での掲示、イントラネットへの掲載、書面の配布など、方法は問いませんが、「周知した」という記録を残しておくことが後のトラブル対応で重要になります。

従業員への説明をどう進めるか

手続き上の問題がなくても、説明が不十分だと離職やモチベーション低下につながります。従業員への伝え方は、変更の成否を左右する重要な要素です。

「なぜ昇給できないか」を数字で見せる

「業績が悪いから」という抽象的な説明では、従業員の納得を得ることは難しいです。可能な範囲で、売上の推移、コスト増加の要因(原材料費・採用費・光熱費など)、昇給原資として必要な額、現在の手元資金の状況など、具体的な数字を示すことが信頼感につながります。

開示できない情報がある場合は「詳細はお伝えできない部分もありますが」と断った上で、説明できる範囲で誠実に話すことが重要です。情報を隠していると感じさせることの方が、従業員の不信感を高めます。

代替措置・将来の見通しをセットで伝える

昇給が見送られる場合、それだけを伝えると「会社は社員のことを考えていない」という印象を与えがちです。代替措置として検討できるものがあれば、あわせて示すことが有効です。たとえば、一時金(賞与)での還元、福利厚生の充実、評価制度の見直し、昇給再開の条件の明示(「売上が○○円を回復した段階で検討する」など)といった内容です。

「いつまで続くのか」という不安を放置すると、優秀な人材ほど転職を検討し始めます。見通しを示すことは、会社への信頼を維持する上で欠かせません。

感情的な反応への対応を準備しておく

説明の場で感情的になる従業員が出ることは想定内として備えておきましょう。その場で即答せず「ご意見はしっかり受け止めます。改めて回答します」と伝え、持ち帰る姿勢を示すことが重要です。感情的な議論の場で不用意な発言をすると、後から「○○と約束した」と主張されるリスクがあります。説明会の内容は議事録として残しておくことを強くお勧めします。

変更を誤ったときの法的リスクと予防策

手続きを誤ったり説明を怠ったりした場合、法的なリスクだけでなく、組織としてのダメージも大きくなります。あらかじめリスクの種類と予防策を理解しておくことが重要です。

無効・損害賠償請求のリスク

不利益変更の合理性が認められない場合、変更後の就業規則は効力を持たないと判断され、旧規定に基づく賃金の支払いを求める訴訟に発展する可能性があります。特に確約型の昇給規定を手続きなしに一方的に停止した場合、未払い賃金として請求されるリスクがあります。

労働基準監督署への届出だけでは合理性が担保されるわけではありません。届出はあくまで手続きの一部であり、合理性の判断は最終的に裁判所が行います。

離職・組織へのダメージを最小化する予防策

法的リスクへの対応と並行して、組織として取れる予防策があります。変更の背景・理由を丁寧に説明すること、代替措置を検討して示すこと、変更の内容を段階的に行うことで、従業員の納得度を高め、離職リスクを抑えることができます。

また、昇給見送りに至る前の段階で、日頃から会社の経営状況を従業員に共有しておく文化を作ることも、有事の際の信頼関係の基盤になります。「突然言われた」という感覚がトラブルを大きくします。

まとめ

就業規則の昇給規定を変更するには、まず自社の規定が「裁量型」か「確約型」かを確認し、変更の必要性と内容を整理した上で、過半数代表者への意見聴取・労働基準監督署への届出・従業員への周知という手順を踏むことが必要です。手続きを適正に行い、従業員に誠実な説明を行うことで、法的リスクと組織へのダメージを最小化できます。

一方で、就業規則の文言の解釈や合理性の判断は専門的な知識が必要な場面が多く、専任人事のいない会社が一人で判断することには限界があります。「自社のケースではどう対応すべきか」「昇給見送りに伴う従業員の反応にどう備えるべきか」とお悩みの場合は、ウェルセンス株式会社にお気軽にご相談ください。就業規則の整備から従業員への説明サポート、組織全体のメンタルヘルス対応まで、中小企業の人事課題をワンストップでご支援しています。

よくある質問

Q. 就業規則に「昇給あり」と書いてある場合、昇給を見送ると法律違反になりますか?

A. 就業規則の文言次第です。「業績・評価を勘案して行う」のような裁量型の記載であれば、業績悪化を理由に昇給をゼロとすることも許容される余地があります。一方、「毎年○月に昇給を行う」という確約型の記載の場合、見送りは労働条件の不利益変更に当たり、適正な手続きなしに行うと法的リスクが生じる可能性があります。まず自社の就業規則の文言を確認することが先決です。

Q. 従業員全員の同意がなければ、昇給規定を変更できないのですか?

A. 必ずしも全員の同意は必要ではありません。労働契約法第10条に基づき、変更に合理性があり、過半数代表者への意見聴取・労働基準監督署への届出・周知という手続きを踏んでいれば、個別の同意がなくても変更の効力が認められる場合があります。ただし合理性の判断は総合的に行われるため、専門家への確認を推奨します。

Q. 過半数代表者は会社が指名してもいいですか?

A. いいえ、会社側による指名は認められていません。過半数代表者は、従業員が自主的に選ぶ必要があります。投票や挙手など、従業員が自律的に選べる方法を用いてください。会社が任意に選んだ人物を代表者として扱った場合、後から手続きの瑕疵を指摘されるリスクがあります。

Q. 従業員代表が反対意見を出した場合、変更の手続きは止まりますか?

A. 止まりません。労働基準法第90条が定める意見聴取は「同意を得ること」ではなく「意見を聴くこと」です。反対意見が記された意見書であっても、それを添付して労働基準監督署に届け出ることで、手続きとしては有効に進められます。ただし、反対意見が出た事実は合理性の判断に影響しうるため、誠実な対話と説明を行うことが重要です。

Q. 昇給規定を完全に削除するのと、条件付きに変更するのでは、どちらがリスクが低いですか?

A. 一般的には、条件付きへの変更や一時凍結の方がリスクは低い傾向があります。完全削除は労働者が受ける不利益の程度が最も大きく、合理性の要件が厳しく問われます。業績連動型の裁量型規定への変更や「当面の間昇給を実施しない」旨の付則規定を設ける方法は、将来の再開の余地を残しつつ現実的な対応ができるため、従業員の理解も得やすい場合があります。具体的な方法は、自社の状況に応じて社労士や弁護士と相談の上で決定することをお勧めします。

【監修】ウェルセンス株式会社
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