「うちの部長、取締役でもあるんだけど、給与ってどう決めればいいの?」——中小企業の人事担当者から、こういった相談を受けることは珍しくありません。取締役と従業員が兼務している、執行役員を置きたいけど制度設計がわからない、管理職に昇格させたら残業代を払わなくていいと思っていた……。こうした疑問や思い込みが重なると、税務・労務・人事評価のすべてで問題が起きかねません。この記事では、取締役・執行役員・管理職それぞれの給与決定ロジックを、法的根拠と実務の両面から整理します。
取締役と従業員、そもそも何が違うのか
取締役は「委任契約」、従業員は「雇用契約」に基づく——この違いが、給与決定ロジックの分かれ目になります。法的な性格が異なるため、適用される法律も、報酬の決め方も、税務・社会保険の扱いも、すべて別のルールが適用されます。
契約形態と適用法律の違い
取締役は会社法第329条に基づき、株主総会の決議によって選任されます。会社との関係は「委任契約」であり、労働基準法は原則として適用されません。一方、従業員は雇用契約に基づき、労働基準法・労働契約法・最低賃金法などの保護を受けます。
この区別は、給与の決め方にも直接影響します。従業員の給与は就業規則や賃金規程によって決定されますが、取締役の報酬は定款または株主総会の決議が必要です(会社法第361条)。「社長が決めればいい」という認識は、法的に誤りです。
社会保険・雇用保険の扱いの違い
法人の取締役は、報酬が支払われていれば原則として健康保険・厚生年金保険の被保険者になります。一方、雇用保険については、取締役は原則として被保険者になりません。ただし後述する「使用人兼務役員」として従業員的性格が強い場合は、ハローワークの判断によって例外的に加入できるケースもあります。
使用人兼務役員の実務:二重構造をどう整理するか
取締役でありながら現場実務も担う「使用人兼務役員」は、役員報酬と従業員給与の二重構造になります。それぞれに異なるルールが適用されるため、規程の整理と税務・労務の両面での管理が必要です。
役員報酬と従業員給与の区別
使用人兼務役員とは、たとえば「取締役営業部長」のように、取締役の地位と従業員としての職務(使用人としての職務)を同時に持つ人物を指します。この場合、取締役としての部分には役員報酬の規定が、従業員としての部分には給与規程が適用されます。
実務上は、報酬明細や給与台帳でそれぞれを明確に分けて管理することが重要です。「なんとなく一本の給与として払っている」という状態は、税務調査でも労務監査でも問題になります。
役員報酬の変更に関する税務ルール
役員報酬を法人税法上の損金(経費)として認めるためには、「定期同額給与」「事前確定届出給与」「業績連動給与」のいずれかに該当する必要があります(法人税法第34条)。最も一般的な定期同額給与は、毎月同額を支払うものです。
変更できるタイミングは、原則として事業年度開始から3ヶ月以内(法人税法施行令第69条)。期中に勝手に金額を変更すると、変更後の差額分が損金不算入となり、法人税が増えてしまいます。「業績が悪くなったから役員報酬を下げた」という判断を税理士に相談せず行うケースが多く、注意が必要です。人事担当者が単独で判断できる領域ではなく、税理士との連携が不可欠です。
雇用保険加入の判断基準
使用人兼務役員が雇用保険に加入できるかどうかは、ハローワーク(公共職業安定所)が実態を審査して判断します。判断のポイントは、役員としての職務と従業員としての職務が明確に分かれているか、役員報酬と従業員給与がそれぞれ区分されているか、指揮命令関係が認められるかなどです。明確な区分なしに「兼務だから加入できる」とは判断されません。
執行役員の位置づけと給与設計の考え方
執行役員は、会社法上の役員ではありません。社内制度として設ける役職であるため、「雇用型」か「委任型」かを明確に決めることが給与設計の出発点です。
会社法上の「執行役」との違い
まず混同しがちな点として、会社法上に「執行役」という役職は存在しますが、これは指名委員会等設置会社にのみ設置が認められる機関です(会社法第402条)。一般的な中小企業が使う「執行役員」は、この「執行役」とは全くの別物であり、法的な根拠のない社内制度上の役職です。
雇用型と委任型、どちらを選ぶか
執行役員の法的性格は、契約の形態によって決まります。
| 区分 | 法的性格 | 労働基準法の適用 | 雇用保険 | 主な注意点 |
|---|---|---|---|---|
| 雇用型(従業員) | 労働者 | 適用あり | 原則加入 | 就業規則・雇用契約が適用。管理監督者性の判断が必要 |
| 委任型(非労働者) | 受任者 | 不適用 | 加入不可 | 委任契約の締結が必要。解任・退任時の規定を別途定める |
中小企業で「部長クラスを執行役員に格上げしたい」という場合、実態として指揮命令を受け続けるのであれば雇用型が適切です。委任型にする場合は、労務上の保護がなくなることを本人に十分説明したうえで、委任契約書を別途締結する必要があります。
執行役員の報酬設計で押さえるべき点
雇用型であれば、給与は賃金規程に基づいて決定し、割増賃金の要否も含めて整理します。委任型であれば、報酬額・支払い方法・任期・解任条件を委任契約書に明記します。どちらの場合も、「なぜその報酬額なのか」を説明できる評価軸と連動させることが、組織の納得感につながります。
管理職昇格時の処遇設計:「管理監督者」との混同に注意
管理職に昇格させても、自動的に残業代が不要になるわけではありません。残業代の支払い義務が外れる「管理監督者」は、労働基準法第41条に定める厳格な要件を満たした場合のみです。
管理監督者の3つの実態要件
労働基準法第41条第2号の「管理監督者」に該当するためには、役職名ではなく実態として以下のすべてを満たす必要があります。
- 経営上の意思決定に関与し、重要な職務権限を有していること
- 自己の労働時間について裁量を持っていること(出退勤の自由がある等)
- 賃金等の待遇が管理監督者としての地位にふさわしいこと
「部長」「マネージャー」という肩書きがあっても、実態が伴わなければ管理監督者とは認められません。これは多くの裁判例が示しており、労働基準監督署の調査でも厳しくチェックされます。なお管理監督者であっても、深夜割増賃金と年次有給休暇は引き続き適用されます。
昇格時に変更が必要な項目の整理
管理職へ昇格する際は、以下の項目を整理することが実務上のポイントです。まず職務権限の範囲を明確にし、就業規則や職務権限規程に反映します。次に給与等級・手当の変更を賃金規程に基づいて行います。そのうえで管理監督者に該当するか否かを実態ベースで判断し、該当しない場合は引き続き割増賃金の計算対象として扱います。
従業員規模が20〜50名程度の企業では、管理職が5〜10名未満であることが多く、「一人ひとり個別に処遇を決めてきた」というケースも見られます。しかし昇格候補者が「なぜあの人とこの人で差があるのか」を問うようになると、説明できないことが離職やモチベーション低下につながります。昇格時のルールを明文化しておくことが重要です。
管理監督者に該当しないと判断した場合の対応
実態として管理監督者に該当しないと判断した場合は、残業代の支払いを継続します。その場合も「管理職手当」を設けることで、一定の処遇上の差別化は可能です。ただし管理職手当が割増賃金の計算基礎に含まれるかどうかは別途確認が必要で、一部の固定的手当は基礎賃金に算入されます。このあたりは労働基準法施行規則第21条の規定に従って整理してください。
給与決定ロジックを横串で設計するために
取締役・執行役員・管理職・一般従業員の報酬が、それぞれバラバラのロジックで決まっていると、全体としての一貫性が失われます。層ごとに異なるルールを認めつつも、評価軸の考え方を揃えることが納得感のある処遇設計につながります。
報酬決定ロジックの層ごとの整理
報酬決定の根拠となる文書と決定プロセスを層ごとに整理すると、次のように整理できます。一般従業員は賃金規程・人事評価制度に基づき、管理職は賃金規程に加えて職務権限規程と連動した等級設計で決定します。執行役員は委任契約書または賃金規程の上位等級として設計し、取締役は定款または株主総会決議と役員報酬規程によって決定します。
特に中小企業では「役員報酬規程がない」「賃金規程は昔作ったままで実態と乖離している」というケースが多く見られます。現状の規程類を棚卸しし、実態との整合性を確認することが第一歩です。
評価軸の整合性を持たせる視点
取締役と従業員では報酬の決定方法は異なりますが、「どんな貢献に対してその報酬を払うのか」という評価の考え方は組織全体で揃えておくことが重要です。業績・役割・能力・行動といった評価軸を組織として共有し、層ごとの重み付けを変える形で設計すると、「なぜあの人がその報酬なのか」を社内で説明しやすくなります。
給与体系の整備は、人事知識だけでは判断できない税務・労務の側面が多くあります。ウェルセンス株式会社では、専門家の視点から御社の現状診断から規程設計まで、段階的にサポートしています。
まとめ
取締役・執行役員・管理職の給与決定ロジックは、それぞれ適用される法律と規程が異なります。取締役は会社法に基づく委任契約であり、役員報酬は株主総会の決議と法人税法の損金算入ルールに沿って設計します。執行役員は法的根拠のない社内制度であるため、雇用型か委任型かを明確に定め、それに応じた契約と規程を整備します。管理職は「管理監督者」との混同が最も多いリスクポイントであり、実態要件を満たさない限り割増賃金の支払い義務は続きます。これらを横断的に整理し、評価軸の一貫性を持たせることが、納得感のある処遇設計につながります。
「うちの会社、このあたりが整理できていないかもしれない」と感じたら、税務や労務の専門家に相談することをおすすめします。ウェルセンス株式会社では、中小企業の実情に合わせた人事制度設計から規程整備、労務リスク確認まで、スポット相談から継続支援まで対応しています。お気軽にお問い合わせください。
よくある質問
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