ある日、取引先から「御社がクラウドファンディングをやっているんですね」と声をかけられた。しかし身に覚えがない。調べてみると、自社の従業員が個人の副業プロジェクトに会社ロゴを無断で使っていた——。こうした事態に直面したとき、「まず何をすべきか」「どこまで責任を追えるか」「規程をどう直せばいいか」が一度に押し寄せてきます。この記事では、専任法務も専任人事もいない中小企業の担当者が、今日から動ける順序で対応策を整理します。
会社として受けるリスクの全体像を把握する
会社ロゴの無断使用が発覚した場合、リスクは「法的なもの」と「信用・対外的なもの」の二層構造になっています。まずこの全体像を理解しておくと、その後の対応判断が格段にスムーズになります。
商標権侵害になるかどうかの確認
会社ロゴが特許庁に商標登録されている場合、第三者が無断で同一または類似の標章を「業として」使用すると、商標法第25条・第36条に基づく侵害が成立し得ます。クラウドファンディングでの使用が「業として」に該当するかは、継続性・営利性の有無で判断されます。一度限りの個人プロジェクトであっても、資金調達を目的として不特定多数に向けて公開している場合は「業として」と認定される可能性が高いとされています。
まず確認すべきは、自社ロゴが商標登録されているかどうかです。特許庁が提供する無料の検索サービス「J-PlatPat」で社名やロゴを検索すれば、登録の有無・指定商品役務の範囲を確認できます。登録がない場合でも、不正競争防止法第2条第1項第1号(周知表示混同惹起行為)や第2号(著名表示冒用行為)が適用できる可能性があります。ただしこの場合は、自社のロゴが「周知」または「著名」であることの立証が必要になるため、専門家への相談を早めに検討してください。
対外的な信用被害の範囲
クラウドファンディングページが公開されている間、第三者が「この会社が公認したプロジェクトだ」と誤認するリスクがあります。とくに支援者が既に資金を提供していた場合、「会社が詐欺に加担した」という印象を持たれかねません。取引先・顧客・メディアから問い合わせが来た際に対応できるよう、事実関係と会社の立場を簡潔に説明した声明文を準備しておくことが重要です。声明文は「当社は本プロジェクトに一切関与しておりません」という事実を明確にし、社名・日付・担当者の連絡先を記載した形式にすると信頼性が高まります。
発覚直後の対応手順
事態が発覚したら、感情的に従業員を呼び出す前に、証拠保全とプラットフォームへの申告を先行させることが原則です。順序を間違えると、証拠が消えたり法的措置が取りにくくなったりするリスクがあります。
証拠の保全と状況の記録
最初にすべきことは、該当ページのスクリーンショット取得とURL・公開日・閲覧数・支援総額などの記録です。クラウドファンディングページは運営者が削除すれば消えてしまうため、第三者機関のウェブ魚拓サービス(例:Wayback Machine)も活用してページを保存しておくと、後の証拠として有効です。また、ページに記載された会社ロゴの使用態様(大きさ・位置・文脈)も記録しておきます。
プラットフォームへの削除申請
Readyfor・CAMPFIRE・Makuakeなど主要なクラウドファンディングサービスは、知的財産権侵害に関する申告窓口を設けています。各社のヘルプページで「知財侵害の申告」「著作権・商標に関する報告」などのフォームを探し、商標登録証のコピーや会社の実態が確認できる書類とともに申請します。対応は早ければ数営業日以内にページが停止されるケースもあります。商標未登録の場合は、不正競争防止法の観点から代理人弁護士名で通知書を送付する方法も有効です。ここで判断に迷う場合は、対応の適切性を法務の専門家に事前に確認しておくと、より確実な対応につながります。
当該従業員へのヒアリング
証拠を保全し、プラットフォームへの申告手続きを進めてから、当該従業員への事実確認ヒアリングを行います。ヒアリングでは「故意か過失か」「会社に損害を与える意図があったか」「他に類似の行動がないか」を確認します。ヒアリング内容は必ず記録に残し、従業員にも内容の確認署名を求めることで、後の懲戒処分の手続きに活用できます。この段階では処分の通告は行わず、事実の確認のみに徹することが、後のトラブルを防ぐうえで重要です。
懲戒処分の判断基準と進め方
懲戒処分は「就業規則への明記」と「客観的合理性・社会通念上の相当性」の二要件を満たさなければ無効になります(労働契約法第15条)。処分の重さは状況に応じて段階的に判断することが原則です。
就業規則に懲戒事由が書かれているかを確認する
まず、現行の就業規則を確認してください。「会社の名称・ロゴ・商標等の無断使用」が懲戒事由として明記されていなければ、それだけを根拠に懲戒処分を下すことは困難です。ただし「会社の名誉・信用を傷つける行為」「会社に損害を与える行為」などの包括的な条項がある場合は、そこから懲戒事由を構成できる可能性があります。就業規則が10人以上の事業場であれば労働基準監督署への届出義務がありますが、10人未満の事業場でも就業規則を整備し、従業員に周知していることが重要です。
処分の重さの目安
以下の表を参考に、状況に応じた処分レベルを判断してください。
| 状況 | 想定される処分の目安 |
|---|---|
| 過失による使用、本人がすぐに削除に応じた、損害が軽微 | 書面による注意・戒告 |
| 会社に無断で継続使用、一定の資金調達が発生していた | 戒告・減給(平均賃金の1日分・半額以内) |
| 悪意が認められる、対外的信用被害が大きい、再発がある | 出勤停止・降格(就業規則に規定がある場合) |
| 上記を繰り返す、会社への重大な損害が明確 | 諭旨退職・懲戒解雇(弁護士と連携して慎重に判断) |
減給処分の上限は労働基準法第91条により「1回の額が平均賃金の1日分の半額以内、かつ総額が一賃金支払期の賃金総額の10分の1以内」と定められています。就業規則に定めのない種類の懲戒を科すことはできないため、規程の確認は必須です。
解雇は最終手段として位置づける
ロゴの無断使用だけを理由に即座に解雇することは、多くの場合「解雇権の濫用」(労働契約法第16条)と判断されるリスクが高く、不当解雇として訴訟になるケースもあります。段階的な処分を経ずに解雇する場合は、事前に弁護士への相談が不可欠です。「初めての違反で悪意も軽微」なケースでは、書面注意と規程の周知徹底にとどめ、再発した場合に重い処分を科す旨を明示する方が現実的です。
副業規程・就業規則への商標管理条項の追加
今回の事態を受けて最優先で整備すべきは、副業規程と就業規則への具体的な条項追加です。「禁止」か「届出制」かの選択と、商標・ロゴの管理ルールの明文化が再発防止の核心になります。
副業を「届出制」にする現実的な理由
厚生労働省が2018年に策定(2022年改定)した「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では、副業・兼業を原則禁止にすることは推奨されておらず、「届出制」または「許可制」が標準的な形として示されています。中小企業において副業を一律禁止にすると、採用競争力の低下や優秀な人材の離職につながるリスクがあります。一方、届出制であれば会社が副業の内容を把握したうえで「会社の名誉・信用を損なう副業」や「競合への関与」を制限する条件をつけることが可能です。ガイドラインでも「企業の名誉・信用を損なう行為」は副業制限の合理的理由として例示されており、今回のようなロゴ無断使用はその典型例に該当します。
就業規則に追加すべき条項の例
以下の内容を就業規則の「服務規律」または「副業・兼業」の章に追記することを検討してください。
- 会社の商号・ロゴ・商標・その他会社を識別する表示を、会社の書面による事前承認なく、業務外の活動(副業・個人プロジェクト・クラウドファンディング等を含む)において使用してはならない。
- 副業・兼業を行う場合は、事前に所定の届出書を提出し、会社の承認を得なければならない。
- 届出なく副業・兼業を行い、または届出の内容と異なる活動を行った場合は、就業規則第○条の懲戒規定を適用する。
- 会社の名誉・信用を損ない、または損なうおそれのある副業・兼業については、承認しないことがある。
条項を追加・変更した就業規則は、労働基準監督署への届出(常時10人以上の事業場)と従業員への周知(社内掲示・メール配布・説明会など)が必要です。周知を怠ると、就業規則の効力が従業員に及ばない場合があるため注意してください。
商標登録を検討する機会にする
今回の事態は、自社ロゴの商標登録状況を見直す良い機会でもあります。商標登録があれば、不正使用に対して法的措置を取りやすくなるだけでなく、今後の対外的なブランド保護にも直結します。特許庁への出願費用は区分数によって異なりますが、1区分あたり数万円程度が目安です(弁理士費用は別途かかります)。まず特許庁の「J-PlatPat」で自社ロゴの登録状況を確認し、未登録であれば弁理士に相談することをお勧めします。
社内への周知と再発防止の社内コミュニケーション
規程を整備しただけでは再発防止になりません。従業員が「なぜその行為が問題なのか」を理解することが、実効性のある再発防止策の出発点です。
全社向けの周知文のポイント
今回の事案を材料に、「会社ロゴ・商標の使用に関するルール」を全社員に周知する機会を設けてください。周知文では個人を特定する表現は避け、「こういった事案が起きた」「会社として何が問題か」「今後はどうするか」の三点を簡潔に伝えます。社員が「自分には関係ない」と思わないよう、副業・個人活動・SNS運用など、ロゴ使用が起きやすいシーンを具体的に例示すると理解が深まります。
相談窓口の設置と心理的安全性の確保
「副業を始めたいが何を届け出ればいいかわからない」「SNSで会社名を出してもいいか迷っている」といった疑問を従業員が気軽に相談できる窓口を設けることで、無断使用を未然に防ぐことができます。専任担当者がいない場合は、「まず上長か総務担当に相談する」というシンプルなルートを明示するだけでも効果があります。問い合わせを歓迎する姿勢を示すことで、従業員が「知らずに違反してしまう」リスクを減らせます。
まとめ
従業員が副業で会社ロゴを無断使用した場合、まず証拠保全とプラットフォームへの削除申請を優先し、その後に当該従業員へのヒアリングと懲戒処分の検討へと進むことが基本的な流れです。処分は就業規則の懲戒事由に照らして段階的に判断し、解雇は最終手段として位置づけてください。再発防止には、副業届出制の明文化・ロゴ使用禁止条項の追加・全社周知の三つがセットで機能します。また、自社ロゴの商標登録状況の確認も、この機会に行っておくことをお勧めします。
このような対応の最中、「就業規則の修正は正しいか」「従業員への懲戒判断に問題はないか」と判断に迷う場面は少なくありません。ウェルセンス株式会社では、法務・人事の専門知識を要する課題を、経営者・兼務担当者様とともに整理し、適切な対応の方向性をご提示しています。商標・法務の専門家との連携も含めて、状況に応じたご支援が可能です。まずはお気軽にお問い合わせください。
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