「先月のSNSを見たら、旅行に行って楽しそうにしていた。でも診断書には『休養継続が必要』と書いてある——どう動けばいいんだろう」。そう感じながらも、下手に動いてハラスメントと言われることを恐れ、何ヶ月も手をこまねいてきた経営者・人事担当者は少なくありません。復職意欲のない休職者への対応は、感情的な判断と法的リスクの間で身動きが取れなくなりがちです。この記事では、合法的に、かつ後の紛争リスクを抑えながら復職を促進するための具体的な進め方を整理します。
「元気そうに見える」と「診断書」の間で会社が感じるジレンマ
診断書の内容と本人の実態が乖離して見えるとき、会社は何を信じて動けばよいか——答えは「主治医の診断書を否定せず、会社として正当に情報を補完する」ことです。
主治医が持っている情報は限られている
主治医は、診察室での本人の訴えをもとに診断書を作成します。本人が「職場のことを考えると気持ちが重くなる」と話せば、「休養継続が必要」という記載になることは自然な流れです。一方で、主治医は本人の業務内容、職場環境、会社側が感じる違和感などを知りません。SNSでの元気そうな様子も、主治医には伝わっていません。この「情報の非対称性」が、会社と医師の認識のずれを生み出しています。
会社が診断書に疑問を感じたときにできること
診断書の内容を会社が一方的に否定したり、傷病手当金の受給に干渉したりすることは法的に許されません。しかし、本人の同意を得たうえで、業務内容や職場環境を文書にまとめて主治医に提供することは、正当な手続きです。「こういう業務を担当していた」「こういう環境への復帰を想定している」という情報を医師に届けることで、診断の精度を高める協力ができます。これは干渉ではなく、合理的な情報提供です。
SNSの情報を「証拠」として使うことの危うさ
本人のSNSを監視し、その内容を根拠に復職を迫る行為は、プライバシー侵害やハラスメントとみなされるリスクがあります。「元気そうに見える」という感覚的な印象は、会社内部での議論材料にはなり得ますが、それだけを根拠に法的な行動を起こすことは避けるべきです。会社が取るべき行動は、感情的な判断ではなく、正当な手続きに基づいた復職促進のプロセスを着実に進めることです。
就業規則の「休職規定」が会社を守る最大の武器になる
休職期間中の復職促進において、会社が合法的に動くための最大の根拠は就業規則に定めた休職期間の上限と自然退職の規定です。これがなければ、どれだけ長期化しても会社は法的に動きにくくなります。
休職期間の上限が定められていない会社の危険性
20〜50名規模の企業では、就業規則が10年以上前に作成されたまま更新されていないケースが多く見られます。休職期間の上限が曖昧、あるいはそもそも規定がない場合、会社は「いつまで待てばよいか」の根拠を持てません。休職が2年、3年と続いても法的に動けない状態になってしまいます。まず自社の就業規則を確認し、不備があれば早急に整備することが前提となります。
「自然退職」と「解雇」は法的性格がまったく異なる
就業規則に「休職期間が満了し、なお治癒しない場合は退職とする」旨の規定がある場合、休職期間満了による退職は「自然退職」として扱われます。これは労働者が自動的に退職する契約上の定めであり、会社が一方的に労働契約を解除する「解雇」とは法的性格が異なります。解雇は労働契約法第16条の解雇権濫用法理により厳しく制限されますが、就業規則に基づく自然退職はそのリスクを抑えられます。ただし、規定の文言・本人への通知方法・タイミングによっては解雇と同視されるリスクがゼロではないため、社会保険労務士などの専門家に確認しながら進めることを推奨します。
産業医が選任されていない企業はどうすればよいか
従業員50名未満の企業は産業医の選任義務がありません。この場合、外部のEAP(従業員支援プログラム)、社会保険労務士、産業保健総合支援センターなどを活用することができます。産業保健総合支援センターは全国の都道府県に設置されており、無料で産業保健に関する相談が可能です。専任人事がいない企業こそ、外部の専門家と連携する仕組みをつくっておくことが重要です。
復職促進として「合法的にできること」の全体像
復職を促進するための会社側の行動は、定められた手順を踏めばハラスメントにも不当解雇にもなりません。重要なのは「何をしたか」の記録を残しながら、段階的に進めることです。
合理的な復職促進のプロセス
| 段階 | 具体的な行動 | 注意点 |
|---|---|---|
| 定期的な状況確認 | 月1回程度の連絡・面談。本人の状態確認と会社の状況共有 | 記録を必ず残す。過度な頻度は避ける |
| 主治医への情報提供 | 本人の同意を得て業務内容・職場環境を書面で提供 | 本人の同意なしに直接連絡しない |
| 産業医・専門家の関与 | 産業医面談または外部専門家への相談。産業医意見書の取得 | 50名未満は外部機関・社労士を活用 |
| 復職支援プランの提示 | 段階的復職(試し出勤制度)のプランを文書で提示 | 本人が拒否した場合もその事実を記録する |
| 休職期間満了の通知 | 満了日の1〜2ヶ月前に書面で通知。復職可否の確認を求める | 口頭のみは厳禁。書面・記録が必須 |
「催促」と「不当な圧力」の境界線
「復職を促すこと」と「ハラスメント」の違いは、行為の目的・手段・頻度にあります。月1回程度の状況確認面談、書面による休職期間満了の告知、復職支援プランの提示——これらは合理的な復職促進措置として認められます。一方、毎週繰り返し電話をかける、「病気でないのに休んでいる」などの決めつけた発言をする、SNSの内容を突きつけて詰問するといった行為は、精神的苦痛を与えるものとしてパワーハラスメントと判断されるリスクがあります。
「復職促進をしたか」が後の紛争で問われる
労働審判や裁判になった場合、会社が合理的な復職促進措置を講じたかどうかは重要な争点になります。「何もしなかった」という事実は、会社側に不利に働きます。逆に言えば、上記のプロセスを記録とともに適切に進めていれば、万一紛争になったときの会社の正当性を示す根拠になります。「動くことがリスク」ではなく、「正しく動かないことがリスク」という認識が重要です。
復職可否の判断基準と「治癒」をめぐる法的な考え方
復職できるかどうかの判断基準は、判例上「従前の業務を通常の程度に行える健康状態に回復しているか」とされています。ただし、企業規模によってはより柔軟な配慮が求められる場合があります。
「治癒」の判断は従前の業務基準が原則
最高裁判例(片山組事件・1995年)では、復職可否の基準として「従前の業務を通常の程度に行えるほどに健康状態が回復しているか」が示されています。したがって、休職前と同等の業務ができない状態であれば、会社は復職を拒否することが認められます。診断書に「軽作業なら可能」と書かれていても、従前の業務が軽作業でない場合は、その診断書だけで復職を強制される根拠にはなりません。
「他の軽易な業務への配置」は企業規模によって異なる
同判例では、「現在の業務はできなくても他の軽易な業務に就ける場合、使用者はその配慮をすべき」とも示されています。ただし、この配慮義務は企業規模に応じて判断されます。大企業では複数の部署・業務選択肢があるため配慮の幅が広く求められますが、20〜50名規模の企業では実態として軽易業務のポストが限られている場合も多く、画一的に適用されるわけではありません。自社の体制・業務内容を踏まえて、どの程度の配慮が現実的かを専門家と確認しておくことが重要です。
主治医の診断書と会社の判断が食い違う場合
主治医が「復職可能」と診断しても、会社が「業務遂行は困難」と判断するケースもあります。逆に、主治医が「継続休養が必要」としているのに本人が復職を希望するケースもあります。どちらの場合も、産業医や外部の専門家による意見を取得し、会社として判断した経緯を記録に残すことが求められます。産業医が選任されていない場合は、地域の産業保健総合支援センターへの相談や、メンタルヘルス専門の外部機関の活用が現実的な選択肢です。
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傷病手当金への疑念が生じたときの正しい向き合い方
「傷病手当金目的で休職を長引かせているのでは」という疑念は、会社側に生まれやすい感情です。しかし傷病手当金は本人の権利であり、会社が干渉できるものではありません。疑念を行動の根拠にすることは法的リスクを生みます。
傷病手当金は会社が止めることも減額することもできない
傷病手当金は健康保険法第99条に基づき、業務外の疾病・負傷による休業中に健康保険から支給されるものです。支給の可否を決めるのは健康保険組合または協会けんぽであり、会社が関与できる性質のものではありません。「不正受給ではないか」と疑ったとしても、その観点から制裁を加えたり、支給を妨げる行為をとったりすることは許されません。不正受給の疑いがある場合は、会社ではなく保険者(健康保険組合・協会けんぽ)への情報提供という形が唯一の合法的な経路です。
疑念を「行動の原動力」にしないための整理
傷病手当金への疑念は、経営者や人事担当者が感情的に動いてしまう大きな要因になります。しかし、その疑念を根拠に「解雇する」「圧力をかける」「監視する」といった行動をとれば、それ自体が法的リスクを生みます。疑念があったとしても、会社が取るべき行動は「合理的な復職促進プロセスを正しく進める」ことに尽きます。プロセスを適切に進め、休職期間満了という法的根拠に基づいて対応することが、結果的に会社を守ります。
診断書と実態の乖離、就業規則の不備、判断の根拠が曖昧——こうした悩みは、専門家への早期相談で未然に防げることが多くあります。
まとめ
復職意欲のない休職者への対応で重要なのは、感情的な判断を排し、就業規則・記録・専門家連携という三つの柱を整えることです。まず自社の就業規則に休職期間の上限と自然退職規定があるかを確認し、なければ早急に整備する必要があります。次に、定期面談・主治医への情報提供・産業医や外部専門家の関与・復職支援プランの提示という段階的なプロセスを記録とともに進めます。傷病手当金への疑念は行動の根拠にせず、あくまで就業規則に基づく休職期間満了を法的根拠として使うことが、会社と従業員双方にとってリスクの少ない対応です。
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よくある質問
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