「あのデザイナーさん、もう3年付き合いがあるし、毎回Slackで依頼するだけで問題なかったよね」――そう思って進めてきた発注スタイルが、2024年11月から法的リスクに変わっています。フリーランス保護新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)の施行により、口頭・メールだけの発注や更新されていない契約書は、義務違反と判断されるケースが出てきました。専任人事のいない企業ほど「まだ大丈夫」と後回しにしがちですが、まず自社が対象かどうかを確認し、優先順位をつけて対応することが重要です。この記事では、適用判定から契約書整備の順序まで、実務に直結する形で解説します。
フリーランス新法が自社に適用されるかを確認する
従業員が1名以上いて、個人・一人法人のフリーランスに業務を委託しているなら、原則としてこの法律の対象です。「うちには関係ない」と判断する前に、発注者・受注者それぞれの定義を正確に確認してください。
受注者側(フリーランス)の定義
法律が保護する相手方は「特定受託事業者」と呼ばれます。具体的には、従業員を使用しない事業者(個人、または実態として一人で業務を行う法人)が対象です。個人事業主はもちろん、一人法人の代表者も含まれます。また、本業の傍らで受託業務を行う副業・兼業人材も、従業員を雇っていなければ対象になり得ます。「個人だから当然フリーランス」と決めつけず、相手がスタッフを雇っているかどうかを確認することが第一歩です。
発注者側(自社)の義務が生じる条件
発注者は「特定業務委託事業者」と定義されており、従業員を1名以上使用していれば書面交付義務・報酬支払期日の設定義務が発生します。つまり、アルバイトや契約社員を含め、誰か1人でも雇用している会社はほぼ全て対象と考えてください。さらに、1か月を超える継続的な業務委託を行っている場合は、ハラスメント対策の体制整備や中途解除の30日前予告など、追加の義務も課されます。「小さい会社だから」という規模感での除外規定はほぼないと理解しておくことが重要です。
適用判定のチェックポイント
| 確認項目 | 該当する場合の義務 |
|---|---|
| 自社に従業員が1名以上いる | 書面交付義務・報酬支払期日設定義務が発生 |
| 委託相手が従業員を使用しない個人・一人法人 | 相手方がフリーランス新法の保護対象となる |
| 業務委託期間が1か月を超える継続的取引 | 中途解除の30日前予告・ハラスメント対策義務等が追加 |
口頭発注・旧契約のまま続けると何が起きるか
現時点で書面を交付していない、または内容が古いままの契約書を使い続けている場合、行政指導や勧告の対象になるリスクがあります。「まだ何も言われていない」という状況は、安全を意味しません。
行政対応のリスク
フリーランス新法では、公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省が連携して監督・執行を行います。フリーランス側からの申告・相談を端緒として調査が始まるケースが想定されており、発注者に対して報告徴収・立入検査・勧告・命令という段階的な行政対応が取られます。命令に違反した場合は100万円以下の罰金規定もあります。「長年の付き合いだから申告されるわけがない」という判断は、関係が悪化したときのリスクを過小評価しています。
取引関係の悪化というビジネスリスク
法的リスクとは別に、フリーランス側が新法の存在を知ることで「書面をもらえていない」「支払いが遅い」と感じ、取引を打ち切るケースも現実的に起こり得ます。優秀な外部人材ほど、適切な取引条件を求めるようになっており、書面整備の遅れは採用・継続取引の競争力低下にもつながります。「信頼関係があるから大丈夫」という認識は、むしろ相手への敬意を欠いたものと受け取られる時代になっています。
支払い条件の見直しが必要になるケース
法第4条では、給付を受領した日から60日以内に報酬の支払期日を設定し、期日内に支払うことが義務付けられています。従来「翌々月末払い」で運用していた場合、受領日によっては60日を超えるケースがあります。たとえば月末に成果物を受け取り、翌々月末に支払うと最大で61〜62日になることがあるため、支払いサイクル自体の見直しが必要です。これは既存の経理・請求フローにも影響するため、早めに確認が必要な論点です。
「支払いサイトはクリアしてるはず」「書面があれば大丈夫」という判断のまま進めるのは危険です。具体的な対応に困ったら、人事労務の専門家に一度棚卸しの段階から相談することをお勧めします。
契約書整備の優先順位をつける
すべての業務委託契約を一度に整備しようとすると動けなくなります。まず継続的・高単価・長期の取引から着手し、スポット発注は簡易な書面で対応するという順序が現実的です。
最優先で整備すべき取引
1か月を超えて継続している業務委託契約は、中途解除の予告義務やハラスメント対策義務も課されるため、最優先で書面を整備してください。たとえば、毎月固定で依頼しているライターやエンジニア、定期的に稼働している業務委託の営業人材などが該当します。こうした取引は関係が長いほど「今さら契約書を」という心理的ハードルが高くなりますが、「法律が変わったため整備することになりました」と事実ベースで伝えれば、相手方にとっても保護が強化される話であり、拒否される理由はほとんどありません。
スポット発注・単発案件の対応
単発のデザイン依頼や1回限りのコンテンツ制作など、1か月以内で完結するスポット発注にも書面交付義務は適用されます。ただし追加義務(中途解除予告など)は発生しません。こうした案件には、発注書・注文書の形式で、業務内容・納期・報酬額・支払期日を記載した簡易な書面(メールや電子文書でも可)を毎回送付する運用を構築するのが現実的です。都度作成が手間に感じるなら、職種別のテンプレートを3〜4種類用意しておくと対応速度が上がります。
既存契約の見直しポイント
現在使っている契約書がある場合は、以下の記載が揃っているかを確認してください。業務委託をした日、業務内容(給付の内容)、成果物の受領期日・場所、報酬額と支払期日、発注者・受注者の名称は法定必須記載事項です。これらが抜けている古い契約書は、覚書や変更合意書を追加する形で補完することもできます。全面改訂が難しい場合は、不足している項目を補う「別紙合意書」を添付する方法が実務的です。
書面交付義務を満たす契約書に必要な記載内容
法第3条が定める書面交付義務は、業務委託を開始するタイミングで、定められた項目を記載した書面または電磁的記録を交付することです。口頭・Slack・メールの概要連絡だけでは要件を満たしません。
必須記載事項の確認
フリーランス新法が定める書面の必須記載事項は以下の通りです。業務委託をした日、特定受託事業者の給付の内容(何を作るか・何をするか)、給付を受領する期日と場所、報酬の額と支払期日、発注者および受注者の氏名または名称。これらは従来の業務委託契約書にも含まれていることが多いですが、「報酬の支払期日」が明記されていないケースが散見されます。「月末締め翌月末払い」など具体的な日付ルールを書面上に明示することが必要です。
電子契約・メールでの交付は認められるか
法律上、書面交付は「書面または電磁的方法」で行うことが認められています。電子契約サービス(クラウドサイン等)を使った電子署名付き契約書、PDFをメール送付する方法、発注書をメールに添付して送る方法など、いずれも対象外ではありません。ただし、相手方が受け取れる形式であること、および送付した記録が残ることが重要です。「Slackで口頭に近い形でやり取りした」では証跡として不十分なため、少なくとも発注内容を記載したPDFや文書ファイルを送付し、受領確認を記録に残す運用を整えてください。
継続的取引における契約期間と更新の扱い
1か月を超える継続的業務委託では、契約を中途解除したり更新しない場合に、原則として30日前までに予告することが義務付けられています。「今月で終わりにしよう」と思い立った翌日に契約終了を伝えることは認められません。また、自動更新条項を設けている場合は更新タイミングの管理が必要になります。契約更新のリマインド管理ができていない企業では、気づかないうちに予告義務違反が生じるリスクがあります。更新期日の一覧をスプレッドシートやカレンダーで管理する仕組みを作ることを推奨します。
限られた時間でできる最低限の対応ロードマップ
専任人事がいない環境で新法対応を進めるには、「完璧な整備」を目指すより「義務違反の解消」を優先する割り切りが重要です。まず現状の取引を洗い出し、リスクの高い順に対処してください。
現状の取引を棚卸しする
まず最初に、現在業務委託している相手を全て書き出してください。氏名・委託内容・単価・支払いサイト・契約書の有無・契約書の最終更新日を一覧化します。この作業で「書面がない」「古い契約書のまま」「支払いが60日を超えている可能性がある」という案件が可視化されます。一覧を作ること自体が対応の起点になり、優先順位も自然に明確になります。エクセルやGoogleスプレッドシートで十分です。
ハイリスク取引から順に書面を整備する
棚卸しができたら、継続期間が長い・報酬額が大きい・書面がない、という条件が重なる取引を優先して書面化します。次に、単発発注のテンプレートを作成し、新規発注時に必ず発注書を送付するフローを社内で合意します。既存契約の支払いサイトが60日を超えている場合は、相手方と合意のうえで変更覚書を締結します。この3つを進めるだけで、法的リスクの大半は軽減できます。
ハラスメント対策と中途解除予告の整備
継続的業務委託が1件でもある場合、ハラスメント対策の体制整備(相談窓口の設置など)も義務になります。社内にハラスメント相談窓口がすでにある場合は、フリーランスも利用できる旨を明示するだけで一定の対応になります。窓口がない場合は、外部の社労士や専門機関との連携を検討してください。中途解除の30日前予告については、契約書に「解除または更新しない場合は30日前までに通知する」と明記することで、社内ルールとして定着させやすくなります。
法令対応を「人事だけの課題」として抱え込まず、早めに外部の専門家に相談することで、実務的な負担が大きく減ります。ウェルセンス株式会社では、こうした初期段階からのご相談もお受けしています。
まとめ
フリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)は2024年11月に施行済みであり、従業員が1名以上いる企業がフリーランスに業務委託をしている場合、書面交付・報酬支払期日の設定といった基本義務が既に適用されています。口頭発注・旧来の契約書のまま続けている状態は、行政指導や取引関係の悪化につながるリスクがあります。対応の順序としては、まず現在の業務委託取引を棚卸しし、継続的・高単価の取引から書面整備を進め、発注テンプレートを整備してスポット発注にも対応するという流れが現実的です。「完璧な契約書」より「義務違反の解消」を優先することが、限られたリソースの中で動くうえでの重要な割り切りです。
ウェルセンス株式会社では、人事労務の専門家が在籍しておらず日々の業務と並行して対応しなければならない経営者・兼務人事担当者の方からのご相談を受け付けています。フリーランス新法対応に限らず、業務委託契約の整備・就業規則の見直し・メンタルヘルス対応など、「どこから手をつければいいかわからない」という段階からでもお気軽にご相談ください。
よくある質問
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