「妊娠しました」と報告を受けた瞬間、「おめでとうございます」と伝えた後に何をすべきか、すぐに動ける経営者・人事担当者はほとんどいません。実は、妊娠中から会社には法的な対応義務があり、「母性健康管理指導事項連絡カード」はその中心となる書類です。この記事では、書類の受け取り方から業務調整の実施・記録保管まで、3つのステップで正しい使い方を解説します。
母性健康管理指導事項連絡カードとは何か
書類の正式な位置づけ
母性健康管理指導事項連絡カード(通称:母健連絡カード)は、厚生労働省が様式を定めている公式書類です。主治医または助産師が妊婦に対して指導した内容を会社に伝えるための「橋渡し文書」として機能します。妊娠した従業員が産婦人科を受診し、医師から「通勤時間をずらした方がよい」「重い荷物は持たないように」などの指導を受けた場合、その内容をこのカードに記載してもらい、会社へ提出します。
重要なのは、このカードは「お願いの書類」ではなく、会社が法的措置を講じるための根拠文書だという点です。会社はカードを受け取ったら、遅滞なく記載内容に沿った対応を行う義務があります。
男女雇用機会均等法との関係
この書類の法的根拠は、男女雇用機会均等法(均等法)の第12条と第13条にあります。第12条では、妊婦が妊婦健診を受けるための時間を確保することを会社に義務づけています。そして第13条では、主治医や助産師の指導に基づく措置(勤務時間の短縮・業務転換・休業など)を講じることを義務として定めています。
つまり、第13条の措置義務が発生する前提として「主治医の指導内容が会社に伝わっていること」が必要であり、母健連絡カードはその伝達手段として法制度上に位置づけられています。カードの運用なしに第13条の義務を正しく果たすことは難しく、書類管理の整備が会社を守ることにも直結します。
カードに記載される措置の種類
母健連絡カードに記載される主な指導内容には以下のようなものがあります。通勤緩和(時差出勤・交通手段の変更)、休憩の確保(頻度や時間の指定)、作業の制限(重量物の取り扱い禁止・長時間の立ち作業の回避)、業務転換(別の業務への異動)、そして休業が挙げられます。これらは医師が症状に応じて組み合わせて指定するもので、「どれか一つだけ」とは限りません。カードを受け取った会社は、記載されたすべての指導内容に対応することが求められます。
妊娠報告後の初動対応
報告を受けた当日にすること
従業員から妊娠の報告を受けたら、まず最初に行うべきことは「おめでとうございます」という言葉とともに、制度の存在を簡潔に伝えることです。このタイミングで過度に詳しく説明する必要はありませんが、「会社として必要な支援をする準備があること」「書類を通じて体の状態を教えてほしいこと」を穏やかに伝えましょう。
心理的な配慮も重要です。特に妊娠初期(安定期前)は本人が不安を抱えていることも多く、「どこまで話してよいかわからない」と遠慮している場合もあります。「仕事のことは一緒に考えましょう」という姿勢を示すだけで、本人が申し出やすい雰囲気が生まれます。
会社が用意すべき書類の案内
妊娠報告を受けた後、会社は二種類の書類について本人に案内します。一つ目は「健康診査・保健指導の申出書」です。これは妊婦健診のための勤務時間確保を会社に申し出るための書類で、本人が記入して提出します。二つ目が「母健連絡カード」であり、こちらは主治医に記入してもらい、業務調整が必要なときに提出してもらいます。
どちらの書類も厚生労働省のウェブサイトから様式をダウンロードできますが、「書類の名前を聞いたこともない」という担当者が多いのが現実です。妊娠報告を受けた段階で手元にすぐ出せる状態に整備しておくことが、スムーズな運用の鍵になります。
口頭対応だけで終わらせないための記録管理
「体がつらい」「この業務は難しい」という声を口頭で受けただけで記録を残さないケースが、後のトラブルにつながります。労働基準監督署の調査が入った際に書類が存在しなければ、会社が義務を果たしていたことを証明できません。報告を受けた日付、報告内容の概要、会社側の対応内容を記録に残す習慣を、この段階から始めましょう。記録は特別なシステムは不要で、日付付きのメモや社内メールの保存でも有効です。
カード受領から措置実施までの流れ
カード受領後に確認すること
本人から母健連絡カードが提出されたら、まず記載内容を丁寧に確認します。指導の種類(通勤緩和・休憩・業務制限・業務転換・休業)、指導期間の目安、医師名・医療機関名、記入日などをチェックします。記載内容が不明確な場合は、本人を通じて主治医に確認してもらうことが望ましいです。直接医療機関に問い合わせることは個人情報の観点からも原則として行いません。
措置内容の決定と書面通知
カードの内容を確認したら、次に会社として実施する措置を具体的に決定します。たとえばカードに「通勤緩和」と記載されていた場合、「始業・終業時刻をそれぞれ1時間ずらす」という形で具体化します。決定した措置内容は、口頭ではなく書面で本人に通知することが重要です。
書面通知の内容には、措置の具体的内容、開始日、見直しのタイミング(次の健診後など)を盛り込みます。20〜50名規模の会社でも、このような書類を整備している企業とそうでない企業では、万が一のトラブル時の対応力に大きな差が出ます。
措置後の記録保管と見直しのタイミング
実施した措置の記録は、労働基準法上の保存義務(3年間)に準じて保管します。保管すべき書類は、提出された母健連絡カードの原本、会社が作成した措置通知書、申出書の控えです。また、妊娠の経過によって主治医の指導内容が変わることがあります。次の健診後に改めてカードが提出される可能性もあるため、「一度対応したら終わり」ではなく、定期的に状況を確認する姿勢が大切です。
業務調整でよくある判断の迷いと対処法
「代わりがいない」は理由にならない
少人数の職場では「その業務を外すと仕事が回らない」という状況が現実的に起こります。しかし、均等法第13条の措置義務は会社規模に関係なく適用されます。「人が足りないから対応できない」は法的に通じる理由にはなりません。
実務的な対処としては、外部委託・パート雇用・業務の一時的な縮小などを検討することになります。「完全に代替できないこと」と「措置義務を果たさないこと」は別問題であり、できる範囲で最大限対応することが求められます。対応の記録を残すことで、会社として誠実に対処しようとした事実を示すことができます。
不利益取扱いになりうる行動を把握する
均等法第9条は、妊娠・出産を理由とした不利益取扱いを禁止しています。2014年の最高裁判例(広島中央保健生協事件)では、妊娠中の降格についても厳格な要件が課されることが示されました。兼務人事担当者が意図せずやってしまいがちなNG行動として、「業務負担を減らすために」という理由での役職外し、「産休前だから」という理由での査定引き下げ、プロジェクトからの外しなどが挙げられます。
業務調整は必要ですが、それが評価や処遇の引き下げに連動しないよう注意が必要です。判断に迷う場合は、その場で決めずに専門家に相談することが賢明です。
本人とのコミュニケーションを継続する
措置を実施した後も、本人との対話を定期的に行うことが大切です。「何か不便なことはないか」「次の健診でまた状況を教えてほしい」という声かけが、本人の安心感につながり、問題の早期発見にもなります。制度を一方的に「与えた」だけでは不十分で、本人が遠慮せずに申し出られる関係性を継続して維持することが、職場全体のリスク管理にもなります。
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妊婦への健康診査申出書との使い分け
申出書と母健連絡カードの違い
混同されやすいのが「健康診査・保健指導の申出書」と「母健連絡カード」の関係です。申出書は、妊婦健診のための勤務時間の確保を申し出るための書類で、健診を受けるたびに提出することを想定しています。一方、母健連絡カードは主治医が記入し、業務調整が必要な医学的指導がある場合に提出されるものです。
申出書だけで健診時間を確保することはできますが、業務内容の変更や休業が必要な場合は母健連絡カードが必要になります。「申出書を受け取ったからカードは不要」という判断は誤りです。両方の書類の目的と使い分けを社内でしっかり共有しておきましょう。
健診時間の賃金取扱いは事前に決めておく
妊婦健診のための時間確保は義務ですが、その間の賃金支払いは法律上の義務ではありません。ただし、有給扱いにしている会社の方が本人からの申し出が促されやすく、「健診を遠慮して受けなかった」というリスクも下がります。就業規則や労働条件通知書に「妊婦健診のための時間は有給とする」と明記しておくことで、運用上のトラブルも防ぎやすくなります。
決めていない場合は、妊娠報告を受けたこのタイミングで方針を決め、明文化しておくことをお勧めします。後から変更すると「言った・言わない」問題が発生しやすいです。
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まとめ
母性健康管理指導事項連絡カードは、主治医の指導内容を会社に伝えるための公式書類であり、会社が業務調整措置を実施するための法的根拠になります。妊娠報告を受けたら、まず最初に書類の案内と制度の説明を行い、次にカードが提出された段階で速やかに措置内容を決定・書面通知し、最後に措置の記録を3年間保管するという流れが基本です。専任人事がいない中小企業では、この一連のフローをあらかじめ整備しておくことが、法的リスクの回避と従業員との信頼関係維持の両方につながります。
「書類の整備が追いついていない」「カードを受け取ったがどう対応すればいいかわからない」という場合は、ウェルセンス株式会社がご支援します。書類ひな形の整備から個別の業務調整の判断サポートまで、実態に合わせてご相談をお受けしています。法的リスクを減らしながら、従業員の安心を優先させた運用を一緒に考えていきましょう。
よくある質問
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