「休職していた社員が来月復職する。評価期間の途中だが、どう扱えばいいのか」——人事担当者が兼務の中小企業では、こうした問いに答えてくれる人も仕組みもないまま、その場の判断を迫られることが少なくありません。メンタル不調社員の成果主義評価をそのまま適用すれば、回復途上の社員に過度なプレッシャーをかけることになる。かといって「評価しない」と決めれば、他の社員から不公平だと言われるかもしれない。法的なリスクも気になるけれど、何が問題になるのかもよくわからない。この記事では、その板挟みを解消するための「メンタル不調社員への適用基準の作り方」を、実務の手順に沿って整理します。
なぜ通常の成果主義評価をそのまま適用できないのか
メンタル不調による休職・回復期のメンタル不調社員に、フルパフォーマンスを前提とした成果主義評価をそのまま適用することは、法的リスクと回復阻害の両面から問題があります。
法的に問題になりうる3つのポイント
まず押さえておきたいのは、評価制度の運用が「不利益取扱い」や「安全配慮義務違反」と認定されるリスクです。
労働契約法第5条は、使用者が労働者の生命・身体等の安全を確保する義務(安全配慮義務)を定めています。回復期のメンタル不調社員に対して通常の目標管理と成果評価を課し、「D評価でした」と伝えることは、この義務に反する可能性があります。また、休職・傷病を契機とした不当な降格・減給は、評価プロセスに合理性・透明性がない場合、「権利濫用」や「不合理な労働条件変更」として争われるリスクがあります。
さらに、精神疾患が精神障害者手帳の対象となる場合、障害者雇用促進法上の「合理的配慮」の提供義務(常用労働者43.5人以上の事業主が対象)が生じます。メンタル不調社員への評価制度の適用方法を調整することは、合理的配慮の一環として位置づけられます。
「低評価の通知」が再休職のトリガーになりうる
法律論とは別に、実務上も大きな問題があります。回復期は心理的な揺れが大きく、「自分の仕事ぶりをどう見られているか」への感受性が高い時期です。この時期に成果主義評価の結果として低評価を受けると、自己否定感が強まり、再休職のきっかけになることがあります。
一方で、評価を完全に「なかったこと」にすることも別の問題を生みます。昇給の査定期間に評価が存在しないと、長期的に賃金テーブルが上がらない、昇格要件を満たせないといった不利益がメンタル不調社員に積み重なるからです。「評価しない=問題ない」という思い込みは、実は本人にとってもリスクになり得ます。
既存の評価制度が休職・回復期を想定していない問題
多くの中小企業の評価制度は、フルパフォーマンスで就業している社員を前提に設計されています。目標設定・中間面談・期末評価のサイクルに、途中で休職したメンタル不調社員をどう組み込むかのルールがなく、毎回「その場の判断」になりがちです。これを属人的な判断に委ねていると、担当者によって対応が変わり、後からトラブルに発展するリスクが高まります。
評価適用の「三段階区分」で基準を明確にする
メンタル不調社員への成果主義評価の適用基準は、本人の就労状態を三段階に区分して設計すると運用しやすくなります。この区分を就業規則や評価制度の附則に明記しておくことが、後のトラブル防止につながります。
三段階の状態区分と評価の取り扱い
| 状態区分 | 目安期間 | 評価の取り扱い | 賃金・等級 |
|---|---|---|---|
| 休職中 | 休職期間全体 | 評価対象外 | 現状維持(就業規則の規定による) |
| 段階復帰期(試し出勤・時短勤務など) | 復職後1〜3ヶ月が目安 | 目標設定なし。業務遂行の記録にとどめる | 現状維持。回復状況を記録 |
| 通常稼働への移行後 | 主治医・産業医の意見をふまえて判断 | 段階的に通常評価へ戻す | 次の評価サイクルから通常適用 |
「評価の猶予」は特別扱いではなく制度上のルール適用である
他の社員やメンタル不調社員本人への説明でよく問題になるのが、「あの人だけ評価が免除されているのでは」という不公平感です。この誤解を防ぐためには、「評価の猶予は、評価の前提条件(フル就労・通常業務への従事)が整っていない期間のルール適用である」と制度文書に明記しておくことが重要です。特別扱いではなく、あらかじめ決められたルールに基づく運用だと示すことで、説明に一貫性が生まれます。
「1〜3ヶ月」の段階復帰期はあくまで目安。主治医・産業医の意見が基準
段階復帰期の長さは、メンタル不調社員の回復状況によって大きく異なります。主治医から「残業禁止」「目標管理は当面なし」といった意見が出ている場合は、その内容に沿って評価の移行時期を判断してください。産業医が選任されていない(常時使用する労働者が50人未満の事業場は選任義務なし)場合は、主治医の意見書をベースに判断し、必要に応じて地域産業保健センターや外部の産業保健スタッフを活用することも選択肢の一つです。
本人への説明と合意形成の進め方
評価の取り扱いを変更する場合は、復職面談の場で本人に明示的に説明し、書面で合意を記録しておくことが不可欠です。後から「聞いていなかった」「不利益な変更だ」とならないための、最も重要な実務的手当てです。
復職面談で伝えるべき内容
復職面談では、次の内容をメンタル不調社員に口頭で説明し、書面(復職確認書・面談記録など)に残してください。
- 現在どの状態区分(段階復帰期)に該当するか
- この期間は目標設定を行わず、業務遂行の記録にとどめること
- 通常評価に戻る時期の目安と、その判断基準(主治医・産業医の意見)
- この期間の賃金・等級の扱い
- 本人が評価について不安や疑問があれば随時相談できる窓口
「評価がない期間は昇給・昇格に影響しないのか」とメンタル不調社員が不安に感じることは自然です。この点については、「段階復帰期の記録は、復帰後の評価に適切に反映するよう配慮する」という方針を伝えることで、本人の不安を和らげることができます。
本人の不安に寄り添うフィードバックの言葉
回復期のメンタル不調社員は「自分がどう評価されているかわからない」という不安を抱えやすく、それ自体がストレスになることがあります。定期的な面談(月に一度程度)で業務遂行の状況を振り返り、「この週は〇日出勤できた」「この業務を担当できるようになった」など、成果ではなく「できるようになったこと」を言語化してフィードバックすることが有効です。成果主義評価の文脈ではなく、「回復の記録」として共有するイメージです。
フィードバックのタイミングと再発リスクのバランス
復職直後の評価面談は避けるべきです。段階復帰期の初期(復職後1ヶ月程度)は、まず出勤リズムを整えることを最優先とし、評価や目標の話題は持ち出さないことを原則にしてください。通常評価への移行を急ぎすぎると、メンタル不調社員が「もう普通に働けないと思われているのでは」というプレッシャーを感じ、再発リスクが高まります。
周囲の社員への説明と公平感の担保
メンタル不調による評価猶予を周囲の社員に説明する際、休職理由の開示はプライバシー保護の観点から原則できません。開示できる情報に限界がある中でも、説明の枠組みを工夫することで不公平感を和らげることが可能です。
「健康上の理由」という表現と制度の存在を示す
周囲の社員への説明は、「健康上の理由により、当社の評価制度の規定に基づいて対応しています」という表現にとどめることが基本です。具体的な診断名や症状を伝えることは守秘義務の観点から避け、「制度に基づいた運用をしている」という事実を示すにとどめます。
重要なのは、「特定の個人を特別扱いしている」ではなく「会社のルールを適用している」と伝えることです。そのためには、評価制度の附則や就業規則に休職・回復期の扱いを明記し、「ルールが存在する」と示せる状態にしておくことが前提になります。
マネージャーへの事前ブリーフィングが鍵
チームメンバーの不満が最初に向かうのは、多くの場合、直属のマネージャーです。マネージャーが「なぜ成果主義評価の扱いが違うのか」を説明できないと、現場の不公平感が増幅されます。復職前に、マネージャーに対して「評価の取り扱いとその理由(制度上の規定である旨)」「周囲への説明の仕方」「本人への過度な配慮表現も避けること」を事前に共有しておくことが、現場の混乱を最小限に抑えます。
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就業規則・評価制度への落とし込みと自社の状況確認
メンタル不調社員への成果主義評価の適用基準を「その場の判断」から「制度上のルール」に変えるためには、就業規則または評価制度の附則に三段階区分と運用方針を明記することが最低限必要です。自社の状況に応じて、対応の優先順位は変わります。
従業員規模・制度整備状況による対応の違い
就業規則の作成義務は常時10人以上の労働者を使用する事業場に生じます(労働基準法第89条)。10人未満の場合でも、評価制度の附則を社内文書として整備しておくことは、後のトラブル防止に有効です。産業医の選任義務(常時50人以上)がない場合は、主治医の意見書を中心に判断し、必要時は地域産業保健センターへの相談を検討してください。
- 就業規則あり・産業医あり:就業規則の附則に三段階区分を追記し、復職支援プログラムを産業医と連携して整備する
- 就業規則あり・産業医なし:就業規則の附則に三段階区分を追記し、主治医の意見書を評価移行判断の基準とする
- 就業規則なし(9人以下):社内文書として評価制度の附則を作成し、本人との面談記録を丁寧に残す
附則に明記しておくべき最低限の項目
就業規則または評価制度附則に記載する内容として、最低限以下の項目を含めることを推奨します。休職中の評価の取り扱い、段階復帰期の定義と目安期間、通常評価への移行基準(主治医・産業医の意見に基づく旨)、本人への説明と合意確認の手順、賃金・等級への影響の考え方。これらを明文化しておくことで、担当者が代わっても一貫した対応が可能になります。
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まとめ
メンタル不調社員への成果主義評価の適用基準は、「休職中」「段階復帰期」「通常稼働移行後」の三段階区分をベースに設計するのが実務的です。評価の猶予は特別扱いではなく、評価の前提条件が整っていない期間のルール適用として制度文書に明記する。本人には復職面談で書面を用いて説明し合意を記録する。周囲の社員にはマネージャーを通じて制度上の運用であることを伝える。これらを「その場の判断」ではなく就業規則や評価制度の附則として整備しておくことが、後のトラブルと再発リスクの両方を防ぐ土台になります。
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よくある質問
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