「来週から復職の予定だったのに、昨日の夜に『やっぱり怖くて行けないかもしれない』と連絡が来て、どう返せばいいか朝から頭が真っ白です」——そんな状況が、あなたの画面の前で起きているかもしれません。復職直前に本人が急に「怖い」と言い出したとき、「押すべきか、引くべきか」「何と言えばいいのか」「手続きはどうなるのか」、判断材料のないまま即座に動かなければならないのが、専任人事のいない会社のリアルです。この記事では、そのような場面で会社として取るべき3つのステップを、法的根拠と実務の両面から整理します。
「怖い」は何を意味しているのか
復職直前の「怖い」という訴えは、その内容によって対応がまったく異なります。まず「何が怖いのか」を丁寧に聞き取ることが、すべての判断の出発点になります。
「怖い」には3つの類型がある
本人が「怖い」と感じる理由は、大きく以下の3つに分類できます。どの類型かによって、会社が次に取るべき行動が変わります。
| 類型 | 本人の言葉の例 | 次の一手 |
|---|---|---|
| 症状不安型 | 「また体調が崩れるかもしれない」「薬が効いているか自信がない」 | 主治医への再受診を促し、現在の状態を確認してもらう |
| 対人・職場恐怖型 | 「休んでいたことを謝れるか不安」「あの人の目が気になる」 | 復職前の職場訪問や段階的な慣らし出勤を提案する |
| 業務不安型 | 「ブランクがあって仕事についていけるか」「失敗したらどうしよう」 | 復職直後の業務負荷軽減・サポート体制を具体的に示す |
「複合型」に注意する
実際には、上記の3つが重なっている「複合型」が少なくありません。「職場も怖いし、体調も心配だし、仕事も自信がない」という状態では、どれか一つを解消しても全体の不安は消えません。複合型と思われる場合は、会社だけで対応しようとせず、主治医や産業医、あるいは外部の支援機関を交えた整理が必要です。
類型を聞き出す際の関わり方
類型を確認するといっても、「怖い理由を教えてください」と直接尋ねると、本人が防御的になることがあります。「今どんな気持ちが一番大きいですか?」「体のことが気になっていますか、それとも職場のことですか?」のように、選択肢を示しながら話を引き出すと、本人も言語化しやすくなります。焦って結論を出そうとせず、まず「そうなんですね、教えてくれてよかった」と受け取ることが先決です。
復職日を延期すべきかどうかの判断基準
「診断書が出ているのに延期していいのか」と迷う方は多いですが、復職の最終判断は会社にあります。診断書はあくまで主治医の意見であり、会社が独自に判断できる権限を持っています。
会社には復職可否を判断する権限がある
多くの就業規則には「復職の可否は会社が判断する」と明記されています。これは主治医の診断書を否定するものではなく、診断書を参考にしつつ、職場環境・業務内容・本人の状態を総合的に見て会社が決定できるということです。主治医が「復職可」と判断していても、明らかに就労困難な状態で復職を強行させて健康被害が生じた場合、労働契約法第5条に定める「安全配慮義務」の違反を問われるリスクがあります。「診断書が揃っているから大丈夫」とはならない点を覚えておいてください。
延期を判断する目安
以下のいずれかに当てはまる場合は、復職日の延期を検討することが現実的です。
- 本人が「行ったら倒れるかもしれない」など、身体症状の再燃を強く懸念している
- 直前の数日間で睡眠・食欲・気分の波が大きく乱れている様子が見られる
- 主治医が「復職可」を出してから相当の日数が経過し、状態が変化している可能性がある
- 「怖い」の内容が複合型で、会社単独では整理しきれない
延期幅の目安と休職期間満了日の確認
延期する場合、「どのくらい延ばすか」を最初に明示することが重要です。「また気持ちが整ったら連絡ください」という曖昧な形では、本人も会社も次の目標を持てません。主治医と相談のうえで、「まず2週間後に改めて状態を確認しましょう」のように具体的な期間を設定します。あわせて、就業規則上の休職期間満了日を必ず確認してください。満了日が迫っている場合は、休職期間の延長手続きが必要になるケースもあります。自社の就業規則を確認し、不明点があれば社会保険労務士に相談することをお勧めします。
本人に何を・どう伝えるか
「怖い」と打ち明けてきた本人への言葉は、その後の回復に大きく影響します。責めず、でも甘やかしすぎず、次の一歩が見える言葉をかけることがポイントです。
まず「受け取る」ことが最優先
「もう少しだから頑張れ」「せっかくここまで来たのに」という言葉は、励ましのつもりであっても、本人には「あなたの怖さは無効だ」と聞こえることがあります。最初にすべきことは、感情を否定せずに受け取ることです。「話してくれてよかったです」「そう感じているんですね」と伝えるだけで、本人の緊張がほぐれることがあります。
「今すぐ決めなくていい」と伝える
連絡を受けた側は「今すぐ返事をもらわなければ」と焦りがちですが、本人にその焦りを伝えてしまうと状況が悪化します。「今日中に答えを出さなくていいですよ。まず主治医の先生に相談してみましょう」と伝えることで、本人に選択の余地ができ、落ち着いて状況を整理できます。返答を急かさないことが、信頼関係の維持にもつながります。
選択肢を提示して「次の一歩」を示す
「延期するか、予定通り行くか」の二択ではなく、「段階的に慣らす形で復職する」「初日は午前だけにする」「先に職場を1時間だけ見学する」など、複数の選択肢を提示することで、本人が少しでも動きやすい形を見つけやすくなります。会社として「あなたに合わせた入り方を一緒に考えられます」と伝えることが、復職前の不安を和らげる実質的な対策になります。
主治医・産業医との連携をどう進めるか
復職直前のキャンセルが起きたとき、主治医や産業医との連携が判断の質を大きく左右します。ただし、連携の方法は会社の状況(産業医の有無・規模など)によって異なります。
主治医への連絡は「本人経由」が基本
会社が直接、主治医に連絡を取ることは、本人の同意なしには原則できません。個人情報・医療情報の取り扱いの観点から、まず本人に「主治医の先生に今の状態を相談してきてほしい」と依頼するのが基本の流れです。すでに「復職可」の診断書が出ている場合でも、本人の直前の状態変化を主治医が把握していないケースは珍しくありません。「診断書が出た後に気持ちが変化しているなら、先生にもう一度話してみましょう」と促すことが現実的な対応です。
産業医がいる場合の活用
50人以上の従業員を抱える会社では産業医の選任が義務付けられており、この場合は産業医を復職判断のプロセスに加えることが望ましいです。産業医は主治医とは異なり、「職場に戻れるかどうか」という観点で判断します。本人の同意を得たうえで産業医面談を設定し、復職の可否・条件について意見をもらうことで、会社の判断の根拠が明確になります。
産業医がいない会社の場合
従業員が50人未満の会社には産業医の選任義務はありませんが、「産業医がいないから対応できない」とはなりません。地域の産業保健総合支援センター(産保センター)では、小規模事業所向けに無料で相談に応じてくれます。また、外部のEAP(従業員支援プログラム)やメンタルヘルス支援会社に相談することも有効な選択肢です。「専門家がいないから一人で判断しなければ」という状況をなくすことが、会社にとっても本人にとっても重要です。
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職場・現場への説明と再調整の進め方
復職日を延期する場合、現場への再調整は避けられません。ただし、伝え方次第で職場の混乱を最小限に抑えることができます。
現場への説明は「必要な範囲で簡潔に」
「体調の確認が必要になったため、復職日を調整することになりました」という程度の説明で十分です。病名・症状・本人の発言内容などを詳しく伝える必要はありません。プライバシーの観点からも、当事者に関する情報は最小限にとどめることが原則です。現場のリーダーには個別に簡単に状況を伝え、チームメンバーには「復職時期が少し変わる」という事実だけを共有するのが現実的です。
現場の不満を事前に受け止める
「また延期か」という現場の声が出るのは自然なことです。その不満を無視するのではなく、「ご迷惑をかけて申し訳ないこと」と「会社として適切に判断して進めていること」の両方を伝えることで、現場の信頼を維持できます。現場に負荷が集中している場合は、一時的な業務分担の見直しや、業務サポートの手当てについても具体的に動くことが大切です。
繰り返しが起きた場合の対処
復職日のキャンセルが2回・3回と繰り返される場合は、個別の「怖い」への対応だけでなく、復職プロセス全体の設計を見直すタイミングです。段階的復職(慣らし出勤)の制度を整備する、復職支援プログラムを導入する、外部支援機関を交えた三者面談を設定するなど、仕組みとして対応できる体制を作ることを検討してください。
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まとめ
復職直前に「やっぱり怖い」と言われたとき、最初にすべきことは「何が怖いのか」を丁寧に聞き取ることです。症状への不安なのか、職場への恐怖なのか、業務への自信のなさなのかによって、次のアクションはまったく異なります。復職の最終判断は会社にあり、診断書があっても安全配慮義務の観点から延期を選ぶことは適切な判断です。本人には「受け取る・急かさない・選択肢を示す」の3つを意識して関わり、主治医や産業医・外部支援機関と連携しながら判断の根拠を積み重ねてください。
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