「退職する社員が株を持っている。どう買い取ればいいんだろう……」と気づいたとき、すでに株式は何年も前に渡していた——そんな状況に直面した経営者は、少なくありません。未上場株式は市場価格がなく、規程や契約書がなければ退職時の買取価格をめぐって双方の主張が平行線をたどります。本記事では、トラブルを未然に防ぐ・最小化するための5つの整備手順を、法的根拠と税務上の注意点を交えて解説します。
未上場株式の退職時トラブルがなぜ起きるのか
未上場株式の退職時トラブルの根本原因は、「価格の決め方を事前に決めていない」ことと「会社に強制買取権がない」という二点に集約されます。この二点を理解することが、整備の出発点になります。
市場価格が存在しないという根本問題
上場株式であれば取引所が公正な価格を示してくれますが、未上場株式にはその仕組みがありません。退職者は「会社の将来価値を含めて高く評価してほしい」と考え、会社側は「純資産ベースで算定したい」と考える——利益相反が生まれるのは必然です。価格の根拠となるルールを事前に合意しておかなければ、どちらの主張も「感情論」になりやすく、交渉が長期化します。
会社には強制買取権がない
会社法上、退職を理由に株式を強制的に取り戻す権利は、原則として会社にはありません。退職者が「株主として残る」と主張した場合、規程や株主間契約に強制譲渡義務の条項がなければ、法的に対抗する手段は非常に限られます。少数株主であっても株主総会での議決権・帳簿閲覧請求権・株主代表訴訟を提起する権利などは失われないため、経営上の支障が生じるリスクがあります。
「持株会と呼んでいたが実態は未整備」というケース
中小企業でよくある落とし穴が、「持株会」という名称だけが先行し、会員規約・持分計算ルール・事務局の設置が整っていないケースです。正式な従業員持株会(民法上の組合)として機能していない場合、個々の従業員が直接株主として株主名簿に登録されており、退職時の株式処理はより複雑になります。まず自社がどの状態に該当するかを把握することが最初の作業です。
現状把握——株主名簿と株式移動経緯の確認
整備を始める前に、「誰が何株持っているか」「どういう経緯で渡したか」を文書ベースで把握することが不可欠です。ここが曖昧なまま規程を作っても、後から「その株の根拠は何だ」と問われます。
株主名簿の現状確認
会社法第121条に基づき、すべての株式会社は株主名簿を作成・保管する義務があります。まず現在の株主名簿を取り出し、従業員・元従業員の氏名と保有株数を洗い出してください。「当時の担当者しか知らない」という状況は非常に危険です。株主名簿が整備されていない場合は、法人登記・株主総会議事録・株式の払込に関する書類を遡って確認する必要があります。
株式移動の根拠書類を確認する
次に、各株主への株式移転に際して株式譲渡契約書や株式引受契約書が締結されているかを確認します。口頭・メールのみで株式を渡していたケースでは、移転の法的根拠が薄く、後に「そもそも有効な株主ではない」という議論になることもあります。書類が存在する場合は、譲渡価格・条件・制限事項の記載内容を確認し、現在の定款と矛盾がないかを照合してください。
定款の譲渡制限条項を確認する
非上場会社の多くは、定款に「株式の譲渡には取締役会(または株主総会)の承認を要する」と定めています(会社法第107条・第108条)。この譲渡制限があれば、退職者が株式を第三者に勝手に売ることは防げます。ただし、会社が必ず買い取らなければならない義務があるわけではなく、買取価格も別途の合意が必要です。定款に譲渡制限がない場合は、定款変更を検討する段階に入ります。
株式評価方法の事前合意——価格トラブルを防ぐ核心
未上場株式の買取価格トラブルを防ぐ最重要ポイントは、評価方法を事前に書面で合意しておくことです。評価方法が未定のまま退職が発生すると、双方が異なる算定結果を持ち込み、交渉が膠着します。
主な評価手法と特徴
| 評価方法 | 概要 | 中小企業での実務上の注意点 |
|---|---|---|
| 純資産価額方式 | 貸借対照表上の純資産を発行済株式数で割る | 計算が比較的シンプルだが、含み資産・負債を反映しないと実態と乖離しやすい |
| 類似業種比準方式 | 同業の上場企業の株価指標を参考に算出(国税庁方式) | 財産評価基本通達に基づく税務上の評価額として活用される |
| DCF法(割引キャッシュフロー) | 将来の収益予測を現在価値に換算する | 前提となる事業計画の合理性が問われ、双方の認識ズレが生じやすい |
| 財産評価基本通達(国税庁) | 相続・贈与税の文脈で国税庁が定めた評価基準(大・中・小会社の区分あり) | 税務上の基準として参照必須。買取価格と乖離すると課税リスクが生じる |
税務リスクとの関係を理解する
買取価格と税務上の評価額の乖離は課税問題を引き起こします。財産評価基本通達(第178条以下)に基づく評価額を著しく下回る価格で買い取った場合、差額が退職者へのみなし贈与とみなされる可能性があります。逆に著しく上回る場合は、差額が退職所得または給与所得として退職者に課税されるリスクがあります。「相場よりも安く買い戻したい」という意図は自然ですが、税務上の評価額を基準として意識した上で交渉することが重要です。
事前合意の具体的な方法
評価方法の合意は、株主間契約書または持株会規約に「退職時の買取価格は財産評価基本通達に準拠した純資産価額方式(または類似業種比準方式との折衷)による」などと具体的に明記します。「顧問税理士が算定した価額とする」という記述でも一定の合理性を持たせることができますが、算定方法が曖昧になりやすいため、基準となる評価手法は必ず明示しておいてください。
株主間契約・持株会規約の整備——強制譲渡条項が鍵
退職時のトラブルを法的に防ぐためには、株主間契約(SHA)または持株会規約に「退職時の強制譲渡義務」と「買取価格の算定基準」を明記することが不可欠です。この書面がなければ、口頭での取り決めは法的効力として非常に弱くなります。
株主間契約に盛り込むべき条項
株主間契約は会社法上の法定書類ではありませんが、当事者間の契約として拘束力を持ちます。退職時トラブルを防ぐうえで特に重要な条項は以下の通りです。
- コール・オプション条項:退職時に会社または会社が指定する者が株式を買い取る権利を持つことを明記する
- 強制譲渡義務条項:退職者が会社の買取請求に応じて株式を譲渡する義務を負うことを明記する
- 買取価格の算定基準:具体的な評価方法と算定の基準日(退職日など)を明記する
- タグ・アロング・ドラッグ・アロング条項:経営株主が第三者に株式を売却する際の少数株主の権利・義務を定める
なお、株主間契約に違反して株式が移転されてしまった場合、損害賠償請求は可能ですが、株式移転そのものの無効化は難しいとする裁判例があります。あくまで未然防止のための書面として位置づけてください。
既存株主への追認署名取得
これから新たに株式を付与する従業員については株主間契約をセットで締結できますが、問題は過去にすでに株を渡してしまった株主です。既存株主に遡及して契約を適用するには、本人の同意(追認署名)が必要です。「今さら署名を求めるのは気まずい」と感じるかもしれませんが、トラブルが顕在化してからでは交渉力が著しく低下します。現在の関係が良好なうちに顧問弁護士と文書を整備し、説明を行うことを強く推奨します。
持株会の法的実態を確認する
「持株会」と称している場合は、民法上の組合として機能しているかを確認する必要があります。組合として機能していれば、株主は組合(持株会)であり個々の従業員ではないため、退職時の処理は規約に従って行えます。一方、実態として従業員個人が直接株主として登録されている場合は、持株会規約だけでなく各株主との個別の株主間契約が必要になります。どちらのケースに該当するかによって整備の方向性が変わるため、まず現状を確認することが優先です。
株式譲渡契約書の整備と手続きフロー
退職時の株式買取を実際に実行する局面では、株式譲渡契約書の締結と適法な手続きフローが必要です。書面なしの口頭合意だけでは、後から「そんな条件では合意していない」というトラブルに発展します。
株式譲渡契約書に記載すべき事項
株式譲渡契約書は市販の雛形を参考にしながらも、自社の状況に合わせた記載が必要です。最低限含めるべき事項として、譲渡する株式の種類・数・1株あたりの譲渡価格、代金の支払方法と支払期日、株主名簿の名義書換の実施時期、表明保証条項(譲渡株式に担保権等の権利が設定されていないこと等)が挙げられます。加えて、対価の支払い完了後に株主としての一切の権利を主張しないことを確認する条項を入れておくと、後日の紛争リスクを減らせます。
取締役会または株主総会の承認を忘れない
定款に譲渡制限がある場合、株式の譲渡(買取)には取締役会または株主総会の承認が必要です(会社法第136条〜第140条)。この手続きを省略すると、会社法上の適法な譲渡として扱われない可能性があります。承認決議は議事録に残しておき、株主名簿の書換と合わせて書類を整えてください。
自社の状況に応じた対応の分岐
整備の優先度は企業の状況によって異なります。以下を目安に自社のケースを判断してください。
- まだ退職者が発生していない段階:今すぐ株主間契約の整備に着手する。既存株主への追認署名取得を関係が良好なうちに行う
- 退職が直前に迫っている段階:弁護士・税理士と連携しながら任意の合意を目指す。強硬な対応は関係を悪化させるリスクがある
- 退職者がすでに株を持ったまま退職している段階:任意の買取交渉が原則。価格算定の合理的根拠を示して誠実に対応することが長期的なリスク低減につながる
株主間契約や持株会規約の整備は複雑な判断が伴うため、専門家との早期相談が解決時間を短縮します。特に既存株主への対応や評価方法の決定は、後からの修正が難しくなるため注意が必要です。
専門家連携——弁護士・税理士なしでは進められない理由
未上場株式の整備は、会社法・税法・契約法の複数の専門領域が交差するテーマです。経営者や兼務人事担当者だけで完結させようとすると、見落としが大きなリスクに発展します。
弁護士が担うべき領域
株主間契約・持株会規約の作成、既存株主への遡及適用の法的リスク評価、退職者との交渉における法的根拠の整理は弁護士の専門領域です。特に強制譲渡条項の有効性や、退職者が署名を拒否した場合の対応策については、法的判断を伴うため弁護士への確認が必須です。
税理士が担うべき領域
買取価格の算定に際して財産評価基本通達に基づく評価額を計算すること、みなし贈与・給与所得課税のリスク評価、源泉徴収の要否確認は税理士の専門領域です。「安く買い戻せた」と思っていたら税務調査で問題になった、というケースは実際に起きています。整備段階から税理士を関与させることで、後からの修正コストを大幅に削減できます。
人事担当者・経営者が担うべき領域
専門家任せにするだけでなく、経営者・人事担当者が主体的に動くべき作業もあります。現在の株主名簿と株式移動経緯の整理、従業員への説明の場を設けること、株主間契約締結後の管理・更新の継続的運用は、社内の関係者でなければできません。専門家はあくまでツール・書面を提供する役割であり、社員との信頼関係を維持しながら整備を進める役割は経営者・人事が担います。
人事だけで判断を抱え込むと、後から税務や法務の問題が露見することもあります。早期段階から弁護士・税理士と情報共有することで、リスクを最小化できます。
まとめ
未上場株式の退職時トラブルを防ぐためには、現状の株主名簿の把握、定款・書類の確認、株式評価方法の事前合意、株主間契約・持株会規約への強制譲渡条項の明記、そして適法な株式譲渡手続きの実行——この流れを弁護士・税理士と連携しながら整えることが根本的な対策です。「まだ退職者が出ていないから大丈夫」という段階こそ、整備のベストタイミングです。
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よくある質問
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