「証拠はある。でも、就業規則にスマホ禁止の規定がない。処分したら逆に訴えられるんじゃないか——」
業務中にスマホゲームをしている社員を発見したとき、多くの経営者・人事担当者がこの不安に直面します。専任の法務担当も社労士もいない環境で、「処分できるのか」「どこまでやっていいのか」を即座に判断するのは容易ではありません。この記事では、規定がない場合の処分可否から、手続きの進め方、就業規則の整備方法まで、実務で使える順序で解説します。
規定がなくても懲戒処分はできるのか
結論から言えば、就業規則にスマホ禁止の明示規定がなくても、懲戒処分が完全に不可能なわけではありません。ただし、処分の「重さ」によって法的リスクが大きく変わります。
法的な根拠:労働契約法第15条とは
懲戒処分の有効性は、労働契約法第15条に基づいて判断されます。同条は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない懲戒は無効」と定めています。つまり、就業規則の規定の有無にかかわらず、「合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の両方を満たせば処分は有効とされる可能性があります。
業務中のスマホゲームは、労働者が労働時間中に職務に専念する義務(業務専念義務)に反する行為です。この義務は雇用契約の本質的な要素であるため、明示規定がなくても「合理的な理由」として主張できる余地があります。
規定がない場合に現実的に可能な処分の範囲
規定の有無によって、現実的に取れる処分レベルが変わります。以下の表を参考にしてください。
| 処分の種類 | 規定なしでの実施可否 | リスク水準 |
|---|---|---|
| 口頭注意・文書注意(戒告) | 比較的行いやすい | 低 |
| 訓戒・始末書 | 状況次第で可能 | 低〜中 |
| 減給 | 規定なしでは困難 | 高 |
| 出勤停止 | 規定なしでは困難 | 高 |
| 懲戒解雇 | 規定なしでは原則困難 | 非常に高 |
軽微な注意・訓戒であれば「職場秩序の維持」を根拠に実施しやすい一方、減給・出勤停止・懲戒解雇といった重い処分は、規定がない状態で強行すると不当処分として無効とされるリスクが高くなります。
「1回だけ見かけた」場合に注意すること
処分の相当性は、違反の頻度・継続性・業務への影響度によって左右されます。上長が1回目視した事実だけで重い処分を行うのは、「相当性」の観点から問題が生じやすい状況です。まず注意・指導を行い、それでも改まらない場合に段階的に処分を重くしていく、という流れが法的にも実務的にも安定しています。
証拠の集め方と注意すべき落とし穴
処分の有効性は、証拠の「質」と「収集方法の適法性」に大きく左右されます。証拠があれば何でもよいわけではなく、集め方を誤ると会社側が不法行為を問われるリスクがあります。
有効な証拠として使えるもの
業務中のスマホゲーム利用を立証するために有効な証拠は、主に以下のものです。
- 目視確認の書面記録:誰が・いつ・何時から何時まで・どのような状況でゲームをしているのを確認したかを記した報告書。複数人の証言があればより有効。
- 会社支給端末のログ:会社が貸与しているスマホやPCの場合、ネットワークアクセスログやアプリ使用履歴が証拠になり得ます。
- 継続性の記録:複数日・複数回にわたって確認した記録は、処分の相当性を補強します。「1回だけ」より「繰り返し確認された行為」のほうが、処分の重さとの均衡が取りやすくなります。
私用スマホの調査は要注意
従業員が私物のスマホを使っていた場合、その端末の中身を無断で確認・調査することはプライバシー権の侵害として不法行為になり得ます。「証拠がほしいから」という理由で、本人の同意なく私物端末を検査することは避けてください。
私用スマホの場合に現実的に活用できる証拠は、目視による行動確認と書面記録が中心になります。証拠収集の段階で法的な手順を踏むことが、後々の紛争を防ぐ上で重要です。
証拠収集前に確認すべきこと
証拠を集め始める前に、「この調査行為自体が適法か」を確認しましょう。就業規則や雇用契約書に「業務上の調査に協力する義務」を定めている場合は、本人への事情聴取や調査の根拠として活用できます。こうした規定がない場合は、法的リスクを考慮しながら慎重に進める必要があります。
処分手続きの正しい進め方
処分の内容と同様に、手続きの適正さも有効性を左右します。手続きを踏まずに処分した場合、内容が正当でも「手続き違反」として無効になるケースがあります。
必ず踏むべき手順
処分を行う際には、次の流れで進めることが基本です。まず最初に事実関係の確認から始め、次に弁明の機会を与え、その後に処分内容を決定・通知します。
具体的には、当該従業員に対して「いつ・どのような行為を確認したか」を伝えた上で、本人が反論・説明できる機会(弁明の機会)を設けます。弁明の機会を与えずに処分することは、手続き上の問題として処分の有効性を損ないます。その上で、処分内容・理由を書面で通知します。口頭だけの通知では、後から「言った・言わない」のトラブルになりやすいため、書面化が必須です。
就業規則に手続き規定がある場合は必ず遵守する
就業規則に「懲戒委員会を開催する」「本人に弁明書を提出させる」など手続きが定められている場合は、その規定通りに進めなければなりません。規定した手続きを省略して処分を行った場合、処分自体が無効とされるリスクがあります。就業規則の手続き条項を確認し、抜け漏れなく実施してください。
処分レベルの判断基準
どの程度の処分が「相当」かを判断する際は、以下の要素を総合的に考慮します。
- 違反行為の頻度・継続期間
- 業務への具体的な支障・損害の有無
- 過去に注意・指導を行ったかどうか
- 他の従業員への影響(職場秩序の乱れ)
- 本人の反省・改善の姿勢
初回で業務への実害が軽微であれば、まず文書注意または訓戒が相当な起点です。注意後も改善が見られない場合に、段階的に処分を重くしていく対応が、法的にも安定した運用になります。
処分判断に迷ったときは: 「規定がない中での処分」「証拠の適切さ」「手続きの妥当性」の3点に不安があれば、早めに外部専門家に相談することで、後の紛争リスクを大きく減らせます。
処分後のリスクと会社が訴えられるケース
処分を行った後に、従業員から不当処分・不当解雇として争われるリスクを事前に把握しておくことが重要です。特に中小企業では、対応の不備が紛争に発展しやすい傾向があります。
処分が無効とされやすい典型的なパターン
過去の裁判例を踏まえると、懲戒処分が無効・取り消しとされる事案には共通したパターンがあります。主なものは、就業規則に根拠規定がないまま重い処分(減給・出勤停止・解雇)を行ったケース、弁明の機会を与えずに処分したケース、証拠が不十分なまま処分を強行したケースです。
これらは「証拠はある」と感じていても、証拠の質・記録の方法・手続きの順序に不備があると問題になります。
懲戒解雇は特に慎重に
業務中のスマホゲームを理由とした懲戒解雇は、よほどの事情がない限り相当性を欠くと判断されるリスクが高い処分です。たとえば「長期間にわたって繰り返され、再三の注意・指導にも応じなかった」「業務に重大な支障が生じた」といった事情がなければ、懲戒解雇は過剰な処分とみなされかねません。
規定がない状態での懲戒解雇は特にリスクが高く、弁護士や社労士への事前相談を強く推奨します。
従業員が50名未満の企業での留意点
産業医の選任義務がない規模(常時50名未満)の企業では、メンタルヘルス上の問題が背景にある可能性にも目を向けてください。スマホゲームへの逃避が、業務上のストレスや精神的不調のサインである場合があります。処分手続きと並行して、面談の機会を設けて本人の状況を把握することが、問題の本質的な解決につながるケースもあります。
就業規則に整備すべき規定とその手順
今回の問題を契機に、就業規則を整備することで「次回以降の処分を確実に行える」状態にすることが重要です。規定を整備するだけで、抑止効果も生まれます。
追加・修正すべき条項の内容
就業規則に盛り込むべき主な規定は以下の通りです。
- 服務規律条項:「業務時間中は、会社の許可なく私的なスマートフォン・タブレットの使用(通話・SNS・ゲームアプリ等を含む)を行ってはならない」といった明示的な禁止規定。
- 懲戒事由条項:上記服務規律違反を懲戒処分の対象として明記する。
- 懲戒の種類・段階規定:戒告・訓戒・減給・出勤停止・懲戒解雇の段階と、それぞれの適用基準を明記する。
- 手続き条項:弁明機会の付与方法、処分決定の手続き(担当者・委員会等)、書面通知の義務を規定する。
就業規則変更の手続きを忘れずに
就業規則を新たに作成・変更する場合は、労働基準法に基づく手続きが必要です。具体的には、労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)の意見を聴取した上で、所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。この手続きを経ずに運用を変更しても、法的効力が認められない場合があります。
また、就業規則の変更によって従業員に不利益が生じる場合は、合理的な理由と周知が必要です(労働契約法第10条)。不利益変更にあたるかどうかの判断も含め、社労士に確認しながら進めることをお勧めします。
整備後は必ず従業員に周知する
就業規則は、従業員に周知されていなければ効力を発揮しません(労働基準法第106条)。就業規則の改定後は、全従業員が閲覧できる場所への掲示、書面での配布、または社内システム上での公開など、実質的な周知を行い、その記録を残してください。
まとめ
業務中のスマホゲームに対する懲戒処分は、就業規則に明示規定がない場合でも軽微な注意・訓戒であれば行える余地があります。ただし、減給・出勤停止・懲戒解雇といった重い処分は、規定のない状態では法的リスクが高く、証拠の質・手続きの適正さの両方を満たした上で進める必要があります。また、処分後の紛争リスクを下げるためにも、今回のケースを機に就業規則の服務規律条項・懲戒事由条項を整備し、従業員に周知することが根本的な解決策です。
「うちの会社の就業規則で処分できるのか」「今から規定を整備するにはどこから手をつければいいのか」——そのような具体的な疑問は、状況を聞いた上でないと正確な判断が難しいものです。一人で対応に迷うより、人事労務の専門家に相談することで、安心した判断と実行ができます。ウェルセンス株式会社では、専任人事がいない中小企業の人事労務課題に特化した相談対応を行っています。
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