「有給をよく取るあの社員、なんとなく評価を低くしてしまっている」——評価面談の後にそんなもやもやを感じたことはないでしょうか。専任の人事担当者がいない20〜50名規模の企業では、管理職の感覚で評価が決まりやすく、勤怠情報が「なんとなくの根拠」として使われてしまうケースが少なくありません。しかし、有給休暇の取得状況を評価に反映させることには、明確な法的リスクが伴います。この記事では、やってはいけないことの根拠と、代わりに使える評価設計を実務目線で解説します。
有給取得を評価に使うことは「法律違反」になりうる
結論から言えば、有給休暇の取得日数や取得頻度を理由に評価を下げることは、労働基準法違反のリスクがある行為です。「給与を下げるのは問題だが、評価なら大丈夫」という認識は誤りです。
労働基準法第136条が定める「不利益取扱いの禁止」
労働基準法第136条は、「使用者は、年次有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない」と定めています。条文の表現は努力義務的ですが、行政指導の現場でも、裁判所の判断においても、実質的な禁止規範として機能しています。
「不利益な取扱い」とは、給与の減額だけを指しているのではありません。人事評価の引き下げ、昇格・昇進の見送り、賞与への影響なども含まれると解釈されています。つまり、「有給をよく使うから評価を下げた」という運用は、この条文に触れる可能性があります。
皆勤手当と有給取得者——最高裁が示した判断
有名な実例として、「沼津交通事件」(最高裁・1994年)があります。この判決では、有給休暇を取得した日を欠勤扱いにして皆勤手当を支給しないことが不利益取扱いにあたると判断されました。皆勤手当という「お金の話」ですら違法とされたのですから、評価への反映も同様のリスクを抱えていることは明らかです。
有給取得は「権利行使」であることを忘れない
年次有給休暇は労働基準法第39条に基づく労働者の権利です。その権利行使を評価上のマイナス要因にすることは、権利行使の抑制につながると判断されます。「有給を取りにくい雰囲気を作る」という間接的な形であっても、問題になりえます。有給取得率の低い職場環境そのものが、行政指導の対象になるケースもあります。
「勤務態度」評価に勤怠情報を忍び込ませる落とし穴
「評価シートに有給日数は書いていない」という企業でも、設計の仕方によっては実質的に同じ問題を抱えていることがあります。評価制度の”隙間”に勤怠情報が入り込む構造を理解しておきましょう。
「勤務態度」項目が抜け穴になりやすい
多くの評価シートには「勤務態度」や「規律・マナー」といった項目があります。問題は、その評価基準として「出勤状況」「遅刻・欠勤の有無」「時間厳守」が設定されているケースです。この設計では、有給取得や体調不良による欠勤が実質的な減点材料になってしまいます。
「勤務態度」の評価基準は、日数・回数ではなく「行動」で定義し直す必要があります。たとえば「業務スケジュールを自ら管理し、周囲への周知を行っている」「報告・連絡・相談を適切に行っている」といった具体的な行動指標に置き換えることで、勤怠情報への依存を切り離せます。
文書化されていない「頭の中の減点」が最も危険
実態として多いのが、評価シートには書かれていないにもかかわらず、管理職が頭の中で勤怠を減点要素として扱っているケースです。「なんとなく低い評価をつけた」という運用は、書面に残っていないからこそ、三重のリスクを生み出します。
- 評価の根拠を社員に説明できない(説明責任リスク)
- 評価が恣意的であると主張されやすい(評価の公正性リスク)
- 不当評価を主張されたときに反証できない(労働トラブルリスク)
制度に書かれていなくても、「実際の運用」が問題になるのが労働トラブルの特徴です。「うちはやっていない」と言えるためには、管理職への教育も含めた運用管理が必要です。
メンタル不調・障害が背景にある欠勤を評価に使うリスク
遅刻・欠勤・体調不良による早退が多い社員の評価は、特に慎重な判断が求められます。その背景にメンタルヘルス不調や障害がある場合、評価の下げ方によっては、別の法的問題が生じます。
障害者雇用促進法上の「差別的取扱いの禁止」
欠勤・遅刻の背景に「障害」が認定される状態がある場合、その欠勤を理由に評価を下げることは、障害者雇用促進法上の差別的取扱いの禁止に抵触する可能性があります。精神障害・発達障害・うつ病などは、本人が申告していなくても、後から診断・認定されるケースがあります。「知らなかった」では免責されません。
安全配慮義務違反との関係
労働契約法第5条は、使用者が労働者の生命・身体・健康を守るための安全配慮義務を負うことを定めています。メンタルヘルス不調を抱えた社員に対して適切な配慮をせず、さらに評価上のペナルティを与えることは、安全配慮義務違反として使用者責任を問われるリスクがあります。
特に、産業医が選任されていない企業(従業員50人未満では義務がない)や、就業規則が整備されていない企業では、対応の記録が残っていないことが多く、いざトラブルになったときに不利な立場に立たされがちです。
「勤怠不良」と「体調管理の問題」は分けて考える
欠勤が多いことそのものを評価のマイナス要因にするのではなく、「業務への影響をどう補ったか」「チームへの情報共有が適切だったか」という行動面を評価軸にすることで、法的リスクを避けながら実質的な業務貢献度を評価することができます。
勤怠情報に代わる「法的に安全な評価設計」
勤怠情報を評価から切り離したとき、「では何を根拠に評価すればいいのか」という疑問が生まれます。答えは「行動」と「成果」を評価軸にする設計です。
コンピテンシー評価(行動評価)とは何か
コンピテンシー評価とは、「高い業績を出す人材に共通する行動特性」を評価軸にする手法です。有給取得日数ではなく、「業務目標を達成しているか」「チームメンバーをサポートする行動をとっているか」「問題が起きたときに適切に報告・対応しているか」を基準にします。これにより、勤怠情報への依存をなくしながら、実質的な貢献度を公正に評価できます。
勤怠評価と行動評価の比較
| 評価の観点 | 勤怠ベースの設計(リスクあり) | 行動ベースの設計(推奨) |
|---|---|---|
| 出勤・欠勤 | 欠勤日数を直接カウント | 業務スケジュール管理と周囲への共有行動を評価 |
| 有給取得 | 取得日数・頻度をマイナス評価 | 休暇前後の引き継ぎ・報告行動を評価 |
| 遅刻・早退 | 回数をカウントして減点 | チームへの影響を最小化する行動を評価 |
| チームへの貢献 | 「いつもいる」かどうかの印象評価 | 具体的なサポート行動・情報共有の質を評価 |
就業規則・評価制度の整備状況による対応の違い
評価制度の見直しを進めるにあたって、自社の状況を確認することが先決です。就業規則がある企業は、評価基準の変更が就業規則の変更手続きに該当するケースもあるため、労働者への周知と同意取得のプロセスが必要になります。一方、評価制度が文書化されていない企業は、まず評価基準を文書として整備することが優先です。口頭の運用ルールは、トラブル時に「言った・言わない」の問題になります。
社員から評価の根拠を問われたとき、どう答えるか
評価の説明責任は、評価制度の信頼性そのものに関わります。「なんとなく低い」が通用しない場面は、必ず訪れます。
評価開示・説明の義務と現実
法律上、評価結果の開示を義務づける明示的な規定はありませんが、社員が評価の根拠を求めてきたとき、合理的な説明ができないことは大きなリスクです。「有給が多いから」「なんとなく積極性が足りない気がして」という説明は、不当評価の申し立てに対してまったく反証になりません。
評価記録の残し方
評価を行った根拠は、具体的な行動事実として記録しておくことが重要です。「〇月の△プロジェクトでのミスへの対応が遅く、チームに影響を与えた」「四半期の目標件数に対して達成率が〇%だった」など、日付・事実・影響を記録する習慣をつけることで、評価の説明責任を果たしやすくなります。管理職が評価者として機能するためには、こうした記録習慣の定着が不可欠です。
まとめ
有給休暇の取得状況や欠勤日数を人事評価に反映させることは、労働基準法第136条や障害者雇用促進法、労働契約法上の安全配慮義務など、複数の法的リスクを抱えます。「評価シートに書いていないから大丈夫」という認識は危険で、管理職の暗黙の運用も問題になりえます。代替設計としては、「行動」と「成果」を評価軸にしたコンピテンシー評価が有効です。特に20〜50名規模の企業では、評価制度が未整備なまま運用されているケースが多く、勤怠情報が「空白を埋める根拠」として使われやすい構造があります。
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