「別の拠点に復職させてほしい」——休職中の従業員からそう申し出を受けたとき、どう対応すべきか迷う経営者・人事担当者は少なくありません。「断ったら問題になるのでは」という不安から判断が止まってしまうケースが多いですが、会社には復職先を決定する権限があります。この記事では、法的な根拠と実務上の進め方を整理し、現場で使える判断軸をお伝えします。
会社に「本人希望の拠点」へ受け入れる義務はあるか
結論から言えば、従業員が特定の拠点への復職を希望しても、会社にその拠点へ受け入れる法的義務は原則としてありません。復職先の決定は最終的に会社の判断権限に属します。
配転命令権と復職先決定の権限
労働契約において、使用者は業務上の必要性がある場合に合理的な範囲で配置転換・異動を命じる権限(配転命令権)を持ちます。この権限は就業規則に「会社の命じる場所で業務に従事する」旨の規定があることで根拠がより明確になります(労働契約法第6条・第7条)。逆に言えば、従業員が特定の配置先を「指定して要求する」権利は、原則として認められていません。復職先の決定もこれと同じ考え方に基づきます。
厚生労働省ガイドラインの立場
厚生労働省が示す「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」においても、職場復帰先の決定は本人・主治医・産業医の意見を参考にしたうえで会社が総合的に判断するスキームが採用されています。本人や主治医の意見はあくまで「参考情報」であり、会社の最終判断を法的に縛るものではありません。
「断る=不当扱い」ではない
本人の希望に応じないことは、会社が不当な命令を下すこととは異なります。「本人が言っているのだから受け入れなければ」という思い込みを一度外して、経営・現場の実情を踏まえた判断をすることが、結果として適切な復職支援につながります。
拒否すると問題になるケースを理解する
会社に義務はないとはいえ、検討プロセスを省いて一方的に断った場合は、対応の誠実性を問われるリスクがあります。法的な限界と注意が必要な場面を押さえておきましょう。
配転命令権の限界(権利濫用法理)
最高裁判例(東亜ペイント事件・1986年)は、配転命令が権利濫用にあたる場合として以下の三つを挙げています。
- 業務上の必要性がない場合
- 不当な動機・目的がある場合
- 労働者に著しい不利益を与える場合
復職局面では「希望する拠点を与えないこと」が著しい不利益にあたるかが論点になることがあります。ただし、希望に応じないこと自体は「会社が命じた不当な配転」とはいえません。問題になるのは、拒否の理由が合理的でなかったり、検討した形跡がなかったりした場合です。
障害・疾病と合理的配慮の問題
メンタルヘルス不調が進んで障害者手帳を取得している場合、障害者雇用促進法(第36条の3・第36条の4)に基づく「合理的配慮」の義務が生じます。ただし合理的配慮は「過重な負担を伴わない範囲」が前提であり、特定拠点への配置を無条件に強制する根拠にはなりません。手帳を持っているからといって、希望拠点を必ず受け入れなければならないわけではない点を確認しておきましょう。
主治医意見書への対応
「環境変更が望ましい」という主治医の意見書は、会社の配置決定を法的に拘束するものではありません。しかし、その意見を完全に無視した配置決定が後に紛争になった場合、会社側に不利に働くことがあります。主治医の意見がある場合は、産業医の意見も併せて取得し、総合判断した記録を残すことがリスク管理として重要です。産業医と契約していない場合(従業員50名未満の企業では義務がないため)は、地域産業保健センターの無料相談を活用する方法もあります。
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本人希望の「理由」を確認する面談プロセス
別拠点希望への対応で最初にすべきことは、希望の背景・理由を丁寧に確認する面談を行うことです。理由によって対応の優先度や柔軟性が大きく変わります。
希望理由のパターンと対応の方向性
別拠点希望の背景は、大きく以下のように分類できます。それぞれで会社が検討すべき内容が異なります。
| 希望理由のパターン | 確認すべき点 | 対応の方向性 |
|---|---|---|
| 元職場の人間関係・発症との関連 | ハラスメント等の事実関係 | 職場環境の改善も並行して検討 |
| 通院・通勤の利便性 | 通院頻度・交通手段・所要時間 | 代替案(時差出勤等)の余地も探る |
| 家族介護・生活事情 | 具体的なケア状況・頻度 | 柔軟な勤務形態で対応できるか検討 |
| 単なる気分・心理的不安 | 主治医・産業医の医学的見解 | 復職支援計画での段階的な不安解消を提案 |
面談で確認すること・記録の残し方
面談は、後から「言った・言わない」のトラブルを防ぐために記録を残すことを前提に進めます。具体的には、面談日時・参加者・確認した内容・本人の発言の要旨・会社の回答・次のステップを書面にまとめ、本人にも内容を確認してもらうことが理想です。面談担当者は直属の上司ではなく、人事担当者や外部の支援担当者が行うと中立性が保たれます。
「元職場の問題」が背景にある場合は特に慎重に
発症の原因が元職場の人間関係やハラスメントと関連している場合は、単に別拠点に異動させることで問題が解決するわけではありません。職場環境の課題を放置したまま別拠点へ転籍させると、同様のトラブルが再発する可能性があります。この場合は、元職場の問題解決と復職支援を並行して進めることが必要です。
別拠点の「受け入れ可否」を社内で判断するプロセス
本人の希望理由を確認したうえで、次に行うのは別拠点での受け入れが実務的に可能かどうかを業務的に検討するプロセスです。このプロセスを踏まずに「受け入れられない」と結論づけると、対応の誠実性を問われることがあります。
判断に迷う場合は、地域産業保健センターや外部の復職支援専門家に相談しながら進めることで、適切な判断と記録が同時に実現します。
受け入れ可能性を確認する三つの視点
別拠点での受け入れを検討する際、以下の三点を確認することが基本です。まず、当該拠点に本人の能力・経験に見合った適切なポジション・業務量があるかどうか。次に、復職初期の時短勤務や業務制限に対応できる体制があるかどうか。最後に、その拠点の管理者が復職支援を理解し、継続的なフォローを実施できるかどうかです。これら三点のいずれかが難しい場合は、受け入れられない合理的な理由として説明できます。
拠点間の調整をどう進めるか
兼務人事で拠点間の調整に慣れていない場合、「誰が何を判断するのか」が曖昧になりがちです。社内で明確なプロセスがない場合は、以下の流れで進めることを推奨します。まず人事担当者が別拠点の管理者に受け入れ可否の初期確認を行います。次に現場責任者と業務内容・フォロー体制を具体的にすり合わせます。その後、受け入れ条件(業務範囲・就業時間・フォロー担当者など)を文書化します。最後に、最終判断を経営者または人事責任者が行い、本人に説明します。
断る場合の「説明責任」と記録の重要性
本人の希望を受け入れない場合でも、「検討したが業務上の理由で対応できない」という説明と記録が、後の紛争リスクを大幅に低減します。逆に言えば、検討プロセスを省いて感情的に断ってしまうと、「誠実な対応がなかった」として問題視されるケースがあります。断る場合も「なぜ断るのか」「代替案はあるか」を丁寧に伝えることが、信頼関係の維持につながります。
復職支援プランの作り方と拠点変更後のフォロー体制
別拠点での受け入れが決まった場合、復職支援プランを新しい拠点の体制に合わせて作り直すことが不可欠です。受け入れ後のフォロー体制を整えておかないと、再休職のリスクが高まります。
復職支援プランに盛り込む内容
厚生労働省の手引きが示す職場復帰支援プランの基本要素は、復職日・業務内容・就業上の配慮(時短・出張制限等)・フォローアップ面談のスケジュール・関係者の役割分担です。別拠点での復職の場合は、これに加えて「元の職場との情報連携をどうするか」「フォローアップ面談の担当者は誰か(拠点の上司か、本社人事か)」を明記することが重要です。
拠点をまたいだサポートの仕組みをどう作るか
専任人事がいない中小企業では、別拠点のフォローが属人化しやすく、「誰も状況を把握していない」という事態になりがちです。最低限、月に一度は人事担当者・拠点管理者・本人の三者で状況確認を行う機会を設けること、そして変化があればすぐに報告が上がる連絡経路を決めておくことが現実的な対策です。
再休職サインの早期把握
復職後の再発リスクは最初の数ヶ月に集中します。別拠点での復職は元の管理者が状態を把握しにくいため、サインを見落としやすい環境でもあります。「遅刻・欠勤の増加」「業務の質の低下」「コミュニケーションの減少」といった変化を拠点管理者が把握し、速やかに人事へ共有できる仕組みを事前に設計しておくことが再休職の予防につながります。
まとめ
復職支援で別拠点希望が出た場合、会社に特定拠点への受け入れ義務は原則ありません。ただし、希望の背景を丁寧に確認し、受け入れ可否を業務的に検討したうえで判断・説明するプロセスを踏むことが、トラブル防止と信頼維持の両面で重要です。主治医意見書がある場合は産業医の意見も取得して総合判断し、断る場合も理由と代替案を文書で残してください。別拠点での受け入れが決まった場合は、フォロー体制を事前に設計することで再休職リスクを下げられます。
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