「副業OKにしたよ」と社内に周知した翌月、ある従業員が競合他社でアルバイトを始めていたことが発覚した——中小企業の経営者からこうした相談が増えています。副業解禁は採用・定着のための有効な施策ですが、「OK」と言った後のルール整備が追いついていないと、競合他社への情報漏洩や利益相反といった深刻なリスクが生じます。本記事では、副業解禁後に見落としがちなリスクの全体像と、就業規則・規程の整備ポイントを実務的に解説します。
「副業OK」は宣言ではなく、ルール設計の出発点
副業解禁の宣言だけでは会社を守ることができません。「OK」と伝えた瞬間から、従業員は会社の意図に関係なく自由に解釈して動き始めます。
「解禁宣言」だけでは穴だらけになる理由
副業を認める文言を就業規則に一行追加しただけで安心していませんか。多くの中小企業でよく見られるのが、「副業を認める」とだけ書いて、届出義務も禁止条件も承認フローも何も定めていないケースです。この状態では、競合他社への就業を「禁止する根拠」がなく、後から「なぜ止めなかったのか」と問われたときに会社側が対応できません。
問題が表面化するのは、情報漏洩のトラブルが起きた後や、取引先との関係がこじれた後であることがほとんどです。そのタイミングで規定を整備しようとしても、すでに損害が発生している状況では手遅れになりかねません。
副業制限が「合理的な範囲」かどうかの判断軸
一方で、副業を過度に制限することも問題です。厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(2018年策定、2022年改定)によれば、副業を制限できる主な事由は以下の4つに限定されます。
- 労務提供上の支障が生じる場合
- 業務上の秘密が漏洩する場合
- 競業により自社の利益が害される場合
- 自社の名誉・信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為の場合
これらに該当しない副業まで一律禁止すると、不合理な拘束として無効と判断されるリスクがあります。つまり、「禁止できる範囲」と「禁止できない範囲」の線引きを規程に落とし込むことが、ルール設計の核心です。
競合他社への副業、どこまで禁止できるか
在職中の競業行為は、一定の範囲で制限することが認められています。ただし、その根拠と範囲を就業規則に明記しておくことが、実効性の前提条件です。
在職中の競業避止義務とは
労働契約には「誠実義務(信義則)」が内包されており、在職中の従業員が使用者の利益を著しく害する競業行為を行うことは、明文規定がなくても問題になりえます。しかし、懲戒処分の根拠として機能させるためには、就業規則への明記が不可欠です。「競合他社への就業・役員就任・顧問就任を禁止する」旨を具体的に条文化しておかなければ、処分の有効性を争われたときに会社側が負けるリスクが高まります。
退職後の競業避止特約は別問題
在職中の規制とは切り離して考える必要があるのが、退職後の競業避止特約です。退職後の制限は職業選択の自由(憲法第22条)との関係で有効性が厳しく審査されます。制限の対象範囲・地域・期間・代償措置(補償金など)の有無が判断基準となり、これらが不当に広ければ無効と判断されます。在職中のルールを整備した後に、退職後の取り扱いも別途検討することをお勧めします。
「競合他社」の定義を曖昧にしてはいけない
規程に「競合他社への副業を禁止する」と書くだけでは不十分です。「競合他社」の定義が曖昧だと、従業員が「うちの会社と直接競合していない」と解釈して副業を継続し、問題になったときに禁止の根拠が揺らぎます。同業種の企業だけでなく、主要取引先・仕入先・顧客企業への就業も対象に含めるかどうか、自社の事業特性に合わせて明示することが重要です。
役員就任・顧問就任という「見えにくいリスク」
副業規程の整備で最も見落とされやすいのが、アルバイトやフリーランス以外の形態、特に役員就任や顧問就任です。これらは通常の副業とは法的性質が大きく異なります。
役員就任が問題になる法的理由
他社の取締役・監査役に就任した従業員は、当該会社に対して善管注意義務(民法第644条)・忠実義務(会社法第355条)を負う立場になります。これは、自社への誠実義務と構造的に衝突します。競合他社の経営判断に関与する立場になれば、自社の利益を損なう形で情報が活用されるリスクは飛躍的に高まります。また、自社と副業先の双方に関係する取引では、会社法第356条が定める利益相反取引の問題が生じる可能性もあります。
就業規則で役員就任を明示的に規制する
多くの就業規則では「副業」の文脈でアルバイト・フリーランス業務だけを想定して記載しており、役員就任・顧問就任・出資(株主としての関与)が規制対象から漏れています。これらの形態は「雇用ではないから届出不要」と従業員に解釈される余地を与えてしまいます。「他社の役員・顧問・アドバイザーへの就任、ならびに出資を伴う業務上の関与は、事前に会社の承認を要する」と明記することで、この穴を塞ぐことができます。
経営層・人事担当者の多くが「規定はあるはず」と思いこんでいる状態が、最も危険です。一度、現在の就業規則を確認し、整備の状況を把握することをお勧めします。
届出・承認フローの設計が「把握できる組織」をつくる
副業規程の実効性は、届出・承認の仕組みがあるかどうかで決まります。仕組みがなければ、問題が起きるまで経営者が状況を把握できません。
届出制と承認制の違いを理解する
副業の管理方法には大きく「届出制」と「承認制」の2つがあります。どちらを選ぶかで、会社の関与度と従業員への伝わり方が変わります。
| 方式 | 特徴 | 向いているケース |
|---|---|---|
| 届出制 | 副業を始める前または開始後に内容を申告させる。禁止事由に該当する場合のみ制限。 | 副業推進の姿勢を強く打ち出したい企業。副業内容のモニタリングが主目的。 |
| 承認制 | 副業開始前に会社が可否を審査・承認する。承認留保の条件を規定する必要あり。 | 情報漏洩・利益相反リスクが高い業種。競合との関係を慎重に管理したい企業。 |
申告フォームに盛り込むべき項目
届出・承認のいずれの方式を採用するにしても、「何を申告させるか」のフォーマット設計が重要です。副業先の社名・業種・担当業務の内容・役職(役員かどうか)・週あたりの従事時間・報酬形態の6項目は最低限盛り込む必要があります。これらの情報があれば、競合性の有無・情報漏洩リスクの高低・労働時間の過重による本業への支障の有無を判断することができます。フォーマットを整備することで、口頭では聞き出しにくい情報も自然に把握できるようになります。
承認を留保できる条件を規程に落とし込む
承認制を採用する場合、「どういう場合に承認しないか」の条件を規程に明示しておくことが不可欠です。条件が曖昧なまま会社が承認を拒否すると、「不当に副業の自由を制限された」として争われるリスクがあります。厚生労働省ガイドラインが示す4つの制限事由(前述)をベースに、自社の業種・事業内容に即した形で条件を具体化してください。
不正競争防止法との関係と情報管理の実態
副業先での情報漏洩が問題になった場合、不正競争防止法による保護が機能するかどうかは、自社の情報管理の実態にかかっています。
営業秘密として保護されるための三要件
不正競争防止法第2条第6項によれば、営業秘密として法的保護を受けるためには、秘密管理性・有用性・非公知性の三要件をすべて満たす必要があります。なかでも実務で問題になりやすいのが「秘密管理性」です。情報に「マル秘」と書かれたラベルを貼っていても、誰でもアクセスできる状態にあれば秘密管理性は認められません。アクセス権限の設定、情報取扱いのルール、従業員への周知、これらが実態として機能していることが求められます。
副業規程と情報管理規程はセットで整備する
副業規程に「業務上知り得た情報を副業先で使用・開示することを禁止する」と明記するだけでは不十分です。社内の情報管理規程(秘密保持に関するルール)と連動させることで、初めて実効性が生まれます。副業規程の整備を機に、秘密保持誓約書の取得状況や情報管理規程の有無も確認することをお勧めします。専任人事がいない企業では、これらが書類として存在しないケースが少なくありません。
懲戒処分を有効にするために今すぐ確認すること
問題が起きたときに懲戒処分を行う場合、処分の有効性は就業規則への明示が前提となります。規定が曖昧なまま処分を下すと、不当処分として争われるリスクがあります。
就業規則の懲戒規定に副業違反を明記する
「届出なく副業を行った場合」「競合他社に就業した場合」「会社の承認なく他社の役員に就任した場合」など、副業に関する違反行為を懲戒事由として具体的に列挙することが必要です。抽象的な「服務規律違反」の文言だけでは、副業違反に対する懲戒の根拠として機能しない場合があります。
会社の規模・状況別に優先して整備すべき項目
就業規則の整備状況や従業員数によって、優先すべき項目は異なります。
- 副業規程が存在しない場合:届出フォームと禁止事由の2点を最初に整備してください。
- 就業規則に副業の記載はあるが詳細が未整備の場合:競合他社・役員就任への明示的な禁止規定と懲戒条項の追記を優先してください。
- 情報管理規程が未整備の場合:副業規程と同時に秘密保持に関するルールの整備を検討してください。
これら規程の整備や見直しに際して、「どの順番で、何を優先すべきか」の判断が難しい場合、人事労務の専門家に一度相談することで、大幅に時間と手戻りを削減できます。
まとめ
副業解禁は「OK」と伝えた瞬間からリスク管理が始まります。競合他社への就業・役員就任・情報漏洩を防ぐためには、届出・承認フローの設計、就業規則への禁止事由の明記、懲戒規定の整備、情報管理規程との連動という4つの柱を揃えることが必要です。専任人事がいない中小企業では、これらをゼロから整備するのに時間とノウハウが必要になります。
実務的な整備の過程で「これでいいのか」「本当に大丈夫か」という疑問が生じた際は、ウェルセンス株式会社では、副業規程を含む就業規則の見直しや人事労務の課題について、経営者・兼務人事担当者の方からのご相談を承っています。「まず何から手をつければいいか」という段階からでも、お気軽にご相談ください。
よくある質問
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