「土曜日の朝、スタッフから連絡が来たと思ったら『○○さんが来ていない』という報告だった」——繁忙期のシフトが突然空き、残ったスタッフで何とか乗り切った経験がある経営者や人事担当者は少なくありません。無断欠勤したアルバイトへの怒りとともに「この損失を請求できないか」と考えるのは自然なことです。この記事では、アルバイト無断欠勤に対する損害賠償請求の法的な現実と実務上のハードル、そして再発を防ぐための契約・体制整備を、中小企業の現場に即して解説します。
損害賠償請求は「法律上は可能、実務上は難しい」が正直なところ
結論を先に述べると、アルバイトの無断欠勤を理由とした損害賠償請求は法律上は可能ですが、実際に裁判所に認められるハードルは非常に高く、費用対効果も合いにくいのが現実です。
法的根拠は民法の債務不履行と不法行為
損害賠償を請求する法的根拠は、民法第415条(債務不履行)と民法第709条(不法行為)の二つです。アルバイトは雇用契約に基づいて労務を提供する義務があり、無断欠勤はその義務違反にあたります。ただし請求が認められるためには、使用者側が「義務違反の存在」「実損害の発生」「損害額の特定」「義務違反と損害の因果関係」をすべて立証しなければなりません。
認められやすい損害・認められにくい損害
損害として裁判所に認められやすいのは、金額が客観的に算定できるものに限られます。たとえば、シフト穴を埋めるために急きょ手配した派遣スタッフの費用や、緊急外注にかかった実費などは証拠が残りやすく主張しやすい損害です。一方で「売上が減った」「他のスタッフへの精神的な負担」「店舗のイメージ低下」といった損害は因果関係や金額の特定が難しく、認定されにくい傾向があります。
費用対効果を冷静に見極める
仮に請求できる損害額が数万円程度であれば、弁護士費用や訴訟費用がそれを上回ることがほとんどです。また相手のアルバイトに支払い能力がなければ、判決を得ても回収できません。「請求したい気持ち」と「実際に回収できるか」は切り離して考える必要があります。損害が大きい場合でも、まずは弁護士への相談を経てから判断することをお勧めします。
やってはいけない対応——法的に無効・逆効果になる行為
無断欠勤に対する対応を検討する前に、会社側が取りがちだが法律上問題のある対応を把握しておくことが重要です。知らずに行うと、むしろ使用者側が法的リスクを負う結果になります。
「給与から引いておく」は原則として違法
損害賠償額をそのまま未払い賃金から差し引く(相殺する)ことは、労働基準法第24条(賃金全額払いの原則)により、会社側からの一方的な相殺は原則として認められません。最高裁判決(日新製鋼事件・1990年)においても、賃金との相殺には労働者の自由な意思に基づく書面での同意が必要とされており、その同意の自由性は厳しく問われます。「どうせ退職するから引いてしまおう」という対応は未払い賃金として後から問題になるリスクがあります。
就業規則に「違約金○万円」と書いても無効
雇用契約書や就業規則に「無断欠勤した場合は○万円を支払う」という条項を設けることは、労働基準法第16条(賠償予定の禁止)により無効です。あらかじめ損害額を決めておく「賠償額の予定」は禁止されています。ただし、実際に損害が発生した場合に民事上の損害賠償を請求すること自体は違法ではありません。「条項を定めること」と「実損害を請求すること」は別の話です。
感情的な連絡・脅迫的なメッセージのリスク
連絡が取れないアルバイトに対し、SNSや電話で激しいメッセージを送ることはハラスメントや脅迫と判断されるリスクがあります。連絡を試みる際は内容証明郵便など証拠が残る手段で、事実を淡々と伝えることが基本です。相手が弁護士を立ててきた場合、感情的なメッセージは会社側に不利な材料になります。
損害賠償を検討するなら踏むべき手順
「それでも請求したい」と判断した場合に最低限必要な手順があります。証拠の収集と記録が出発点です。
証拠として残すべき記録
請求を進めるうえで必要な証拠を早めに整理しておきましょう。シフト表(当初の予定と当日の状況の両方)、他スタッフへの残業指示や実績の記録、急な外注費の領収書や見積書、アルバイトへの連絡履歴(日時・手段・内容)などが基本的な証拠になります。「当日どれだけの損害が発生したか」を客観的に示せるかどうかが、請求の成否を左右します。
連絡・意思確認のプロセス
無断欠勤後に連絡が取れない場合は、電話・メールでの連絡を試みた記録を残したうえで、一定期間(例:3〜5営業日)が経過しても応答がなければ、内容証明郵便で「出勤意思の確認」と「無断欠勤の事実と損害の発生」を書面で通知します。この段階を踏まずに損害賠償請求だけを行うと、手続きの正当性が問われます。損害の金額や回収可能性については、労働問題を専門とする弁護士への相談を経てから判断してください。
「自然退職」扱いの正しい処理
就業規則に「○日間の無断欠勤で自然退職とみなす」という条項がある場合でも、一方的なみなし退職が常に有効とは限りません。書面(内容証明)で本人に退職の意思確認を行い、社会保険・雇用保険の喪失手続きも適切に進める必要があります。「音信不通だから放置」というのが最もリスクの高い状態です。手続きを後回しにすると、社会保険料の二重発生など別の問題が生じます。
再発を防ぐための就業規則・雇用契約書の整備
今回の無断欠勤をきっかけに、契約や規則の整備に着手することが最も実効性の高い再発防止策です。
雇用契約書に盛り込むべき事項
アルバイト向けの雇用契約書には、少なくとも以下の事項を明記することが重要です:
- シフトの確定方法と変更手続き
- 欠勤時の連絡ルール(誰に・いつまでに・どの方法で)
- 無断欠勤が続いた場合の取り扱い(自然退職の条件等)
- 実損害が発生した場合は民事上の損害賠償請求を行う場合がある旨(違約金の予定ではなく、実損害に基づく請求であることを明確にする)
ひな形をそのまま使っている場合は、自社の業務実態に合わせて修正が必要です。
就業規則の整備——10人未満でも準備すべき理由
常時10名以上の労働者を雇用する場合は就業規則の作成が義務(労働基準法第89条)ですが、10名未満であっても就業規則を整備しておくことは、トラブル時の対応基準を明確にするうえで有効です。特に「無断欠勤の扱い」「自然退職の条件」「服務規律と懲戒処分の種類」は明文化しておくと、問題発生時に会社側の対応の一貫性を保てます。なお、就業規則に定めた内容は従業員への周知が法律上の要件です(労働基準法第106条)。書類を作るだけでなく、入社時に内容を説明する手続きも合わせて整えましょう。
シフト管理と緊急連絡体制の仕組みづくり
制度面の整備と同時に、運用面の仕組みも見直すことが重要です。以下のような対策が有効です:
- シフト変更・当日欠勤の連絡先を複数人設定する
- 欠勤連絡の締め切り時間(「前日○時までに」など)を明確にする
- 緊急時のシフト代替要員リストを事前に作成しておく
これらの運用ルールを現場レベルで定着させることで、一人の無断欠勤が即座に現場崩壊につながる構造を変えることができます。
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状況別・対応の判断基準
会社の規模や状況によって、取るべき対応の優先順位は変わります。自社のケースに当てはめて確認してください。
| 状況 | 優先すべき対応 |
|---|---|
| 就業規則・雇用契約書が未整備 | まず書類整備。損害賠償請求より根本対策が先 |
| 損害額が数万円以下 | 弁護士費用を考慮すると請求は費用対効果が合いにくい。証拠保全と退職処理を優先 |
| 損害額が大きく(例:急な派遣費用が十万円超)、証拠がある | 労働問題専門の弁護士に相談し、内容証明送付・少額訴訟等を検討 |
| 音信不通で退職処理が進まない | 内容証明で意思確認を行い、就業規則に従い自然退職扱いの手続きを進める |
| 同種のトラブルが繰り返されている | 採用基準・オンボーディング・シフト体制の見直しが根本解決になる |
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まとめ
アルバイトの無断欠勤に対する損害賠償請求は、法律上は可能ですが、損害の特定・因果関係の立証・費用対効果の観点から、実際に成功させるハードルは高いのが現実です。まず取り組むべきは、感情的な対応ではなく、証拠の保全・退職手続きの正確な処理・就業規則と雇用契約書の整備という順序です。「今回だけの問題」で終わらせないために、シフト管理や緊急連絡体制の仕組みも含めた再発防止策を講じることが、中小企業・少人数体制の職場では特に重要になります。
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