出向命令を従業員が拒否できるのはどんな場合?

出向命令を従業員が拒否できるのはどんな場合? コンプライアンス
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「出向を命じたら、従業員に『そんな義務はありません』と断られてしまった——次にどう動けばいいのかわからない」。そんな場面に直面している経営者・兼務人事担当者の方は少なくありません。出向命令には法的な根拠が必要であり、従業員が拒否できるケースもあれば、拒否が認められないケースもあります。本記事では、出向命令権の根拠・従業員が拒否できる正当な理由・出向契約書の必須記載事項を順番に整理します。中小企業の現場でよく起きるトラブルを防ぐための実務知識として、ぜひ最後まで読んでみてください。

出向命令を命じる権限の根拠とは

出向命令権は「自動的に会社に与えられている権限」ではありません。就業規則への明記か、従業員個人の同意のいずれかがなければ、原則として出向を強制することはできません。

出向命令権の2つの根拠

在籍出向(元の会社との雇用関係を維持したまま他社で就労する形態)を命じるには、判例・法令上、次のいずれかの根拠が必要とされています。

  • 就業規則への明記:「会社は業務上の必要により、従業員に出向を命じることがある」などの規定を設けていること
  • 個別の同意:雇用契約書や同意書に出向についての明示的な合意があること

根拠となる法令は、労働契約法第3条(労働契約の基本原則)・第6条・第7条(就業規則の合理的な内容の効力)です。最高裁判例(新日本製鐵〔日鐵運輸第2〕事件・最判平成15年4月18日)は「就業規則に根拠があり、出向条件が整備されていれば、原則として命令は有効」と示していますが、この事案は大企業・グループ会社間の出向を前提にしている点に留意が必要です。

中小企業でよくある「根拠なし」の状態

専任人事がいない中小企業では、就業規則自体が古いままになっていたり、そもそも出向に関する規定が盛り込まれていないケースが見受けられます。「うちの会社に必要が生じたら従業員に出向してもらうのは当たり前」という感覚で話を進めてしまうと、従業員から「就業規則に書いていない」と反論された際に対処できなくなります。まず自社の就業規則に出向規定があるかを確認することが、出向検討の出発点です。

在籍出向と転籍の違いを押さえる

出向を検討する際に混同しやすいのが「在籍出向」と「転籍」の違いです。在籍出向は出向元との雇用関係を維持したまま出向先で働く形態であり、転籍は雇用関係そのものを出向先に移転します。転籍は雇用関係の変更を伴うため、就業規則の規定だけでなく、従業員本人の個別同意が必ず必要です。本記事で扱う「出向命令」は、主に在籍出向を指しています。

従業員が出向を拒否できる正当な理由

出向命令の根拠があっても、一定の事情がある場合には従業員は正当に拒否できます。労働契約法第14条は「出向命令が権利を濫用したものと認められる場合は無効」と定めており、無効となりうる3つの判断軸があります。

出向拒否が認められる3つの権利濫用ケース

判断軸 具体的な内容
業務上の必要性がない 出向させる合理的な業務上の理由が説明できない
不当な動機・目的がある 特定の従業員を排除・嫌がらせする意図が明らかな場合
労働者が著しく不利益を受ける 賃金の大幅低下、実質的な降格、家族的事情への配慮がないなど

従業員が主張しやすい具体的な拒否事由

実務上、従業員が「出向拒否の正当事由」として挙げやすい事情として次のようなものがあります。要介護の家族がいる、育児中で遠距離通勤や転居が困難、継続的な通院が必要な疾患があり出向先では対応できない、といった家庭・健康上の事情です。これらは一律に「拒否できる」とはなりませんが、会社側が配慮せずに命令を強行した場合、権利濫用と判断されるリスクが高まります。

一方、「仕事が変わるのが嫌だ」「出向先の雰囲気が合わない」といった個人的な好み・感情的な理由は、正当事由にはなりにくいと考えられます。

出向拒否を懲戒にできるのか

従業員が出向命令を拒否した場合に懲戒処分(戒告・減給・出勤停止など)を検討したい場面があるかもしれません。しかし懲戒が正当化されるのは、出向命令が法的に有効であり、かつ従業員の拒否に正当理由がない場合に限られます。正当理由の有無は個別の事情によって異なるため、「断られたからすぐ懲戒」と進めると、後に懲戒処分自体が無効とされるリスクがあります。弁護士や社会保険労務士への事前相談を強くお勧めします。

出向を進める前に整備すべき書類と内容

出向をめぐるトラブルの多くは、書面の整備が不十分なまま進めてしまったことに起因します。出向元・出向先間の「出向協定書(出向契約)」と、従業員への「出向命令書・出向同意書」の2種類を必ず書面で整備してください。

出向元・出向先間の出向協定書に記載すべき項目

出向協定書は、出向元と出向先の間で締結する契約書です。グループ会社や知り合いの会社への出向であっても、口頭・メールだけで済ませるのは禁物です。少なくとも以下の項目を盛り込む必要があります。

  • 出向の目的・期間(開始日・終了予定日)
  • 出向先での業務内容・勤務場所
  • 労働時間・休憩・休日(出向元・出向先のどちらの規則を適用するかを明確に)
  • 賃金の負担割合と支払い方法(出向元・出向先のどちらが支払うか)
  • 社会保険・労働保険の取り扱い(原則として出向元が継続加入)
  • 出向中の傷病・休職時の取り扱い(どちらの休職規程を適用するか)
  • 安全配慮義務の分担(出向元・出向先の双方が負う点を明示)
  • 出向の終了事由・呼び戻し条件

従業員への出向命令書・同意書に記載すべき項目

従業員に対しては、出向命令書と出向同意書をセットで交付・回収することが望ましいです。特に労働条件に変更が生じる場合は、変更内容を具体的に記載し、従業員が内容を理解した上で署名・捺印していることを書面で残しておくことが後のトラブル防止につながります。記載すべき主な項目は、出向先の名称・所在地、出向期間、担当業務・職位、労働条件の変更の有無と変更内容(変更がある場合)、呼び戻し時の取り扱いです。

出向中のメンタル不調・休職が起きた場合の責任分担

出向中に従業員がメンタル不調を起こした際、「出向元と出向先のどちらが安全配慮義務を負うのか」という問題が生じます。判例上、安全配慮義務は出向元・出向先の双方が負うとされており、どちらか一方だけが責任を持つわけではありません。出向協定書に「安全配慮義務の分担と連携方法」を明記し、日頃から情報共有の仕組みを作っておくことが重要です。出向中の従業員の体調変化を誰がどのようにモニタリングするかを事前に取り決めておきましょう。

中小企業が出向前に確認すべきチェックポイント

出向を進める前に、自社の状況を確認することで、見落としがちなリスクを事前に防ぐことができます。企業規模や体制によって対応方法は変わりますので、自社のケースに当てはめてチェックしてみてください。

就業規則の整備状況による対応の違い

就業規則に出向規定がある場合は、その内容が現在の運用実態や法令に照らして合理的かどうかを確認します。規定がない場合は、出向を命じる前に就業規則を改定するか、対象従業員から個別同意を取る必要があります。なお、常時10人以上の従業員を雇用している事業場では就業規則の作成・届け出が義務付けられています(労働基準法第89条)。

就業規則がなく従業員数も少ない場合でも、雇用契約書に出向の可能性を明記する方法で対応することができます。

産業医・相談窓口の有無による対応の違い

常時50人以上の従業員を雇用している事業場では産業医の選任が義務付けられています(労働安全衛生法第13条)。50人未満の中小企業では産業医がいないケースも多く、出向中の従業員のメンタルヘルス管理が属人的になりがちです。出向先に産業医がいる場合は、出向協定書に「健康管理に関する情報共有ルール」を盛り込むと、いざというときの対応がスムーズになります。

事前に従業員と丁寧に話し合う重要性

出向命令の法的根拠を整えることと同時に、実務上もっとも大切なのが「なぜ出向を依頼するのか」を従業員に誠実に伝えることです。業務上の必要性・出向先での役割・出向後のキャリアについて事前に丁寧に説明し、従業員の懸念を把握した上で対話を重ねることが、トラブルなく進めるための基本です。特に、家族や健康の事情については命令の前に確認し、配慮できる点があれば条件面の調整を検討しましょう。

まとめ

出向命令を有効に行うには、就業規則への明記または従業員の個別同意という法的根拠が必要です。根拠があっても、業務上の必要性がない・不当な目的がある・労働者が著しく不利益を受けるといった場合は、労働契約法第14条により権利濫用として無効になる可能性があります。出向を進める際は、出向元・出向先間の出向協定書と従業員への出向命令書・同意書の2種類を書面で整備し、賃金負担・社会保険・休職時の扱い・安全配慮義務の分担を明確にしておくことが重要です。

出向に関する手続きが初めてで、「就業規則に出向の規定があるかわからない」「従業員に拒否されて次の手がわからない」「出向協定書をゼロから作りたい」といった場合は、一人で抱え込まずに専門家に相談することで、リスクを大幅に減らすことができます。ウェルセンス株式会社では、中小企業の経営者・兼務人事担当者の方からの人事労務に関するご相談をお受けしています。出向に関する手続きの不安がある方は、気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. 就業規則に出向の規定がない場合、出向を命じることは一切できないのですか?

A. 就業規則への明記がなくても、従業員本人の個別同意(雇用契約書や同意書での明示的な合意)があれば出向を命じることができます。ただし同意なく命令した場合は法的根拠が曖昧になるため、まずは就業規則の整備または個別同意の取得を検討してください。

Q. 育児中の従業員への出向命令は認められますか?

A. 育児中であることが自動的に拒否の正当事由になるわけではありませんが、転居を伴う出向や長距離通勤が必要になる出向の場合、育児への著しい不利益を与えるとして権利濫用と判断されるリスクがあります。事前に本人の状況をヒアリングし、勤務形態や条件について配慮できるかを検討することが重要です。

Q. 出向先がグループ会社でなく、まったく別の会社でも出向命令は可能ですか?

A. グループ会社でなくても、就業規則への明記または従業員の個別同意があれば法的には可能です。ただし主要な判例はグループ会社間の出向を前提にしているため、無関係の企業への出向では「業務上の必要性」をより明確に説明できることが重要です。また出向協定書の整備も欠かせません。

Q. 出向中に従業員がメンタル不調で休職した場合、出向元と出向先のどちらの休職規程が適用されますか?

A. 原則として雇用関係のある出向元の休職規程が適用されますが、出向協定書にどちらの規程を適用するか明記しておくことで、トラブルを防ぐことができます。出向先にも安全配慮義務がありますので、不調の兆候が出た際の情報共有ルールをあらかじめ取り決めておくことをお勧めします。

Q. 出向を断った従業員を解雇することはできますか?

A. 出向命令の拒否を理由とした解雇は、非常にリスクが高い対応です。解雇が有効とされるには、出向命令が法的に有効であること・従業員の拒否に正当理由がないこと・解雇以外の手段を検討したことなど複数の要件が必要です。拒否された場合はまず個別の事情を確認し、懲戒や解雇を検討する前に専門家に相談することを強くお勧めします。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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