退職撤回を会社が断れる3つのケースと対応手順

退職撤回を会社が断れる3つのケースと対応手順 コンプライアンス
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「辞めると言っていた社員が、昨日になって『やっぱり続けます』と言ってきました。どう対応すればよいですか?」——こうした相談は、専任人事のいない中小企業ほど突然やってきます。受け入れるべきか断れるのか、断ったら問題になるのか。判断の根拠がわからないまま、その場の空気で決めてしまうことだけは避けなければなりません。この記事では、退職撤回に対して会社が断れるケースと断れないケース、そして実務上の対応手順をわかりやすく整理します。

退職撤回に「会社の受け入れ義務」はあるのか

結論から言えば、退職撤回に対して会社が必ず応じなければならない義務は、原則としてありません。ただし、撤回できるかどうかは「退職の法的性質」と「撤回のタイミング」によって大きく変わります。

退職には2種類の法的性質がある

退職の意思表示には、法律上「辞職」と「合意解約」という2つの類型があります。この違いを理解しておくことが、撤回対応の出発点です。

「辞職」とは、労働者が会社の承諾を必要とせず一方的に行う意思表示です。民法第627条に基づき、申し入れから原則2週間後に退職の効力が発生します。会社がどう思おうと、労働者側の意思だけで退職が成立する点が特徴です。

一方「合意解約」とは、「退職を認めてください」という申し込みを会社が承諾することで初めて成立するものです。労使双方の合意が必要なため、会社が承諾する前であれば労働者は自由に申し込みを撤回できます(民法第525条参照)。

「退職届」と「退職願」で扱いが変わる

書式の名称も参考になります。「退職届」は辞職(一方的意思表示)に近く、提出した時点で効力が動き始めます。「退職願」は合意解約の申し込みに近く、会社が承諾する前であれば撤回が認められやすい性質を持ちます。

書式 法的性質 撤回の扱い
退職届 辞職(一方的意思表示)に近い 会社の同意なしには撤回困難
退職願 合意解約の申し込みに近い 会社承諾前は撤回が自由

ただし、書式の名称だけで法的性質が決まるわけではありません。文言の内容・提出時の状況・前後のやり取りを総合して判断されます。口頭での「辞めます」という発言も、状況によっては辞職の意思表示と判断される場合があります。

撤回の可否を決める「タイミング」の考え方

辞職の場合、退職の効力が発生する前(申し入れから2週間以内)であれば、会社が同意すれば撤回できます。逆に言えば、会社が同意しなければ撤回は認められません。退職の効力が発生した後は雇用契約がすでに終了しているため、撤回は原則不可です。合意解約の場合は、会社が承諾した後の撤回には会社側の同意が必要になります。

会社が退職撤回を断れる3つのケース

退職の法的効力が発生していない段階であっても、会社には撤回を断れる正当な理由が存在します。以下の3つのケースに該当する場合、拒否することに合理性があると考えられます。

後任の採用・内定がすでに動いている

退職の申し出を受けて求人を出し、エージェントに依頼し、面接を経て内定を出している——そこに撤回の申し出が来た場合、会社はすでに採用コストを投じています。内定を出した後任候補者との関係、採用広告費やエージェントへの費用、面接にかけた関係者の時間など、具体的な損害が発生しています。こうした状況では、撤回を拒否する正当な理由として十分に認められます。

業務の引き継ぎや社外への通知が完了・進行している

取引先や顧客への担当者変更の通知を済ませている場合、撤回を受け入れると対外的な信頼関係に影響が出ます。また、後任者への業務引き継ぎが完了または大幅に進行している場合も、元の業務体制に戻すことは実務上困難です。これらの事情は、撤回拒否の合理的根拠になります。

退職の効力がすでに発生している

辞職の場合、申し入れから2週間が経過すると退職の効力が発生し、雇用契約は終了します。この時点では、たとえ本人が「続けたい」と言っても、撤回ではなく「再雇用」の問題になります。会社は再雇用に応じる義務はなく、断ることができます。合意解約の場合も、会社が承諾した時点で契約終了が確定しており、その後の撤回には会社の同意が必要です。

断りにくいケース——メンタル不調・家庭事情が背景にある場合

撤回の理由が、メンタル不調や家庭環境の急変など「やむを得ない事情」である場合は、単純に拒否することでリスクが生じる可能性があります。ただし、それが直ちに「受け入れ義務」を意味するわけではありません。

配慮義務と受け入れ義務は別物

会社には労働者に対する安全配慮義務があります(労働契約法第5条)。これは、労働者の心身の健康に配慮する義務です。しかし、配慮義務は退職撤回を必ず認めることを意味しません。「状況を丁寧に聞く」「産業医への相談を案内する」「休職制度の説明をする」といった対応が配慮義務の実践であり、撤回を受け入れることとは区別して考える必要があります。

退職の意思表示が「瑕疵ある状態」で行われた可能性

メンタル不調の状態で退職届を提出した場合、後から「正常な判断能力がなかった」として意思表示の無効・取り消しを主張されるリスクがあります。特に、退職届の提出が会社からの強い働きかけの後に行われていたり、本人が明らかに混乱した状態だったりした場合は、トラブルに発展しやすい傾向があります。こうした背景がある場合は、早めに専門家(社会保険労務士・弁護士)に相談することを検討してください。

「休職制度の案内」が現実的な選択肢になる

就業規則に休職規定がある場合、退職より先に休職を案内することが会社にとっても労働者にとっても合理的な選択になります。特に20〜50名規模の企業では、一人の退職が業務に与える影響が大きいため、休職による療養から職場復帰を支援するほうが長期的なコストを抑えられるケースがあります。就業規則に休職規定がない場合は、この機会に整備を検討する価値があります。

メンタル不調や状況判断が難しい撤回対応は、一人で抱え込まず外部の専門家に早めに相談することで、後のトラブルを大きく減らせます。

撤回を断る場合の対応手順

撤回を断ると決めた場合は、口頭だけで済ませず書面で記録を残すことが重要です。感情的なやり取りに終始すると、後から「拒否の理由を説明されなかった」「パワハラを受けた」といった主張につながるリスクがあります。

まず事実確認と記録を行う

撤回の申し出を受けたら、まず以下の点を確認して記録します。退職の申し出がいつ、どのような形(口頭・書面)で行われたか。会社側がどの時点でどのような対応をしたか(承諾の有無、後任採用の開始時期など)。撤回の申し出がいつ来たか。これらを時系列で整理することで、撤回を断れる根拠が明確になります。

拒否の理由を書面で伝える

撤回を断る場合は、その理由を明記した書面を作成し、本人に交付します。「後任の採用活動がすでに進行中であり、内定者が発生していること」「取引先への担当変更通知が完了していること」など、具体的な事実を示すことで、感情的な対立を避けつつ会社の立場を明確にできます。口頭だけで対応すると「断られた理由がわからなかった」という後日の言い分につながりやすいため注意が必要です。

撤回を受け入れる場合も書面で合意する

撤回を受け入れると決めた場合も、書面による確認が欠かせません。退職申し出の撤回合意書を作成し、双方が署名することで「退職の意思表示がなかったものとなった」という事実を記録します。後から「やはり辞めたい」「あのとき退職させてもらえなかった」といった主張が出た際の証拠になります。また、後任の採用活動を止める手続きや、内定者への対応(誠実な説明と可能な範囲での補償対応)を速やかに進める必要があります。

中小企業が今すぐ整備しておくべきこと

退職撤回への対応は、都度判断では一貫性を保てません。事前にルールと書式を整えておくことが、経営者・兼務人事担当者の負担を減らす最も確実な方法です。

就業規則への退職手続き規定の明記

就業規則に「退職の申し出は書面で行うこと」「退職届の提出から○日前に申し出ること」を明記しておくことで、退職の意思表示の形式を統一できます。口頭での申し出が乱立すると、後から「言った・言わない」の問題が生じます。なお、就業規則の退職前申し出期間が2週間を超えていても、民法第627条の2週間ルールが法的には優先する点には注意が必要です(就業規則の定めは社内ルール上の義務にとどまります)。

退職・撤回に関する書式の整備

「退職届」「退職願」「退職申し出撤回合意書」「撤回拒否通知書」といった書式をあらかじめ用意しておくと、非定型の場面でも迷わず対応できます。書式がない状態で突発的な場面を迎えると、感情的な対話になりやすく、記録も残りません。書式の整備は、専任人事のいない企業ほど優先度が高い課題です。

相談窓口・外部専門家との連携体制

退職撤回の背景にメンタル不調がある場合は、社会保険労務士・産業医・EAPサービス(従業員支援プログラム)との連携が有効です。50名未満の企業には産業医の選任義務はありませんが、外部の専門家と顧問契約を結んでおくことで、突発的な人事課題への対応力を高めることができます。

就業規則や書式がまだない、あるいは整備内容に不安がある場合は、この機会に人事労務の専門家に相談し、自社に合ったルール構築を検討してはいかがでしょうか。

まとめ

退職撤回に対して会社が必ず応じる義務はありませんが、撤回できるかどうかは「退職の法的性質(辞職か合意解約か)」と「撤回のタイミング」によって変わります。後任採用が進んでいる・業務引き継ぎが完了している・退職の効力がすでに発生しているケースでは、会社は撤回を断ることができます。一方、メンタル不調が背景にある場合は配慮義務との兼ね合いを慎重に検討する必要があります。いずれの場合も、口頭だけで済ませず書面で記録を残すことが、後のトラブルを防ぐ最大のポイントです。

退職撤回への対応を一人で判断することに不安を感じている経営者・人事担当者の方は、ウェルセンス株式会社にご相談ください。休職・復職支援から就業規則の整備、日常の人事課題への対応まで、中小企業の現場に即したサポートを提供しています。

よくある質問

Q. 口頭で「辞めます」と言った社員が翌日に撤回してきました。認める必要はありますか?

A. 口頭の退職申し出が辞職(一方的意思表示)と判断される場合、会社が同意しなければ撤回は認められません。ただし、申し出の翌日であれば退職の効力はまだ発生していないため、会社が同意するかどうかを判断できる段階です。撤回を受け入れる場合は書面で確認し、断る場合はその理由を明示することをお勧めします。

Q. 退職届を受け取っただけで、会社としてまだ承諾の返事をしていません。この状態で撤回を断れますか?

A. 退職届が辞職(一方的意思表示)と判断される場合、会社の承諾がなくても民法第627条に基づき申し入れから2週間後に効力が発生します。この場合、会社が承諾していなくても撤回を断ることは可能です。一方で退職願(合意解約の申し込み)の性質が強い場合は、会社が承諾する前であれば労働者が自由に撤回できます。書式と文言・提出経緯を確認した上で判断してください。

Q. メンタル不調を理由に退職を撤回したいと言われました。断ると問題になりますか?

A. 配慮義務と撤回受け入れ義務は別物です。メンタル不調が背景にある場合、状況を丁寧に聞く・産業医や相談窓口を案内するといった配慮は必要ですが、撤回を必ず認める義務はありません。ただし、不調の状態で提出された退職届については「意思表示の瑕疵」を後から主張されるリスクがあります。早めに社会保険労務士や弁護士に相談することをお勧めします。

Q. 退職日の直前に撤回を申し出てきた場合、後任採用が進んでいなくても断れますか?

A. 退職の効力がすでに発生している(申し入れから2週間以上が経過している)場合は、雇用契約がすでに終了しているため撤回は原則不可です。まだ効力が発生していない段階であっても、取引先への通知・業務引き継ぎの完了・採用広告の出稿など、会社が具体的な対応を進めていれば、断る正当な理由になります。いずれにせよ、断る根拠となる事実を書面で整理しておくことが重要です。

Q. 撤回を受け入れた後、また「辞めます」と言い出した場合はどう対応すればよいですか?

A. 撤回を受け入れた時点で「退職の意思表示がなかったものとなった」という扱いになります。その後に新たに退職の申し出があれば、それは改めて最初から退職手続きが始まる扱いになります。最初の撤回合意を書面で記録しておくことで、こうした繰り返しのトラブルを記録として整理できます。就業規則に「退職手続きは書面で行う」と明記しておくことが、こうしたケースへの予防策になります。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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