「傷病手当金の受給期間が終わったのに、まだ退職届が来ない。このまま在籍させ続けなければならないのか」——休職中の社員への対応に行き詰まっている経営者・人事担当者からよく聞かれる言葉です。休職期間満了による自然退職は、正しい手順を踏めば法的に有効な雇用契約の終了です。しかし就業規則の整備や通知の方法を誤ると、後から「解雇と同じだ」と主張されるリスクがあります。この記事では、在籍義務の範囲・自然退職の法的根拠・実務手続きを順を追って解説します。
休職期間満了による自然退職とは何か
就業規則に「休職期間満了時に復職できない場合は退職とする」と明記されていれば、これは解雇ではなく雇用契約の自然終了(自然退職)として扱われます。解雇予告や解雇予告手当(労働基準法第20条)、解雇権濫用法理(労働契約法第16条)の直接適用を受けないため、会社にとって法的リスクの少ない雇用終了手段です。
自然退職と解雇の決定的な違い
解雇とは、会社側が一方的に労働契約を打ち切る行為です。これに対して自然退職は、就業規則に定めた条件(休職期間満了かつ復職不能)が満たされた結果として契約が終了するものです。会社が「辞めさせる」のではなく、「就業規則で定めた事由が成就した」という構成になります。この違いが、解雇予告手当の要否や解雇権濫用の主張可否に直結します。
「形式は自然退職・実質は解雇」と判断されるケース
裁判所が自然退職を無効と判断した事例では、就業規則の記載が曖昧であったり、手続きが恣意的であったりといった事情が共通しています。たとえば「一定の期間内に復職できないときは退職とみなす」とだけ書かれていて、期間の起算点や満了の効果が不明確なケースです。こうした場合、裁判所は実質的には使用者主導の解雇と判断し、解雇権濫用法理を適用することがあります。自然退職として有効に機能させるためには、就業規則の記載の明確さが出発点になります。
会社はいつまで在籍させる義務があるのか
在籍義務の範囲は、法律ではなく就業規則で定めた休職期間の上限によって決まります。法律が「最低○ヵ月は在籍させなければならない」と定めているわけではなく、就業規則の記載が判断の基準になります。
就業規則が整備されている場合
休職期間の上限、延長の可否、満了時の効果が就業規則に明記されていれば、その期間が経過し復職できない状態であることを確認したうえで自然退職の手続きを進められます。たとえば「休職開始から最長12ヵ月、延長は医師の診断書提出により最大6ヵ月まで可」と定めているなら、合計18ヵ月が在籍義務の上限です。延長規定がなければ、12ヵ月が上限になります。
就業規則が不備な場合のリスク
休職制度はあるが期間の上限・満了時の効果が書かれていない場合、「期間満了だから退職」と主張することは法的に根拠が弱くなります。この状態で退職を進めようとすると、相手方から「解雇だ」と主張されたときに反論が難しくなります。就業規則の整備が整っていない場合は、まず規則の見直しを優先させる必要があります。専任人事のいない中小企業ほど、この整備が後回しになりがちな点に注意が必要です。
判断の分岐点
| 就業規則の状態 | 自然退職の根拠 | 優先すべき対応 |
|---|---|---|
| 休職期間・満了時効果が明記されている | あり(規則の条文が根拠になる) | 通知手続きを進める |
| 休職制度はあるが期間・効果が不明確 | 弱い(紛争リスクあり) | 規則整備を先行させる |
| 休職制度の規定が存在しない | なし | 専門家への相談が必須 |
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傷病手当金終了は退職の根拠にならない
傷病手当金の受給期間が終了しても、それだけを理由に退職を求めることはできません。この混同は非常によく見られる落とし穴です。
傷病手当金と休職期間は別の制度
傷病手当金は、健康保険法第99条に基づいて健康保険組合や協会けんぽが支給するものです。2022年の改正により、同一疾病での受給期間は通算1年6ヵ月となっています。この制度はあくまで保険者と被保険者(社員)の問題であり、会社と社員の雇用契約とは切り離された話です。「手当金が切れたから在籍させなくてよい」という論理は、法的に成立しません。
傷病手当金終了後の在籍が続く場合のコスト
傷病手当金が終了した後も在籍が続く間、社員は引き続き社会保険の被保険者です。会社側は社会保険料の会社負担分を支払い続けることになります。加えて、後任採用が進められない、他の社員のモチベーションへの影響、休職理由がハラスメントや労災に関連するケースでは潜在的なリスクが継続するといった実務上のコストも発生します。在籍期間が長引くことで会社に生じる負担は、経済的な面にとどまりません。
音信不通・返答しない社員への対処
連絡しても返事がない、診断書を提出して延長を繰り返すといった膠着状態でも、就業規則と書面による通知が整っていれば、法的に有効な手続きを進めることができます。
書面通知が「やりとりの記録」になる
口頭でのやりとりだけを続けていると、「そんな話は聞いていない」という主張を後から覆せなくなります。休職期間の満了が近づいた段階で、内容証明郵便による書面通知を行うことが原則です。内容証明郵便は、いつ・どんな内容の書面を・誰に送ったかを郵便局が証明するものであり、「通知した・受け取っていない」という水掛け論を防ぐ効果があります。
自然退職通知書に書くべき内容
通知書には以下の事項を明記します。まず休職開始日を特定し、次に就業規則の該当条文(条番号)を引用して休職期間の上限を示します。そのうえで満了日を明記し、「復職できない場合は就業規則◯条により退職となる」旨を記載します。最後に、復職の意向や医師の診断書の提出など、確認・連絡の期限を設けます。通知書はあくまで「就業規則に基づく事実の通知」であり、退職勧奨とは性質が異なります。この区別を文書の文言でも明確にしておくことが重要です。
診断書による延長請求が繰り返される場合
就業規則に延長規定がある場合、診断書の提出による延長請求は原則として無視できません。しかし就業規則に「延長は1回限り」「延長後の期間は最大○ヵ月」といった上限が定められていれば、その範囲を超える延長には応じる義務はありません。延長規定がそもそも存在しない場合は、その旨を書面で明確に伝えることが紛争回避につながります。いずれのケースでも、対応の根拠は「就業規則の条文」であることを一貫して示すことが重要です。
復職可否の判断は会社に裁量がある
本人が「復職したい」と申し出た場合でも、会社は主治医・産業医の意見を踏まえて復職の可否を判断する権限を持ちます。この判断権は会社側にあることを正しく理解しておくことが、無用な混乱を防ぎます。
主治医の診断書だけでは復職を認める義務はない
主治医が「復職可能」と判断した診断書を提出されたとしても、それだけで会社が復職を認める義務が生じるわけではありません。会社は産業医の意見や職場環境・業務内容への適性などを考慮して、独自に判断できます。特に産業医が選任されている企業(常時50人以上)では、産業医の意見を踏まえた判断プロセスを記録に残すことが重要です。産業医のいない規模の企業でも、主治医以外の第三者的な医療意見を参考にする姿勢を示すことで、判断の客観性を担保できます。
リハビリ勤務(試し出勤)の強制義務はない
リハビリ勤務(試し出勤・段階的復職)は、会社が設けることができる制度ですが、法律上の義務ではありません。就業規則にリハビリ勤務の規定がない場合、会社がこれを提供しないことが直ちに違法とはなりません。ただし、裁判例の中にはリハビリ勤務を実施せずに自然退職とした案件で、復職の機会を与えなかった点を問題視したものもあります。一定の規模の企業では、段階的復職の仕組みを就業規則に盛り込んでおくことが、双方にとってリスクを下げる選択です。
人事だけで完結させず、専門家の視点を入れることで紛争を未然に防げます。就業規則の不備や対応の判断に不安がある場合は、早めに相談することをお勧めします。
まとめ
休職期間満了による自然退職は、就業規則に休職期間・満了時の効果が明確に定められていることが唯一の根拠です。法律が在籍義務の期間を定めているわけではなく、傷病手当金の終了も退職の根拠にはなりません。手続きとしては、内容証明郵便による通知書の送付が原則であり、就業規則の条文を明示したうえで満了日と復職確認の期限を記載します。音信不通や延長請求が繰り返されるケースでも、就業規則の条文と書面記録があれば法的に有効な対応が可能です。
とはいえ、就業規則の整備状況・休職の背景・社員との関係性によって、適切な対応は一律ではありません。「うちのケースではどうすればいいのか」と迷ったとき、ウェルセンス株式会社では休職・復職対応の実務相談をお受けしています。就業規則の確認から通知書の作成・社員対応の進め方まで、経営者・兼務人事担当者の方に伴走しながらサポートします。まずはお気軽にご相談ください。
よくある質問
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