「メンタル不調で管理職の役割が果たせなくなった社員を、降格させてもよいのだろうか」——そう思いながらも、病気を抱える社員への対応に踏み切れずにいる経営者・人事担当者は少なくありません。降格は法的リスクを伴う判断であり、伝え方を誤れば症状の悪化や訴訟につながりかねません。この記事では、メンタル不調社員の降格が法的に有効となる条件と、実務での伝え方を具体的に解説します。
「降格」には2種類ある——まず混同を解消する
人事権に基づく降格と懲戒処分の違い
降格と一口に言っても、法的性質が異なる2種類が存在します。一方は「人事権の行使」としての降格(役職・職位の変更)、もう一方は「懲戒処分」としての降格です。メンタル不調を理由とした降格は、原則として前者——人事権の行使——として整理しなければなりません。
懲戒処分は、就業規則違反や非違行為に対するペナルティです。病気による能力低下は「本人の非違行為」ではないため、懲戒降格として処理すると無効とみなされるリスクが高く、後の紛争で会社が極めて不利な立場に置かれます。「なぜ降格するのか」という根拠を整理するうえで、この区別が出発点になります。
賃金が下がる場合はハードルが上がる
役職手当がなくなることで賃金が下がる降格は、労働契約法第10条に定める「労働条件の不利益変更」に該当します。役職を外すだけであれば比較的ハードルは低いですが、基本給まで下がるケースでは本人の同意取得と就業規則上の根拠が不可欠です。「役職手当がなくなるのか」「基本給も変わるのか」をまず確認しておきましょう。
降格が有効となる3つの条件
就業規則に降格の根拠規定があること
最高裁の判例(ネスレ日本事件ほか)が示す通り、人事権の行使としての降格が有効となるためには、就業規則または労働契約に降格に関する規定が存在することが前提です。「必要に応じて役職・職位を変更することがある」という文言でも一定の根拠になりますが、「病気・療養中の役職変更」を明示している規定があればより安全です。
就業規則を確認し、降格に関する記載が曖昧または存在しない場合は、まず規則の整備を優先してください。規定なき降格は「人事権の濫用」と評価されるリスクがあります。
業務上の必要性と合理的配慮の履歴があること
降格の理由として「業務上の必要性」が認められなければなりません。具体的には、管理職としての判断・指示・チームマネジメントが継続的に困難な状態にあり、組織運営に支障が生じていることが客観的に示せる必要があります。
さらに重要なのが「合理的配慮を尽くした記録」です。障害者雇用促進法第35条は精神障害者への差別的取扱いを禁止しており、メンタル不調を抱える社員への降格が有効とされるためには、降格の前に業務量の調整・勤務時間の短縮・サポート体制の整備などの配慮を行い、それでも業務遂行が困難だったという経緯を記録として残しておく必要があります。「配慮をした上での判断」であることが、法的リスクを大幅に下げる根拠になります。
不当な動機・目的がないこと
病気を理由に社員を排除するための降格は、動機・目的の不当性により無効となります。「メンタル不調だから辞めさせたい」という意図が背景にある場合、降格はその手段と評価され、パワーハラスメント(労働施策総合推進法)や不当解雇に準じた法的問題に発展します。
降格の判断を行う際は、「組織として業務継続のために必要な配置変更」であることを、文書・面談記録で客観的に説明できる状態にしておくことが欠かせません。
休職中・復職時の降格はどう扱うか
休職中の降格は原則として可能だが条件がある
「休職中に役職を変更してもよいのか」という疑問を持つ担当者は多くいます。法的には、就業規則に根拠規定があれば休職中の降格も可能です。ただし、休職中に一方的に降格を通知し、本人が知らないまま復職を迎えるのは信義則違反とみなされるリスクがあります。
休職開始前または休職中の面談において、「療養に専念してほしいが、復職後の役職・業務内容は体調の回復状況を見ながら改めて確認する」と伝えておくことが実務上のポイントです。処遇変更の可能性を事前に共有しておくかどうかが、後の紛争リスクを左右します。
復職面談での事前すり合わせが必須
復職のタイミングで降格を告げることは、本人への精神的ダメージが大きく、症状の再燃を引き起こすリスクもあります。そのため、復職面談の場で「復職後の役職・業務範囲・勤務形態」を事前に明示し、本人が納得した状態で復職に移行できる流れを作ることが理想です。
復職面談には人事担当者と産業医が同席し、主治医の意見書・産業医の意見をもとに「どの役割なら無理なく業務を再開できるか」を確認しながら処遇を決定するプロセスが、組織にとっても社員にとっても最も安全な手順です。
本人への伝え方——3つの原則
理由を明確に・感情的にならない
降格を伝える場面で最も避けるべきは、曖昧な説明と感情的な言葉です。「あなたができていないから」という表現は本人の自己否定感を高め、症状の悪化につながります。代わりに、「あなたの体調回復を最優先に考えた組織上の判断」「今の業務負荷を軽減するための配置変更」という文脈で伝えることが大切です。
具体的には、「これまで業務調整を行ってきたが、管理職としての役割継続が現時点では難しいと判断した」「体調が安定してきた段階で、改めてキャリアについて話し合いたい」という形で、将来への見通しを示しながら伝えると、本人の受け止め方が変わります。
一方的な通告にしない
降格の決定を通知するだけの場にせず、「今後どうしたいか」「どのような業務なら取り組めそうか」を本人が話せる場として設計することが重要です。一方的な宣告は本人の尊厳を傷つけ、会社不信・うつ症状の悪化・最悪の場合は深刻なリスクへと発展することがあります。
また、面談後は内容を書面化して双方が確認するプロセスを取り入れることで、「言った・言わない」の齟齬を防ぎ、記録としても機能します。
伝える人選と場所を慎重に選ぶ
直属の上長一人が告げる場面は避け、人事担当者が必ず同席するのが原則です。上長と本人の関係が複雑な場合や、本人が上長を原因の一つとしてとらえている場合には、産業医や社外の支援専門家の同席も検討してください。場所はプライバシーが守られた個室で、時間に余裕をもって設定します。他の社員に内容が聞こえる環境での面談は、情報漏えいと本人の尊厳の両面からリスクになります。
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周囲の社員・チームへの情報管理
メンタル不調という情報の開示範囲
管理職が機能しなくなっている状況をチームメンバーが感じ取るのは避けられません。しかし、本人のメンタル不調という情報は要配慮個人情報(個人情報保護法)に該当し、本人の同意なく開示することは許されません。
チームへの説明は「体調上の理由から役割を変更することになった」という範囲にとどめ、病名や詳細な経緯は開示しないことが基本です。情報管理のルールを事前に確認し、誰がどの情報を誰に伝えるかを人事が主導して整理しておく必要があります。
チームへの説明と業務引き継ぎの段取り
役職変更と同時に業務の引き継ぎが発生する場合、チームへの説明・引き継ぎ先の明示・業務フローの再整備を並行して行う必要があります。「誰がチームをまとめるのか」が不明確なまま変更を実施すると、チームの不安が高まり、生産性の低下や離職リスクにつながります。
変更の理由ではなく「今後の体制」をチームに明確に伝えること、そして変更後も本人が職場で働き続けやすい環境を整えることが、組織全体の安定につながります。
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まとめ
メンタル不調社員の降格は、適切な条件と手続きを踏めば法的に有効な人事判断として成立します。まず就業規則に根拠規定があるかを確認し、次に合理的配慮を行った履歴を記録として残し、そして不当な動機がないことを客観的に示せる状態にしておくことが、降格を有効にするための3つの柱です。伝え方については、理由を明確に・一方的にならず・人選と環境を整えて行うことで、本人の症状悪化リスクを最小化できます。休職中・復職時の降格は、事前のすり合わせと面談記録が命綱になります。
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よくある質問
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