「通勤訓練、会社からお願いしていいものなのか…」「連絡を取ったらハラスメントになるのでは」——休職者の復職支援を進める中で、こうした不安を抱える担当者は少なくありません。関与しすぎても問題、関与しなさすぎても問題という二重のジレンマの中で、正解がわからないまま対応してしまっているケースが多いのが実情です。この記事では、復職前の通勤訓練に会社が関与する際の法的な考え方と、実務上のポイントを整理します。
通勤訓練とは何か、なぜ会社の関与が必要なのか
通勤訓練が復職支援に果たす役割
通勤訓練とは、休職中の従業員が本格的な職場復帰の前段階として、自宅から職場付近までの通勤ルートを実際に歩いたり乗車したりして、体力・精神的なリズムを取り戻すための自主練習です。特にメンタルヘルス不調による休職者の場合、「電車に乗れるかどうか」「時間通りに起きられるか」という生活リズムの回復が復職の大きな壁になります。
通勤訓練を経ずにいきなり試し出勤(リハビリ出勤)を開始すると、負荷が大きすぎて体調を崩し、再休職につながるリスクがあります。段階的なステップとして通勤訓練を位置づけることで、従業員の回復をより確実なものにできます。
会社が「無関与」でいることのリスク
「本人の自主性に任せる」という方針で、会社が一切関与しないケースも見られます。しかし労働契約法第5条は、安全配慮義務として「労働者の生命・身体等の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をする義務」を会社に課しており、この義務は休職中であっても消滅しません。
復職支援のプロセス全体に安全配慮義務が及ぶと解釈されているため、通勤訓練の状況を全く把握しないまま復職の可否を判断することは、「見極めを怠った」として義務違反を問われる可能性があります。関与することで生じるリスクだけでなく、関与しないことで生じるリスクも同様に存在するのです。
「労働時間になるか」「労災対象になるか」という二大論点
通勤訓練が労働時間に該当するかどうかの判断軸
通勤訓練は原則として、使用者の指揮命令下にない自主的な行動であるため、労働基準法第32条が定める「労働時間」には該当しません。賃金支払い義務も原則として生じません。
ただし、次のような状況では「指揮命令下の業務」とみなされるグレーゾーンに入ります。訓練ルートや回数を会社が具体的に指定した場合、訓練結果の報告を義務として課した場合、職場内への立ち入りを求めた場合などがその典型です。「助言・提案」であれば問題ありませんが、「指示・命令・義務」の形をとると、賃金発生や労災適用の問題が生じます。実務では、表現の選び方ひとつで法的評価が変わるため、慎重な言葉の設計が必要です。
通勤訓練中の事故は労災対象になるか
休職中の従業員が自主的に行っている通勤訓練中に転倒や体調急変が起きた場合、原則として労災保険は適用されません。通勤訓練は「就業に関して」生じた災害ではないためです。
一方、会社が訓練を業務として指示していた場合や、試し出勤として職場への出勤を指示していた場合は、業務上災害・通勤災害として労災認定される可能性が高まります。つまり、会社の関与の仕方が深まれば深まるほど、事故発生時の責任範囲も広がることを理解しておく必要があります。会社としては、通勤訓練の位置づけを「自主的な準備行動」として明確にしておくことが、リスク管理の基本になります。
会社はどこまで関与・連絡してよいのか
「助言」と「指示」を分ける実務上の境界線
会社が通勤訓練に関与する際に守るべき最大のルールは、「助言・提案にとどめ、義務・命令にしない」という点です。たとえば「無理のない範囲で、電車に慣れる練習をしてみるといいかもしれません」という伝え方は助言です。一方、「週3回、通勤訓練を実施してください」「訓練の結果を毎週月曜日に報告してください」という伝え方は指示・命令に近づきます。
後者の形をとると、賃金の支払い義務や、指示中の事故に関する使用者責任が生じるリスクがあります。文書化する場合も「推奨」「参考」「任意」といった表現を用い、従業員が自発的に取り組んでいることを明確にする書き方が必要です。
休職中の連絡はどの程度まで許容されるか
復職前の通勤訓練に関する連絡は、頻度・内容・担当者の三点を事前に取り決めておくことが重要です。頻度については、週1回程度のメール連絡(返信任意)であれば、休養を著しく妨げるとはみなされにくいでしょう。一方、毎日の連絡や、業務内容に関する質問・依頼を含む連絡は、ハラスメントと受け取られるリスクがあります。
連絡の目的は「状態確認」と「支援情報の提供」に限定し、「今週は何回訓練できましたか」という問い合わせも、義務感を与えない柔らかい表現で伝えることが大切です。また、連絡担当者を人事担当者に一本化し、直属の上司や同僚からの個別連絡を制限することで、従業員が安心して回復に専念できる環境をつくることができます。
主治医・産業医・会社の三者、誰の判断を優先するか
中小企業が陥りやすい「判断の空白」
産業医が月1回しか来ない、あるいは産業医自体がいないという環境では、主治医と会社の間に調整役が存在しない状況が生まれます。主治医が「通勤訓練は十分」と判断したとしても、会社としては「もう少し段階を踏みたい」という感覚を持つことは珍しくありません。この温度差を誰が埋めるのかが、現場では最大の悩みになります。
法的には、最高裁の判例(片山組事件・1995年)において、主治医が「復職可」と判断していても、会社は独自に復職の可否を最終判断できるとされています。ただし、その判断が合理的な根拠に基づくことが前提であり、「会社が不安だから」という主観的な理由だけでは不当拒絶とみなされるリスクがあります。
三者の意見を整理するための枠組みづくり
実務的な解決策としては、復職支援プランを事前に文書化し、三者(本人・主治医・会社)が共通の基準を持てる状態にしておくことが有効です。たとえば「主治医が復職可と判断した後、2週間の通勤訓練期間を経てから試し出勤を開始する」という手順をあらかじめ明文化しておけば、個別判断でのブレが減ります。
産業医がいる場合は、その意見を最終的な復職判断の根拠として活用することが望ましいです。産業医がいない場合は、外部の専門家(社会保険労務士や産業保健総合支援センター)に相談する体制を整えておくことが、中小企業における現実的な対応策になります。
「通勤訓練なしで復職したい」という従業員への対応
会社が段階的な復職を条件にする法的根拠
従業員本人が「もう大丈夫」と言い、主治医の診断書も提出されているにもかかわらず、会社が通勤訓練や試し出勤を求めることは、就業規則等に根拠があれば適法と解釈される傾向があります。前述の通り、会社は主治医の判断とは独立して復職の最終判断を行う裁量を持っています。
ただし、通勤訓練や試し出勤を「復職の条件」として設定するためには、就業規則や復職支援規程にその旨を明記しておくことが前提になります。規程がない状態でいきなり「訓練が必要」と伝えると、従業員から「根拠がない」と反発されるリスクがあります。制度整備が先決です。
本人の同意を得ながら段階的な復帰を進めるコミュニケーション
「会社のルールだから」という一方的な伝え方ではなく、「段階的に復帰することで再休職のリスクを下げたい」という趣旨を丁寧に説明することが、本人の納得を得る上で重要です。実際、再休職率は段階的な復職支援を経た場合の方が明らかに低いというデータもあり、本人の利益にもなることを伝えることができます。
また、通勤訓練期間中は「会社との定期連絡の仕組みがある」「困ったときに相談できる窓口がある」と明示することで、従業員が孤立感を感じずに取り組める環境をつくることができます。この安心感が、復職後の定着にも大きく影響します。
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会社が安全に関与するための仕組みづくり
復職支援プランに盛り込むべき項目
通勤訓練への関与を適切な形で行うためには、属人的な対応ではなく、仕組みとして整備することが基本です。復職支援プランには、次の項目を盛り込むことが推奨されます。
- 通勤訓練の期間と開始のタイミングの目安を示す
- 会社からの連絡の頻度・方法・担当者を明記する
- 試し出勤の条件(期間・勤務時間・賃金の有無)を明確にする
- 復職判断に必要な情報(主治医意見書の形式・産業医への相談手順)を整理する
これらを文書化し、休職開始時に従業員と共有しておくことで、復職プロセス全体を透明にすることができます。後から「そんな条件は聞いていない」というトラブルを防ぐための基盤になります。
就業規則・復職支援規程の整備が最初の一歩
通勤訓練や試し出勤を会社として正式に位置づけるためには、就業規則や別途の復職支援規程(リハビリ出勤規程)への明記が不可欠です。規程がなければ、賃金の有無・期間・評価方法などについてトラブルが発生したとき、会社側に根拠がなくなります。
厚生労働省が公表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」には、職場復帰支援プログラムの標準的な構成が示されており、これを参考に自社の規模・体制に合わせてカスタマイズすることが有効です。20〜50名規模の企業であれば、複雑な規程ではなく、A4用紙1〜2枚程度のシンプルなフローと規程で十分に運用できます。
まとめ
復職前の通勤訓練への会社の関与は、「助言にとどめる」「文書で事前に取り決める」「就業規則に根拠を持たせる」という三つの軸で整理することができます。関与しすぎると労働時間・労災のリスクが生まれ、関与しなさすぎると安全配慮義務違反を問われる——この二重のジレンマを解消するためには、適切な「関与の設計」が不可欠です。
しかし、専任人事がいない中で、法的判断・規程整備・三者調整をすべて自社で行うのは容易ではありません。ウェルセンス株式会社では、中小企業の実態に合わせた復職支援プログラムの設計から、個別ケースの相談対応まで幅広くサポートしています。「うちの対応はこれで合っているのか」「複雑な休職ケースの判断に迷っている」と感じたときは、ぜひ一度ご相談ください。
よくある質問
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