給与を複数口座に分ける3つの手順と労使協定の要件

給与を複数口座に分ける3つの手順と労使協定の要件 労務管理
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「生活費用の口座と、貯蓄用の口座に分けて振り込んでほしい」——社員からそんな相談を受けたとき、あなたはどう答えましたか?「たぶん無理だろう」と断ってしまった方もいれば、「法的にどうなんだろう」と調べたまま判断がつかない方もいるかもしれません。

結論からいえば、給与の複数口座分割払いは労使協定を締結し、社員本人の同意を得れば合法です。ただし手続きを誤ると労働基準法違反になるリスクもあります。この記事では、複数口座振り込みの法的根拠から労使協定の要件、実務手順、デジタル払いとの違いまでを整理します。

給与の複数口座振り込みは合法か

労使協定を締結し、本人の個別同意を得ることで、給与を複数の銀行口座に分割して振り込むことは合法です。根拠となる法律と通達を正確に理解しておくことが、安全な運用の出発点になります。

労働基準法24条「全額払い原則」との関係

労働基準法第24条は、賃金の支払いに関して「通貨で・直接・全額を・毎月1回以上・一定の期日に」という5原則を定めています。口座振り込みそのものが「通貨払い」「直接払い」の例外であるように、複数口座への分割払いも「全額払い原則」の例外として、同条が認める範囲内で可能とされています。

根拠となる通達(昭和63年基発第1号)

昭和63年1月1日付の厚生労働省通達(基発第1号)は、「賃金の一部を労働者が指定する金融機関の口座に振り込む場合、労使協定が必要であり、複数口座への分割も協定で定めれば可能」と明示しています。この通達が複数口座分割払いの実務的な根拠となっており、現在も有効です。

過去に「対応できない」と答えた場合の対応

過去に社員からの要望を「対応できない」と断った場合でも、今から労使協定を整備して対応する方針に切り替えることは可能です。ただし、一部の社員だけに後から対応することへの公平性を懸念する声が出ることがあります。そのため、制度として全社員に周知した上で希望者が申請できる形を整えるのがベストプラクティスです。

労使協定の要件と締結手続き

複数口座分割払いを実施するには、使用者と過半数労働組合(または過半数代表者)との間で労使協定を締結する必要があります。この協定は労働基準監督署への届出は不要ですが、締結プロセスと記載内容を適切に整えなければ効力を持ちません。

協定の締結当事者と過半数代表者の選出

労働組合が存在する場合は、その組合が締結当事者となります。労働組合がない場合は、全労働者の過半数を代表する「過半数代表者」を選出します。過半数代表者は、管理監督者(課長・部長など)ではなく一般社員から、挙手・投票・持ち回り署名など、民主的な方法で選ぶ必要があります。会社側が一方的に指名することは認められません。

労使協定に盛り込むべき記載事項

法令上、協定の書式は定められていませんが、以下の項目を明記しておくことで実務上のトラブルを防げます。

  • 対象となる労働者の範囲(全員・希望者など)
  • 振り込み先口座の指定方法(本人名義の金融機関口座に限ること)
  • 口座数の上限(例:最大3口座まで)
  • 振込金額の指定方法(金額指定または比率指定)
  • 振込日・締切日
  • 申請・変更手続きの方法
  • 協定の有効期間

個別同意の取得と届出の要否

労使協定を締結したとしても、各社員を自動的に複数口座払いに変更することはできません。社員一人ひとりから「振込先口座申請書」などによる個別同意を書面で取得する必要があります。また、この労使協定は労働基準監督署への届出が不要な点も重要なポイントです(36協定や変形労働時間制の協定とは異なります)。社内で保管し、労働基準監督署の調査があった際に提示できる状態にしておいてください。

複数口座振り込みの実務手順

制度を正しく運用するには、労使協定の締結から給与計算システムの設定まで、一連のステップを順序どおりに進めることが重要です。どこかのステップを飛ばすと、後から修正が必要になります。

準備から運用開始までの流れ

ステップ 内容 注意点
過半数代表者の選出 挙手・投票等の民主的方法で選出 管理監督者は不可
労使協定の作成・締結 対象者範囲・口座数上限等を記載 届出不要・社内保管
全社員への周知 制度内容・申請方法を案内 希望者のみ申請の形が望ましい
個別申請書の取得 振込先口座・金額を書面で確認 本人名義・口座番号を必ず確認
給与計算システムへの登録 複数口座情報を登録 システム対応可否を事前確認
初回振り込みの確認 振込額・振込先の最終チェック 誤振込は取り戻しが困難

給与計算ソフトの対応確認

複数口座への振り込みに対応している給与計算ソフトと、対応していないものがあります。現在利用中のシステムのマニュアルやサポート窓口で「口座分割払い」または「複数口座振り込み」に対応しているか確認してください。対応していない場合、手作業での振込処理が必要になりますが、振込ミスのリスクが高まるため、システム改善または乗り換えの検討を推奨します。

ミスを防ぐ運用ルールの整備

口座情報の変更が発生した際の手続き(変更届の提出期限など)を社内ルールとして明文化しておくことが重要です。また、社員が退職した場合や育児休業中の場合の扱いも事前に取り決めておくと、都度の判断コストが下がります。申請書類は給与台帳とともに保存し、5年間(労働基準法上の保存義務)は保管してください。

実務では思わぬトラブルが発生することも。過半数代表者の選出方法から書類作成まで、具体的な手順が不安であれば、早めにウェルセンス株式会社に相談するのが効率的です。

複数口座分割払いとデジタル払いの違い

複数口座分割払いとデジタル払いは、どちらも給与の支払い方法に関する制度ですが、法的根拠・振込先・制限内容が全く異なります。混同したまま運用すると法令違反になるため、明確に区別して理解することが必要です。

それぞれの制度の概要

複数口座分割払いは、昭和63年の通達に基づく既存の仕組みで、銀行・信用金庫などの金融機関口座に給与を分けて振り込むものです。一方、デジタル払いは令和5年(2023年)4月施行の労働基準法施行規則改正によって新たに認められた制度で、厚生労働大臣が指定した資金移動業者(PayPay・d払いなど)のアカウントへ給与を払い出すものです。

主な相違点の比較

デジタル払いには「各資金移動業者口座への滞留残高が100万円以下」という上限規制があります。複数口座分割払いにはこのような金額上限はありません。また、デジタル払いを利用できる業者は厚生労働大臣の指定を受けた事業者に限られており、現時点では指定業者が順次拡大している段階です。どちらの制度も労使協定と本人の個別同意が必要な点は共通しています。

どちらを先に整備すべきか

社員から「生活費口座と貯蓄口座に分けたい」「奨学金返済口座に指定したい」といった要望が来ている場合は、複数口座分割払いの整備を優先してください。デジタル払いは「銀行口座を持っていない社員への対応」や「スマホ決済を活用したい社員への対応」を目的とした制度であり、現時点では普及が限定的です。まず複数口座分割払いを整備し、デジタル払いは社員ニーズが明確になってから検討するのが現実的な優先順位です。

よくある疑問と実務上の判断ポイント

制度の概要を理解した後に、実際の運用で迷うポイントがいくつかあります。特に「社員間の公平性」と「システム対応の限界」は、中小企業の現場でよく出てくる論点です。

一部の社員だけ対応することへの公平性

複数口座振り込みへの対応は、希望する社員だけが申請できる「任意申請制」が基本です。会社として「希望者には対応できる制度がある」と全社員に周知した上で、申請のあった社員にのみ対応する形をとれば、公平性の問題は生じません。特定の社員だけ「こっそり対応」する形はトラブルの原因になるため避けてください。

従業員規模別の対応難易度

従業員数が10名未満の場合、過半数代表者の選出が形式的になりやすいため、選出プロセスを記録に残すことが特に重要です。20名以上であれば社内回覧や投票による選出が現実的に機能します。また、給与計算を顧問社労士や外部委託先に依頼している場合は、複数口座対応の可否を委託先に確認することが先決です。

口座情報の変更や廃止への対応

社員が振込先口座を変更したい場合や、分割払いをやめて1口座に戻したい場合も想定して、変更・廃止の申請フローをあらかじめ定めておきましょう。変更届の提出期限(例:振込日の10営業日前まで)を明示しておくことで、給与計算担当者の負担を軽減できます。

制度設計と運用は、人事だけで判断するより専門家の視点を入れると後々のリスクが減ります。ウェルセンス株式会社では、中小企業向けに労使協定の作成から運用ルール整備まで、スポット相談で対応しています。

まとめ

給与の複数口座振り込みは、労使協定の締結と社員本人の個別同意を得ることで合法的に実施できます。根拠となるのは労働基準法第24条と昭和63年基発第1号通達です。手続きの流れは、まず過半数代表者を適正に選出し、次に労使協定を作成・締結します。その後、全社員への制度周知を行い、希望者から振込先口座の申請書を取得し、給与計算システムに登録して運用を開始します。なお、デジタル払い(資金移動業者口座への払い出し)とは全く別の制度であり、混同しないことが重要です。

「労使協定の締結経験がない」「過半数代表者の選出方法がわからない」「給与計算システムが対応しているか確認したい」——こうした具体的な疑問が出てきた場合は、ウェルセンス株式会社にご相談ください。人事労務の専門知識がない経営者・兼務人事担当者の方が「明日から動ける」レベルに落とし込んで、一緒に整理いたします。

よくある質問

Q. 複数口座振り込みの労使協定は、労働基準監督署に届け出る必要がありますか?

A. 届出は不要です。給与の複数口座分割払いに関する労使協定は、社内で締結・保管するだけで効力を持ちます。36協定や変形労働時間制の協定とは異なり、監督署への提出義務はありません。ただし、労働基準監督署の調査があった際に提示できるよう、社内での保管期間は労働基準法の規定に従い5年間を目安にしてください。

Q. 振り込める口座数に上限はありますか?

A. 法律上、口座数の上限に関する規定はありません。ただし、口座数が増えるほど給与計算担当者の管理コストと誤振込のリスクが高まります。実務上は2〜3口座を上限とし、その旨を労使協定に明記している企業が多いです。社内の運用能力に応じて、協定で合理的な上限を設けることをおすすめします。

Q. 家族名義の口座を振込先に指定することはできますか?

A. できません。昭和63年通達の要件として、振込先は「労働者本人名義の金融機関口座」でなければなりません。配偶者や親族名義の口座への振り込みは、労働基準法第24条が定める「直接払い原則」に反するとみなされる可能性があります。家族への送金が目的であれば、本人口座に振り込んだ上で本人が自分で送金する方法をとってください。

Q. 社員が「やっぱり1口座に戻したい」と言ってきた場合はどうなりますか?

A. 複数口座払いはあくまで労働者本人の希望に基づく制度のため、本人が変更・撤回を希望すれば会社はそれに応じる必要があります。口座変更や1口座への集約を希望する場合の申請フォームと提出期限(例:振込日の10営業日前まで)をあらかじめ制度設計に組み込んでおくと、都度の対応がスムーズになります。

Q. デジタル払いと複数口座分割払いを同時に導入することはできますか?

A. 制度上は可能ですが、それぞれ別の労使協定が必要です。また、給与計算システムが両制度に対応しているかの確認と、社員への丁寧な説明が欠かせません。実務負担を考慮すると、まず複数口座分割払いを整備し、デジタル払いは社員からのニーズや業者の指定状況を見ながら段階的に導入するのが現実的な進め方です。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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