給与デジタル払いの導入、労使協定は必要?

給与デジタル払いの導入、労使協定は必要? 労務管理
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「給与デジタル払いを導入したいけれど、何から手をつければいいかわからない」――人事専任者がいない会社では、こうした制度変更への対応が後回しになりがちです。労使協定を結べば終わりだと思っていたら、実は個別同意も必要だった。指定業者を選べばいいと思っていたら、選定基準が複数あった。この記事では、給与デジタル払いの導入に必要な要件を整理し、実務担当者が迷わず進められるよう解説します。

給与デジタル払いとは何か、まず全体像を把握する

給与デジタル払いとは、銀行口座への振込ではなく、厚生労働大臣が指定した資金移動業者のアカウントに賃金を支払う仕組みです。2023年4月1日に労働基準法施行規則が改正・施行され、企業がこの方法を選べるようになりました。

解禁の背景と制度の位置づけ

労働基準法第24条は「賃金は通貨で支払わなければならない」という「通貨払いの原則」を定めています。銀行振込が認められているのも、この例外規定に基づくものです。給与デジタル払いも同様に、法定の要件を満たした場合のみ認められる例外措置であり、企業側の任意導入です。義務ではなく、導入しなくても法律違反にはなりません。

どの企業でも導入できるのか

業種・規模を問わず対象になります。ただし「従業員が希望すれば即座に対応しなければならない」という義務もありません。導入するかどうかは経営判断ですが、従業員から希望が出ている場合や、採用競争力の観点から検討に値します。専任人事がいない中小企業であっても、要件を正しく理解すれば対応は可能です。

導入に必要な要件は二段構え

給与デジタル払いを始めるには、大きく分けて「事業場レベルの要件」と「個人レベルの要件」の両方を満たす必要があります。この二段構えの構造を最初に理解しておくことが、実務上の混乱を防ぐ最大のポイントです。次のセクション以降で、それぞれ詳しく解説します。

労使協定の締結:事業場レベルで必要な集団的要件

給与デジタル払いを導入するには、まず事業場単位で労使協定を締結する必要があります。これは「この職場でデジタル払いを行う根拠」を作るための集団的な手続きです。

誰と協定を結ぶのか

協定の相手方は「労働者の過半数で組織する労働組合」が窓口になります。労働組合がない場合――中小企業では多くがこのケースです――は「労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)」と締結します。過半数代表者の選出は、使用者が指名するのではなく、労働者の投票・挙手・話し合いなど民主的な方法で選ぶ必要があります。この選出プロセスが法的に有効でないと、協定自体の効力が問題になりますので注意が必要です。

労使協定に盛り込むべき事項

協定書には最低限、以下の内容を明記する必要があります。

  • 指定資金移動業者の名称
  • デジタル払いの対象となる労働者の範囲
  • デジタル払いで支払う賃金の範囲と上限額(口座残高の上限は100万円)
  • 個別同意および同意撤回の手続きに関する事項

業者を後から変更する場合は、原則として協定の変更・再締結が必要です。業者選定を急ぎすぎて協定内容が実態とずれると、再度の手続きが発生します。

労使協定だけでは全員適用にならない

よくある誤解として、「協定を結べば全社員をデジタル払いに切り替えられる」という思い込みがあります。しかし労使協定は「事業場としての根拠」を作るものに過ぎず、個々の労働者が同意しない限り適用することはできません。協定締結後に個別同意の手続きが別途必要です。この点を見落とすと、同意していない社員に対して一方的にデジタル払いを実施する労働基準法違反につながります。

個別同意の取得:一人ひとりに必要な個人的要件

労使協定の締結とは別に、デジタル払いを希望する各労働者から個別に同意を取得することが必須です。同意のない労働者へのデジタル払いは認められません。

同意の取得方法と記録の保存

同意は書面または電磁的記録(メール・電子署名・社内システムへの入力など)で取得・保存する必要があります。口頭の同意では証拠として不十分です。同意書には「デジタル払いの仕組み・手数料の負担・換金方法・資金保全の措置」などを事前に説明したうえで、労働者が内容を理解して署名していることが求められます。説明なしに同意書だけを配って署名させるのは、有効な同意取得とはみなされないリスクがあります。

同意は強制できない、撤回もいつでも可能

デジタル払いへの同意は任意です。不同意を理由とした不利益取扱い――例えば「同意しない社員は昇給しない」といった扱い――は法律で禁止されています。また、一度同意した労働者でも、いつでも撤回できます。撤回の申し出があった場合、次の賃金支払い日までに銀行振込等の従来の方法に戻す対応が必要です。撤回の申し出方法・受付窓口・切り替えまでのスケジュールをあらかじめ定めて周知しておくと、実務がスムーズになります。

同意管理の属人化を防ぐ

専任人事のいない職場では、同意書の管理が特定の担当者に集中しやすく、その人が異動・退職すると状況が把握できなくなるリスクがあります。同意状況(取得日・対象者・撤回の有無)を一覧で管理できる台帳を作成し、ファイルサーバーや人事ツールで共有しておくことを推奨します。この段階で、複雑な人事課題を社内だけで判断するのが難しいと感じたら、外部の専門家に相談するのも有効な選択肢です。

指定資金移動業者の選定:何をどう比べるか

給与デジタル払いに使える業者は、厚生労働大臣の「指定」を受けた資金移動業者に限られます。資金決済法の登録だけでは要件を満たさないため、必ず指定業者リストを確認する必要があります。

指定業者の確認方法

厚生労働省のウェブサイトに指定業者の一覧が公表されています。制度開始当初は指定を受けた業者数が少なく、選択肢が限られていましたが、順次追加されています。導入を検討する際は、最新の指定業者リストを厚生労働省の公式サイトで確認することが出発点です。指定を受けていない業者をいくら社員が希望しても、法的に利用することはできません。

選定で比較すべきポイント

指定業者の中から自社に合う業者を選ぶ際は、以下の観点を比較することが重要です。

比較項目 確認すべき内容
ATM・現金引き出し条件 利用できるATMネットワーク、引き出し手数料、月間無料回数
手数料の負担主体 チャージ手数料・引き出し手数料を会社が負担するか、社員負担か
給与システムとの連携 自社の給与計算ソフトとAPI連携が可能か、手動対応が必要か
資金保全の仕組み 業者が破綻した場合の保証機関・保証額
従業員サポート アプリの使いやすさ、社員向けのヘルプデスクの有無

特に手数料の負担設計は、社員にとって「デジタル払いになったら手取りが減った」という不満につながりやすいポイントです。導入前に社員に対して丁寧に説明できる内容になっているかを確認してください。

業者選定を誤った場合のリスク

指定を受けていない業者を利用した場合、または指定が取り消された業者を継続して利用した場合は、通貨払いの原則違反となります。業者の指定状況は定期的に確認する運用ルールを設けておくことが賢明です。

導入の進め方:実務の流れを整理する

給与デジタル払いの導入は、「業者選定→労使協定→個別同意→システム対応」という大まかな順序で進めます。ただし、業者との連携確認と並行して協定交渉を進めるケースもあり、自社の状況に応じて工程を調整してください。

事前準備と社内合意形成

まず最初に、経営判断として「なぜ導入するのか」「誰を対象にするのか」「会社としてどこまでコストを負担するのか」を整理します。この方針が固まっていないと、労使協定の交渉段階で議論が迷走したり、社員説明会で質問に答えられなかったりします。次に、指定業者の候補を絞り込み、デモや見積もりを取得します。

労使協定の締結と規程の整備

過半数代表者を適切な方法で選出したうえで、協定書の内容を協議・締結します。就業規則や賃金規程に給与デジタル払いに関する条項を追加する場合は、就業規則の変更手続き(所轄労働基準監督署への届出)も必要になります。規模によっては社会保険労務士に確認しながら進めると安全です。

個別同意の取得と運用開始

協定締結後、希望する社員から個別に同意を取得します。同意書の配布・回収・保存の流れを事前に設計しておくことが重要です。全員が同意する必要はなく、同意した社員だけがデジタル払いに移行します。システム連携の設定が完了したら、試験的に少人数でパイロット運用を行い、問題がないことを確認してから全体展開するとリスクを抑えられます。

まとめ

給与デジタル払いの導入には、「労使協定の締結(集団的要件)」と「個別同意の取得(個人的要件)」の両方が必要です。どちらか一方だけでは法的に有効な導入とはなりません。加えて、利用できる資金移動業者は厚生労働大臣が指定した業者に限られており、ATM条件・手数料・給与システムとの連携など複数の観点から選定する必要があります。専任人事がいない職場では、これらの手続きを一人で対応するのは相当な負担です。「手続きが複雑で判断に迷う」「社内で決めきれない」という場合は、人事労務の専門家に相談することで、ミスなくスムーズに進められます。ウェルセンス株式会社では、給与デジタル払いを含む人事労務の実務課題に関するご相談を承っています。実務的なアドバイスが必要な場合は、お気軽にご連絡ください。

よくある質問

Q. 労使協定を結べば、希望する社員全員にデジタル払いを適用できますか?

A. いいえ、労使協定だけでは不十分です。協定は「事業場としてデジタル払いを行う根拠」を作るものであり、実際に適用するには各労働者から個別に書面または電磁的記録による同意を取得する必要があります。同意した社員だけがデジタル払いの対象となります。

Q. 労働組合がない場合、誰と労使協定を結べばいいですか?

A. 労働組合がない場合は「労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)」と協定を締結します。過半数代表者は使用者が指名するのではなく、投票・挙手・話し合いなど民主的な方法で労働者自身が選出する必要があります。選出プロセスが適切でないと協定の効力が問われる可能性があるため、選出方法の記録を残しておくことをお勧めします。

Q. 一度同意した社員がデジタル払いをやめたいと言ってきたら、どう対応すればよいですか?

A. 同意の撤回はいつでも可能です。撤回の申し出があった場合は、次の賃金支払い日までに銀行振込等の従来の方法に戻す必要があります。撤回を理由とした不利益取扱い(評価への影響など)は法律で禁止されています。あらかじめ撤回の申し出先・手続き方法・切り替えまでのスケジュールを社内ルールとして整備しておくと、対応がスムーズです。

Q. 指定資金移動業者はどこで確認できますか?

A. 厚生労働省の公式ウェブサイトに指定業者の一覧が掲載されています。資金決済法上の登録があっても、厚生労働大臣の「指定」を受けていない業者は給与デジタル払いに利用できません。業者の指定状況は変わる場合があるため、導入前および定期的に最新情報を公式サイトで確認することをお勧めします。

Q. デジタル払いの口座には上限額がありますか?

A. はい、指定資金移動業者のアカウントに保有できる残高の上限は100万円と定められています。月給が100万円を超える場合、超過分は銀行振込など別の方法で支払う必要があります。また、この100万円という上限額は制度の見直しにより変更される可能性があるため、最新の厚生労働省の通達・省令を定期的に確認することをお勧めします。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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