「就業規則には書いていないけれど、うちは昔から慶弔休暇を与えてきた。これって、廃止しようと思えばいつでもできるよね?」——そう考えて動き出したところ、思わぬリスクを指摘されて手が止まってしまった、という経営者や人事担当者は少なくありません。
実は、書面に残っていないからといって「いつでも自由に廃止できる」とは限りません。長年の運用実態が「慣行による労働条件」として法的効力を持ってしまっている場合があり、一方的な廃止は労働紛争のリスクを招くことがあります。
この記事では、慶弔休暇を廃止・縮小したい企業が押さえるべき「慣行労働条件の判断基準」「不利益変更の手続きの進め方」「従業員への合意取得の実務」を、専門知識のない担当者でも自分のケースに当てはめて判断できるよう、順を追って解説します。
規程がない場合でも法的効力を持つ可能性がある
就業規則や特別休暇規程に慶弔休暇の記載がなくても、長年の運用実態があれば「慣行による労働条件」として法的効力を持つ可能性があります。この前提を誤解したまま廃止を進めると、後から従業員に異議を申し立てられるリスクがあります。
書面がなくても「労働条件」になる仕組み
民法92条は、当事者が慣習による意思を持つと認められる場合にはその慣習に従うと定めています。また、労働契約法の解釈においても、判例上は就業規則への明記がなくても、使用者と労働者双方が「当然のものとして認識・受け入れてきた取り扱い」は黙示の合意として労働条件を構成し得ると解されています。
つまり「規程がないから根拠がない」ではなく、「規程がなくても慣行が証拠になる」というのが法的な現実です。
慣行が労働条件として認められた場合のリスク
慣行が労働条件として成立していると判断された場合、会社が一方的にそれを廃止すると、労働契約法9条(就業規則による不利益変更の制限)の趣旨が類推適用されます。従業員から「無断で労働条件を下げられた」として、休暇分の賃金請求や損害賠償請求が行われるリスクがあります。特に、長年勤務している社員が声を上げた場合、過去数年分の権利侵害として問題が拡大することもあります。
慣行が「労働条件として成立しているか」の判断基準
慣行が法的効力を持つかどうかは、継続性・一般性・双方の認識という三つの要件で判断します。自社の運用実態をこの基準に照らすことが、廃止前の必須チェックです。
三つの判断要件を確認する
裁判例や学説が示す慣行の成立要件は、次の三点です。
- 継続性:相当長期間にわたり繰り返し行われていること(目安として5年以上の運用があると慣行の主張が通りやすくなる傾向があります)
- 一般性:一部の社員だけでなく、対象となるべき社員全員に統一的に適用されていること
- 双方の認識:会社側も社員側も「これは当然与えられるもの」として認識していること
たとえば「創業以来10年間、忌引きの際には必ず3日間の有給休暇を付与してきた」「一度も例外なく全社員に適用してきた」という状況であれば、三つの要件をほぼ満たすと判断される可能性が高いです。
記録がない場合でもリスクは残る
「前任者が口頭で処理してきたので記録がない」というケースは中小企業ではよく見られます。記録がないことは必ずしも会社に有利ではありません。従業員側が「ずっとそうだった」と証言できれば、慣行の存在を認定する材料になり得ます。記録がないからこそ、廃止前に現状の運用実態をできる限り書面で確認・整理しておくことが重要です。
廃止・縮小に必要な「不利益変更」の二つのルート
慣行として成立している慶弔休暇を廃止・縮小するには、労働契約法が定める不利益変更の手続きを踏む必要があります。方法は「個別合意」と「就業規則の変更」の二つです。状況に応じてどちらを選ぶかが実務の出発点になります。
個別合意か就業規則変更かの選び方
| ルート | 内容 | 適しているケース |
|---|---|---|
| 個別合意(労働契約法8条) | 従業員一人ひとりと書面で合意を得て変更する | 従業員数が少ない(目安として10名以下)、個別に丁寧な説明が可能な場合 |
| 就業規則の変更(労働契約法10条) | 就業規則を変更し、変更の合理性と周知をもって効力を発生させる | 従業員数が多く一斉変更が必要な場合。ただし「合理性」の立証が求められる |
どちらのルートであっても「黙って廃止する」は厳禁です。必ず事前に説明・交渉のプロセスを踏むことが法的リスクを下げることに直結します。
就業規則変更ルートで問われる「合理性」とは
就業規則の変更による不利益変更が有効とされるには、労働契約法10条が定める合理性の要件を満たす必要があります。具体的には、従業員の受ける不利益の程度、変更の必要性、変更内容の相当性、労働組合や従業員代表との交渉状況などが総合的に判断されます。
慶弔休暇の廃止は、特に長年勤務している社員にとっては心理的な不利益が大きいため、「コスト削減だけが目的」では合理性を認められにくくなります。「他の福利厚生の充実」「代替措置の導入」など、変更の相当性を補う代替策を用意することが重要です。
実務で踏むべき手続きの流れ
廃止・縮小を安全に進めるには、現状確認から規程整備まで段階的に進めることが大切です。途中を省略すると後から紛争リスクが残ります。
現状の運用実態を整理する
まず最初に行うべきことは、現在の慶弔休暇の運用実態を書面で整理することです。いつから・誰に・何日間・有給か無給か・どの事由(忌引き、結婚など)に対して付与してきたかを、過去の記録・給与台帳・社員への聞き取りをもとにできる限り明らかにします。この情報が、慣行の成立要件の確認と変更手続きの基礎資料になります。
従業員への説明と合意取得
次に、変更の目的・内容・代替措置(あれば)を従業員に丁寧に説明し、理解を求めます。個別合意ルートを選ぶ場合は、一人ひとりから書面(同意書)を取得します。このとき、「サインしないと不利になる」などのプレッシャーをかけると、後から「強迫による合意は無効」と争われるリスクがあるため注意が必要です。
従業員数が10名以上の事業場では労働者代表(または労働組合)との協議を行い、その経緯を書面で残しておくことが、後日の合理性立証に役立ちます。
就業規則の整備と届出
慶弔休暇を廃止・縮小すると同時に、今後の取り扱いを就業規則に明記することを強くお勧めします。これまで「書面がなかったこと」が問題の根本原因であるため、廃止後も再び同様のトラブルが起きないよう、特別休暇規程を新設または改定し、対象事由・日数・有給無給の区別を明確に定めます。常時10名以上の事業場では、就業規則の変更を労働基準監督署に届け出る義務(労働基準法89条)があります。
廃止だけでなく「縮小・代替」という選択肢も検討する
慶弔休暇を完全廃止する必要があるかどうか、今一度立ち止まって検討することが、従業員との関係維持の観点からも合理性立証の観点からも重要です。縮小や代替措置という選択肢が、全体のリスクを下げることがあります。
一部縮小で不利益の程度を抑える
たとえば「配偶者・父母の忌引きは5日から3日に縮小」「結婚休暇は有給から無給に変更」など、段階的・部分的な見直しは、完全廃止と比べて合理性を認められやすくなります。不利益の程度が小さいほど従業員の同意を得やすく、万が一訴訟になった場合の会社の立場も有利になります。
代替措置として有給休暇の取得推進を組み合わせる
慶弔特別休暇は法律上の義務ではなく、会社が任意で設けている付加的な制度です。廃止や縮小とセットで「年次有給休暇の取得を柔軟に認める」「慶弔時には有給取得を最優先で承認する運用ルールを明文化する」といった代替措置を提示することで、従業員の納得感を高めることができます。ただし、年次有給休暇(労働基準法39条)はあくまで別制度であることを明示し、慶弔特別休暇の代わりとして位置づけることを就業規則に明記しておく必要があります。
相談しやすいタイミング 慣行の判断や手続きが不確かな場合は、専門家に相談することで、後々のトラブルを未然に防ぐことができます。
まとめ
慶弔休暇は就業規則に書いていなくても、長年の運用実態があれば「慣行による労働条件」として法的効力を持つ可能性があります。廃止・縮小を進めるには、まず現状の運用実態を整理し、慣行の成立要件(継続性・一般性・双方の認識)を確認することが出発点です。その上で、個別合意または就業規則変更のいずれかのルートで手続きを進め、従業員への丁寧な説明と書面による合意取得、就業規則の整備・届出をセットで行うことがリスク最小化のポイントです。完全廃止が難しい場合は縮小・代替措置の検討も有効な選択肢です。
「自社が慣行の要件に該当するかどうかわからない」「従業員への説明や合意書の作り方に不安がある」「手続きの進め方で判断が迷っている」といった場合は、人事労務の専門家に相談することをお勧めします。ウェルセンス株式会社は、中小企業の慶弔休暇を含む福利厚生設計や不利益変更の手続きサポートを専門に行っており、貴社の状況に合わせた実務的なアドバイスをご提供しています。
よくある質問
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