「慶弔休暇は昔から3日あげてるけど、就業規則には何も書いていない」——採用面接で候補者から休暇制度を聞かれ、答えに詰まった経験はありませんか。あるいは、社員が葬儀の際に「内縁のパートナーの親でも取れますか」と聞いてきて、その場で判断に迷ったことは。根拠なく運用してきた特別休暇は、会社にとっても、社員にとっても、じつは双方にリスクを抱えています。この記事では、慣習化した特別休暇を就業規則に明文化するための手順と、見落としがちな法的ポイントを実務的に解説します。
慣習で与えてきた特別休暇は「権利」になっているのか
長年にわたり全員に一律で付与してきた特別休暇は、就業規則に記載がなくても「労働条件として定着している」とみなされる可能性があります。これは労働契約法の解釈から導かれる考え方であり、「書いていないから権利ではない」と単純に片づけることはできません。
慣行が労働条件になるメカニズム
労働契約法第7条は、就業規則の内容が合理的であれば労働契約の内容になると定めています。さらに同法第12条は、就業規則の基準に達しない労働条件の部分は就業規則の基準に置き換わる旨を規定しています。
これらの規定の解釈上、「長期間・全員に一律で特別休暇を付与してきた事実」は、たとえ就業規則に記載がなくても、その運用が繰り返されることで「会社として認めてきた労働条件」として実質的に定着するケースがあります。社員の側から見れば「いつももらえているから当然もらえるもの」という期待権が生じているわけです。
廃止・縮小しようとすると何が起きるか
こうした慣行が労働条件として定着していた場合、会社が一方的に休暇を廃止・日数を減らすことは「労働条件の不利益変更」にあたる可能性があります。労働契約法第9条は、使用者が就業規則を変更することによって労働者に不利益な労働条件変更を行うことを原則禁止しており、同法第10条は変更の合理性と周知を要件として定めています。
「書いていないからやめればいい」という判断が、労使トラブルや未払い賃金請求につながるリスクがあることを、まず認識しておくことが重要です。
自社が「慣行として定着している」かどうかの判断ポイント
以下のような状況が重なるほど、慣行が定着していると判断されやすくなります。
- 付与してきた期間が長い(目安として数年以上)
- 特定の社員だけでなく全員・ほぼ全員に適用されてきた
- 対象条件や日数がほぼ一定で運用されてきた
- 口頭・書面・メール等で会社が承認してきた記録がある
逆に、都度社長判断で不定期に付与してきたようなケースは、慣行としての定着度が低いと考えられます。自社の状況を整理した上で、対応の方針を決めることが先決です。
特別休暇を就業規則に載せる義務と記載すべき内容
特別休暇は法律上の義務ではありませんが、制度として運用している場合は就業規則への記載義務があります。記載の際に何を明記すべきかを把握することが、後のトラブル防止につながります。
就業規則の記載義務(労働基準法第89条)
労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する事業場に対し、就業規則の作成・届出を義務づけています。同条第1号では「始業・終業時刻、休憩・休日・休暇に関する事項」が絶対的必要記載事項に含まれており、「休暇」には特別休暇も含まれます。
有給・無給を問わず、実際に特別休暇を運用しているなら、就業規則への記載は義務です。「慶弔休暇は口約束でやってきた」という状態は、法令上も不備のある状態です。なお、9人以下の事業場であっても、就業規則を作成している場合は記載しておくことが望ましいと言えます。
明記しておくべき6つの要素
就業規則に特別休暇を記載する際、以下の6点を漏れなく定めることが実務上のポイントです。
| 記載項目 | 具体的に決めること |
|---|---|
| 休暇の種類・名称 | 慶弔休暇、結婚休暇、忌引休暇など |
| 取得できる対象者 | 続柄・範囲(本人、配偶者、一親等など) |
| 取得日数 | 続柄ごとの日数を明記 |
| 有給か無給か | 有給の場合は賃金の算定方法も明示 |
| 申請方法・証明書類 | 死亡診断書・会葬礼状などの要否 |
| 取得できる期間 | 慶事・弔事の発生から何日以内かを明記 |
「有給か無給か」を曖昧にしない
特に注意が必要なのが有給・無給の区別です。特別休暇は年次有給休暇(労働基準法第39条)とは別の制度であり、無給とすること自体は違法ではありません。しかし、これまで有給扱いで運用してきた実態があるにもかかわらず、就業規則に「無給」と定めると、それは事実上の不利益変更になります。
また、有給と定めた場合でも「通常賃金か平均賃金か」を就業規則に明示しておかないと、計算方法をめぐって後々争いになるケースがあります。これは書き漏れがちな部分ですが、必ず明記しておきましょう。
慶弔休暇の日数・対象範囲の一般的な水準
自社の基準が適切かどうかを判断するには、一般的な運用水準を知ることが参考になります。法律上の義務はないため「正解」はありませんが、過不足のない設計のヒントになります。
続柄別の日数の目安
多くの企業では、亡くなった方との続柄によって取得日数を段階的に設けています。一般的に見られる水準は以下の通りです(法的に義務づけられた基準ではなく、実務上よく見られる目安です)。
- 配偶者・子・親(一親等)の死亡:3〜5日
- 祖父母・兄弟姉妹(二親等)の死亡:1〜3日
- 配偶者の親(一親等の姻族):1〜3日
- 本人の結婚:3〜5日
- 子の結婚:1〜2日
遠方への移動が必要な社員に対して、別途「遠忌休暇」などの名目で1〜2日を加算する運用を設けている企業もあります。自社の社員構成や企業文化に応じて、現実的な水準で設計することが大切です。
「内縁関係」「事実婚」はどう扱うか
近年、内縁パートナーや同性パートナーを持つ社員からの申請が増えています。就業規則に「配偶者」とだけ書いている場合、内縁関係がその対象に含まれるかが不明確になります。
対応方針は会社ごとに異なりますが、「婚姻届の有無にかかわらず、生計を同一にするパートナーを含む」といった表現を明記しておくことで、現場担当者が個別に判断を迫られる場面を減らせます。反対に、戸籍上の続柄のみに限定するなら、その旨も明確に定めておくことが必要です。曖昧なまま放置すると、担当者の主観で対応が変わり、不公平感を生む原因になります。
就業規則を変更・整備するための具体的な手順
就業規則に特別休暇を追加・修正する場合、労働基準監督署への届出と従業員代表からの意見聴取が必要です。同意は不要ですが、手続きを省略すると届出自体が無効になるリスクがあります。
変更前に確認しておくべきこと
手続きを始める前に、現状の整理が不可欠です。まず、これまでの慣行(日数・対象範囲・有給無給)を記録・確認し、「新たに明文化する内容」が現在の運用より不利になっていないかを確認します。もし現行の慣行より縮小する内容であれば、不利益変更として別途の対応が必要です。一方で、慣行よりも手厚くする変更(日数を増やす・有給にするなど)は、従業員に有利な変更であるため手続き上のハードルは低くなります。
届出に必要な手続きの流れ
就業規則の変更・新規作成から届出まで、大まかな流れは次の通りです。
まず変更内容の案を作成します。次に、過半数の労働者を代表する者(過半数組合がある場合は組合、ない場合は過半数代表者)から意見を聴取し、意見書を作成してもらいます。この段階では「同意」は不要であり、反対意見があっても届出は可能です。ただし、意見書の添付がなければ届出は受理されません。
続いて、変更後の就業規則と意見書を、事業場を管轄する労働基準監督署に届け出ます。複数拠点がある場合は、事業場ごとに届出が原則です。本社のみで一括管理している小規模企業では、この「事業場ごと」という点が漏れやすいため注意してください。最後に、変更した就業規則を全従業員に周知します。周知の方法は、掲示・配布・イントラへの掲載など複数の方法が認められています(労働基準法第106条)。
過半数代表者の選出で注意すること
20〜50名規模の企業では、労働組合がないケースが大半です。この場合、「労働者の過半数を代表する者」を選出する必要があります。注意点として、この代表者は管理監督者でないこと、そして「使用者が指名した」のではなく労働者による民主的な選出であることが求められます。選挙・挙手・回覧による信任など、選出プロセスを記録として残しておくことが重要です。
整備を後回しにしたときに起きるリスク
特別休暇の明文化を先送りにすることには、具体的なリスクが伴います。「大きなトラブルが起きてから整備する」では遅い場面があることを理解しておきましょう。
担当者によって対応がバラバラになる
口頭運用が続く最大のデメリットは、判断が属人化することです。前任担当者は「配偶者の祖父母も対象にしていた」のに、担当が変わったら「対象外」と言われた——こうしたケースが社員間で共有されると、会社への不信感につながります。特に中小企業では、採用・定着に直結する問題です。
採用・退職時の交渉で弱い立場になる
採用面接で「休暇制度は?」と聞かれたとき、「就業規則には書いていませんが慣例で対応しています」と答えるのは、候補者に不安を与えます。逆に、退職する社員から「在職中にもらえなかった休暇分の賃金を払え」という請求が来た際に、就業規則上の根拠がなければ対応が困難になります。
労働基準監督署の調査で指摘を受ける
労働基準監督署の是正勧告や調査が入った際、実態として運用している特別休暇が就業規則に記載されていない状態は、労働基準法第89条違反として指摘される可能性があります。是正勧告を受けた場合、対応を急ぐことになり、かえって手続きが煩雑になります。先手を打って整備することが、結果的に工数を減らします。
まとめ
慣習で与えてきた特別休暇は、「書いていないから権利ではない」では済まないケースが多く、長年の運用実態が労働条件として定着している可能性があります。就業規則への明文化は法的義務でもあり、担当者・社員双方の「判断の拠り所」としても機能します。明文化の際は、休暇の種類・対象者・日数・有給無給・申請方法の6点を漏れなく記載し、変更手続きでは過半数代表者からの意見聴取と労働基準監督署への届出を確実に行うことが重要です。
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