傷病手当金と海外移住:不正判断基準と会社が取れる3つの対応

傷病手当金と海外移住:不正判断基準と会社が取れる3つの対応 休職・復職対応
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「休職中の社員が、どうやら海外移住の準備をしているらしい——」。そんな情報が社内に流れたとき、最初に頭をよぎるのは「これって傷病手当金の不正受給じゃないのか?」という疑問ではないでしょうか。しかし、だからといって会社が独断で「不正だ」と断定して動くことには慎重であるべきです。この記事では、傷病手当金の不正受給に該当するかどうかの判断基準と、会社として取り得る3つの対応を実務的に解説します。

傷病手当金と「就業不能」の基本を押さえる

傷病手当金の不正受給を論じる前に、まず制度の要件を正確に理解することが判断の出発点になります。要件を知らずに動くと、会社が誤った対応をとるリスクがあります。

受給の4要件

傷病手当金は健康保険法第99条に基づく給付です。受給するには以下の4つをすべて満たす必要があります。

  • 業務外の疾病または負傷であること
  • 療養のために就業できない状態(「就業不能」)であること
  • 連続して3日以上休業していること(待期期間)
  • 休業した日について給与の支払いがないこと

この中で今回の文脈で特に重要なのが「就業不能」の要件です。海外移住の準備という行為がこの要件と矛盾するかどうか、それが傷病手当金の不正受給判断の核心になります。

「就業不能」を誰が判断するか

重要なのは、就業不能かどうかを判断するのは保険者(協会けんぽまたは健康保険組合)であり、会社ではないという点です。主治医が作成する意見書をもとに保険者が認定するものであり、会社が「あの社員は元気そうだから不正だ」と独断で断定することはできません。この点を誤解していると、根拠のない告発行為になりかねず、かえって会社側がリスクを抱えることになります。

精神疾患の場合に生じるギャップ

うつ病や適応障害などの精神疾患では、「就労はできないが日常的な活動は部分的に可能」というケースが医学的に存在します。引越し業者へ電話する、物件の資料を取り寄せるといった行為が可能であっても、職場環境に戻って継続的に業務を遂行することは困難、という状態は医療的には十分あり得ます。「元気そうに見える」という印象と、医師の診断上の就業不能という評価は必ずしも一致しないことを前提に考える必要があります。

海外移住準備が不正受給の疑いを高める条件

海外移住の準備行為そのものが即座に傷病手当金の不正受給の証拠になるわけではありません。ただし、行為の内容や状況によっては不正受給の疑いが大きく高まるケースがあります。

行為の内容と負荷による判断の違い

移住準備といっても、その内容は千差万別です。判断にあたっては以下の観点が重要になります。

観点 内容
活動の内容・負荷 引越し業者へ電話する程度か、毎日精力的に動き回っているかで判断が異なる
疾病の種類 精神疾患は日常的な活動が部分的に可能なケースがあり、一概に就業可能と言えない
主治医の認識 転地療養(環境変化による療養)を主治医が勧めていた場合は療養行為とみなされる可能性がある
就労に相当する活動か 海外でフリーランス・副業・事業活動を行い収入を得ていた場合は不正受給の疑いが強まる

不正受給の疑いが強まる典型パターン

以下のような状況が確認される場合は、保険者が傷病手当金の不正受給と認定する可能性が高まります。

  • 休職中に海外でリモートワーク・副業・事業活動を行い、収入を得ている
  • 就労可能な健康状態であることを主治医に隠している
  • 国内に住民票を残しながら実質的に海外で生活し、診察記録が不自然(通院間隔が極端に空いているなど)

反対に、主治医から環境を変えることを勧められて海外転居を選択しており、引き続き医療機関と連携している場合は、療養の一環として認められる余地があります。

就業規則がない場合の対応の限界

多くの中小企業では、休職規程はあっても「休職中の行動規範(連絡義務・転居届出義務)」が整備されていないケースが見受けられます。就業規則に根拠規定がない状態で会社が独自に行動制限を求めることは難しく、この場合は後述の「情報提供」「事実確認」の範囲にとどまることが現実的な対応になります。

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不正受給が認定された場合に社員が受けるペナルティ

会社が直接ペナルティを受けるわけではありませんが、傷病手当金の不正受給の認定後に何が起きるかを把握しておくことで、社員への説明や対応の根拠になります。

返還請求と加算金

健康保険法第58条(不正利得の徴収)に基づき、保険者は不正に受給した金額の返還を求めることができます。さらに不正と認定された場合、受給額に加えて最大2倍の加算金が請求されます。つまり、不正受給した金額の合計3倍相当の負担が生じる可能性があります。

刑事告発の可能性

健康保険法第208条では、詐欺行為として刑事告発される可能性も規定されています。実務上、刑事告発にまで至るケースは限られていますが、法律上は処罰の対象になり得ます。社員本人がこのリスクを認識していないこともあるため、事実確認の場面でこの点を伝えることが適切な場合もあります。

会社が連帯責任を問われるケースはあるか

会社が申請書に事業主として押印していた場合でも、虚偽の記載に加担したと判断されない限り、会社が傷病手当金の不正受給の当事者として法的責任を問われることは通常ありません。ただし、会社が不正を把握しながら黙認していたと判断されると、状況によっては保険者から問い合わせを受けるリスクがゼロとは言えません。だからこそ、疑いを持った時点での適切な対応が重要になります。

会社が取れる3つの対応

不正受給の疑いを抱いた会社が取り得る対応は、大きく「情報提供」「事実確認」「就業規則上の措置」の3つです。いずれも根拠と手順を踏んで行うことが前提となります。

保険者への情報提供

会社は傷病手当金の申請書類に事業主として記名・押印する立場にあり、制度への関与者です。そのため、不正の疑いがある情報を持つ場合に協会けんぽや健保組合へ情報提供することは、権利として認められています。これは「告発」ではなく「情報提供」の位置付けであり、法的な義務ではありません。協会けんぽの場合は各都道府県支部に相談窓口があります。情報提供を行う際は、事実に基づく内容にとどめ、根拠のない憶測を伝えないことが重要です。噂や伝聞だけで通報することは、名誉毀損等の二次リスクにつながる場合があります。

本人への事実確認

就業規則に「休職中の連絡義務・報告義務・転居届出義務」が定められている場合は、その規定に基づいて本人に事実確認を求めることができます。たとえば「現在の居所と連絡先の確認」「療養状況の報告」を書面で求めることは合理的な対応です。就業規則にこれらの規定がない場合でも、会社として現況確認の連絡を取ること自体は可能ですが、強制力は限定的になります。事実確認の結果として本人が状況を説明できた場合、それをもとに次の対応を判断します。

就業規則上の懲戒処分の検討

就業規則に「休職中の義務違反」や「会社への虚偽報告」「不正受給への加担・隠蔽」などの懲戒事由が定められており、かつ当該行為が明確にその事由に該当すると判断できる場合に限り、懲戒処分を検討できます。ただし、精神疾患を抱える社員に対して処分を行う場合は、労働法上の慎重な判断が必要です。専任の社労士や弁護士への相談なしに処分を進めることは避けてください。また、産業医が選任されている場合は(従業員50名以上の企業では選任義務あり)、医学的な観点からの意見を聴取することも有効です。

会社として「今すぐやること」と「やってはいけないこと」

状況が曖昧なまま焦って動くことで、かえって会社がリスクを抱えることがあります。対応の優先順位を整理しておくことが重要です。

情報の整理と記録化から始める

まず最初に行うべきは、情報源・発覚の経緯・確認できた事実を時系列で記録することです。「他の社員から聞いた」「SNSで見た」などの伝聞情報は、そのままでは根拠になりません。可能な範囲で客観的な事実(連絡が取れなくなった日、最後に通院記録を確認した日など)を整理することが、その後の対応の土台になります。

やってはいけない対応

次のような行動は会社側のリスクを高めるため、避けるべきです。根拠のない情報をもとに保険者や第三者に「不正だ」と断定的に伝えることは名誉毀損になり得ます。また、社員本人を強く問い詰めたり、精神的に追い詰める形での事実確認は、ハラスメントの問題に発展する可能性があります。さらに、就業規則上の根拠のない解雇や不利益取扱いは、不当解雇・不当労働行為として争われるリスクがあります。

専門家への早期相談が解決を早める

このような案件は、会社単独で結論を出そうとすると判断の誤りが生じやすい領域です。社労士・弁護士・メンタルヘルス支援の専門家に早期に相談し、対応方針を固めてから動くことが、会社と社員双方にとって適切な結果につながります。専任人事がいない企業ほど、こうした外部専門家の活用が実務上の安全弁になります。

判断に迷った時点で、専門家に相談することが企業リスクを最小化します。ウェルセンス株式会社では休職・復職支援の案件をお受けしています。

まとめ

休職中の社員が傷病手当金を受給しながら海外移住の準備をしているという情報を得た場合、会社がまず理解すべきは「不正かどうかを判断するのは保険者であり、会社ではない」という点です。海外移住の準備行為がただちに不正受給の証拠になるわけではなく、活動の内容・疾病の種類・主治医の認識など複合的な要素で判断されます。会社として取り得る対応は、保険者への情報提供・本人への事実確認・就業規則上の措置の3つですが、いずれも根拠と手順を踏まなければ二次リスクを生みます。

こうした事案は企業が単独で判断すると、誤った対応につながりやすい領域です。人事の知識がなければなおさらです。

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よくある質問

Q. 休職中の社員が海外に住んでいることが分かった場合、それだけで不正受給と判断してよいですか?

A. 海外在住という事実だけで傷病手当金の不正受給と断定することはできません。傷病手当金の「就業不能」要件を判断するのは協会けんぽや健保組合などの保険者です。主治医が転地療養を勧めていたケースや、精神疾患で一定の日常活動は可能だが就労は困難という状態も医学的に存在します。会社としては事実を把握・整理したうえで保険者に情報提供するという対応が適切です。

Q. 協会けんぽへの情報提供は会社の義務ですか?しなかった場合に会社が責任を問われますか?

A. 法律上の義務ではなく権利として認められている行為です。情報提供しなかったこと自体で会社が直接責任を問われるケースは通常ありません。ただし、不正を明確に把握していながら故意に黙認していたと判断される状況では、保険者から問い合わせを受けるリスクが生じる可能性があります。疑いが強まった段階で専門家に相談しながら対応方針を決めることが安全です。

Q. 社員が海外で副業・フリーランスとして収入を得ていた場合、傷病手当金はどうなりますか?

A. 就労に相当する活動を行い収入を得ていた場合は、就業不能の要件を満たさない可能性が高く、傷病手当金の不正受給として認定されやすい状況です。健康保険法第58条に基づき、受給額の返還と最大2倍の加算金が請求されます。会社としてこの事実を把握した場合は、根拠となる情報をまとめたうえで保険者に情報提供することを検討してください。

Q. 就業規則に「休職中の転居届出義務」がない場合、会社は何もできないのですか?

A. 規定がない場合でも、連絡を取ったり現況確認の書面を送ることは可能です。ただし強制力には限界があります。また、就業規則に根拠がない状態で懲戒処分を行うことは困難です。このようなケースを機に、休職規程の中に「休職中の連絡義務・居所変更の報告義務」を盛り込む整備を検討することをお勧めします。今後の類似ケースへの備えにもなります。

Q. 海外移住の準備をしていた社員が「実は回復している」と判断された場合、復職や解雇の話はどうなりますか?

A. 就業可能な状態に回復しているという医学的な判断がなされた場合、復職の手続きに入ることが原則です。一方で、復職意思がなく移住を選んでいる場合は、自己都合退職や合意退職の話し合いが現実的な選択肢になります。この場合でも、精神疾患が背景にある社員に対して一方的な解雇を行うことは法的リスクを伴います。復職・退職のいずれの対応も、社労士や弁護士の助言のもとで進めることが重要です。

【監修】ウェルセンス株式会社
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