年俸制を年度途中で下げたいとき、どう進めるべきか

年俸制を年度途中で下げたいとき、どう進めるべきか 労務管理
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「年俸制で採用した社員の成果が出ていない。でも、年度途中に年俸を下げていいのか、そもそもわからない」——そう感じている経営者や人事担当者は少なくありません。年俸制には「1年間の報酬を決めた以上、変更できない」というイメージがありますが、法的にはそうではありません。正しい手順を踏めば、年度途中の減額も可能です。この記事では、年俸制の途中改定を進めるための考え方と実務手順をわかりやすく解説します。

年俸制は「1年間変更できない契約」ではない

年俸制の法的な意味を整理する

年俸制とは、1年間の賃金総額をあらかじめ決める賃金形態のことです。「1年分の報酬を一括で約束する」というイメージが強いためか、「年度途中に変更したら契約違反になる」と思い込んでいる方がいます。しかし、これは正確ではありません。

労働基準法のルール(毎月払い・割増賃金の支払い義務など)は年俸制にも適用されますが、「年俸の金額が1年間絶対に変わらない」という法的根拠はどこにもありません。年俸制はあくまでも「賃金の決め方の形式」であり、適切な手続きを経れば年度途中での改定は法律上、認められています。

年俸制の途中改定は就業規則の規定によって大きく変わる

年俸を途中で改定できるかどうかは、就業規則(賃金規程)の記載内容によって大きく変わります。「業績評価や人事考課の結果に基づき年俸を改定できる」といった規定があれば、その手続きに沿った減額は合理性がある限り有効とされやすい状況です。

一方、規定がない、あるいは「会社が必要と認める場合に変更できる」という抽象的な文言しかない場合は、社員との個別合意が必須になります。年俸制途中改定を進める際は、まず自社の就業規則を確認することが第一歩です

減額に必要な「合理的な理由」とは何か

感覚的な理由では法的な説得力がない

「なんとなく成果が出ていないから下げたい」という理由では、法的なトラブルに発展した際に会社側が不利になります。年俸の減額は「賃金の不利益変更」に当たるため、労働契約法第8条・第9条により、原則として労働者の合意が必要です。そして後述するように、その合意は「真意に基づくもの」でなければなりません。

合意を得る交渉の場面でも、減額の根拠が曖昧では社員を納得させることができず、かえって関係が悪化します。年俸制途中改定を進める際は、客観的な根拠の整理が不可欠です。

減額理由として認められやすいケース

実務上、減額の合理性が認められやすいのは次のような場合です。まず、会社に評価制度があり、その結果に基づいて年俸を見直す仕組みが就業規則に明記されている場合です。たとえば「半期ごとの目標達成度に応じて翌期の年俸を改定する」という規定があれば、それに沿った減額は説明がしやすくなります。

次に、役職変更・降格に伴う賃金変更です。「部長から課長に降格したので役職給がなくなる」という形での減額は、職務の変化と報酬の変化が対応しているため合理性を説明しやすいケースです。また、業績悪化による会社全体の賃金改定も、経営上の必要性を丁寧に説明できれば合理性が認められることがあります。

社員の「合意」を適切に得るための手順

同意書を取るだけでは法的に不十分である理由

「同意書にサインをもらえばいい」と考えている方が多いのですが、それだけでは不十分です。最高裁(平成28年2月19日・山梨県民信用組合事件)は、賃金減額への同意について「自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すること」が必要だと示しています。

つまり、不利益の内容と程度を十分に説明したか、代替措置や経緯を丁寧に伝えたか、署名が任意であることを保障したか——といった点が問われます。「サインしなければ解雇する」と受け取られるような状況下での同意書は、後から「強迫による意思表示」として無効を主張される可能性があります。年俸制途中改定の合意形成では、このプロセスが極めて重要です。

合意を得るための具体的なプロセス

実際の合意取得は、おおむね次のような流れで進めるのが適切です。まず最初に、面談の場を設け、減額の理由(評価結果・業績状況など)を具体的な数字や事実とともに丁寧に説明します。たとえば「今期の目標達成率が40%であったこと」「会社全体の売上が前年比20%減であること」など、客観的な根拠を示すことが重要です。

次に、変更後の年俸額・月額・適用開始時期を明示した書面(労働条件変更通知書)を作成し、社員に確認してもらいます。その上で、任意の意思による同意書への署名を求めます。面談には複数回を要することもあります。署名の強要と受け取られないよう、「考える時間」を設けることも大切です。同意書は会社・社員それぞれが1部ずつ保管します。

同意書に記載すべき項目

同意書・変更通知書には、変更前の年俸額、変更後の年俸額、適用開始年月日、変更の理由、月例給与への反映方法(たとえば「月額を年俸÷12に改定する」など)を明記します。曖昧な記載は後々のトラブルの原因になるため、金額・日付は必ず具体的に記載してください。

月割り計算の調整:いつから・いくら減らすのか

減額は「確定した月の翌月」から適用するのが原則

年俸を12分割で毎月支払っている場合、減額が確定したタイミングで翌月からの月額を変更するのが原則的な対応です。たとえば9月に合意が成立した場合、10月支払い分から新しい月額を適用することになります。

注意が必要なのは、遡及して減額することは原則として認められないという点です。「4月から8月まで払いすぎていたから差し引く」という処理は、労働者の既得の賃金請求権を侵害するものとして認められない可能性が高く、むやみに実施することは避けるべきです。年俸制途中改定においては、このルールの理解が紛争予防に直結します。

賞与分割払いの扱いには特に注意が必要

年俸を「月例給与10か月分+賞与2か月分」として14分割ではなく12分割で支払い、賞与分を固定で組み込んでいるケースがあります。この場合、年俸の減額に伴って賞与相当分をどう扱うかは、就業規則の規定次第です。

賞与が「業績や評価に連動する変動賞与」として規定されていれば減額・不支給の余地がありますが、「固定賞与(毎年必ず支給される)」として規定されている場合は、賞与分の減額にも合意が必要になります。年俸制途中改定を進める前に、自社の就業規則で賞与の性質を確認しておくことが重要です。

社員が合意しない場合:選択肢と注意点

合意なしの強行は高いリスクを伴う

社員が減額に同意しない場合、会社側が取れる選択肢はいくつかありますが、いずれも慎重な対応が求められます。就業規則を変更して強行的に賃金を引き下げる方法(労働契約法第10条)は、賃金の不利益変更については合理性のハードルが特に高く設定されており、法的リスクが大きい手段です。

降格・役職変更を先行させることで結果的に賃金を下げる方法も、職務変更の合理性と手続きの適法性が問われます。解雇については、整理解雇・普通解雇ともに要件が厳しく、「年俸を下げたかったが同意しなかったから解雇」という理由では不当解雇と判断されるリスクが高い状況です。年俸制途中改定で無理強いすることは、後々の紛争につながりやすいため注意が必要です。

最も現実的で建設的なアプローチ

合意が得られない場合に最も現実的なアプローチは、協議を継続することです。社員が拒否する背景には、理由への不納得・金額への不満・将来への不安などがあることが多く、それらに丁寧に向き合うことで合意に至るケースもあります。

社労士や弁護士などの第三者を交えた交渉は、会社と社員の双方が感情的になりにくく、合意形成を促す効果があります。特に専任人事がいない中小企業では、こうした外部専門家のサポートが実務上大きな助けになります。

年俸制減額トラブルを防ぐために日頃から整えておくべきこと

就業規則・賃金規程の整備が予防の基本

年俸制途中改定をめぐるトラブルの多くは、そもそも就業規則に年俸改定の根拠規定がなかったことに起因します。「業績評価の結果に基づき、年度途中であっても年俸を改定することがある」「改定は本人への説明・同意取得の上で行う」といった規定を、就業規則・賃金規程に明記しておくことが予防策として有効です。

また、評価制度を就業規則と連動させておくことで、減額の根拠を客観的に示せるようになります。「評価がC以下だった場合は翌期の年俸が○%見直しの対象となる」といった形で、評価と報酬の関係を文書化しておくことが重要です。

採用時の説明と書面化で後々のトラブルを防止

年俸制で採用する際に「評価によって年俸が変動する可能性があること」「年度途中での改定もあり得ること」を雇用契約書や労働条件通知書に明記し、入社時に丁寧に説明しておくことで、後から「そんな話は聞いていない」というトラブルを防ぐことができます。

採用時の合意書類をしっかり保管しておくことも、万が一の紛争時に会社側の証拠として機能します。日頃から書面・記録を整えておく習慣が、年俸制途中改定を含む労務リスクの大きな軽減につながります。

まとめ

年俸制は「1年間変更できない契約」ではなく、適切な手続きを踏めば年度途中の減額も可能です。ただし、そのためには就業規則に改定の根拠規定があること、減額の合理的な理由を具体的に説明できること、社員から真意に基づく合意を得ること、という3つの要件を満たすことが不可欠です。月割り計算の調整や、合意が得られない場合の対応も含め、正しい手順で進めなければ後から深刻なトラブルに発展することがあります。

「自社の就業規則に年俸改定の規定があるか確認したい」「減額の話を社員に切り出す前に手順を整理したい」「同意書の書き方がわからない」「合意が得られない場合の対応策を知りたい」——そうした具体的な疑問や不安がある方は、ぜひウェルセンス株式会社にご相談ください。専任人事がいない中小企業の現場をよく理解した専門家が、実務に即したアドバイスをお伝えします。

よくある質問

Q. 年俸制の社員に対して、業績不振を理由に年度途中で年俸を下げることはできますか?

A. 就業規則に年俸改定の規定があり、かつ社員の合意を得られれば可能です。「年俸制だから1年間は変更できない」というルールは法律上存在しません。ただし、合意なしに一方的に減額することは原則として認められず、法的トラブルに発展するリスクがあります。まず就業規則の確認から始め、減額の理由を具体的に整理することが重要です。

Q. 同意書にサインしてもらえれば、年俸制の減額は法的に問題ないですか?

A. サインだけでは不十分です。最高裁の判例(山梨県民信用組合事件)では、賃金減額への同意は「自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すること」が必要とされています。不利益の内容・程度を十分に説明すること、署名が任意であることを確保すること、複数回の面談を通じて丁寧に進めることが重要です。

Q. 社員が年俸制の減額に同意しない場合、どうすればいいですか?

A. 最も現実的で建設的なのは協議の継続です。社員が拒否する背景には、理由への不納得や将来への不安があることが多く、社労士などの第三者を交えた交渉が有効な場合があります。就業規則変更による強行や解雇は法的リスクが高く、慎重な判断が必要です。一人で抱え込まず、専門家に相談することをおすすめします。

Q. 年俸を下げた場合、すでに払った月額分を後から差し引くことはできますか?

A. 原則としてできません。既払い賃金の遡及減額は、労働者の賃金請求権を侵害するものとして認められないケースがほとんどです。年俸制の途中改定は、合意が成立した月の翌月から適用するのが基本的な対応です。「払いすぎた分を取り戻そう」とすると、別の法的トラブルを招く可能性があります。

Q. 年俸制の減額トラブルを未然に防ぐために、今から何をしておくべきですか?

A. 就業規則・賃金規程に「評価に基づく年俸改定」の規定を整備しておくことが最も有効な予防策です。また、採用時の雇用契約書に「年俸は評価によって変動する可能性がある」旨を明記し、入社時に説明・合意を得ておくことで、後からのトラブルを大幅に減らすことができます。年俸制で採用している場合は、評価制度と賃金規程をセットで整えることが理想的です。

【監修】ウェルセンス株式会社
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