「うちの社員がダブルワークを始めたと言ってきた。何をすればいいんだろう?」——そんな戸惑いを感じた経験はありませんか。副業・兼業が広がる今、こうした場面は中小企業でも珍しくなくなっています。しかし「二以上事業所勤務届」「標準報酬月額の按分」など、聞き慣れない用語が並ぶ手続きは、専任人事のいない職場では特にハードルが高く感じられます。この記事では、ダブルワーク社会保険手続きの全体像を5つのステップに整理し、実務担当者が迷わず動けるよう解説します。
社会保険の手続きが必要になる条件とは
「社会保険は一社だけ」は誤解
社員がダブルワークを始めたからといって、必ずしも特別な手続きが発生するわけではありません。重要なのは「副業先でも社会保険の加入要件を満たすかどうか」です。健康保険・厚生年金の加入要件の目安は、週所定労働時間が20時間以上、月額賃金が8.8万円以上(年収106万円の壁)といった条件です。副業先での勤務がこの水準を下回る場合は、通常通り本業の一事業所での加入が続くだけで、特別な届出は不要です。
「社会保険は一社にしか入れない」と思い込んでいる経営者・担当者は少なくありませんが、これは誤りです。両方の事業所で加入要件を満たす場合は、「二以上事業所勤務」という状態になり、専用の届出手続きが発生します。
手続きが必要になる3つのパターン
実務上、手続きが必要になるのは主に次の3つの場面です。まず、社員が副業先でも週20時間以上・月8.8万円以上の勤務をするケース。次に、複数のパート・アルバイト先を掛け持ちして合計すると加入要件を超えるケース。そして、転職の際に新旧の事業所で一時的に重複して在籍するケースです。このうち最も相談が多いのは最初のパターンで、正社員が副業でほかの会社に週3日程度勤務するようなケースが典型例です。
二以上事業所勤務届の全体像を把握する
届出の主役は「会社」ではなく「本人」
「二以上事業所勤務届」の正式名称は「健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」です。この届出の義務者は被保険者本人(労働者本人)であり、会社ではありません。2つ目の事業所で加入要件を満たした日から10日以内に、本人が日本年金機構(管轄の年金事務所)または所属する健康保険組合に提出する必要があります。
担当者として重要なのは、「これは本人がやる手続きだから会社は関係ない」と放置しないことです。届出の結果として、自社の給与計算に影響が生じるからです。社員から申告を受けたら、まず「どちらの事業所を主たる事業所(選択事業所)とするか決めて、10日以内に年金事務所へ届け出るように」と案内することが会社側のファーストアクションです。
「選択事業所」の選び方と会社への影響
届出の際、社員本人は複数の事業所のうち一つを「選択事業所(主たる事業所)」として指定します。この選択は任意ですが、健康保険証はこの選択事業所の保険者から1枚だけ発行されます。たとえば本業がA社、副業がB社であれば、A社を選択事業所にするのが一般的です。
一方が健康保険組合に加入している場合は手続きが複雑になりやすく、それぞれの規約に従った対応が必要です。協会けんぽ同士であれば比較的シンプルに進みます。いずれにせよ、届出が完了すると年金事務所から各事業所に「自社が負担すべき保険料額」が通知されるため、会社側はその通知を受け取る準備を整えておくことが大切です。
標準報酬月額の按分計算のしくみ
合算した報酬をもとに保険料を決定する
二以上事業所勤務になった場合、標準報酬月額は複数の事業所の報酬を合算した金額をもとに決定されます。この計算は年金事務所が行うため、会社側が自分で計算する必要はありません。ただし、仕組みを理解しておかないと「なぜこの金額が控除されるのか」がわからなくなります。
たとえば、A社(本業)の月給が30万円、B社(副業)の月給が10万円の場合、合算は40万円です。これをもとに標準報酬月額41万円と決定されます(等級表による)。この41万円ベースで計算された保険料総額を、各社の報酬比率で按分します。A社は30万÷40万=75%相当、B社は10万÷40万=25%相当を負担するイメージです。
給与計算への反映で担当者がつまずくポイント
按分後の具体的な保険料額は、年金事務所から各事業所に通知されます。会社側はこの通知額を給与から控除し、納付するだけです。しかし問題は、多くの給与計算ソフトが「通常の一事業所加入」を前提に設計されている点です。通知された按分保険料額を手動で設定しなければならないケースがあり、ソフトの標準計算ロジックとズレが生じて誤控除につながることがあります。
また、随時改定(月額変更届)のタイミングにも注意が必要です。自社の給与が変わっていないのに、副業先の給与変動によって標準報酬月額が改定され、自社にも通知が届くことがあります。「見覚えのない通知が届いた」と混乱しないよう、二以上事業所勤務の社員については管理を別にしておくことをおすすめします。
社員への申告促進と社内ルールの整備
放置リスクと会社の責任範囲
届出義務は本人にありますが、本人が手続きを放置するケースは実務上よく起きます。未届けのまま保険料徴収を誤り続けた場合、後から是正が必要になり、差額の精算・遡及計算が発生します。会社として保険料を不足なく納付する義務がある以上、放置は会社側にもリスクです。
「督促すべきか」という問いに対する答えは「すべきです」。ただし法的な強制力はないため、あくまでも社内ルールとして「副業を開始した場合は会社に申告し、所定の手続きを完了することを義務とする」と就業規則や副業ガイドラインに明記しておくことが重要です。申告フォームや確認チェックリストを用意するだけで、対応漏れは大幅に減ります。
副業解禁時代に向けた仕組みづくり
政府が副業・兼業を推進する流れを受け、今後は中小企業でもダブルワーカーが増えていくことが見込まれます。個別対応の繰り返しで疲弊しないために、早い段階で「申告ルート」「手続きの担当区分」「給与計算上の対応方針」を整理しておくことが有効です。具体的には、社員から副業開始の申告を受けた際に渡す「副業開始チェックリスト」を1枚用意するだけでも、その後の対応がスムーズになります。
チェックリストには「副業先の月収・週労働時間の確認」「二以上事業所勤務届の提出期限(10日以内)の案内」「選択事業所の決定依頼」「年金事務所からの通知を会社に共有する旨の確認」などを盛り込むと実用的です。
🔗 社員のメンタル不調に、精神科・心療内科医によるスポット産業医サービス →
ダブルワーク社会保険手続きの実務フロー
社員からの申告受付から給与計算反映まで
ここで、実際の手続きの流れを整理します。まず最初に、社員から「副業を始めた」という申告を受けたら、副業先の勤務条件(週労働時間・月収)を確認します。両事業所で加入要件を満たす場合にのみ、以降の手続きが発生します。
次に、社員本人に二以上事業所勤務届の提出を案内します。提出期限は加入要件を満たした日から10日以内です。提出先は選択事業所を管轄する年金事務所または健康保険組合です。会社側は社員が届出を完了したことを確認し、年金事務所からの通知(按分後の保険料額)を受け取る準備をします。
通知受領後の給与計算反映と注意点
年金事務所から自社への通知が届いたら、その金額を給与計算ソフトに手動で設定します。通常の自動計算とは異なる金額になるため、設定ミスが起きやすいポイントです。設定後は試算を行い、通知額と一致しているかを必ず確認しましょう。
また、算定基礎届(毎年7月提出)の時期には、二以上事業所勤務の社員の標準報酬月額が合算ベースで改定される場合があります。自社だけの報酬では判断できない改定が行われることを念頭に置き、年金事務所からの通知を見落とさないよう、担当者のメール・郵便物チェックを徹底することが重要です。
🔗 人事だけで抱えない。メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談 →
まとめ
ダブルワーク社会保険手続きの全体像は、「両事業所で加入要件を満たすかの確認」→「本人による二以上事業所勤務届の提出(10日以内)」→「年金事務所からの按分保険料通知の受領」→「給与計算への手動反映」という流れで整理できます。届出の主役は本人ですが、会社側も仕組みを理解して適切にサポートしなければ、誤控除や是正リスクが生じます。副業・兼業が広がる今、こうした対応を個別対応ではなく「社内の仕組み」として整備することが、担当者の負担を減らす近道です。
「自社の状況に当てはめるとどう動けばいいか」「給与計算ソフトへの反映がうまくいかない」など、実務レベルの疑問はウェルセンス株式会社にご相談ください。中小企業の人事労務課題に伴走してきた経験をもとに、御社の状況に合わせた具体的なアドバイスをお伝えします。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
不調者対応を、人事だけで抱えない。
メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。


