中小企業の賃金テーブルと就業規則、どう整備すればいい?

中小企業の賃金テーブルと就業規則、どう整備すればいい? 労務管理
Photo by Negative Space on Pexels

「うちの給与の決め方、これで本当に大丈夫なのか……」と、ふと不安になる瞬間はありませんか。採用のたびに提示金額を一から考え、昇給も「なんとなく」で決め、気づけば社員から「なぜあの人のほうが給与が高いんですか?」と聞かれる——。専任の人事担当者がいない中小企業では、よくある光景です。賃金テーブルと就業規則の整備は「大企業のやること」に見えるかもしれませんが、実は20〜50名規模の会社こそ早めに手を打つべき課題です。この記事では、シンプルに作れて実際に運用できる等級・賃金テーブルの設計と、就業規則への落とし込み手順をわかりやすく解説します。

「制度がない」ことは違法ではないが、リスクは確実に積み上がっている

結論から言えば、賃金テーブルや等級制度がないこと自体は直ちに法律違反にはなりません。しかし、賃金の「決め方」を労働者に明示しないことは違法です。

法律が求めているのは「テーブル」ではなく「明示」

労働基準法第15条と労働契約法第4条は、賃金の決定・計算・支払いの方法を労働者に明示することを義務づけています。就業規則に「賃金は会社が定める」としか書いていない場合、決定の根拠が不明確なまま雇用関係が続くことになり、労働基準監督署の調査や社員からの問い合わせ対応が難しくなります。また、常時10名以上の労働者を使用する事業場は、就業規則の作成と所轄労基署への届け出が義務です(労働基準法第89条)。賃金に関する事項はその「絶対的記載事項」ですから、必ず盛り込まなければなりません。

制度がないまま続けることで生じる3つのリスク

制度不在が続くと、まず採用・昇給のたびに経営者の判断コストが増え続けます。次に、給与が「交渉力や人間関係」で決まっていることが社員に気づかれると、不公平感から離職や職場の雰囲気悪化につながります。さらに、採用候補者が給与の上がり方を見通せないため、優秀な人材が内定を辞退するケースも起こりえます。制度整備は「大企業の話」ではなく、30人・40人規模の組織を安定させるための基盤整備です。

中小企業に合ったシンプルな等級制度の作り方

20〜50名規模の会社に必要なのは、運用できるシンプルな仕組みです。等級は3〜5段階で十分機能します。

等級数と役割定義の考え方

等級が多すぎると管理が複雑になり、少なすぎると差別化ができません。一般的に、この規模の会社では「一般社員層」「中堅・リーダー層」「管理職層」の3層を基本に、必要に応じてそれぞれを2段階に分けた4〜5等級が現実的です。等級ごとに「どんな役割・行動を期待するか」を1〜3文で書くだけで十分です。細かい評価項目を大量に作る必要はありません。たとえば「G2(中堅):自分の業務を期日どおりに完結させ、後輩の質問に答えられる」という程度のシンプルな記述が、かえって運用しやすい形になります。

賃金テーブルの具体的なイメージ

等級ごとに「基本給の範囲(レンジ)」を設定するのが基本的な考え方です。以下は一例です。

等級 役割イメージ 基本給レンジ(月額・目安)
G1 入社1〜2年目、指示のもとで業務を習得中 21万円〜24万円
G2 独立して業務を遂行、後輩へのサポートあり 24万円〜28万円
G3 チームをまとめ、成果に責任を持つリーダー 28万円〜34万円
G4 部門全体を管理する管理職 34万円〜42万円

上記の数字はあくまで設計のイメージです。実際には業種・地域・市場相場を踏まえて自社の実態に合わせて設定してください。重要なのは、各等級の下限が都道府県の地域別最低賃金を上回っていることです。最低賃金は毎年10月前後に改定されるため、テーブル作成後も定期的に照合する習慣をつけましょう。

現給保障で「不利益変更」を回避する

テーブルを新設すると「既存社員の給与が下がるのでは」と心配する経営者は少なくありません。しかし、設計の段階で「現在の給与を下回らない」よう等級レンジを設定すれば、労働契約法第9条・第10条が定める不利益変更には該当しません。これを「現給保障」と呼びます。既存社員の実際の給与額を確認し、それが収まるようにレンジの下限・上限を調整することが、スムーズな導入の鍵です。

賃金規程を就業規則に正しく落とし込む手順

賃金テーブルを設計したら、それを就業規則の「賃金規程」として文書化し、法的に有効な状態にする必要があります。手順は大きく3つです。

賃金規程に必ず盛り込む記載事項

賃金規程に含めるべき内容は、労働基準法が定める絶対的記載事項に対応しています。具体的には、基本給の決定方法(等級への格付け基準)、計算方法(月給制か時給制か)、支払方法(銀行振込・支払日・締め日)、諸手当の種類と計算方法、昇給・降給の基準、賞与の有無と算定方法などです。等級テーブルそのものは「別表」として添付し、規程本文から参照する形にすると、テーブルの数字を変更するたびに規程全体を書き直さずに済むため管理しやすくなります。

就業規則変更の3ステップ

まず、過半数代表者または労働組合から意見を聴取します(労働基準法第90条)。賃金規程の新設・変更内容を説明し、意見書に署名・押印をもらいます。反対意見が出ても「意見を聴取すること」が義務であり、同意が必須条件ではありません。次に、意見書を添付して所轄の労働基準監督署に届け出ます(同法第89条)。そして最後に、社員全員が確認できる方法で就業規則を周知します(同法第106条)。社内の見やすい場所への掲示、デジタルデータの共有フォルダへの格納など、「見ようと思えばいつでも見られる状態」であればよいとされています。この3ステップを踏まなければ、就業規則の変更は法的に有効になりません。

ひな形からの改訂で注意すべき点

多くの中小企業では、社会保険労務士や商工会議所のひな形をもとに就業規則を届け出た後、実態と内容が乖離したままになっています。ひな形の賃金規程に「賃金は会社が別に定める賃金規程による」と書いてあっても、その賃金規程が存在しない、あるいは今の実態と全く違う内容のままというケースは珍しくありません。改訂の際は、現状の給与実態・支払いルール・手当の種類を洗い出してから文書化する順序で進めると、整合性のある規程に仕上がります。

▼ ここまで読んで「自社の現状を診断してから進めたい」と感じたら
現在の給与体系や就業規則の実態がどうなっているか、専門的に確認したうえで進めることで、後々の修正コストを大幅に削減できます。ウェルセンス株式会社では、人事制度の現状診断から導入まで一貫してサポートしています。

パート・契約社員がいる場合の同一労働同一賃金への対応

正社員の賃金テーブルを整備するタイミングで、パートタイマーや契約社員の位置づけも同時に検討しておくことを強くお勧めします。後から整合させようとすると、より大きな改訂コストがかかります。

パートタイム・有期雇用労働法が求めること

2020年に全面施行されたパートタイム・有期雇用労働法により、正規・非正規間の不合理な待遇差が禁止されています。20〜50名規模の会社も対象です。賃金だけでなく、手当・福利厚生・教育訓練なども対象になります。「正社員には通勤手当があるが、パートにはない」という扱いが不合理と判断されるケースもあります。正社員の賃金テーブルを作る際は、非正規社員の処遇基準もセットで整理しておくと、将来的なリスクを抑えられます。

実務的な対応の優先順位

すべてを一度に完璧にしようとすると動けなくなります。まず正社員の賃金テーブルと賃金規程を整備し、次のフェーズで非正規社員の待遇差の洗い出し・説明義務の整備を進めるという段階的アプローチが現実的です。ただし、「正社員との待遇差の理由を説明できる状態にしておく」ことは今すぐ求められています。「なんとなく正社員だから高い」ではなく、「役割・責任範囲・拘束時間が異なるから」という根拠を言語化しておきましょう。

専任人事がいなくても整備を進めるための現実的な進め方

制度整備のすべてを自社で行う必要はありません。「自分でやること」と「専門家に任せること」を切り分けることが、最小工数での整備につながります。

自社でできること・専門家に頼むべきこと

自社でできることは、現状の給与一覧の整理、等級ごとの役割定義の草案作成、社員への説明と合意形成のプロセスです。一方、就業規則・賃金規程の文書作成、労基署への届け出手続き、不利益変更リスクの法的判断は、社会保険労務士などの専門家に依頼するほうが安全で結果的にコストを抑えられます。特に既存社員の給与が実質的に変動するケースでは、専門家のチェックなしに進めることはリスクが高いといえます。

メンタルヘルスや休職との関連性を見落とさない

賃金制度の整備は、実はメンタルヘルス対策とも密接に関わっています。給与の不公平感や将来への見通しの立たなさは、社員の心理的安全性を損ない、不調の一因になることがあります。「評価基準がわからない」「頑張っても報われない」という状況が続くと、モチベーション低下から休職・離職に至るケースも少なくありません。賃金テーブルと就業規則の整備は、採用・定着・メンタルヘルスという複数の課題を同時に解決する土台になります。

まとめ

賃金テーブルや等級制度がないこと自体は直ちに違法ではありませんが、賃金の決め方を明示しないまま放置することは法的リスクと社内の不満蓄積につながります。中小企業に必要なのは3〜5段階のシンプルな等級設計と、現給保障を前提とした無理のないテーブル設定です。作成した賃金テーブルは賃金規程として就業規則に反映し、意見聴取・届け出・周知の3ステップで法的に有効な状態にすることが欠かせません。

「制度の必要性はわかったが、どこから手をつければいいかわからない」「うちの実態に合う設計ができるか確認したい」「後々のトラブルを避けたい」という場合は、ウェルセンス株式会社にご相談ください。人事制度の整備から就業規則の見直し、メンタルヘルス対策まで、専任人事のいない中小企業を一緒に支える体制を整えています。まずは現状のヒアリングだけでも、お気軽にお問い合わせください。

よくある質問

Q. 従業員が10名未満でも賃金テーブルを作る必要はありますか?

A. 常時10名未満の事業場は就業規則の作成・届け出義務がないため、法律上は必須ではありません。ただし、労働条件(賃金の決定方法など)は雇用契約書で個別に明示する義務があります。また、採用・定着・公平性の観点から、シンプルな賃金基準を作っておくことは規模を問わず有益です。社員数が増える前に整備しておくと、後から修正する手間が大幅に省けます。

Q. 賃金テーブルを導入すると、既存社員の給与を下げることはできなくなりますか?

A. テーブルを導入したこと自体で給与が下げられなくなるわけではありませんが、実質的な賃金の引き下げは労働契約法第9条・第10条の「不利益変更」に該当する可能性があります。これはテーブルの有無に関わらず元から存在するルールです。導入時に既存社員の現在の給与を下回らないよう設計(現給保障)すれば、不利益変更の問題は生じません。既存社員の給与実態を事前に把握したうえでテーブルのレンジを設定することが重要です。

Q. 就業規則の変更に社員全員の同意は必要ですか?

A. 全員の同意は不要です。労働基準法第90条が求めているのは、過半数代表者または労働組合への「意見聴取」です。反対意見が出た場合でも、その意見を意見書に記載して添付すれば届け出は受理されます。ただし、変更内容が労働者にとって不利益な場合(賃金引き下げなど)は、合理性の要件と周知が有効要件となるため、慎重な対応と専門家への相談をお勧めします。

Q. 賃金テーブルを作ったあと、最低賃金が上がったらどうすればいいですか?

A. 地域別最低賃金は毎年10月前後に改定されます。テーブルの最低等級の基本給が新しい最低賃金を下回った場合は、テーブルの下限を引き上げる対応が必要です。変更後は就業規則(賃金規程)の別表も更新し、変更届を労基署に提出する手続きを忘れずに行ってください。年1回、最低賃金改定のタイミングでテーブルを見直す習慣をつけておくと安心です。

Q. 賃金テーブルと就業規則の整備を社会保険労務士に頼むと、費用はどのくらいかかりますか?

A. 費用は依頼内容・規模・事務所によって大きく異なるため一概には言えませんが、就業規則の新規作成や全面改訂は数万円〜数十万円の範囲で対応している事務所が多いです。賃金テーブル・等級制度の設計を含む場合はより費用がかかるケースもあります。「何を自社で準備して、何を任せるか」を事前に整理してから相談すると、費用を抑えやすくなります。まずは複数の専門家に相談内容と予算感を伝えて見積もりを取ることをお勧めします。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

不調者対応を、人事だけで抱えない。

メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。

人事だけで抱えない。産業医にスポットで相談
タイトルとURLをコピーしました