「試用期間の終わりが近づいているけれど、まだ判断できない。もう少し様子を見たい……」。そう感じながら、「でも勝手に延長していいのだろうか」と手が止まってしまう経営者・人事担当者の方は少なくありません。試用期間の延長は、やり方を誤ると労働トラブルに発展するリスクがあります。この記事では、就業規則の確認方法から本人への伝え方まで、中小企業の実務に即して整理します。
試用期間の延長は「就業規則の根拠」があって初めて認められる
結論からいえば、試用期間の延長には就業規則に延長を認める規定が存在することが大前提です。規定なしに口頭で「もう少し見させてください」と伝えるだけでは、法的に有効な延長とはなりません。
試用期間中でも労働契約は成立している
試用期間は「解約権が留保された労働契約」と解されています(三菱樹脂事件・最高裁昭和48年12月12日判決)。つまり、入社初日から労働契約はすでに成立しており、「試用中だから何でもできる」という認識は誤りです。延長や本採用拒否(事実上の解雇)には、客観的・合理的な理由と適正な手続きが求められます。
就業規則の根拠が必要な法的理由
労働契約法第8条・第9条は、労働条件の変更には原則として労働者の同意が必要であることを定めています。試用期間の延長は労働条件の変更にあたるため、就業規則に「延長できる」旨の規定がない場合は、会社が一方的に延長を宣言しても法的効力を持ちません。就業規則は、いわば会社と従業員の間の「ルールブック」です。そのルールブックに書かれていないことを、後から一方的に押しつけることはできないのです。
延長期間の合計に関する実務上の目安
法律上、試用期間の長さに明確な上限はありません。ただし、判例・実務上は試用期間の合計が6か月から1年以内に収まっていることが望ましいとされています。これを大幅に超えると、実態として「すでに本採用と同等」と評価されるリスクがあり、その後の本採用拒否が不当解雇と判断される可能性が高まります。また、試用期間開始から14日を超えた従業員を本採用拒否する場合は、労働基準法第20条の解雇予告(30日前の予告、または解雇予告手当の支払い)が必要になる点も押さえておきましょう。
就業規則の確認方法と「規定がない場合」の対処
まず自社の就業規則を開き、試用期間に関する条文を確認することが最初のステップです。規定の有無によって、その後の対応が大きく変わります。
就業規則で確認すべき3つのポイント
就業規則を確認する際は、以下の3点を順番に見ていきます。まず「試用期間」「試の使用期間」などのキーワードで該当条文を探します。次に、延長を認める文言(例:「業務習熟度が不十分な場合、さらに○か月延長することができる」)があるかを確認します。最後に、延長の上限(期間・回数)が明記されているかをチェックします。上限が書かれていない場合は、実務上のリスクが高まるため注意が必要です。
規定がない場合の選択肢
就業規則に延長規定がない場合、取り得る対応は主に2つあります。
| 対応方法 | 概要 | 注意点 |
|---|---|---|
| 就業規則を変更する | 延長規定を新たに追加する(労働基準法第89条・第90条に基づく変更手続きが必要) | 変更には労働者代表の意見聴取と労基署への届出が必要。すでに在籍中の従業員への適用は慎重に |
| 個別の書面合意で対応する | 当該従業員本人に書面で延長内容を説明し、同意署名をもらう | 就業規則の整備とセットで行うことが望ましい。口頭のみは後日トラブルになるリスクが高い |
どちらの場合も「口頭のみで済ませる」は避けてください。後になって「聞いていない」「合意していない」という主張が出た場合、証拠が残っていないと会社側が不利になります。
就業規則が古い・整備されていない会社のリスク
10年以上前に作成した就業規則をそのまま使っている会社では、試用期間の延長規定が抜けているケースが珍しくありません。この状態で延長を実施すると、たとえ延長の理由が正当であっても、手続きの不備を理由に労働審判や訴訟に発展するリスクがあります。試用期間の延長をきっかけに、就業規則全体の見直しを検討することをお勧めします。
延長を判断するための基準と「延長すべきでないケース」
延長の可否を判断するには、「スキルが足りていないのか」「慣れていないだけなのか」を客観的な事実で整理することが重要です。感覚的な不安だけでは、合理的な延長理由として認められません。
延長理由として認められやすい具体例
延長が合理的と判断されやすいのは、次のような場合です。業務習熟度が採用時に提示した基準に明らかに達していない、試用期間中に欠勤が続き十分な評価期間を確保できなかった、特定のスキルについて具体的な改善課題があり、もう一定期間観察が必要と判断できる——などが典型的な例です。いずれも「具体的に何ができていないか」を記録として残しておくことが、後々のトラブル防止につながります。
メンタル不調・体調不良で評価できなかった場合
試用期間中に欠勤が多く、パフォーマンスを評価できなかったケースは特別な注意が必要です。この場合、体調不良自体を延長理由にすることは、健康状態を理由とした不利益取扱いに当たる可能性があります。延長する場合は「十分な評価期間が確保できなかった」という事実を根拠とし、延長期間中の評価基準と会社のサポート方針を明確に伝えることが重要です。また、体調不良の背景に職場環境や業務負荷の問題がないかも、この機会に確認しておきましょう。
試用期間延長の判断に迷ったら、一度専門家の視点を取り入れることで、後のトラブルを未然に防ぐことができます。
延長すべきでないケース・延長より先に考えること
「なんとなく不安」「上司との相性が合わない気がする」といった主観的・抽象的な理由での延長は避けるべきです。また、延長を繰り返すことで本採用拒否の決断を先送りし続けるのも適切ではありません。延長はあくまで「追加の評価機会を設ける」ためのものであり、最終的な判断を回避する手段ではないことを念頭に置いてください。
本人への通知:タイミング・内容・書面の作り方
延長を決めたら、本人への通知は試用期間終了の2週間前を目安に行うことが望ましいです。直前の通知は不信感を生み、トラブルのきっかけになります。
面談での伝え方の基本構成
延長を本人に伝える面談では、次の流れで進めることをお勧めします。まず現状のフィードバックとして、何がどう課題なのかを具体的な事実で伝えます。次に就業規則の根拠(「就業規則○条に基づき」)を示し、延長が一方的な判断ではなく規則に沿ったものであることを説明します。続いて延長期間と、その期間中に何を確認するかの評価基準を明示します。最後に、会社としてどうサポートするかを伝え、本人が改善に向けて動けるよう環境を整えます。感情的にならず、事実ベースで淡々と伝えることが大切です。
延長通知書のポイントと文例
面談後は必ず書面(延長通知書)を交付し、本人の署名をもらってください。通知書に盛り込むべき項目は、延長の根拠となる就業規則の条文、延長期間(開始日・終了日)、延長の理由(具体的に)、延長期間中の評価基準、本採用可否の判断時期、本人署名欄です。
文例としては、「就業規則第○条の規定に基づき、あなたの試用期間を○年○月○日から○年○月○日まで延長することをお知らせします。延長の理由は、現時点で○○の業務習熟度が採用基準に達していないためです。延長期間中は○○を評価基準とし、○年○月○日に本採用の可否を判断します。」という形が基本となります。社内で書式がない場合は、このような内容を盛り込んだ書面を作成してください。
本人が延長に同意しない場合の対応
本人が延長に強く反発する場合は、就業規則に明確な規定があること、延長理由が客観的事実に基づくことを丁寧に説明します。それでも合意を得られない場合は、無理に押し進めるのではなく、社会保険労務士や弁護士に相談することを検討してください。感情的なやり取りが続くと、その後の労働関係全体に悪影響を与えます。
延長後の評価と本採用判断:ここまで準備して初めて完結する
延長したあとの評価方法と本採用判断の基準を事前に決めておかなければ、延長は形だけのものになります。延長通知の時点で、この先の流れまでセットで設計しておくことが重要です。
観察期間中に記録すべきこと
延長期間中は、評価の根拠となる記録を残すことが不可欠です。日々の業務の達成状況、上司からのフィードバック内容とその日時、勤怠状況、面談の記録などを文書化しておきます。記録がなければ、最終的に本採用拒否を行った場合に「根拠がない」と判断されるリスクがあります。記録の形式は日報・面談記録・メールなど何でも構いませんが、日時と具体的な内容が分かるものにしてください。
本採用拒否を行う場合の手続き
延長後も改善が見られず本採用拒否を行う場合は、解雇予告(30日前の予告または解雇予告手当の支払い)が必要です(労働基準法第20条)。試用期間の開始から14日を超えた時点でこのルールが適用されるため、延長後に本採用拒否する場合はほぼ必ずこの手続きが必要になります。また、本採用拒否の理由は具体的かつ客観的である必要があり、「なんとなく合わなかった」では不当解雇として争われるリスクがあります。
試用期間の運用は人事判断の難しい局面です。ひとりで抱えず、早めに専門家に相談することで判断の質が高まります。
まとめ
試用期間の延長には、就業規則に延長を認める規定があること、延長理由が具体的・客観的であること、本人への書面による通知と同意確認、延長後の評価基準の明示——この4つが揃って初めて適正な運用といえます。就業規則に規定がない場合は、規則の変更または個別書面合意で対応する必要があります。口頭だけで「もう少し様子を見ます」と済ませてしまうと、後になって労働トラブルに発展するリスクがあります。
ウェルセンス株式会社では、試用期間の延長対応・就業規則の確認・本人面談のサポートまで、専任人事のいない中小企業の人事労務課題を継続的にお手伝いしています。「自社のケースがこれに当てはまるのか判断できない」「就業規則を一度見直したい」という方は、お気軽にご相談ください。
よくある質問
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。
不調者対応を、人事だけで抱えない。
メンタル不調者面談や休職・復職対応を、1件からスポットでご相談いただけます。


