休職中の昇給・昇格、規定がなければどうする?

休職中の昇給・昇格、規定がなければどうする? メンタルヘルス対応
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定期昇給の時期が来て、給与計算を始めたとき——休職中の社員の名前が目に入った。昇給させるべきか、止めていいのか。就業規則を確認しても「昇給は年1回行う」とあるだけで、休職中の扱いについては何も書かれていない。こうした状況で「とりあえず保留しておこう」と先送りにしてしまうと、本人や家族からの問い合わせに答えられず、後から大きなトラブルに発展することもあります。この記事では、規定がない場合の合理的な判断基準と、今すぐ使える社内ルールの整備方法をわかりやすく解説します。

規定がなくても保留の判断はできる——ただし根拠が必要

就業規則に休職中の昇給・昇格について何も書かれていない場合でも、会社が保留・不適用の判断をすること自体は、一般的に合理的な運用として認められます。ただし「何となく止めた」では通用しません。判断の根拠を明確にしておくことが不可欠です。

昇給・昇格は法律上の権利ではない

昇給や昇格は、労働基準法によって「必ず行わなければならない」と定められた権利ではありません。労働契約法第7条・第10条に基づき、就業規則や労働契約の定めによって運用されるものです。つまり、就業規則が「昇給は年1回行う」とだけ定めている場合、その運用の詳細(誰を対象とするか、評価材料は何か)は会社の裁量に委ねられている部分があります。

「評価材料がない」は合理的な根拠になる

休職期間は多くの場合、労務提供がなく、業務上の成果・能力・勤怠実績という評価材料が存在しない期間です。「査定対象となる評価材料がないため、今期の定期昇給・昇格の対象から外す(保留とする)」という論理は、法的に合理的根拠があると解釈されやすいです。育児・介護休業法では育休中の不利益取扱いが明示的に禁止されていますが、私傷病による休職にはそれに相当する明示規定がないため、評価実績の欠如を根拠にした保留は、適切な手続きを踏めば認められる余地があります。

「休職した」という事実だけを理由にするのはリスク

一方で、「休職したから昇給しない」という理由づけは避ける必要があります。特にメンタル不調や疾病を理由とした休職の場合、「傷病を理由とした差別的扱い」として紛争化するリスクがゼロではありません。あくまで「評価期間中に業務実績がない」「査定の対象となるデータが存在しない」という実態に基づいた判断であることを、会社側は明確に説明できる状態にしておく必要があります。

「慣行」と「初めての保留」では対応が変わる

過去の運用実績によって、今回取るべき対応は異なります。これまで休職者を昇給対象に含めてきたかどうかを、まず確認してください。

過去に昇給を適用してきた場合の注意点

これまで規定がないまま休職中の社員にも定期昇給を適用してきた実績がある場合、その運用が「労働慣行」として権利性を持つ可能性があります(労働契約法第7条が参照されます)。この場合、突然「今回から保留にします」と変更すると、本人に対して労働条件の不利益変更として問題視されるリスクがあります。変更するなら就業規則の整備を先に行い、周知・説明のプロセスを踏むことが必要です。

初めてのケースで保留する場合は丁寧な説明を

過去に休職中の社員が昇給時期と重なったケースがなく、今回が初めてという場合は、「慣行」が形成されているとは言いにくいため、保留の判断はとりやすい状況です。ただしこの場合も、本人への通知方法とタイミングに細心の注意が必要です。メンタル不調で休職している社員に対して、昇給が見送られる旨をいきなり文書で通知するだけでは、状態の悪化を招く恐れがあります。主治医の意見も踏まえながら、産業医や支援担当者を通じた丁寧なコミュニケーションを設計してください。

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規定がない「今」にできる実務対応

就業規則の整備が間に合っていない現状でも、今すぐ取れる対応があります。就業規則改定を待つのではなく、当面の判断基準を社内メモや覚書として明文化しておくだけでも大きく異なります。判断に迷った場合は、外部の産業医やアドバイザーに相談しながら進めることで、より客観的で堅牢な基準を作ることができます。

当面の判断基準を文書化する

就業規則への正式な盛り込みが追いついていない場合、まず「社内取扱い基準(内規)」として以下の内容を文書化し、経営者・人事担当者の間で共有しましょう。後から「そんな決まりがあったのか」とならないための記録として機能します。

  • 昇給・昇格の査定対象期間中に休職していた場合、当該査定期間の実績がないとみなす
  • 当該昇給・昇格は保留(見送り)とし、復職後の最初の査定時に改めて評価を行う
  • 保留の事実と理由は、本人の状況に配慮した方法で説明する
  • 勤続年数への算入可否など、関連事項も明記する

復職後の処遇ロードマップを合わせて設計する

昇給・昇格を保留にした場合、必ずセットで「復職後にどうするか」を決めておく必要があります。「保留のままになる」のか、「復職後の次回査定で通常評価の対象になる」のかが曖昧だと、復職後に再びトラブルが起きます。一般的には「復職後の査定期間を一定程度経過した後、次の昇給・昇格サイクルで通常評価する」という方針が整理しやすいです。さかのぼって昇給を適用するかどうかは、就業規則の定め次第であり、明記していない場合は原則適用しないとする会社が多いです。

就業規則に盛り込むべき規定の考え方と文例

今後のトラブルを防ぐために、就業規則に休職中の昇給・昇格の取り扱いを明記することを強くお勧めします。以下に、実務で使いやすい規定の考え方と文例のイメージを示します。

規定に盛り込むべき項目

項目 記載すべき内容
査定対象期間の定義 昇給・昇格の査定は、対象期間中の業務実績・勤務状況をもとに行う
休職期間の扱い 休職期間は査定対象期間に算入しない(または、一定期間以上の休職は査定対象外とする)
保留の効果 査定対象外となった場合、その昇給・昇格は保留とし、復職後の次回査定まで適用しない
復職後の扱い 復職後は、次の昇給・昇格サイクルから通常の査定対象とする
勤続年数への算入 休職期間の勤続年数への算入可否を明記する(例:算入する/算入しない)

規定文例のイメージ

以下は規定文の参考例です。実際に就業規則に盛り込む際は、社会保険労務士などの専門家に確認を取ることをお勧めします。

「定期昇給および昇格の査定は、前年度の業務実績および勤務状況をもとに行う。査定対象期間中に私傷病その他の理由による休職期間が合計○ヶ月以上に及ぶ場合は、当該査定期間における昇給・昇格を保留とし、復職後の次の査定期間をもって改めて評価を行うものとする。」

この文例では「○ヶ月」という閾値を設けることで、短期の欠勤と長期休職を区別できます。閾値の設定は1〜3ヶ月が実務的には多く見られますが、自社の運用実態に合わせて決定してください。

就業規則の不利益変更手続きに注意

これまで休職中の社員にも昇給を適用していた慣行がある場合、今回の規定整備は「労働条件の不利益変更」に該当する可能性があります。労働契約法第10条では、不利益変更には合理的な理由と労働者への周知が必要とされています。変更の際は、就業規則の変更理由を丁寧に説明し、過半数代表者への意見聴取と労働基準監督署への届出を行ってください。

本人への通知・コミュニケーションの設計

法的に正しい判断をしていても、伝え方を誤ると状況が悪化します。特にメンタル不調による休職者への通知は、内容と同じくらい方法とタイミングに配慮が必要です。

通知のタイミングと方法

昇給・昇格の時期が来たら、できるだけ早い段階で本人に伝えることが大切です。他の社員の昇給を知った後に「自分だけなかった」と気づく状況は、本人の不信感や状態悪化につながります。通知は書面を基本としながら、本人の状態に応じて電話や面談を組み合わせることを検討してください。また、主治医や産業医(産業医が選任されている場合)に通知の方法・タイミングについて事前に相談することも有効です。

家族からの問い合わせへの備え

休職中は本人が情報を受け取れない場合もあり、家族から「なぜ昇給されないのか」と問い合わせが来るケースがあります。この場合、個人情報の観点から詳細をそのまま家族に伝えることには慎重さが必要です。「本人の同意を確認した上で、内容を共有します」という対応を基本方針にしておきましょう。また、家族向けの窓口対応についても、担当者間で事前に方針を統一しておくことが重要です。

まとめ

休職中の昇給・昇格について就業規則に規定がない場合でも、「評価材料が存在しない」という合理的根拠をもとに保留・見送りの判断はできます。ただし、過去の慣行、本人への通知方法、復職後の処遇ロードマップまでをセットで設計しなければ、後からトラブルが起きるリスクがあります。まず当面の社内基準を文書化し、並行して就業規則の整備を進めることが現実的な対応です。

「自社の就業規則に何を書けばいいか」「今まさに昇給時期が重なっていてどうすればいいか」という具体的な判断に迷った場合は、個社の状況に応じた対応が必要です。ウェルセンス株式会社では、休職中の社員対応や就業規則整備に関する相談を承っています。一人で抱え込まず、経験豊富なアドバイザーに判断をサポートしてもらうことで、より適切で堅牢な対応設計が可能です。専任人事がいない体制でも対応できるよう、実務に即したサポートをご提供しています。まずはお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 就業規則に何も書いていない状態で昇給を保留にした場合、違法になりますか?

A. 直ちに違法とはなりません。昇給・昇格は法律上の権利として明定されておらず、評価材料がないことを根拠とした保留は合理性が認められやすいです。ただし、「休職したから昇給しない」という理由づけや、過去に適用してきた慣行を突然変更する場合はリスクがあります。判断の根拠を記録として残し、本人への説明を丁寧に行うことが重要です。

Q. 休職期間は勤続年数に含めるべきですか?

A. 法律上の一律の定めはなく、就業規則の定め次第です。多くの企業では私傷病による休職期間を勤続年数に算入する(退職金算定には不算入とするなど部分的に区別する)運用をとっています。いずれの扱いをする場合でも、就業規則に明記しておくことでトラブルを防げます。

Q. 昇給を保留にした場合、復職後にさかのぼって昇給することはできますか?

A. 法律上の義務はなく、就業規則や社内基準の定め次第です。多くの場合、さかのぼっての適用は行わず、復職後の次回査定から通常の扱いに戻す運用がとられています。重要なのは、この扱いをあらかじめ明文化し、本人に説明しておくことです。曖昧なまま復職を迎えると、復職後に再度トラブルが発生しやすくなります。

Q. メンタル不調で休職している社員に、昇給保留の通知を送るのは状態を悪化させませんか?

A. リスクはゼロではありません。通知の内容・方法・タイミングは慎重に設計する必要があります。可能であれば主治医や産業医に事前相談し、書面だけで済ませずに電話や面談を組み合わせることを検討してください。「知らないまま他の社員の昇給を把握する」状況の方がダメージが大きい場合もあるため、早めに、丁寧に伝えることが基本的な方針です。

Q. 就業規則の変更は社会保険労務士に頼まなければできませんか?

A. 法律上、社会保険労務士への依頼は義務ではありません。ただし、就業規則の変更には労働基準監督署への届出や過半数代表者への意見聴取が必要であり、条文の書き方によっては意図しない法的リスクが生じることもあります。特に休職・復職・昇給などの規定は個社の状況によって適切な内容が異なるため、専門家に確認を取ることを強くお勧めします。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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