退職した社員から「失業給付の手続きに使うので、証明書を書いてほしい」と連絡が届いた。メンタル不調が原因の退職だったが、何を証明すればいいのか、そもそも書く義務があるのかもわからない——そういった相談が、専任人事を置いていない中小企業の経営者・担当者から増えています。
対応を誤ると、ハローワークからの照会対応や、元社員とのトラブルに発展するリスクがあります。一方で、必要以上に恐れて何も書かないことも、別のリスクを招きます。この記事では、会社が「何を判断基準にして」「どこまで対応すべきか」を実務レベルで整理します。
「特定理由離職者」とは何か——制度の基本を押さえる
メンタル不調による退職は、雇用保険上の「特定理由離職者(区分2)」に該当する可能性があります。この区分に認定されると、失業給付の待期期間短縮・給付日数の優遇が適用されるため、元社員にとって非常に重要な認定です。
特定受給資格者との違い
似た言葉が並ぶため混乱しやすいですが、二つの区分は根本的に性質が異なります。「特定受給資格者」は、倒産・解雇など会社都合による離職者が対象です。一方「特定理由離職者」は、自己都合ではあるものの、正当な理由がある離職者を指します。
メンタル不調のケースは、多くの場合「自分から退職を申し出た」形をとるため、特定受給資格者ではなく特定理由離職者(区分2)への該当が焦点になります。両者の主な違いは以下のとおりです。
| 区分 | 主な該当ケース | 給付制限 |
|---|---|---|
| 特定受給資格者 | 解雇・倒産・重大な労働条件相違など | なし(給付日数も優遇) |
| 特定理由離職者(区分2) | 心身の障害・疾患による正当理由の自己都合退職 | なし(給付日数は一般と同等の場合あり) |
| 一般の自己都合退職 | 上記に該当しない自己都合 | 原則2か月の給付制限あり |
認定に何が必要か
特定理由離職者(区分2)に認定されるには、離職理由が「心身の障害・疾患によるもの」であることを、医師の診断書または会社の証明(あるいは両方)でハローワークに示す必要があります。元社員が「会社に証明書を書いてほしい」と連絡してくる背景には、この認定手続きがあります。
会社が直接関与する「離職票」の重要性
会社がハローワークへ提出する「雇用保険被保険者離職証明書」(いわゆる離職票の元となる書類)の離職理由欄は、給付区分の判定において中心的な役割を果たします。この記載は事実に基づく義務があり、虚偽記載は雇用保険法違反となります。元社員から別途「証明書を書いてほしい」と頼まれた場合、この離職証明書の記載内容と整合性をとることも重要です。
会社に「証明書を書く法的義務」はあるか
結論からいえば、元社員から個別に求められる「任意の証明書」について、会社に一般的な民事上の証明義務はありません。ただし、「義務がないから断っていい」とイコールではないのが実務の難しいところです。
離職票への記載義務と任意の証明書は別物
離職証明書(離職票のもとになる書類)への正確な記載は、雇用保険法に基づく会社の義務です。これは断れません。一方、元社員が「ハローワークに提出するための補足書類として会社の証明が欲しい」と求める場合、それは法的義務ではなく実務上の協力要請です。
ただし、不当に協力を拒んだ場合、元社員が「会社が虚偽の記載をした」「正当な手続きを妨害した」として争う余地が生じます。完全に無視することは実務上のリスクを生みます。
応じる範囲の判断軸は「確認できる事実かどうか」
会社が証明書に応じるかどうかの基本的な判断軸は、「客観的に確認できる事実かどうか」です。タイムカードや業務記録に残っている長時間労働の実態、診断書の受け取り日、社内での相談記録——こういった事実は、記載・証明に応じることが適切です。
逆に、「ハラスメントがあった」「会社がうつ病の原因だ」のような法的評価・因果関係の断定は、事実確認の書類に記載する必要はありません。「○月○日に本人から業務上の負担に関する申出があり、上司が面談を実施した」のように、起きた出来事を事実として記載するにとどめることが原則です。
断ることが適切なケース
元社員から求められた内容が、事実とまったく異なる場合——たとえば「残業は月20時間程度だったが、100時間と書いてほしい」といった要求には応じてはいけません。事実と異なる記載は、雇用保険法違反になるだけでなく、後日会社自身のリスクにもなります。断る場合は、口頭だけでなく「確認できる事実の範囲では対応できるが、事実と異なる内容への記載はできない」旨を文書で残しておくことを強くお勧めします。
会社が対応すべき3つの判断基準
実務では「書くべきか・どこまで書くべきか」の判断を、次の3つの基準で整理すると対応がぶれにくくなります。
客観的な記録が存在するか
タイムカード・勤怠システムの記録、業務メール、面談記録、医師の診断書の受け取り記録など、会社として客観的に確認できる記録がある場合は、その事実の範囲内で積極的に記載・証明に応じることが適切です。記録が存在するにもかかわらず記載しないことは、後の調査や照会で「隠蔽」ととられるリスクがあります。
なお、産業医が在籍している会社であれば、面談記録や産業医意見書の存在が証明の根拠になることがあります。産業医のいない規模の会社では、上司や経営者との面談メモ・メール記録が代替的な根拠になります。
記録が不十分・事実確認が困難な場合
メンタル不調の背景に業務過多やハラスメントが指摘されていても、当時の記録がない・担当者がすでにいないというケースは少なくありません。この場合は「確認できる事実のみ記載する」という対応が基本です。
具体的には、退職日・最終出勤日・欠勤期間・診断書の受け取り有無など、客観的に確認できる最低限の情報を記載したうえで、「それ以上の事実については記録が確認できない」旨を元社員に説明します。ハローワーク側も、すべての事実が明確でない場合は申告者本人の申述や医師の診断書を重視して判断します。
法的評価が争われている内容を含む場合
ハラスメントの有無・安全配慮義務違反の有無など、法的評価が争われる可能性のある内容は、証明書に記載してはいけません。記載するのはあくまで「出来事・行動・状況」という事実のみです。
たとえば「上司によるパワーハラスメントがあった」とは書かず、「○年○月、本人より上司の言動に関する相談があり、会社として事実確認を行った」のように記述します。これは事実の確認であり、法的責任の自認ではありません。「事実の記載」と「法的評価の認諾」を切り分けることが、会社を守るうえで重要です。
「書くと安全配慮義務違反を認めたことになる」は本当か
証明書を書くことへの最大の懸念は「認めたことになるのではないか」というリスク感覚ですが、これは正確ではありません。事実の記載は事実の確認であり、それ自体が直ちに法的責任の自認にはなりません。
事実の記載と法的評価の認諾は別
「長時間労働が続いていた時期があった」という事実の記載は、会社がその状況を把握していたという確認です。それだけでは安全配慮義務違反の法的責任を認めたことにはなりません。安全配慮義務違反が問われるのは、事実の有無だけでなく、会社が適切な対応をとったかどうかという行為の評価が含まれるためです。
むしろ、記録として残っている事実を離職票や証明書で記載しなかった場合、後の訴訟・労基署対応の場面で「隠蔽があった」と判断されるリスクの方が高くなります。
ハローワークからの照会が来るケースへの備え
離職票を提出した後、元社員がハローワークで「会社の記載に異議がある」と申告した場合、ハローワークから会社に対して書面または窓口確認の形で事実照会が来ることがあります。この段階になって初めて「当時の記録がない」「担当者がいない」と気づく中小企業が少なくありません。
退職後の対応は、当時の担当者が異動・退職していても会社として対応できるよう、退職時の状況を記録として残しておくことが重要です。就業規則に退職時の記録保管ルールが定められていない会社では、この機会に整備を検討してください。
書き方の基本:「事実」と「確認できなかった事項」を分ける
証明書や離職票の記載において、実務上役立つ考え方は「事実として確認できたこと」と「確認できなかった事項」を明確に分けることです。確認できた事実は記載し、確認できなかったことは「記録が確認できないため記載できない」と説明する。この姿勢が、会社にとって最もリスクの低い対応です。
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退職後の対応フローと実務上のチェックポイント
元社員から証明依頼が届いてから対応完了までの流れを把握しておくことで、慌てずに対処できます。以下に実務上確認すべき主要なポイントを整理します。
依頼内容を具体的に確認する
まず最初に、元社員が何を求めているかを確認します。「離職票の離職理由の修正を求めているのか」「ハローワークへ提出する補足書類の証明を求めているのか」によって、会社側の対応窓口と手続きが異なります。
依頼は口頭ではなくメール・書面で受け取ることをお勧めします。内容・日付の記録が残るためです。ハローワークが指定する様式がある場合は、その様式を元社員から受け取り、会社として記載できる欄を確認します。
確認できる事実を社内で洗い出す
次に、記載の根拠となる社内記録を確認します。確認すべき資料の例は次のとおりです。
- 勤怠記録(タイムカード・勤怠システムのデータ)
- 欠勤・休職の記録と期間
- 医師の診断書(会社が受け取った日付と内容)
- 上司や人事との面談記録・メール
- 退職時の申出書・退職届
記録がない部分については、確認できる事実のみを記載する方針を社内で共有しておきます。
対応できる範囲を元社員に丁寧に伝える
記載できる事実の範囲と、記載できない事項の理由を、元社員に文書で説明することが重要です。「協力する意思はあるが、事実として確認できる範囲にとどめる」という姿勢を示すことで、不必要なトラブルを避けることができます。完全に無視・拒絶することは避け、できる範囲の対応を誠実に行うことが、実務上の最善策です。
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まとめ
メンタル不調による退職者から証明書の依頼が来たとき、会社が判断すべき基準は「客観的な記録が存在するか」「事実の記載と法的評価の認諾を切り分けられているか」「確認できない事実は確認できないと誠実に伝えているか」の3点です。証明書を書くこと自体が安全配慮義務違反の自認になるわけではなく、むしろ事実の隠蔽や不当な拒否の方が後のリスクを高めます。
ただし、メンタル不調を起因とする退職後の対応は、労務知識・法令解釈・元社員とのコミュニケーションが重なる複合的な課題です。「何が事実として書けるのか」「どの範囲まで応じるべきか」の判断に迷う場面は少なくありません。ウェルセンス株式会社では、メンタル不調対応・休職復職支援・離職後の労務対応について、中小企業の実情に合わせた相談対応を行っています。一人で抱え込まず、まずは状況を整理するところからご相談ください。
よくある質問
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