裁量労働制の要件を満たせない中小企業が使える代替制度とは

裁量労働制の要件を満たせない中小企業が使える代替制度とは 労務管理
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「うちのエンジニアには、もっと自分のペースで仕事をしてほしい。でも裁量労働制の手続きを調べたら、対象業種に当てはまらなかった……」。そんな声を、成長フェーズにある中小企業の経営者からよく聞きます。裁量労働制は魅力的な制度に見えても、要件の壁は思いのほか高く、中小企業では導入を断念するケースが少なくありません。しかし代替となる合法的な制度は複数あります。この記事では、自社の状況に合わせて選べる選択肢を整理します。

裁量労働制が「使えない」理由を正確に把握する

裁量労働制を断念する前に、なぜ使えないのかを正確に把握することが重要です。理由によって、次に選ぶ制度が変わります。

対象業種・対象業務の壁

専門業務型裁量労働制(労働基準法第38条の3)が適用できる業務は、同法施行規則第24条の2の2第2項に限定列挙されています。対象は研究者・システムアナリスト・コピーライターなど19業務に限られており、「ITエンジニア全般」「マーケター」「営業職」といった職種は原則として対象外です。「うちの社員には裁量を与えたい」という意図があっても、業務内容が列挙に該当しなければ制度は使えません。

手続き負担の壁

企画業務型裁量労働制(労働基準法第38条の4)は業種の制限こそ緩やかですが、労使委員会の設置・委員会決議・労働基準監督署への届出という三段階の手続きが必要です。専任人事がいない中小企業にとって、この手続き負担は現実的ではないと感じることが多いでしょう。加えて、対象者は「本社等で企画・立案・調査・分析を行う労働者」に限定されており、現場スタッフへの適用は難しいのが実情です。

「管理監督者にする」という誤った回避策

手続きを避けるために「役職を付けて管理監督者にすればいい」と考えるケースもありますが、これは大きなリスクを伴います。管理監督者(労働基準法第41条第2号)として認められるには、経営の意思決定への実質的関与・出退勤の自由・賃金等の優遇という三つの実態が必要です。名ばかり管理職は労働基準監督署の是正勧告や未払い賃金請求の対象となります。「管理監督者化」は代替手段ではなく、法的リスクと理解してください。

代替制度の全体像と選び方

裁量労働制が使えない場合、フレックスタイム制・変形労働時間制・事業場外みなし労働時間制の三つが主な代替候補です。それぞれの特徴を把握したうえで、自社の状況に合った制度を選ぶことが重要です。

制度 法的根拠 主な効果 最低限の要件
フレックスタイム制 労基法第32条の3 始終業時刻を労働者が自由に決定 就業規則の規定+労使協定の締結
1か月単位の変形労働時間制 労基法第32条の2 繁閑に応じて日・週の所定労働時間を調整 就業規則または労使協定(+届出)
1年単位の変形労働時間制 労基法第32条の4 年間の繁閑サイクルに対応 労使協定+届出・労働日・時間の事前特定
事業場外みなし労働時間制 労基法第38条の2 外回り・外出業務に所定労働時間をみなし適用 「労働時間の算定が困難」という実態

自社の状況で制度を絞り込む視点

制度選択の判断軸は大きく二つあります。一つ目は「何を柔軟にしたいか」です。出退勤時刻を自由にしたいならフレックスタイム制、繁忙期と閑散期の労働時間の波を平準化したいなら変形労働時間制が適しています。二つ目は「労使協定を締結できるか」です。労使協定には従業員の過半数代表者(労働組合がない場合は過半数を代表する者)の署名が必要で、代表者の選出方法が不明な担当者も多いため、この点は後述します。

フレックスタイム制の実務と注意点

「自律的な働き方を実現したい」という目的に最もマッチしやすいのがフレックスタイム制です。ただし、「時間管理が不要になる制度」ではありません。

フレックスタイム制でできること・できないこと

フレックスタイム制は、一定の清算期間(最長3か月)の中で、総労働時間の枠内で始終業時刻を労働者自身が決める制度です。コアタイム(必ず勤務する時間帯)とフレキシブルタイム(自由に設定できる時間帯)の設定は任意であり、コアタイムなしの完全フレックスも可能です。一方、清算期間の総労働時間を超えた分は時間外労働となり、割増賃金(労働基準法第37条)の支払いが必要です。「フレックスにすれば残業代が不要になる」は誤解です。

手続きのポイント:清算期間と届出の関係

清算期間が1か月以内の場合、労使協定を締結するだけで運用でき、労働基準監督署への届出は不要です。一方、清算期間が1か月を超える場合は届出が必要になります。専任人事がいない会社では、まず清算期間1か月で導入し、運用に慣れてから期間を延ばすアプローチが現実的です。就業規則には「始業・終業の時刻は労働者の決定に委ねる」旨を明記する必要があります。

過半数代表者の選び方

労使協定の締結に必要な「過半数代表者」は、管理監督者以外の従業員の中から、投票・挙手・持ち回り署名など民主的な方法で選出します。重要なのは、使用者が一方的に指名してはならないという点です。選出の経緯を記録に残しておくと、労働基準監督署の調査時にも対応しやすくなります。従業員10人未満の小規模事業場でも、この手続き自体は省略できません。

変形労働時間制が向いているケース

繁忙期と閑散期の波がはっきりしている業種では、変形労働時間制のほうがフレックスタイム制より実態に合う場合があります。ただし事前に労働日・労働時間を特定する必要があり、運用の柔軟性は限られます。

1か月単位と1年単位の使い分け

1か月単位の変形労働時間制(労働基準法第32条の2)は、月内の繁閑に対応するもので、比較的手続きがシンプルです。就業規則で定める方法または労使協定のどちらかで導入でき、就業規則で定める場合は労働基準監督署への届出が必要ですが、労使協定で定める場合は協定の届出が必要です。一方、1年単位の変形労働時間制(労働基準法第32条の4)は、年間を通じた繁閑サイクルに対応できる代わりに、対象期間内の労働日と各日の所定労働時間を事前に特定しなければならず、変更が生じた際の調整が難しくなります。季節性の強い業種(小売・観光・農業関連など)に向いています。

変形労働時間制でも残業管理は必要

変形労働時間制を導入しても、設定した所定労働時間を超えた部分は時間外労働です。「変形を組んだから残業代がかからない」わけではなく、設定した変形パターンを超えた時間には割増賃金が発生します。制度導入後に「思っていたのと違う」とならないよう、導入前に試算しておくことを推奨します。

事業場外みなし労働時間制の落とし穴

外回り営業やテレワーク勤務の社員に「みなし労働時間」を適用したいという相談は多いのですが、現在の運用基準では適用できる場面が大幅に限定されています。安易な適用は是正勧告のリスクを招きます。

テレワークへの適用が難しい理由

厚生労働省の「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(2021年)では、在宅勤務において「情報通信機器を常時通信可能な状態に置いている場合」や「随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っている場合」は、事業場外みなし労働時間制を適用できないと明記されています。チャットで常時連絡が取れる状態、上司が随時指示を出せる状態が一般的な現在のテレワークでは、この制度を在宅勤務に適用することはほぼ困難です。

外回り営業への適用が認められる条件

外回り営業など事業場外での業務に対しては、「労働時間の算定が困難」であるという実態が認められれば適用が可能です。ただし、携帯電話やスマートフォンで随時連絡が取れ、業務の細かな指示が出ている場合は「算定が困難」とは認められません。直行直帰の営業で、訪問先の管理が本人に委ねられているケースなど、実態が伴う場合に限って適用を検討してください。適用する場合は、みなし時間が所定労働時間を超える場合に協定を結ぶ必要があります(労働基準法第38条の2第2項)。

労働時間把握義務はどの制度でも免除されない

フレックス制でも変形労働時間制でもみなし制でも、使用者には労働者の労働時間を客観的に把握する義務があります(厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」)。「自律的な働き方=時間管理しなくてよい」は法的に誤りです。タイムカード・PCログ・勤怠管理システムなどで記録を残す体制は、いずれの制度においても継続して必要です。

制度導入を成功させるための実務的な進め方

制度を選んで手続きを整えるだけでは、職場での実効性は担保されません。導入後の運用まで見据えた準備が不可欠です。制度選択や導入手続きに不安があれば、専門家のサポートを検討することも現実的な選択肢です。

就業規則の整備と周知

フレックスタイム制・変形労働時間制のいずれも、就業規則への規定が前提となります。就業規則は常時10人以上の従業員を使用する事業場での作成・届出義務がありますが(労働基準法第89条)、10人未満でも就業規則に準じたルールを文書化しておくことが、後日のトラブル防止に有効です。制度の内容・対象者・計算方法を具体的に記載し、全従業員に周知することが必須です。

管理職・現場リーダーへの説明

制度を導入しても、現場の管理職が「早く来るのが当然」「残業するのが熱心さの証明」という価値観のままでは機能しません。フレックスタイム制を導入した場合、コアタイム外の在席を強制したり、特定の時間帯の出勤を暗に求めたりすることは制度の趣旨に反します。導入前に管理職向けの説明の場を設け、制度の目的・運用のルールを明確に共有することが重要です。

試行期間を設けて検証する

いきなり全社展開せず、特定の部署・チームで3か月程度試行運用することをお勧めします。清算期間終了後に総労働時間の過不足を確認し、想定外の残業が発生していないか、勤怠データに問題がないかを検証します。問題点があれば就業規則や協定の内容を見直す余地があります。試行の記録は、後から制度の有効性を社内で説明する際にも役立ちます。

まとめ

裁量労働制の要件を満たせない中小企業には、フレックスタイム制・変形労働時間制・事業場外みなし労働時間制という代替手段があります。それぞれ根拠条文・要件・向いているケースが異なるため、「自律的な働き方を実現したい」という目的と、自社の業種・従業員数・繁閑パターンを照らし合わせて選択することが重要です。どの制度を選んでも労働時間の把握義務は免除されず、就業規則の整備と労使協定の締結が基本となります。「制度を入れたら終わり」ではなく、管理職への説明や試行期間の検証まで含めて取り組むことが、実効性ある運用につながります。

「具体的にどの制度を導入すればいいか判断がつかない」「就業規則や労使協定の作成を誰に相談すればいいかわからない」といった場合、ウェルセンス株式会社では中小企業の人事労務課題に実務的なサポートを行っています。まずはお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 従業員が10人未満でも就業規則を整備する必要がありますか?

A. 労働基準法上、就業規則の作成・届出義務は常時10人以上の従業員を使用する事業場に課されています(第89条)。ただし、フレックスタイム制や変形労働時間制を導入する際には「就業規則その他これに準ずるもので定める」ことが要件とされているため、10人未満でも就業規則に相当する文書を整備しておくことが実務上必要です。後日のトラブル防止にもなるため、人数にかかわらず文書化を推奨します。

Q. フレックスタイム制を導入すると残業代がかからなくなりますか?

A. なりません。フレックスタイム制はあくまで始終業時刻を労働者が決める制度であり、清算期間内の総労働時間を超えた分は時間外労働として割増賃金(労働基準法第37条)の支払い義務が生じます。「何時に来ても帰ってもいい制度=残業代がかからない制度」という誤解は多いですが、総労働時間の管理責任は使用者に残ります。

Q. 在宅勤務(テレワーク)の社員に事業場外みなし労働時間制を適用できますか?

A. 原則として難しいケースがほとんどです。厚生労働省のテレワークガイドライン(2021年)では、情報通信機器を常時通信可能な状態に置いている場合や、随時使用者の指示に基づいて業務を行っている場合は、事業場外みなし制を適用できないと明記されています。チャットや電話で常時連絡が取れる現在のテレワーク環境では、「労働時間の算定が困難」という要件を満たすことが難しく、安易に適用すると是正勧告の対象になるリスクがあります。

Q. 労使協定の「過半数代表者」はどうやって選べばいいですか?

A. 管理監督者以外の従業員の過半数を代表する者を、投票・挙手・持ち回り署名などの民主的な方法で選出します。重要なのは、会社(使用者)が一方的に指名してはならないという点です。選出したことの記録(選出方法・参加者・結果など)を書面で残しておくと、労働基準監督署の調査にも対応しやすくなります。従業員数が少ない場合でも、この手続きを省略することはできません。

Q. 高度プロフェッショナル制度(高プロ)は中小企業でも使えますか?

A. 制度上は中小企業が使えないとは定められていませんが、対象者の要件として「年収1,075万円以上」かつ「高度の専門的知識を必要とする特定の業務に従事する者」という条件があります(労働基準法第41条の2)。一般的な中小企業の給与水準では対象者がほとんど存在せず、現実的な選択肢になる場面はまれです。手続きも労使委員会の設置・決議・届出と非常に重いため、まずは他の代替制度を検討することを推奨します。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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