「山田さんが休職に入って3か月。残りのメンバーが毎月残業でカバーしているけれど、これって法律的に問題ないんだろうか……」そんな不安を抱えたまま、今日も誰かが遅くまでオフィスに残っていないでしょうか。
「一時的なことだから仕方ない」「本人が自主的にやってくれているから大丈夫」——そう思って目をつぶってきた会社ほど、実は深刻なリスクを抱えています。休職者の穴を残業で埋める対応は、36協定違反・安全配慮義務違反の両面から会社が問われうる行為です。この記事では、中小企業の経営者・兼務人事担当者が見落としがちな法的論点と、今すぐ着手できる実務対応を整理します。
「穴埋め残業」は違法になりうる、という認識から始める
休職者が出た際に在籍社員の残業で業務をカバーする対応は、それ自体がただちに違法とはなりません。しかし、残業時間が法令の上限を超えた瞬間に違法状態へ転化し、「人が足りなかった」という事情は一切免責事由にならないのが現実です。
36協定の上限は「休職者がいても」変わらない
労働基準法第36条に基づく36協定(時間外・休日労働に関する協定)は、就労中の社員全員に適用されます。休職者の人数や事情は、この上限を緩和する根拠になりません。原則の上限は月45時間・年360時間。特別条項付き36協定を締結している場合でも、以下の絶対的上限は超えられません。
- 月100時間未満(休日労働を含む)
- 複数月平均80時間以内(2〜6か月のいずれの平均も)
- 年720時間以内
- 特別条項の発動は年6回まで
この絶対的上限に違反した場合、刑事罰(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金・労働基準法第119条)の対象となります。
特別条項があれば安心、は危険な思い込み
「うちは特別条項付き36協定を締結しているから大丈夫」と考えている経営者は少なくありません。しかし、長期休職者がいる期間に特別条項を毎月発動し続けると、年6回の発動上限に達してしまうことがあります。その後さらに残業が必要になっても、もう特別条項は使えません。締結内容を定期的に確認せず「協定があるから問題ない」と運用しているケースは、とくに危険です。
安全配慮義務は「休職者だけ」に向けるものではない
安全配慮義務(労働契約法第5条)は、休職者へのケアだけを指すのではありません。残業が集中している在籍社員に対しても、同じ義務が会社に課されています。
「認識していた」だけで義務違反が問われる
安全配慮義務違反が問われる典型的なパターンは、「会社が業務負担の増加を認識していた(または認識できた)にもかかわらず、対策を取らずに放置した」ケースです。経営者や上長が「忙しそうだな」と気づいていながら何もしなかった場合、その認識があったこと自体が義務違反の根拠になります。
「自主的な残業」でも会社は責任を免れない
「本人が自分でやっている残業だから、会社の指示じゃない」という主張は、実務上ほとんど通用しません。業務量の増加を会社が把握しつつ放置していた場合、「黙示の時間外労働命令」があったと評価される可能性があります。タイムカード・入退館記録・PCの稼働ログなどに残業の実態が記録されているほど、「会社は知らなかった」という言い訳は成立しにくくなります。
医師による面接指導の義務も見落とされやすい
月80時間を超える時間外労働が発生している社員については、医師による面接指導が義務となります(労働安全衛生法第66条の8)。これは従業員数に関係なく適用されます。産業医の選任が義務付けられていない50人未満の事業場でも例外ではありません。産業医がいない場合は、地域産業保健センター(各都道府県の医師会が運営)を活用することが求められています。
休職者を「早く戻したい」と焦ることのリスク
人手不足を解消したいあまり、回復途上の社員を早期復職させようとする動きは、会社にとって別の大きなリスクを生みます。休職中の社員に対しても安全配慮義務は継続しており、不十分な状態での復職促進は損害賠償請求につながる可能性があります。
休職中も安全配慮義務は続く
休職者が職場を離れている間も、使用者としての安全配慮義務は消えません。「早く復職してほしい」というメッセージを直接・間接に伝えることで、社員が心理的に追い詰められ、回復を妨げるケースがあります。主治医や産業医(または外部の専門家)の判断に基づいた復職プロセスを踏まないと、再発リスクが高まります。
再発した場合の法的リスク
会社の促しによって回復不十分のまま復職し、再び体調を崩した場合、「会社が安全配慮義務に違反して早期復職を促した」として損害賠償請求の対象となりえます。休職者が戻るまでの間の人員不足を、別の方法で補う検討が不可欠です。
会社としての判断基準——どう動けばよいか
休職者が出たとき、会社が取るべき対応は「残業でカバーするか否か」の二択ではありません。状況に応じた複数の選択肢を組み合わせ、記録を残しながら運営することが重要です。
状況別の対応選択肢を整理する
| 状況 | 検討すべき対応 |
|---|---|
| 休職期間が1か月以内の見込み | 業務の優先順位付け・一部業務の一時停止・派遣スタッフの短期活用 |
| 休職期間が3か月以上になる見込み | 業務の再設計・中途採用・業務委託の検討・在籍社員への業務量の可視化と面談 |
| 在籍社員の残業が月60時間超に近づいている | 36協定の上限確認・面接指導の手配・経営判断による業務削減 |
| 在籍社員からSOSのサインがある | 即時の業務負担軽減・専門家(EAPや産業保健スタッフ)への相談 |
「記録する」ことが会社を守る
残業時間の管理が属人的・後追いになっている会社では、万一労働基準監督署の調査や訴訟が起きたとき、「会社として認識していた」と推認されるリスクがあります。逆に、残業時間の記録・在籍社員との面談記録・業務負担増加への対応履歴が残っていれば、会社が誠実に対応しようとしていた事実を示せます。「記録する」習慣は、会社を守る最低限の実務です。
医師面接指導の手配や業務負担の判断に迷うときは、外部の産業保健専門家に相談することで、後々のトラブルを防ぎやすくなります。
従業員数・体制別のチェックポイント
読者の状況によって、確認すべき事項が異なります。自社の状況に照らして確認してください。
- 従業員数が50人未満の場合:産業医の選任義務はないが、月80時間超の残業者への医師面接指導義務は適用される。地域産業保健センターに相談窓口がある。
- 就業規則に休職規定がない場合:復職の判断基準・手続きが曖昧になり、トラブルの温床となる。規定の整備が優先課題。
- 36協定を締結していない場合:法定時間(1日8時間・週40時間)を超える残業はただちに違法。早急に協定の締結が必要。
- 36協定は締結しているが上限を把握していない場合:協定書を取り出して上限時間・特別条項の発動回数残数を確認する。
連鎖休職を防ぐために——在籍社員のサインを見逃さない
休職者の穴埋めによって在籍社員が疲弊し、次の休職者を生む——この連鎖は、20〜50名規模の企業にとってとくに打撃が大きい事態です。早期にサインを察知し、経営判断として業務量をコントロールすることが、連鎖を断つ唯一の方法です。
メンタル不調の初期サインを把握する
遅刻・早退・欠勤の増加、ミスの増加、会話量の減少、表情の硬化——これらは過重労働やメンタル不調の典型的な初期サインです。専任人事がいない企業では、上長や経営者がこれらの変化に気づく役割を担います。「なんとなく元気がないな」という感覚を放置せず、面談の機会を作ることが大切です。
「残業を減らす」は経営判断である
残業時間を削減するためには、業務の優先順位の見直し・仕事の断捨離・外注化など、経営判断が伴います。現場の社員に「残業を減らして」と言うだけでは解決しません。業務量そのものを経営者が把握し、意思決定することが求められます。人事担当者が一人で抱え込める問題ではなく、経営レベルでの関与が不可欠です。
まとめ
休職者の穴を残業で埋める対応は、36協定の上限を超えれば刑事罰の対象となり、在籍社員への過重労働を放置すれば安全配慮義務違反として損害賠償請求につながるリスクがあります。「人が足りないから仕方なかった」「本人が自主的にやっていた」は、どちらも法的な免責事由にはなりません。また、回復不十分な状態での休職者の早期復職促進も、別のリスクを生みます。
まず自社の36協定の内容と在籍社員の残業時間を確認し、月80時間超の社員がいれば医師面接指導の手配を検討してください。そして業務負担増加の事実と会社の対応を記録に残すことが、会社を守る最低限の実務です。
こうした判断や手続きを一人で進めるのは難しいと感じたら、ウェルセンス株式会社では休職・復職対応や在籍社員のメンタルヘルス管理について、中小企業の実情に合わせた相談対応を行っています。法的リスク回避と実務対応の両立に向けて、まずは状況をお聞きします。
よくある質問
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