試用期間の給与設定を就業規則で正しく整備する方法

試用期間の給与設定を就業規則で正しく整備する方法 労務管理
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「試用期間中は本採用より給与を低くしている」——この運用、就業規則に根拠はありますか? 採用時に口頭や雇用契約書の一行だけで伝えていて、就業規則には何も書いていない。そんな状態で運用している企業は少なくありません。実は、試用期間中の給与を低く設定すること自体は法的に認められていますが、就業規則への明記と採用時の書面明示がなければ、退職者から差額を請求されるリスクが生じます。この記事では、法的根拠から就業規則の具体的な記載例まで、実務に直結する情報を順を追って解説します。

試用期間中の低賃金設定は「条件付きで有効」

試用期間中の給与を本採用後より低く設定することは、一定の要件を満たせば法的に有効です。ただし「試用期間だから当然低くていい」という考えは誤りで、要件を欠いていると未払い賃金として差額請求の対象になりえます。

法的に認められるための前提

裁判例において、試用期間中の賃金を本採用後より低く設定すること自体は否定されていません。ただし、それが有効であるためには「就業規則または労働契約への明確な根拠の記載」と「採用時の書面による明示」の両方が必要です。どちらか一方が欠けていると、その設定は無効と判断される可能性があります。

よくある「グレーな運用」のパターン

実務でよく見られるのは、雇用契約書に「試用期間中の月給:○○万円」と記載しているものの、就業規則にはその根拠が一切ない状態です。この場合、雇用契約書の記載が有効かどうかは解釈の余地が生まれます。就業規則が従業員に周知されていれば就業規則が優先される場面もあり、記載のないまま低い賃金を設定していると「根拠なき引き下げ」と見なされるリスクがあります。専任人事がいない企業ほど、こうした曖昧な状態が長年続いているケースが目立ちます。

有効な低賃金設定に必要な4つの要件

試用期間中の給与設定を適法に行うには、以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。一つでも欠けると、法的リスクの原因になります。

要件 根拠法令 具体的な対応
就業規則への明記 労働基準法第89条 試用期間中の賃金額・計算方法を就業規則に記載する
採用時の書面明示 労働基準法第15条・施行規則第5条 労働条件通知書または雇用契約書で金額を明示する
最低賃金以上であること 最低賃金法第4条 試用期間中も都道府県の最低賃金を下回らないよう設定する
本採用後の賃金基準の明確化 労働基準法第15条 就業規則・賃金規程で本採用後の賃金決定基準を定める

就業規則への記載が「絶対的記載事項」である理由

労働基準法第89条は、賃金の決定・計算・支払い方法を「絶対的記載事項」として就業規則に必ず記載することを義務付けています。試用期間中の賃金が本採用後と異なる場合、その旨と具体的な額または計算方法を就業規則に書かなければ、そもそもその賃金設定の根拠がないことになります。「雇用契約書に書いてあるから大丈夫」では不十分な場合があることを、まず理解しておいてください。

最低賃金の確認は都道府県ごとに必要

試用期間中であっても最低賃金法の適用を受けます。最低賃金は都道府県ごとに異なり、毎年改定されるため、設定した試用期間中の給与が現在の最低賃金を下回っていないか定期的に確認することが必要です。なお、職業能力開発促進法に基づく減額特例制度もありますが、都道府県労働局への申請が必要で、一般的な試用期間への適用は限定的です。通常の採用であれば、この特例を使わず最低賃金以上の水準に設定するのが実務上の標準です。

就業規則の具体的な記載例

就業規則に何をどう書けばよいかが明確でなければ、整備に踏み出せません。以下に実務で使える記載例を示します。自社の規程に合わせて条番号・数値を調整してください。

試用期間と賃金に関する条文例

以下は就業規則に盛り込む条文のひな型です。会社の実態に合わせて、試用期間の長さや賃金の比率を調整してください。

  • 試用期間条項:「新たに採用した従業員については、採用の日から〇か月間を試用期間とする。」
  • 試用期間中の賃金条項:「試用期間中の従業員の基本給は、本採用後の賃金規程に定める当該等級の基本給の〇%に相当する額とし、採用時に書面にて明示するものとする。ただし、最低賃金を下回ることはないものとする。」
  • 本採用時の賃金決定条項:「試用期間満了後に本採用とした場合の賃金は、賃金規程に定める基準に従い決定し、採用時に改めて書面にて明示するものとする。」

雇用契約書との整合性を確認する

就業規則の記載と雇用契約書の記載が食い違っていると、どちらが有効かという解釈問題が生じます。原則として、就業規則の基準を下回る労働条件は無効となり、就業規則の基準が適用されます(労働契約法第12条)。逆に、就業規則より有利な条件を雇用契約書で定めている場合はその条件が有効です。つまり、就業規則と雇用契約書は「整合しているか」「どちらが従業員に有利か」の両面で確認が必要です。整備の際は両方を同時に見直すことを推奨します。

「実際のケースに当てはめるとどうなるのか判断しづらい」という場合は、人事労務の実務経験者に一度相談することで、リスク認識が大きく変わります。

今から整備する場合の手続きの流れ

就業規則に試用期間中の賃金規定がない場合でも、今から適切に整備することで今後のリスクを防げます。手続き自体は難しくありませんが、順序を守ることが重要です。

就業規則変更・新規作成の手順

まず変更案または新規条文を作成します。次に、従業員の過半数を代表する労働者代表(または労働組合)から意見を聴取し、意見書を取得します。その後、就業規則を変更・完成させ、常時10名以上の従業員が在籍する事業場は労働基準監督署へ届け出ます(労働基準法第89条・第90条)。最後に、従業員全員に周知します(掲示・配布・社内イントラ等)。10名未満の事業場でも届出は努力義務とされており、整備・周知自体は必ず行ってください。

既存従業員への影響と遡及リスクの考え方

今回の整備の目的は「新たに採用する従業員の試用期間条件を明文化すること」であり、現在在籍中の従業員の賃金を変更するものではありません。そのため、既存従業員への不利益変更の問題は原則として生じません。一方、過去に試用期間中の低賃金設定を就業規則の根拠なく行っていた場合、退職した元従業員から差額請求を受けるリスクは残ります。時効は賃金請求権として原則3年(労働基準法第115条)ですが、リスクの大小は個別の状況によって異なります。不安がある場合は、社労士または弁護士に過去分の確認を依頼することを検討してください。

従業員規模・状況別の確認ポイント

会社の規模や現在の就業規則の状態によって、対応すべき優先順位が変わります。自社の状況に当てはめて確認してください。

就業規則がない、または10名未満の企業

常時10名未満の事業場は就業規則の作成・届出義務がありませんが、それでも雇用契約書や労働条件通知書で賃金条件を書面明示する義務(労働基準法第15条)は全事業場に適用されます。就業規則がない場合は、少なくとも雇用契約書に試用期間中の賃金・本採用後の賃金決定基準・試用期間の長さを明記することが最低限必要です。従業員が増えて10名に達した段階では、速やかに就業規則を整備して届け出てください。

就業規則はあるが試用期間の賃金規定がない企業

既存の就業規則に試用期間の定めはあっても、賃金が本採用後と異なる旨の記載がないケースは非常に多く見られます。この場合は、就業規則の一部変更として試用期間中の賃金条項を追加し、変更手続きを経て労働基準監督署に届け出てください。同時に、今後採用するすべての従業員に対して、雇用契約書・労働条件通知書で試用期間中の賃金を書面明示するフローを整えることが重要です。

就業規則も雇用契約書も整備済みの企業

両方が整備されている企業は、内容の整合性を定期的に確認することが課題です。特に最低賃金の改定(毎年秋頃)のタイミングで、試用期間中の賃金設定が最低賃金を下回っていないかを必ずチェックしてください。また、本採用後の賃金決定基準が就業規則・賃金規程に明確に定められているかも合わせて確認します。

まとめ

試用期間中の給与を本採用後より低く設定することは、就業規則への明記・採用時の書面明示・最低賃金以上という要件をすべて満たせば法的に有効です。「なんとなく」で続けてきた運用は、退職した元従業員から差額請求を受けるリスクをはらんでいます。整備の手順は、条文案の作成・労働者代表への意見聴取・就業規則の変更・労働基準監督署への届出・従業員への周知という流れです。就業規則がない企業は雇用契約書の整備から着手し、就業規則はあるが賃金規定が不十分な企業は部分改定で対応できます。

人事労務の整備は「一人で判断しきれない」という状況が普通です。「自社の就業規則がこのまま大丈夫か確認したい」「記載内容が適切かどうか判断できない」という場合は、ウェルセンス株式会社にご相談ください。人事の専門知識がない兼務担当者の方でも、現状の課題を整理するところからサポートしています。

よくある質問

Q. 就業規則がなく、雇用契約書だけで試用期間中の給与を定めている場合は問題ですか?

A. 常時10名未満の事業場は就業規則の作成義務がないため、雇用契約書(または労働条件通知書)に試用期間中の賃金を明記していれば、労働基準法第15条の書面明示義務は満たせます。ただし、就業規則がある事業場では就業規則への記載も必要です。10名に達した時点で速やかに就業規則を整備してください。

Q. 試用期間中の給与を本採用後の何割まで下げることができますか?

A. 法令上、何割までという上限は定められていませんが、最低賃金を下回ることはできません。また、大幅な引き下げは採用時の説明が不十分だったとして紛争の原因になりやすいです。実務上は本採用後の8~9割程度に設定し、その理由(能力評価期間中であること等)を採用時に説明しておくことがトラブル防止につながります。

Q. 就業規則を変更する際、全従業員の同意が必要ですか?

A. 全従業員の同意は必要ありません。就業規則の変更は、労働者代表(過半数を代表する者)または労働組合への意見聴取と意見書の取得、そして労働基準監督署への届出・従業員への周知が必要です。ただし、既存従業員の労働条件を不利益に変更する場合は、合理的な理由と丁寧な説明が必要で、全員の個別同意を得ることが望ましいケースもあります(労働契約法第10条)。

Q. 退職した元従業員から試用期間中の差額賃金を請求された場合、時効はありますか?

A. 賃金請求権の消滅時効は、労働基準法第115条により原則3年です(2020年4月以降に発生した賃金から適用)。退職後3年以内であれば元従業員から差額請求を受ける可能性があります。就業規則の根拠なく低い賃金を支払っていた期間がある場合は、早めに社労士や弁護士に状況を確認することをお勧めします。

Q. 試用期間の長さに法律上の上限はありますか?

A. 試用期間の長さに関する法令上の明確な上限規定はありませんが、裁判例では3か月から長くても6か月程度が合理的な範囲とされることが多いです。1年を超えるような長期の試用期間は、合理的な理由がない限り「本採用の留保」という性質を逸脱するとして問題になる可能性があります。就業規則には試用期間の長さを明記し、延長する場合の条件・手続きも規定しておくことが望ましいです。

【監修】ウェルセンス株式会社
ウェルセンスは、メンタル不調者対応・休職復職支援に強い職場メンタルケアサービスです。産業医・保健師・心理士・社労士などの専門家ネットワークが、人事・管理職だけでは判断しづらいケースの初動対応、専門家連携、再発防止まで支援します。

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