中小企業向け給与テーブルの作り方と社員への伝え方

中小企業向け給与テーブルの作り方と社員への伝え方 組織運営
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「この人の給与、なぜこの金額なんだっけ?」——入社面接のときの交渉結果、前職の給与水準、なんとなくの相場感。そうした個別の経緯が積み重なって、気づけば「説明できない給与体系」になっていることは珍しくありません。社員が増えるにつれて「同じ仕事をしているのに給与が違う」という不満が表面化し、採用や昇給のたびに毎回悩む。この記事では、専任人事がいない中小企業が給与テーブルをゼロから作るための手順と、社員への説明・納得のさせ方を実務レベルで解説します。

個別交渉のまま放置するリスク

給与が個人ごとの交渉で決まり続けると、採用・評価・社員定着のすべてに悪影響が連鎖します。「なんとなくまずい」という感覚を、具体的なリスクとして整理しておきましょう。

「なぜこの給与なのか」を誰も説明できない状態

入社時の採用市場の状況や本人の交渉力によって成り立った給与は、時間が経つほど根拠が薄れます。新入社員に「給与はどう決まりますか」と聞かれたとき、「ご縁とタイミングによります」とは答えられません。同じ職種・職位でも給与がバラバラな状態が続けば、社員同士が比較を始めたときに不満が噴出し、それが退職につながります。

採用・昇給のたびに「感覚」で判断し続けるコスト

判断基準がないと、毎回経営者が直感で給与を決めなければなりません。採用候補者に「いくら提示するか」、既存社員に「今年いくら上げるか」——これが属人的な意思決定になっていると、経営者の負担が増えるだけでなく、判断にブレが生じます。制度があれば「等級C・2号俸」のように即答できる場面が、ゼロベースの検討になってしまいます。

将来の年収が見えない会社から人が離れていく

20代後半から30代前半の中堅層は、漠然と「この会社で自分はどこまで上がれるのか」を考えています。等級もキャリアパスも存在しない環境では将来設計ができず、将来年収が明示されている会社へ転職する選択をします。採用コストをかけて育てた人材が「見通しが立たないから」という理由で辞めていく構造は、制度の整備で変えられます。

等級制度と給与テーブルの基本構造

給与テーブルの土台は「等級」です。まず等級の骨格を作り、そこに給与を紐づける——この順番を守れば、小さな会社でも現実的に制度を構築できます。

等級は「職種×レベル」のシンプルな骨格から始める

等級制度とは、社員を役割や習熟度でグルーピングする仕組みです。難しく考える必要はなく、まずは「職種」と「レベル」の2軸で考えると整理しやすくなります。たとえば営業職であれば、「営業1等級(一人立ちしながら先輩のサポートが必要なレベル)」「営業2等級(担当顧客を独力で管理できるレベル)」「営業3等級(チームやプロジェクトをリードできるレベル)」といった形です。最初から5〜6等級を作ろうとすると複雑になるため、3等級程度から始めるのが現実的です。

給与テーブルは「等級×号俸」の表で設計する

等級の骨格ができたら、各等級に給与レンジを設定します。一般的な給与テーブルは「等級(タテ軸)×号俸(ヨコ軸)」の表形式で、号俸は同じ等級の中での習熟度の差を表します。たとえば2等級の給与レンジを月額25万〜30万円と設定し、そこを5号俸に分割(25万・26万・27万・28万・30万)すれば、昇給の際に「何号俸上げる」という判断基準ができます。

制度設計の優先順位を決めて着手する

「評価制度も賞与ルールも全部同時に作らないといけない」と思い込んでフリーズしているケースが多いですが、最初から完全な制度は不要です。優先順位を整理すると着手しやすくなります。

優先度 項目 理由
等級定義(職種×レベルの骨格) 全制度の土台。ここがないと給与テーブルが作れない
賃金テーブル(等級×号俸) 採用・昇給の判断基準になる
移行時の既存社員格付けルール 不利益変更リスクを回避するために必要
昇給・昇格の基準・頻度 社員の納得性を高める
後回し可 詳細な評価シート・コンピテンシー定義 制度が定着してから精緻化すれば十分

ゼロから給与テーブルを作る実務手順

給与テーブルの作成は、大きく「現状の棚卸し」「等級設計」「テーブル設計」「移行格付け」の流れで進めます。専任人事がいない会社でも、この順番に沿って進めれば着実に前に進めます。

現状の給与を一覧化して「今の実態」を把握する

まず全社員の職種・役職・勤続年数・現在の基本給をスプレッドシートで一覧化します。このとき、「同じ職種・同じ役職なのに給与が大きく異なる」「勤続年数が長いのに給与が低い」といった矛盾が可視化されます。この一覧が、等級設計と移行格付けの両方の出発点になります。

自社の等級を設計する

現状の棚卸しをもとに、職種ごとに「レベル1はどんな状態か」「レベル2はどんな状態か」を言語化します。ポイントは「行動・役割」で定義することです。「経験3年以上」のような年数基準ではなく、「担当顧客を独力で管理し、月次報告を作成できる」のように何ができるかで定義すると、評価時の判断がしやすくなります。会社の実態に合わせて、まず3等級程度で設計し、必要に応じて後から細分化する方針が現実的です。

給与レンジを設定し、既存社員を格付けする

等級ごとに給与の「下限・上限」を設定します。設定の参考になるのは、各等級に当てはまりそうな現社員の給与分布です。たとえば、2等級に該当する社員が月25万〜29万円の範囲に集中しているなら、そのレンジを参考に設定します。給与レンジが決まったら、各社員を新等級に格付けします。このとき、既存給与が新テーブルの上限を超えている場合は「調整給」として差額を維持し、実質的な給与減とならないよう対処します(後述)。

「どう進めるか」の判断に迷う場合や、既存社員の待遇変更のリスク判断が難しい場合は、早めに外部の専門家に相談することで、ミスやトラブルを防げます。

既存社員の給与を新制度に移行する際の法的注意点

制度移行で最もリスクが高いのは「実質的な賃金カット」が生じるケースです。労働契約法の規定を正確に理解したうえで、リスクを回避する設計を行うことが不可欠です。

労働契約法が定める「不利益変更」のルール

労働契約法第9条は、使用者が労働者の同意なく労働条件を一方的に不利益に変更することを禁じています。ただし同法第10条では、就業規則の変更に「合理性」があり、変更内容を労働者に「周知」した場合は、一定の条件下で有効とされます。「合理性」の判断には変更の必要性・内容の相当性・代償措置の有無などが考慮されますが、これは裁判になって初めて判断されるものです。実務上は「給与が下がる社員を出さない」設計を優先するのが最も安全です。

「調整給」で不利益変更リスクを回避する

新テーブルへの移行で現給与が新等級の上限を上回る社員には、差額分を「調整給」として別途支給し、トータルの給与が減らないようにします。調整給は「新等級での昇給が調整給を上回った時点で解消する」という設計にすることで、将来的には新制度に収束させられます。「給与は下げないが、次の昇給は新テーブルに基づく」という移行設計が、社員の理解を得やすく、法的にも安全な選択肢です。

就業規則・賃金規程の整備と届出を忘れない

常時10人以上の労働者を使用する事業場では、労働基準法第89条により就業規則の作成・労働基準監督署への届出が義務です。給与テーブルを新設・変更した場合は、賃金規程への記載と届出が必要になります。また同法第90条により、作成・変更の際は過半数代表者(または労働組合)からの意見聴取と意見書の添付が義務づけられています。社員数10名以上で就業規則が未整備の会社は、給与制度の整備と同時に就業規則の作成も進めてください。なお、パートタイム・有期雇用労働法第8条・第9条に基づく同一労働同一賃金は中小企業にも2021年4月から適用されており、正社員と非正規社員の不合理な待遇差がないかも、制度整備のタイミングで確認することをおすすめします。

社員への説明と納得を得るコミュニケーション

制度設計よりも「社員への説明・反発への対処」が最大のハードルだと感じている経営者は少なくありません。説明の順序と言葉を丁寧に設計することで、反発を最小化しながら移行を進めることができます。

全体説明と個別面談の二段階で進める

まず全社員を集めた全体説明の場を設け、「なぜ制度を作るのか」「何が変わるのか」「何が変わらないのか」を伝えます。このとき、「これまでの給与が成り行きで決まっていた部分があり、会社として説明責任を果たせる仕組みにしたい」という経営者の率直な言葉が信頼につながります。全体説明のあとに、各社員との個別面談を設定し、「あなたは新制度でこの等級になります。現在の給与との関係はこうなります」と一人ひとりに説明します。

「給与が下がる人は出ない」を最初に伝える

社員が最も恐れているのは「制度変更で給与が下がるのではないか」という不安です。移行設計で調整給を設けている場合は、全体説明の冒頭で「今回の移行で給与が下がる社員は一人もいません」と明言します。この一言が、その後の説明への心理的なハードルを大きく下げます。反対に、この保証がない状態で説明を始めると、内容を聞く前から警戒心が高まります。

「納得できない」という反応への対処法

個別面談で「なぜ私はこの等級なのか」という疑問が出ることは自然なことです。等級定義を文書化してあれば、「この等級の定義はこちらです。あなたの現在の役割と照らし合わせるとこうなります」と具体的に説明できます。「今は2等級だが、こういう状態になれば3等級への昇格を検討する」という昇格の道筋をあわせて示せると、前向きな対話になりやすくなります。「今の格付けが最終的なものではなく、評価によって変わる」という動的なイメージを伝えることが重要です。

まとめ

給与テーブルの導入は、大企業や専門家だけの話ではありません。まず現状の棚卸しから始め、3等級程度のシンプルな骨格を作り、既存社員を給与が下がらない形で移行させる——この流れを守れば、専任人事がいない中小企業でも現実的に制度を構築できます。制度を作ったあとの社員説明は、「なぜ作るのか」という経営者の言葉と、個別面談での丁寧なコミュニケーションが鍵です。

とはいえ、「既存社員への影響が不安」「社員説明の手ごたえが取れない」というように、人事判断だけで抱え込むと手が止まりがちです。ウェルセンス株式会社では、人事の専門知識がない経営者・兼務人事の方を対象に、給与制度の設計から社員説明のサポートまで、会社の実態に合わせた伴走型の支援を提供しています。まずは現状の課題をお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 社員数が10名未満でも給与テーブルを作る意味はありますか?

A. はい、十分に意味があります。社員数10名未満の場合、就業規則の作成・届出義務はありませんが、給与テーブルがあることで採用時の提示金額の根拠が生まれ、昇給の判断も一貫性を持てます。また、成長に伴い社員が増えたときに慌てて作るよりも、早めに骨格を作っておくほうが制度への信頼性が高まります。社員数が少ない段階のほうがシンプルな設計で済むという利点もあります。

Q. 新制度に移行したとき、既存社員の給与が新テーブルの上限を大きく超えている場合はどう対処しますか?

A. 差額を「調整給」として別途支給し、トータルの給与を維持するのが現実的な対処法です。調整給は「その後の昇給が調整給の金額を上回った時点で解消する」という設計にすることで、将来的には新テーブルに収束させられます。労働契約法第9条の不利益変更にあたるリスクを避けるためにも、制度移行で給与が実質的に下がる社員を出さないことが最優先です。

Q. 給与テーブルを作ると、採用時の柔軟な交渉ができなくなりませんか?

A. テーブルはあくまで「基準」であり、採用時に一定の裁量を持たせることは可能です。たとえば「同等級内での号俸は採用時に±1号俸の裁量を認める」といったルールを設ければ、市場相場への対応力を持ちつつ制度の一貫性も維持できます。ただし、テーブルを大きく逸脱した採用給与を設定し続けると再び「説明できない給与」の問題に戻るため、逸脱する場合は理由を記録として残す運用をおすすめします。

Q. 給与テーブルを作ったら、評価制度も同時に整備しないといけませんか?

A. 同時に整備するのが理想ですが、必須ではありません。まず給与テーブルと等級定義を整備し、「この等級の社員はこういう状態になったら昇格を検討する」という昇格基準を簡潔に文書化するだけでも、社員の納得感は大きく変わります。詳細な評価シートやコンピテンシー定義は、給与テーブルが定着してから段階的に整備する方針が、現実的かつ無理のない進め方です。

Q. パートタイムや契約社員も同じ給与テーブルに含めるべきですか?

A. 必ずしも同一のテーブルに含める必要はありませんが、パートタイム・有期雇用労働法第8条・第9条(同一労働同一賃金)に基づき、正社員と非正規社員の間に「不合理な待遇差」がないことの説明ができる状態にしておく必要があります。職務内容・責任範囲・配置転換の有無などの違いを整理し、待遇差に合理的な理由があることを文書化しておくことで、トラブルのリスクを下げられます。

【監修】ウェルセンス株式会社
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