「気づいたら1ヶ月も欠勤が続いていた。休職発令を出すのを忘れていた——今からでも開始日をさかのぼれますか?」
こうした問い合わせは、専任人事のいない中小企業ではめずらしくありません。発令の遅れに気づいたとき、まず頭に浮かぶのが「遡及できるのか」「給与はどうなるのか」という二つの疑問です。
結論から言えば、休職開始日のさかのぼりは法律上は禁止されていませんが、一定の条件を満たす必要があります。この記事では、実務での判断ポイントを順を追って解説します。
休職開始日の遡及は法律上「禁止されていない」
休職開始日をさかのぼって設定することを禁じた法令は、日本には存在しません。ただし「禁止されていない=自由にできる」ではなく、就業規則の内容と労使間の合意が前提になります。
休職は就業規則上の制度である
労働基準法にも労働契約法にも、「休職制度を設けなければならない」という規定はありません。休職は会社が就業規則で独自に設ける制度であり、開始日の認定方法・発令の手続きはすべて就業規則の定めに従います。
そのため「休職開始日をさかのぼれるか」の答えは、まず自社の就業規則を確認することから始まります。
遡及が認められる前提条件
実務上、以下の四つの条件が揃っていることが望ましいとされています。
- 就業規則に遡及を否定する規定がないこと
- 従業員本人が遡及に同意していること(書面での合意が理想)
- 遡及により従業員が一方的に不利益を受けないこと、または不利益について十分な説明と同意があること
- 欠勤期間中に支払った賃金の清算方法が整理されていること
特に重要なのが従業員本人の同意です。会社側の都合だけで開始日を変更すると、後日「不利益変更だ」と主張される余地が生まれます。口頭だけでなく、同意書や確認メールなど記録に残る形で合意を取ることを強くお勧めします。
就業規則に「休職開始の手続き」がない場合
20〜50名規模の企業では、就業規則はあっても「医師の診断書を出したら休職扱いとする」程度の記載しかなく、発令(辞令)の手続きが明記されていないケースがあります。
この場合は就業規則の解釈が曖昧になりやすいため、今回の対応と並行して、休職開始の手続きを明確化する規則の整備も検討してください。
欠勤期間中の給与をすでに支払っていた場合の処理
遡及処理で最も頭を悩ませるのが「支払い済みの給与をどう扱うか」という問題です。労働基準法第24条(賃金全額払いの原則)により、一度支払った賃金を会社が一方的に取り戻すことは原則として認められません。
賃金全額払いの原則と控除の例外
労働基準法第24条は、賃金は全額を労働者に直接払わなければならないと定めています。遡及処理によって「休職期間中は無給(または減給)だった」という扱いにする場合、すでに支払った賃金との差額を回収するためには、労使協定(同条ただし書きに基づく協定)を締結したうえで、将来の賃金から分割控除するなどの方法をとる必要があります。
「返してください」と一方的に従業員に求めることはできません。仮に従業員が自主的に返還に応じる場合も、強制にならないよう書面で任意の返還である旨を確認することが重要です。
休職期間中の賃金ルールを就業規則で確認する
就業規則に「休職期間中は無給とする」と明記されている場合でも、欠勤期間中に賃金を支払っていれば、その期間を遡及して休職に振り替えたとき、支払い済み分との差額処理が必要になります。
一方、就業規則に「休職中も賃金の何割かを支払う」という規定があれば、差額は小さくなるか生じない場合もあります。
いずれにせよ、処理方法は社会保険労務士や顧問弁護士に相談のうえ、従業員に書面で説明・合意を取ることが不可欠です。
傷病手当金への影響と注意点
休職開始日を遡及しても、傷病手当金の支給開始日が自動的に変わるわけではありません。傷病手当金は健康保険制度の給付であり、認定は協会けんぽまたは加入する健保組合が行います。
待期期間の仕組みを理解する
健康保険法第99条に基づき、傷病手当金は業務外の傷病による労務不能状態が継続して4日以上になった場合、4日目から支給されます。最初の3日間は「待期期間」として支給対象外になります。
この待期期間は、欠勤日・有給休暇充当日・会社の休日(公休)もカウントされます。つまり、従業員が欠勤を開始した最初の日(実際に休み始めた日)が待期起算日となるため、会社の発令が遅れていても、傷病手当金の支給開始日自体は変わらないことが多いです。
休職開始日と傷病手当金の支給開始日は別物
会社が管理する「休職開始日」と、健康保険が認定する「傷病手当金の支給開始日」は制度が異なります。遡及処理によって休職開始日が変わったとしても、それがそのまま傷病手当金の計算に影響するわけではありません。
ただし、申請書類(傷病手当金支給申請書)に記載する労務不能期間の整合性については、事業主記載欄の内容と実態がずれないよう注意が必要です。
傷病手当金の申請手続きについては、協会けんぽや健保組合の窓口に事前確認することをお勧めします。
発令が遅れた場合の対処フロー
休職発令の遅れに気づいた時点で、落ち着いて以下の順番で対応を進めることが重要です。対処の優先順位を間違えると、従業員との信頼関係や法的リスクに影響します。
就業規則と欠勤の事実を確認する
まず、自社の就業規則の休職条項を確認します。以下の三点を確認してください。
- どのような事由で休職を命じるか
- 発令の手続きはどう定められているか
- 遡及を禁ずる規定があるか
次に、従業員が欠勤を始めた日・医師の診断書の有無・欠勤期間中に支払った賃金の額を整理します。
従業員本人と合意形成を行う
遡及処理を行う場合は、必ず従業員本人(状況によっては家族)に対して、以下の内容を説明し、書面で合意を取ります。
- 休職開始日をさかのぼる理由
- 賃金の清算方法
- 休職期間の満了日がいつになるか
従業員が休職中で連絡が取りにくい場合でも、書面の郵送・メールなどで丁寧に説明することが重要です。
社会保険・給与処理を正しく整理する
合意が取れたら、以下の表を参考に処理が必要な項目を確認してください。
| 確認・処理項目 | 対応のポイント |
|---|---|
| 就業規則の確認 | 遡及を禁ずる規定がないか確認する |
| 従業員との合意 | 書面(同意書・メール等)で記録を残す |
| 支払い済み賃金の清算 | 労使協定を前提に分割控除等の方法を検討する |
| 休職期間満了日の再計算 | 開始日を遡及すると満了日も変わるため要確認 |
| 傷病手当金申請書類の整合性確認 | 事業主記載欄と実態がずれないよう協会けんぽ等に確認 |
| 有給休暇消化との整合性 | 欠勤期間中に有給を充当していた場合は別途調整が必要 |
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休職期間の満了日と退職リスクへの影響
遡及処理で見落とされがちな重要な論点が「休職期間満了日の変化」です。開始日が早まれば、満了日(=退職または解雇の検討基準日)も早まるため、慎重な確認が必要です。
満了日が早まることで生じるリスク
たとえば就業規則で「休職期間は最長3ヶ月」と定められている場合、開始日を1ヶ月さかのぼれば、満了日も1ヶ月早まります。
従業員がまだ療養中で職場復帰の見通しが立っていない時期に満了日が到来すると、就業規則の規定次第で「自然退職」や「解雇」の手続きが必要になる可能性があります。
この点を従業員や家族に事前に説明せずに遡及処理を行うと、「だまし討ちのように退職させられた」という深刻なトラブルに発展するリスクがあります。
休職期間の延長・猶予を検討する
遡及によって満了日が早まり、従業員の回復が間に合わない可能性がある場合は、就業規則の規定や個別の労使合意に基づいて休職期間の延長を検討することも一つの選択肢です。
法律上の義務ではありませんが、誠実な対応は後のトラブル防止につながります。会社の規模・就業規則の内容・従業員の状態を踏まえて、専門家に相談したうえで判断することをお勧めします。
まとめ
休職開始日の遡及は、法律上禁止されていません。ただし、就業規則の内容の確認・従業員本人の書面による同意・支払い済み賃金の清算方法の整理・休職期間満了日の再確認という四つのステップを踏まなければ、後日のトラブルにつながるリスクがあります。
また、傷病手当金の支給開始日は会社の発令日とは別の基準で認定されるため、協会けんぽや健保組合への確認も欠かせません。
「発令が遅れてしまった」という状況は、専任人事のいない中小企業では決してめずらしくありません。重要なのは、気づいた時点で正しい手順を踏むことです。
処理の手順や就業規則の整備について判断に迷う場合は、ウェルセンス株式会社にご相談ください。休職・復職支援の実務経験をもとに、御社の状況に合った対応方法を一緒に整理します。
よくある質問
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