「傷病手当金が終わるタイミングで一度連絡しようと思っていたら、そのまま音信不通になってしまった」——中小企業の人事担当者から、こうした相談が増えています。専任の人事部門がない環境では、対応の正解が分からないまま時間だけが過ぎてしまいがちです。放置すれば会社リスクが高まり、動けば「ハラスメントになるのでは」と不安になる。この記事では、傷病手当金終了後に連絡のない社員への対応手順と、退職処理に移行できる判断基準を実務的に解説します。
傷病手当金の終了と休職期間満了は「別の話」
まず確認しておきたいのは、傷病手当金が切れたからといって、会社の休職期間が自動的に満了するわけではないという点です。この混同が、誤った退職処理につながる最大の原因です。
傷病手当金とは何か
傷病手当金は、健康保険法第99条に基づく公的給付です。業務外の病気やケガで働けない期間に、標準報酬日額の約3分の2が支給されます。2022年1月の法改正以降、同一疾病について支給開始日から通算1年6か月が上限となっています。これはあくまで「健康保険の給付期間」であり、会社と社員の間の労働契約上の取り決めとは切り離して考える必要があります。
休職期間は就業規則で決まる
会社が社員に与える休職期間は、就業規則に定められた独自のルールです。「入社3年未満は最長3か月、3年以上は最長1年」のように勤続年数に応じて定めている会社も多く、内容は会社によって異なります。重要なのは、傷病手当金の受給終了日と休職満了日が一致するケースは少ないという点です。まず自社の就業規則を開き、休職期間の満了日を正確に確認することが先決です。
就業規則が整備されていない場合のリスク
休職や復職に関する規定が就業規則に存在しない、あるいは規定が曖昧な場合は、退職処理に移行するために本人の合意(退職届)または解雇予告手続き(労働基準法第20条)が必要になります。規定がないまま「連絡がないから退職扱い」とすると、後日「解雇」と認定されるリスクがあります。規定の不備が確認できた場合は、対応を進める前に社労士や弁護士に確認することを強くお勧めします。
連絡が取れない社員への対応ステップ
連絡が取れない状態でも、会社は合理的な手順を踏んで記録を残しながら対応を進めることができます。「どこまで追いかけてよいか」という不安に対しては、安否確認という観点から一定の連絡行為は適切であると整理できます。
複数手段で連絡を試み、記録を残す
電話・メール・郵送(普通郵便と内容証明の両方)を順に試みます。連絡した日時・手段・内容を記録として残しておくことが重要です。これは後のトラブル対応で「適切な努力をした」という証拠になります。電話はつながらなくても着信記録が残るため、日時を控えておきましょう。
緊急連絡先・家族への照会
雇用時に届け出てもらっている緊急連絡先(家族など)への連絡は、安否確認の観点から個人情報保護法上も許容されると解されています。ただし、連絡の目的を「安否確認」に限定し、退職手続き等の会社都合の情報を家族から引き出す形にならないよう注意が必要です。
内容証明郵便で期限付き通知を送る
電話・メール・普通郵便で反応がなければ、内容証明郵便で正式に通知を送ります。通知には「◯月◯日までに復職または退職の意思表示をしてください。期日までに連絡がない場合は、就業規則第◯条に基づき退職とします」という内容を明記します。ただし、この通知が効力を持つのは就業規則に根拠規定がある場合に限られます。内容証明を送れば法的に退職にできるわけではない点は、よくある誤解として注意が必要です。
退職処理に移行できる条件と判断基準
退職処理に移行するには、就業規則上の根拠と手続きの適正さの両方が必要です。「いつ動けばよいか」の判断基準を整理します。
「自動退職(当然退職)」が成立する条件
就業規則に「休職期間が満了しても復職できない場合は退職とする」という規定がある場合、解雇ではなく「当然退職」として処理できます。この場合、解雇予告や解雇予告手当は不要とされています(ただし、実務上は社労士・弁護士への確認を推奨します)。自動退職の規定があるかどうかが、対応の分岐点です。
| 状況 | 取り得る対応 | 注意点 |
|---|---|---|
| 就業規則に自動退職規定あり・休職期間満了済み | 当然退職として処理 | 精神疾患の場合は合理的配慮の観点から慎重に |
| 就業規則に規定あり・休職期間未満了 | 満了まで待機・連絡継続 | 期間中の社会保険料負担が継続する |
| 就業規則に規定なし・または規定が曖昧 | 退職届の取得または解雇予告手続き | 強引な退職処理は解雇認定リスクあり |
精神疾患による休職の場合は特に慎重に
うつ病など精神疾患を理由とした休職では、裁判所が「合理的配慮」の観点から安易な退職扱いに否定的な判断を示した判例があります(東芝うつ病事件など)。症状の波による連絡困難も想定されるため、規定の形式的な適用だけで退職処理を進めることは避けるべきです。産業医や主治医との情報連携(本人の同意取得を確認した上で)も検討してください。
自社の状況に合わせた判断フロー
産業医が選任されている企業(原則50人以上)では、産業医を通じた状況確認が一つの手段になります。産業医のいない小規模企業では、主治医への情報照会か、外部の産業保健総合支援センターへの相談が現実的な選択肢です。「自分一人で判断しなければならない」という状況に陥ったときは、専門家へのアクセスを早めることがリスク軽減につながります。
社会保険料・給与の実務処理で見落としやすいポイント
休職中の社会保険料は、在籍している限り発生し続けます。資金的な負担が積み上がる前に、回収方法と退職日の設定を正しく理解しておきましょう。
休職中も社会保険料は発生する
健康保険・厚生年金の被保険者資格は、休職中も継続します。保険料は会社と本人で折半負担ですが、休職中は無給のため本人負担分を会社が立替払いするか、毎月請求書を送って振込を求める対応が必要です。この取り決めを休職開始時の「休職合意書」に明記しておくと、後のトラブルを防ぎやすくなります。
退職日の設定で保険料が変わる
健康保険法第36条(翌月喪失の原則)により、退職日が月末かそれ以外かによって保険料の発生月が変わります。月の途中で退職した場合、退職月の保険料は発生しません(翌月1日に喪失するため)。一方、月末退職の場合は退職月分まで保険料が発生します。会社・本人双方のコストを考慮し、退職日の設定を意識しておきましょう。
未回収の保険料は退職時精算で対応する
退職時に未回収の本人負担分保険料がある場合、最終給与や退職金からの控除が可能です(労働基準法第24条の賃金控除の合意が必要)。控除できる根拠を休職合意書や給与規程に事前に定めておくことが理想です。事後対応になる場合は、退職時の合意書で精算方法を書面化することを検討してください。
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会社が抱えるリスクと「放置」が最も危険な理由
何も対応しないことは「安全策」ではなく、リスクを先送りして複利的に増やす行為です。対応を遅らせることで生じる具体的なリスクを把握しておきましょう。
在籍が続くことで発生するコスト
本人が在籍している間は、社会保険料の事業主負担が毎月発生し続けます。さらに、退職処理ができない状態が続くと、後任採用や業務再配分の計画も立てにくくなります。「放置していれば自然に解決する」という状況にはならないため、対応の先送りはコスト増を意味します。
手続き上の証拠がないと後から反論できない
退職処理後に元社員や家族から「一方的に退職にされた」と申し立てがあった場合、会社が連絡を試みた記録・通知書・就業規則の規定が証拠として機能します。これらを整備せずに対応した場合、会社側が不利な立場に置かれるリスクがあります。対応のたびに「いつ・何をしたか」を記録に残す習慣が重要です。
担当者のメンタルヘルスへの影響
専任人事のいない環境で対応を一人で抱えると、担当者自身のメンタルヘルスにも影響が出ます。「正解が分からないまま動けない」状態が長期化すると、判断ミスのリスクも高まります。早期に専門家へ相談することは、担当者自身を守ることにもつながります。
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まとめ
傷病手当金終了後に連絡のない社員への対応は、「就業規則の確認」「複数手段での連絡記録」「内容証明による期限付き通知」という順序で進めるのが基本です。退職処理に移行できるかどうかは、就業規則に自動退職の根拠規定があるかどうかで大きく変わります。精神疾患による休職では合理的配慮の観点も求められるため、安易な処理は避けてください。
「就業規則を確認しようとしたが規定がない」「内容証明を送る前に一度確認したい」「社会保険料の未回収が積み上がっている」——こうした状況では、一人で抱え込む前に専門家に相談することが、最もリスクを抑える選択です。ウェルセンス株式会社では、休職・復職対応や人事労務の課題について、中小企業の実情に合わせた形で相談をお受けしています。気軽にお問い合わせください。
よくある質問
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