賞与支給基準日の在籍要件、就業規則に明記すべき?

賞与支給基準日の在籍要件、就業規則に明記すべき? コンプライアンス
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「支給日の2日前に退職した元社員から、内容証明が届いた。賞与を払えというのだが、これは支払わなければならないのか——」

こうした問い合わせが、特に賞与支給時期の前後に増えます。専任の人事担当者がいない中小企業では、就業規則の賞与条項を創業時の雛形のまま使い続けているケースが少なくありません。「支給することがある」という一文だけでは、いざトラブルが起きたときに会社を守る根拠になりません。この記事では、賞与支給基準日の在籍要件をなぜ・どのように就業規則に明記すべきか、実務上の落とし穴と合わせて解説します。

退職者から賞与を請求された場合、支払い義務はあるのか

結論から言えば、就業規則に支給日在籍要件が明確に規定されていれば、支給日前に退職した者への支払い義務は原則として生じません。ただし「明確な規定がない場合」はこの限りではなく、退職者の請求が認められるリスクが高まります。

賞与は「賃金」に該当する

労働基準法第11条は、賃金を「使用者が労働者に支払うすべてのもの」と定義しています。賞与は原則として賃金に該当するため、労働の対価として発生した権利であるという解釈が成り立ちます。このため、「算定期間に働いていたのだから払え」という主張は、法的な根拠のある主張として受け取られます。

支給日在籍要件が認められる条件

最高裁昭和57年10月7日判決(大和銀行事件)は、「支給日在籍要件が就業規則や慣行として明確に確立されていれば、支給日前退職者への不支給は適法」と判示しました。つまり、会社側が退職者への不支給を主張するためには、就業規則への明確な規定、または確立した慣行のいずれかが必要です。「うちは昔からそうしてきた」という慣行だけでは立証が難しく、就業規則への明記が実務上もっとも確実な手段です。

規定がない場合に起きること

就業規則に在籍要件の定めがない状態で退職者から請求を受けた場合、会社は不支給の法的根拠を示せません。東京地裁昭和56年12月14日判決(日本電気事件)など、算定期間満了時点で賞与請求権が発生するとの考え方を示した裁判例も存在します。結果として、算定期間中に在籍していた事実だけをもって支払いを命じられるリスクがあります。

在籍要件をめぐる3つの日付を整理する

賞与トラブルの多くは、「算定期間」「基準日」「支給日」という3つの日付の関係が整理されていないことから生じます。この3つを正確に定義し、就業規則に記載することが混乱を防ぐ第一歩です。

算定期間とは何か

算定期間とは、賞与の査定対象となる勤務期間のことです。たとえば「10月1日から3月31日」のように設定します。「算定期間に働いたのだから賞与をもらう権利がある」という退職者の主張は、この算定期間の概念から来ています。

基準日と支給日の違い

支給日は賞与を実際に振り込む日です。基準日は「この日に在籍していることを支給の条件とする日」であり、支給日と同日に設定するケースと、別途設定するケース(たとえば3月31日を基準日、4月15日を支給日とするなど)があります。基準日と支給日を別に設定する場合、どちらを在籍要件の判定日とするかを就業規則に明記しなければなりません。記載が曖昧だと、「基準日には在籍していた」「支給日の前日に退職した」という境界事例でトラブルが起きやすくなります。

1日の差がトラブルになる理由

支給日を3月31日に設定し、退職日が3月30日であった場合、在籍要件の規定次第で支給義務の有無が変わります。「支給日に在籍していること」と明記されていれば不支給の根拠になりますが、「算定期間終了時に在籍していること」という書き方であれば判断が変わります。このように、文言の細部が実際の金銭的な結果を左右するため、曖昧な表現は避けるべきです。

就業規則への賞与条項の記載方法

在籍要件を就業規則に有効に定めるためには、支給対象者・算定期間・基準日・支給日・退職者の取り扱いを一体として記載することが必要です。条項の一部だけが明確でも、他の部分が曖昧だとトラブルの原因になります。

記載すべき項目の一覧

項目 記載すべき内容
支給対象者 基準日(または支給日)に在籍している者
算定期間 ○月○日から○月○日まで
基準日 ○月○日(支給日と別に設定する場合)
支給日 ○月○日
退職者の取り扱い 基準日(または支給日)前に退職した者には支給しない
支給額の決定方法 会社の業績・個人の査定等を勘案して決定する

文例:在籍要件条項の書き方

以下は記載例のひとつです。自社の実態に合わせて修正してください。

「賞与は、賞与算定期間(夏季:10月1日から3月31日、冬季:4月1日から9月30日)における会社の業績および個人の査定をもとに、毎年6月末日および12月末日(以下「支給日」という)に支給する。ただし、支給日に在籍していない者には支給しない。」

この文例のポイントは、支給日を明確に定義したうえで「支給日に在籍していない者には支給しない」と退職者の不支給を直接的な言葉で規定していることです。「支給しないことがある」という曖昧な表現は避けてください。

「支給することがある」だけでは不十分な理由

創業時に流用した雛形には「業績に応じて賞与を支給することがある」という程度の記載しかないケースがあります。この表現では、在籍要件が存在するとは読み取れないため、退職者から請求を受けた際に不支給の根拠として機能しません。労働基準法第89条は、賞与を支給する場合にその条件・計算方法・支払方法・支払時期を相対的必要記載事項として規定しており、支給実態があるにもかかわらず記載が曖昧な状態は法的にも問題を抱えています。

在籍要件を新たに追加するときの注意点

在籍要件の規定がなかった状態から新たに「支給日在籍者のみ支給」という条項を加える場合、それは既存社員への不利益変更に該当しうるため、手続きを踏まずに一方的に改定することはできません。

不利益変更とは何か

労働契約法第10条は、就業規則の変更によって労働条件を労働者に不利益な方向へ変更する場合、合理的な理由と労働者への周知が必要と定めています。賞与の在籍要件を新設することは、過去に在籍要件なしに支給を受けていた社員にとって不利益な変更です。特に、算定期間には在籍したが支給日前に退職する可能性のある社員にとって、直接的に不利益となります。

改定の手続きとして必要なこと

不利益変更を行う際には、まず変更の合理性を説明できるよう整理します。次に、社員への説明会の実施や書面による告知を行い、変更内容の周知を徹底します。常時10名以上の労働者を使用する事業場では、変更後の就業規則を労働基準監督署へ届出することも義務付けられています(労働基準法第89条・第90条)。意見書の添付も必要で、過半数代表者または過半数組合の意見を聴取したうえで手続きを進めます。

従業員数・規模別の確認ポイント

  • 常時9名以下の事業場:就業規則の作成・届出義務はないが、労働契約書や賃金規程で明示することが実務上重要
  • 常時10名以上の事業場:就業規則の作成・変更・届出が義務。賞与に関する事項は相対的必要記載事項として明記が必要
  • 複数事業場を持つ会社:事業場ごとの届出が必要なため、複数箇所で就業規則を整備しているか確認が必要

在籍要件が未整備の場合、過去分のリスクはどこまでか

「今から規定を整備すれば、過去のトラブルは関係ない」と考えるのは早合点です。在籍要件が未整備のまま過去に退職した社員が存在する場合、時効の範囲内で遡及した請求リスクが残っています。

賃金請求権の時効

賃金請求権の時効は、2020年4月施行の改正民法・改正労働基準法により、当面の経過措置として3年(従来は2年)に延長されました。賞与が賃金に該当すると判断された場合、退職後3年以内の元社員から請求を受ける可能性があります。

「慣行」として認められるかどうか

判例上、在籍要件が文書化されていなくても「確立した慣行」として認められるケースがあります。しかし、その立証は容易ではありません。過去の支給記録を整理し、退職者への不支給が一貫して行われてきた事実を示せるかどうかが判断の分かれ目になります。顧問社労士や弁護士に相談せず独自に対応しようとすると、回答の文言が法的に不利な証拠になるリスクもあるため注意が必要です。

内容証明が届いたときの初期対応

元社員から内容証明郵便で賞与の支払いを求める通知が届いた場合、まず行うべきことは「即座に回答しない」ことです。感情的・即座な返答は法的に不利な証拠となる場合があります。就業規則・過去の支給記録・雇用契約書を確認したうえで、専門家に相談してから回答方針を決めることを強く推奨します。

まとめ

賞与支給基準日の在籍要件は、就業規則に明確に記載されていなければ、退職者からの請求に対する法的な防衛手段になりません。「支給日に在籍していない者には支給しない」という直接的な文言で、支給対象者・算定期間・基準日・支給日・退職者の取り扱いを一体として規定することが必要です。また、在籍要件を新たに追加する場合は不利益変更の手続きが求められるため、社員への説明と届出を適切に行う必要があります。既に退職者から請求が届いている場合は、就業規則や支給記録を確認したうえで、専門家に相談してから対応方針を決めてください。

ウェルセンス株式会社では、専任人事のいない中小企業の経営者・人事担当者からの就業規則整備や労務トラブル対応に関するご相談をお受けしています。「うちの就業規則で大丈夫か確認したい」「元社員から内容証明が届いて困っている」といった場合も、まずはお気軽にご相談ください。

よくある質問

Q. 就業規則に「賞与を支給することがある」としか書いていません。退職者への不支給は有効ですか?

A. 有効とは言い切れません。「支給することがある」という表現は在籍要件を定めたものとは解釈されないため、算定期間中に在籍していた退職者から請求を受けた場合に、不支給の法的根拠として機能しない可能性があります。速やかに条項を見直すことをお勧めします。

Q. 在籍要件を新設する就業規則の改定は、社員全員の同意が必要ですか?

A. 全員の個別同意は必須ではありませんが、不利益変更に該当するため、変更の合理的な理由の説明と、過半数代表者または過半数組合への意見聴取(意見書の作成)、そして社員全員への周知が必要です。一方的な改定は無効と判断されるリスクがあります。

Q. 従業員が9名以下の会社でも、就業規則への在籍要件の記載は必要ですか?

A. 常時9名以下の事業場は就業規則の作成・届出義務はありませんが、賞与の支給条件を労働契約書や賃金規程に明示することは実務上非常に重要です。書面による取り決めがなければ、退職者からの請求に対して不支給の根拠を示すことが困難になります。

Q. 基準日と支給日を別に設定することはできますか?どちらを在籍要件の判定日にすべきですか?

A. 別に設定することは可能です。どちらを判定日とするかは会社が就業規則で定めることができます。ただし、どちらを判定日とするかを就業規則に明確に記載しないと、境界事例(基準日には在籍していたが支給日前に退職した場合など)でトラブルになります。判定日を明示し、退職者への不支給も同条文内で直接規定してください。

Q. 退職した元社員から内容証明で賞与請求が届きました。すぐに返答すべきですか?

A. 即座に返答することは避けてください。感情的・不用意な回答は法的に不利な証拠になるリスクがあります。まずは就業規則・雇用契約書・過去の賞与支給記録を確認し、社労士や弁護士に相談したうえで回答方針を決めることをお勧めします。

【監修】ウェルセンス株式会社
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