「診断書を持ってきた社員の復職を認めてよいのか、正直判断がつかない」——人事専任者のいない会社では、こうした場面で立ち往生してしまうことが少なくありません。主治医の診断書に「3ヶ月の休養を要する」とだけ書いてあっても、業務内容の制限や在宅勤務の可否は一切触れられていない。あるいは「就労可能」とあるが、本当に職場に戻して大丈夫か自信が持てない。
本記事では、診断書の内容に疑問を感じたときに、会社が法的リスクを避けながら取れる具体的な対応手順を4つのステップで解説します。あなたの会社の状況に合わせて、どのステップから始めるべきか、どのような判断基準を持つべきかが明確になります。
診断書は「会社の判断を縛るもの」ではない
まず押さえておきたい前提があります。主治医の診断書は重要な判断材料ですが、会社の人事判断を自動的に決定づけるものではありません。
診断書の法的な位置づけ
労働契約法第5条は、会社に対して「労働者の生命・身体の安全を確保しながら労働させる義務(安全配慮義務)」を課しています。つまり、就労の可否を最終的に判断するのは使用者である会社です。
主治医の診断書は「医師としての意見書」であり、会社がそれに従う義務があるわけではありません。ただし、合理的な理由なく診断書を無視した場合、後のトラブルで「安全配慮義務違反」を問われるリスクがあります。ここが多くの人事担当者が悩むポイントです。
「鵜呑み」も「無視」も危険な理由
診断書を一切確認せずに復職させて不調が再発した場合も、逆に診断書があるにもかかわらず合理的理由なく復職を拒否し続けた場合も、どちらも会社の法的責任が問われる可能性があります。
「診断書があるから問題なし」という思考停止が最も危険です。会社は診断書を参考にしながら、独自に状況を確認し、判断の根拠を記録しておく必要があります。この「独自確認」と「記録」が、後のトラブルから会社を守る防衛線になります。
「診断書を疑う」は差別ではない
本人や家族との関係悪化を恐れて何も確認できない、という声は現場でよく聞かれます。しかし、追加情報を求めることや第三者の医療専門家の意見を聞くことは、会社が安全配慮義務を果たすための正当な行為です。
「不信感を示している」のではなく「責任ある判断をしようとしている」という姿勢を、本人への説明にも明示することが重要です。このフレーミングの違いが、後の本人対応をスムーズにします。
診断書の内容を正しく読む
診断書を受け取ったら、まず内容を構造的に確認します。確認すべきポイントは4つに絞られます。
確認すべき4つの記載項目
以下の4点が揃っているかどうかを最初にチェックしてください。
| 確認項目 | よくある問題 | 対応方法 |
|---|---|---|
| 診断名 | 「うつ状態」など曖昧な表記 | 病名の正確な記載を依頼 |
| 就労可否 | 「休養を要する」のみで就労不可か不明 | 就労の可否を明示するよう追記依頼 |
| 業務制限の内容 | 時短・在宅・業務軽減の記載なし | 具体的な制限内容の追記を依頼 |
| 期間 | 「当面の間」など終期が不明 | 再診予定日または見直し時期を確認 |
不足情報は「本人を通じて」追記を依頼する
会社が直接主治医に連絡することは、原則として本人の同意なしにはできません。病名・診断内容は個人情報保護法第2条第3項に定める「要配慮個人情報」に該当し、本人の同意なく取得・第三者提供を行うことは原則禁止されています。
不足している情報がある場合は、まず本人に「主治医に追記を依頼してほしい」と伝え、改めて診断書を提出してもらう形をとります。同時に本人同意書を取得しておくことで、以降の医師への相談時に情報提供がスムーズになります。
「軽すぎる」「重すぎる」と感じるケース
実務でよく遭遇するのが「本人の様子を見ると復職できそうなのに診断書には就労不能とある」「逆に復職OKとされているが業務遂行に不安がある」という状況です。どちらのケースも、次のステップ(本人面談・産業医への相談)に進む前に、この時点で診断書の記載内容を書面で記録しておくことが重要です。後の判断の根拠として機能します。
本人面談で状況を直接確認する
診断書の確認と並行して、本人との面談を実施します。医療的な判断は医師が行いますが、本人の生活状況や業務に対する認識を直接聞くことは会社にしかできないステップです。
面談で確認すべき内容
面談の目的は「本人を追い詰めること」ではなく、「就労条件を整えるための情報を集めること」です。確認すべき内容として、以下が挙げられます:
- 現在の生活リズム(起床時間・外出頻度)
- 通院の状況と主治医からの指示内容
- 復職への本人の意向と希望する業務内容
- 職場環境に対する懸念事項
これらを丁寧に聞き取ることで、診断書だけでは読み取れない実態が把握できます。特に「主治医からどんな指示を受けているか」を本人の口から直接聞くことで、診断書記載内容との整合性が確認できます。
記録の残し方
面談後は必ず議事メモを作成し、本人に内容確認のうえ署名または記録の共有をしておくことが望ましいです。「言った・言わない」のトラブルを防ぐためだけでなく、後に会社指定医や産業医に情報を引き継ぐ際の基礎資料にもなります。
プライバシーに配慮し、面談の内容を他の従業員に不必要に共有しないことも徹底してください。特にメンタルヘルス関連の情報は、本人の同意のない共有が二次的なトラブルを招きます。
産業医・外部専門家の意見を取り入れる
会社が安全配慮義務を適切に果たすうえで、医療専門家の意見を得ることは最も重要なステップです。ここでは自社の状況(従業員数・産業医の有無)に応じた対応方法を整理します。
従業員数による対応の違い
労働安全衛生法では、従業員50名以上の事業場に対して産業医の選任が義務付けられています。50名未満の企業では選任義務がないため、別の方法を活用します。
- 従業員50名以上の場合:選任している産業医に診断書のコピーを渡し(本人同意書を事前に取得)、就労可否について意見書を作成してもらいます。産業医は主治医の意見も参考にしながら、職場環境を踏まえた判断を行います。
- 従業員50名未満の場合:各都道府県に設置されている「地域産業保健センター」を活用できます。産業保健総合支援センターのサポート機関であり、無料で産業医的な相談を受けられる窓口があります。また、外部のメンタルヘルス支援会社に相談する方法も有効です。
主治医と産業医の意見が食い違ったとき
厚生労働省が公表している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」では、産業医が主治医の意見を参考にしながら職場環境を考慮した意見を述べることが推奨されています。
主治医は「日常生活が送れるか」を判断するのに対し、産業医は「その職場のその業務を遂行できるか」という視点で意見を述べます。両者の意見が異なる場合、どちらが自動的に優先されるわけではなく、会社がすべての情報を総合して判断します。
会社指定医受診を命じる場合の手順
産業医の意見を得てもなお判断が難しい場合、または主治医の診断内容に具体的な疑義がある場合には、会社が指定する医師への受診を命じる方法があります。ただし、この手段には就業規則上の根拠が必要です。
就業規則の規定を確認する
会社指定医への受診命令は、就業規則に「会社が指定する医師の診察を受けさせることができる」旨の規定がある場合に、業務命令として効力を持ちます。
この規定がない場合、受診命令の法的根拠が弱くなり、本人が拒否した際に強制できません。裁判例でも、電電公社帯広局事件をはじめ、受診命令の合理性が争われた事案では就業規則の根拠規定の有無が重要な争点になっています。就業規則に規定がない場合は、まず規程整備を検討してください。
受診命令の出し方と費用負担
受診命令は口頭ではなく書面で行います。書面には、以下の項目を明記します:
- 受診の目的(会社として安心した判断を下すため、など)
- 指定する医療機関名
- 受診日時
- 費用負担に関する説明(会社負担であることを明示)
費用は原則として会社負担とするのが実務上の一般的な扱いです。本人に「会社があなたを疑っている」と受け取られないよう、「安心して復職できるよう、会社としても医療的な確認を行いたい」という趣旨を丁寧に説明することが重要です。
本人が受診を拒否した場合
就業規則に根拠規定がある場合、正当な理由のない拒否は業務命令違反となりえます。ただし、すぐに懲戒処分に進むのではなく、まず拒否の理由を書面で確認し、再度受診の必要性を説明することが先決です。
本人が「主治医への不信感を示している」と感じて強く抵抗する場合は、第三者を交えた対話の場を設けることも選択肢の一つです。信頼関係の構築が、その後の円滑な復職につながります。
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判断と処遇を文書で決定・通知する
すべての情報が揃ったら、会社として判断を下し、その内容を書面で本人に通知します。口頭だけの対応は後のトラブルの原因になります。
総合判断の考え方
主治医の診断書・本人面談の記録・産業医(または外部専門家)の意見・会社指定医の意見(取得した場合)を横並びに整理します。
それぞれの意見が一致している部分と異なる部分を明確にしたうえで、「この業務範囲であれば就労可能」「この条件が整えば復職を認める」といった形で会社としての結論を文書化します。根拠となる情報源を明示することで、後のトラブル時に判断の合理性が説明しやすくなります。
処遇通知書に書くべき内容
処遇通知書には、以下の内容を記載します:
- 復職の可否
- 可能な場合の就労条件(業務内容・勤務時間・在宅の可否)
- 試用期間の設定の有無
- 次回確認の時期
- 万一状態が変化した場合の対応方針
「〇月〇日から週4日・1日6時間の時短勤務で復職を認める。2ヶ月後に状況を再確認し、フルタイム復帰の可否を判断する」といった具体的な記述が理想です。抽象的な表現は後のトラブルの種になります。
記録の保管と継続的なフォロー
判断に至るまでの経緯(診断書・面談記録・医師の意見書・処遇通知書)はすべてセットで保管します。
復職後も定期的なフォローアップ面談を設定し、状態の変化があれば早期に対応できる体制を維持することが安全配慮義務の観点からも重要です。「復職させたら終わり」ではなく、復職後のプロセス管理が再発予防の鍵になります。特に最初の3ヶ月は、月1回の面談ペースで状況確認することをお勧めします。
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まとめ
診断書に疑問を感じたとき、会社が取るべき対応は「拒否する」でも「そのまま受け入れる」でもありません。
以下のステップで進めることで、会社は安全配慮義務を果たしながら、合理的な根拠のある判断を下すことができます:
- 診断書の記載内容を4つの項目で確認し、不足があれば追記を依頼する
- 本人と面談して状況を直接聞く
- 産業医または外部の専門家に意見を求め、必要に応じて会社指定医への受診を命じる
- 集まった情報を総合して判断し、書面で通知・保管する
「産業医がいない」「就業規則に規定がない」「本人との関係が難しい」など、自社の状況によってどのステップから手をつければよいか迷うケースは多いものです。
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